名和「後期高齢者」(22)

さび付いたインターフェース

 前回はPCの設定画面が急激に変化することに老人は追いつけないと苦情を述べた。今回は逆にさびついたインターフェースもある、と指摘しておこう。

 それは何か? 新聞紙面である。いまの大きさの新聞紙がいつできたのか、それを私は知らないが、私の少年期でもあった戦中、すでにそうであった。いま検索してみたら、明治時代からそうらしい。

 この新聞の寸法は老人にとっては悩ましい。まず、大きすぎる。ページをめくるにも、全体を折りたたむのにも、小柄の老人にとっては、とくにその老人の筋肉が傷んでいる場合にはしんどい。くわえて、視力が衰えている場合には、拡げて見開きの全面をスキャンするのは厄介だ。とくに経済紙ともなると、フォントが小さい。全面のスキャンはまず不可能。

 さらに加えて、近年の新聞には全面広告が多い。その部分は多くの読者にとってはノイズにすぎないだろうが、その部分のページのみが厚手の良質紙をつかっていることにも、老人は納得できない。

 新聞紙の大きさを調べると、一般紙のそれをブランケット版というよし。その規格は、406.5mm×546mmだという。この数値はあきらかに本来の規格が英語圏にあったことを推定させる。たぶん、明治時代、最初に輸入した輪転機が英国製か米国製であったためだろう。それが鉄道のゲージ幅や電力のサイクル数のように、近代日本のなかに埋め込まれてしまった、ということかな。

 新聞はいわば知的インフラといっても差し支えないだろう。それが明治の枠組みに束縛されている。現代が「ドッグズ・イヤー」と呼ばれるようになってからすでに久しいのに。似たようなインフラがないかな、と考えてみたら、そう。ありましたね。あの、QWERTY配列。こちらにはその功罪についていろいろな説があるようだが。

 数年前だったかな。私は某紙の編集委員に会ったことがある。そのときに私はあらまし上記のような苦情を述べ、せめてタブロイド版にしたら、と提案した。その答えは明快なノーであった。そして付け加えた。タブロイド版はイエロー・ペーパーの使うものだ、と。

 もうひと言。新聞は読みにくいばかりではない。おそらく他のメディアに比べて大量のエネルギーを消費しているはずだ。森林の伐採→輸送→パルプの生産→輸送→製紙→輸送→輪転機の運転→宅配――以上のすべてのプロセスでエネルギーを消費しているはずだ。

 もうひと言、私が現役の企業人であった数十年前、中間管理者の出社後の最初の仕事は、新聞を数種よむことであった。かれらは、まず、競合会社の記事を探し、ついで、昇進記事や死亡記事をブラウジングすることであった。後者は取引先に幸不幸があったときにそれを見逃すことを恐れたからである。

 さらにひと言。現在の新聞は他のメディアとの競争力を失った。だから、デジタル版を出すのだろう。残されたものはなにか。ジャーナリストの魂だろう。それを支えるのは誰か。後期高齢者という読者だろう。幸か不幸か、後期高齢者はデジタル版に乗り遅れている。ここがねらい目かな。

 

 

名和「後期高齢者」(号外)

 11月10日に実施されたセンター試験(国語第2問)に小生の文章が使われました。出所は『著作権2.0』(NTT出版、2010)です。法学の専門家を差し置いて拙文を利用していただいたことに、退役老人の私は舞い上がっております。
https://www.dnc.ac.jp/sp/albums/abm.php?f=abm00035472.pdf&n=02-01_%E5%95%8F%E9%A1%8C%E5%86%8A%E5%AD%90_%E5%9B%BD%E8%AA%9E.pdf

名和「後期高齢者」(21)

「弘法は筆を選ぶ」か?

 知人に筆まめの美学者がいる。その人を私はひそかに迷亭さんと呼んでいる。(だからといって、私は自分を寒月であると擬するわけでない。寒月先生の孫弟子ではあるのだが。)

 その迷亭さんが「弘法は筆を選ぶ」という手紙を送ってきた。本人の説明によれば、迷亭さんは4本のモンブラン万年筆をもっており、それを使い分けているという。さらに、その手紙をみると、みずからがザインした便箋に書かれている。後日、当人に確かめたら、原稿用紙も自家製だという。

 なぜ、こんな手紙を送ってきたのか。私が、迷亭さんの手書きはヒエログリフのようだ、と評したことへの反応らしい。私は褒め言葉のつもりだったが。

 迷亭さんの「弘法は筆を選ぶ」だが、それは巷間いわれている「弘法は筆を選ばず」という諺の逆命題になっている。迷亭さんが弘法ではないことは確実だから、どちらかの主張が間違っていることになる。私は「“クレタ人は嘘をつかない”とクレタ人はいった」という文章を読んだときのように、幻惑のなかに放りこまれた。

 私の場合はどうか。改めて考えると「弘法ではないのに筆を選ばない」という惨状である。念のために言えば、私の筆はPC。入出力ともに、カタカナでも、ひらがなでも、ローマ字でも使える。さらに、筆がなくとも、語りかけるだけでも、使える。

 ところでIT技術者は「弘法は筆を選ばず」をどう表現するのかな。「弘法はネズミ(マウス)を選ばず」かな。

 ここで私は「ユニバーサル・デザイン」という言葉を思い出した。これは「できるだけ多くの人が利用可能であるようなデザイン」にすること、だという。とすれば、鉛筆とPCとのどちらが「ユニバーサル・デザイン」の意にかなっているのか、にわかには判断できない。なお、「ユニバーサル・デザイン」はデザイン対象を障害者に限定していない点が「バリア・フリー」とは異なる。ほかにも「ノーマライゼーション」という上から目線の概念があった。

 ここで私が「ユニバーサル・デザイン」という言葉を想起したのは、PCにはよく不具合が生じ、そのトラブル・シューティングが、孤立しがちな高齢者には難儀だからである。多くの高齢者に頼りになるのは、家族や現役時代の仲間だろうが、その人たちがインターネットの「犬の歩み」に追いついているか否かは疑わしい。付言すれば、トラブル・シューティングについては、いつもマーフィーの法則が現れる。それは

 「何でも間違いうるものならば、間違うことになる。」

という経験則である。

 つい先週も、私の契約しているプロバイダーから「緊急・警告」というメッセージが跳びこみ狼狽した。まず、そのメッセージの真偽を確認しなければならない。さっそく電話をしてみたが、その番号は存在しないという電話会社の回答。こんなことが月に1回はある。これに比べて、代表的な筆である鉛筆であれば、こんなことは皆無といってよい。ただし、万年筆は保守に若干の手間はかかるかな。

  いっぽう、PCには重いという弱点がある。近ごろの現役世代はその重いPCを鞄に放り込んで仕事をしている。先日もSNSで悲鳴を上げている活動家がいた。脊椎を痛めたという。私も似た経験をもっている。くわえて、筆には欠かせない紙も重いね。ただし、こちらは後期高齢者にならなければ気付かない。

 思い出したことがある。90年代だったか、工業標準化調査会で21世紀の標準化の在り方について議論したことがある。そのときに、私はマン・マシン・インタフェイスについて1通りであるべきと主張した。独りものの遭遇するトラブル・シューティングが念頭にあったからである。

 だが、多くの委員の意見は違った。それは、個々のユーザーに特化したマン・マシン・インタフェイスが望ましい、というものであった。この意見はたぶんバリア・フリーを意識したものだったかとも思う。

 いまになって思えば、私の意見と他者の意見とは矛盾するものではなかった。私の主張は、ユニバーサル・デザインに関する7原則のうち、第3原則と第5原則と第6原則を強調したものであった。その7原則とは、ウィキペディアによれば、(1)公平な利用、(2)利用における柔軟性、(3)単純で直感的な利用、(4)認知できる情報、(5)失敗に対する寛大さ、(6)少ない身体的な努力、(7)接近や利用のためのサイズと空間、を指すという。

 ところで、「弘法も筆の誤り」という言葉もありますね。ユニックス・ユーザーは、コマンド嫌いのマック・ユーザーに対して、「悪いユーザーは自分の道具をけなす」というらしい。

【参考資料】
R.L.ウェーバー編(橋本英典訳)『科学の散策』, 紀伊国屋書店(1981)
科学の散策
(2)Wikipedia「ユニバーサルデザイン
(3)オースティン・C・トラビス(倉骨彰訳)『マックの法則』、BNN (1994)
マックの法則―Macにはまった馬鹿なやつら

名和「後期高齢者」(20)

フェイスブックすなわち回覧板

 私の住む区では、いま、「プライバシー」を巡って微妙な論争がなされている。それは、後期高齢者のみが生活する家庭の名簿を区役所が事前に警察に開示することを可とするか非とするか、についてである。なぜか、と聞けば、後期高齢者は不正な詐欺の対象になりがちであり、そのような社会的弱者を警察が事前に保護するためには名簿が必要、という答え。

 このやり取りをみて私は「とんとんとからりと隣組」を思い起こした。それは戦時下に流行した国民歌謡(作詞、岡本一平)。その第1節は、

とんとん とんからりと 隣組/格子を開ければ 顔なじみ/回して頂戴 回覧板/知らせられたり 知らせたり。

 となっている。2~4節のリフレインは「教えられたり 教えたり」「助けられたり 助けたり」「纏められたり 纏めたり」となる。

 ついでにいうと、隣組は1940年に官主導で制定された大政翼賛会の末端組織であった。制度の名称は「部落会町内会等整備法」。その役割は上記リフレーンの「知らせられたり 知らせたり」などに示されている。いずれも相互監視の有力な手段であった。ついでにいえば、当時は転居は少なく、だれもが向こう三軒両隣の機微にわたる消息を知悉していた。

 「知らせられたり知らせたり」などの機能を支えるものは町内会の名簿だろう。名簿のたぐいは、同窓会名簿、学会名簿、町内会名簿など、かつては社会に溢れていた。それがゼロ年代のなかばころから消え始め、いまでは、新規に発行されるものは(更新を含めて)ほとんどない、という有様になった。

 ところが、である。近年、名簿を簡単に入手できる場所が急増している。たとえば、フェイスブック。ここでは当人の氏名と写真のみではなく、その友だちの氏名まで、しかも写真付きで見ることができる。効率はいま一つだが、スパイシーというアプリもある。また、たとえば病院や大学のサイト。ここでも職員名簿(医師名、教師名)をみることができる。こちらは野放図といってよい。いずれも雲(クラウド)というサイバー空間に入っている。

 話をもどせば、名簿の移転はプライバシーにかかわる。『オックスフォード英語辞典』によれば、初出は14世紀、その意味は「他者から、あるいは公共的な関心から抜け出す状態」(要旨)とある。

 19世紀末になり、この言葉は法律家によって法的領域にもちこまれ、その後、漠然かつ精緻な議論が展開されることになる。たとえば、電話の盗聴はプライバシー侵害か、住宅外壁の温度測定はどうか、乗用車に付けられたGPSデータはどうか、など。最近は、路上に棄てられたゴミはどうか、そこにはだれかの皮膚や髪――DNAデータを採取できる――がまざっているかも、といった議論も現れている。いずれもセンサーは公共的な場所に置かれている。家庭内ではない(だから家庭内の「粗大ゴミ」、つまり亭主は別扱い)。

 日本の個人情報保護法はどうなっているのか、とみると、「個人情報」を「個人識別符号」を含む情報と定義し、「個人識別符号」には氏名を含むと示している。たさらに「匿名加工情報」という怪しげな概念の定義も示されている。肝心の「プライバシー」という言葉であるが、法律の本文にはない。ただし、JIS(日本工業標準)には「プライバシーマーク」として現れる。

 いずれにせよ、フェイスブックなどにくっついている「雲のなかのプライバシー」も「ゴミのなかのプライバシー」と同等に扱われるようになった。

 文脈はやや外れるが、欧州では「忘れられる権利」などという定義が通説となりかけている。だが、どうだろう。忘れられるということは、その人の存在が抹消されることにもなりかねない。というのはサイバー空間で検索できない人は、いまや実空間においても存在しない、というように私たちの社会は再構成されつつあるので。とすれば、あるいは「忘れられない権利」も必要な時代になったのかもしれない。

 冒頭の課題にもどれば、社会的な弱者である後期高齢者たる私は、区にも警察にも、忘れてほしいと頼むか、忘れられないでほしい、とすがるか、その選択に迷っている。

 高崎晴夫さんの近著によれば、サイバー空間に住むユーザーには、プライバシー原理主義者、プライバシー無頓着派、プライバシー現実主義者がいるという説ありとのよし。私はといえば、主観的には現実主義者、客観的には無頓着派ということになるかな。

 「隣組の歌」はなぜか戦後になっても人気がある。それは「お笑三人組」(NHK)、「ドリフ大作戦」(フジ)の番組の元歌となり、さらに武田薬品、メガネドラッグ、サントリーのCMでも引用されたという。

【参考文献】
名和小太郎『個人データ保護』、みすず書房 (2008)
個人データ保護―イノベーションによるプライバシー像の変容
名和小太郎「ゴミのなかのプライバシー、雲のなかのプライバシー」『情報管理』、v.60, p.280-283 (2017)
高崎晴夫『プライバシーの経済学』,勁草書房 (2018)
プライバシーの経済学

名和「後期高齢者」(19)

忘れる

 物忘れがひどくなった。まず、今日は何日なのか、何曜日なのか、それを忘れる。毎日が日曜日だから、ということだけでは説明つかない。月ごとのカレンダーを吊るしてはいるが、そのどこが今日になるのかを同定できない。仕方がないので、日めくりの暦もぶらさげているが、今度は、毎日、その暦を破くことを忘れる。しからば、と手元の新聞をとると、それが昨日の新聞だったりして。そうか、今日の新聞はまだ郵便受けのなかか、とはじめて気づく。

 この愚行を続けること数年、やっと気づいたのは、手元の携帯電話器を覗くこと。そこには、いま現在の月日と時刻が示されている。

 最近、文明の利器が出現した。アマゾンエコーである。「アレックス、今日は何日ですか?」ここで正解を得ることができる。ただし、私の声がしゃがれているので、のど飴なめなめ質問を繰り返すことが多い。

 時間についても同様。こちらは各室に時計を置いてある。問題はそれらの時計が、

    「時計屋の時計春の夜どれがほんと」(万太郎)

といった有様にあいなること。

 いまは何というのか、パソコン画面。昔は「ルック・アンド・フィール」といった。これがよく変わる。モノという人工物であれば、最良のものが発売時点で示され、それがしだいに劣化するという経過をとるが、ソフトウェアという人工物では、最初にバグ入りのものが発売され(無料の場合もあるが)、それが次第に洗練?される。

 だから、ユーザーはつねに、それに追いついていく努力を求められる。最近、フェイスブック関連のシステムで、これが目立つ。物忘れに悩む老人もこの難行に耐えなければならない。

 もう一つ。私はウインドウズ仕立てのパソコンを2セットもっているが、同じバージョンであるはずなのに、まったく異なる初期画面がでる。

    「句碑ばかりおろかに群るる寒さかな」(万太郎)

の心境。「句碑」を「アイコン」と読んでみてください。

 キーボード配列についても、私は不満をもっている。私は中年まではカナモジ論者であ-JISり、カナタイプを使っていた。当時、カナタイプのキーボード配列にはJISがあり、私はそれに慣れていた。(話がずれるが、フォントにも「カタセンガナ」という規格があった。)

 だが、50代になったころからワープロなるものが出現した。当初、ワープロは高価であり、くわえて電源200ボルトを必要としたり、個人ユーザーには使いにくかった。だが、かな入力として親指シフト、オアシス・キーボードが出現するにおよんで、私はカナモジカイを退会し、ワープロ派に転向した。だが、私はローマ字入力かな漢字変換ができるようになるとは、予想もしなかった。

 ということで、私の現在のキーボード操作法は、

    「竹馬やいろはにほへとちりぢりに」(万太郎)

といった有様である。「竹馬」を「キーボード」と置きかえてほしい。

 ローマ字入力かな漢字変換で困ることがある。それは読めない文字があること。歳時記に多い。班雪(はだれ)、仙人掌(さぼてん)、浮塵子(うんか)、白朮詣(おけらまいり)など。読めなければキーボードに入力できない。そんな文字に遭遇すると、

「読初や読まねばならぬものばかり」(万太郎)

といった気分になる。

 余談になるが、『宇治拾遺物語』は「猫の子の子猫、獅子の子の子獅子」の読みを、「子子子子子子子子子子子子子子子子」と書かせている。現代でも井上ひさしは「ルビはそんかとくかをかんがえる」とルビを振り、「振仮名損得勘定」と書かせている。逆に、四字熟語には読めるが書けない文字が多い。

 もの忘れへの対応はメモを作成することにある。先日、文房具屋へいって、「京大式カード」といったが、言葉が通じなかった。「メモ用カード」といっても答えなし。幸いにも、アマゾンに「京大式カード」という商品があった。

 規格についてはさておき、そのカードでメモを作りそれを書棚やテレビの枠、あるいは冷蔵庫に張り付けておくことにした。ところが、メモを書いたことを、メモを貼ったことを忘れてしまう。そのあげく、

「一句二句三句四句五句枯野かな」(万太郎)

となる。わが書斎が枯野に化けるということだ。

 この方式、来客があるときには鬱陶しい。その前日に剥がし、その翌日に貼り直す。これが厄介。なんでこんなメモがあるのか忘れているから。かといって、棄てるリスクはとれない。

 カードがダメなので、こんどはノートを用意し、ここになんでも書き込むことにした。要は、日記になんでも書き込むということだ。結果として、その日記には、テレビ番組のCM、読書メモ、自分の健康情報、・・・、などなどが雑然と溜め込まれている。カードからノートへ。これって、ノートからカードへと進化する梅棹忠夫の『知的生産の技術』とは正反対。

ということで、あげくの果てが、

「なにがうそでなにがほんとの寒さかな」(万太郎)。

となってしまった。

 最後に一言。今回からスレッド名を「後期高齢者のつぶやき」とした。「拘忌高齢者」では奇をてらっているかな、と思いなおして。

【参考資料】
梅棹忠夫『知的生産の技術』岩波新書 (1969)
知的生産の技術 (岩波新書)
井上ひさし『私家版 日本語文法』新潮社 (1981)
私家版日本語文法 (1981年)
名和小太郎『オフィイス・オートメーション心得帖』潮出版社(1983)
久保田万太郎(成瀬桜桃子編)『こでまり抄』フランス堂 (1991)
こでまり抄―久保田万太郎句集 (ふらんす堂文庫)

名和「後期高齢者」(18)

「世代」ってなんだろう

 「世代」ってなんだろう、と考える機会が増えた。私は現役世代ではない。後期高齢者医療保険証を自分の身分証明のために使うことが多い。

 じゃあ、だれが現役世代か。アラフォー、イクメンなどいう流行語で指される人びとはあきらかに現役世代の核だろう。ただし世代という語は「性」には中立的に使われるだろう。『広辞苑』を引くと、

  「生年・成長時期がほぼ同じで、考え方や生活様式の共通した人々」

とあり、「ほぼ30年を1世代とする」と注記されている。

  私の語感では、「世代」にはやや排他的な意味を含む。そこで手元の『シソーラス』に当たってみた。多くの有名人が「世代」に言及している。そのいくつかを紹介しよう。

「それぞれの世代は、相対的な曖昧さのなかから、それぞれの使命を発見し、それを実行し、あるいはそれを裏切らければならない」

とある。フランツ・ファノンの言葉である。ああ、あの革命家の言葉か、と受けることのできる人は、自分の世代を発見したことになるのかも。

 ついで常識的な発言を紹介しよう。まず。リベラルな法律家オリバー・ウェンデル・ホームズ。

「世代とは、かれらの父がなしたと信じることを他者に期待する子供っぽさである」

 もう一つ、皮肉屋のサミュエル・ジョンソンの言葉。

「すべての老人は、・・・、新しい世代の不愉快さ、傲慢さに不満である」

 換言すれば、老人は、若い世代が新しい価値観を主張することが不愉快であり、かれら既成の価値観に無関心なことを傲慢と評する、ということだろう。本音ベースでいえば、現役世代には、じつは世代観などないのかもしれない。つまり、「世代」に関心をもつのは高齢世代のみ、ということかな。

 そうであれば、私はここで居直って、自分が現役世代だったときの関心事を列挙しても、それは許されるだろう。

 私の場合は、10代では浅草オペラとハイパーインフレと肺結核、20代では新制大学(蔑称だった)と「タイガー」(手回し計算器)と日曜娯楽版とLPレコード、30代では公害(当時は「ニューサンス」と呼んだ)と品質管理とカナモジカイ。『広辞苑』流にいえば、ここまでは子としての世代。

 ついで、40代では石油危機とバグ(ソフトウェアの)とアングラ、50代では知的所有権と公社民営化とローマ・クラブ、60代ではバブル経済とサリン事件と阪神大震災と、それからインターネットと。こちらが親としての世代。われながら雑然としているが、こうなるかな。

 ついでに私の脳裏に残っている著名人の名も順不同でメモしておこう。安部公房、梅棹忠夫、大西巨人、加藤周一、黒沢明、桑原武夫、越路吹雪、清水幾太郎、滝沢修、武谷三男、鶴見俊輔、西堀栄三郎、花森安治、松田道夫、三木鮎郎といったところか。いずれも昭和の名前ですね。外国人の名前がないのは、私が外国語を駆使できなくとも暮らすことができた時代に成長したということの反映である。

 話をもどして、ここに示したキーワードや人名が現高齢世代を特徴づける要素になるのか、私はにわかには判断できない。

 あれこれ言ったが、私たち退役世代の自己認識は、私たちは歩きスマホができない世代、つまりSNSに参加できない世代、という一点につきる。もう一つあった。それは原稿用紙を使った世代、ということ。ファノンのような強い世代観はもっていない。

 じつは、私は戦争に遭遇した世代がもつバイアスについて語るつもりであった。だが、それを果たすことはできなかった。私の文体では無理。

【参考資料】
Rhoda Thomas Tripp (compiled) “The International Thesaurus of Quotations”,  Penguin Books (引用文の編集物なので、著作権表示がきわめて複雑。そのために刊行年不明)

名和「後期高齢者」(17)

専門家との相性

 レイパーソン(すなわち患者)であっても専門家との付き合いはある。たとえば「先生」(すなわち医師)と。ここでは双方の相性というものが介在する。前回はここまで触れた。患者からみても先生は多忙。世迷言を並べ立てて先生の貴重な時間を奪うことは失礼という分別くらいはある。だから私は、診察をうける場合には、メモを持参し、余計なことは喋らないようにしている。メモを作るのは、当方の呆けで話がそれてしまうことを恐れるから、そして肝心の診断結果を生呑み込みしたまま帰ってくることがないようにしたいから。

 とはいいながらも、ついつい、先生に余計なご負担をかけてしまうことがある。いつのまにか先生に生半可な問い掛けをしている。先生は面白がってそれを受けてくれる。こんなとき、先生との相性がよい、ということになるのだろう。以下は、その例。

 ケースA:話題は、鎮痛剤の処方についてであった。私は、T剤が自分には効くと思い込んでいた。先生は教えてくれた。どんな薬でも副作用がある。いっぽう、T剤の効果はじつはあいまいである。その効用対非効用の比はきわめて大きい。だから、その服用を止めたほうがよい、と。私がつい反論した。プラシーボ(偽薬)というものもあるでしょう。本人にとっては効くのだから、ぜひ処方をお願いしたい。

 さらにお尋ねした。もし効用がなければ、薬局法では認められていないでしょう、と。先生は応えた。この画面を見てごらん、と。そして欧米諸国における、T剤の評価をつぎつぎと検索してみせた。私は外国語には、とくに専門用語には疎かったので、脱帽するだけだった。だが、先生のひたむきな姿勢に打たれた。

 ケースB:漢方の先生が語ってくれたことがある。漢方の歴史2000年というが、その成果の大部分は寿命が50歳だった時代の経験を集約したものだ。だから、老齢者にも効果をもつのかどうか、疑わしい、と。先生がなぜ問わず語りにこんなことをおっしゃったのか不明。これぞ相性のなせるわざか。

 ケースC:痛みの強さが問題となったことがある。胴回りの筋肉の痛みを訴えた私に、先生は問診票に10段階のどのへんになるか、それを記入せよと、ただし痛み「10」とは耐えられない痛みとして、と示した。これは私にとっては難問だった。現に私は先生と話をしている。とすれば「10」という答えはないだろう。

 私は先生に言った。体温計のような体調を指数化する装置はないのでしょうか。たとえば、「痛み計」というような。先生は苦笑いしながら、だから触診がある、と応じた。そして、私を横臥させ、全身にわたり、筋肉の反射を確かめ、くわえて刷毛で触覚の有無を調べた。

 痛みの指標化にもどる。じつは私は米国の法廷で、fMRIの画像が痛みをもつ証拠になるかどうかという論争があったことを知っていた。とすれば、fMRIの画像を痛み計の替わりに使うことはできないのか。たまたま「痛みの機能的脳画像診断」という論文を見つけたので読んでみた。

 この論文はレイパーソンには難解ではあるが、「痛み計」の実現可能性については肯定的であるかにみえる。くわえてfMRIによる画像診断も提案されている。ただし、その厄介さも紹介されている。

 まず、痛みの定義だが、それにはその部位や強度を弁別する感覚的な要素、不快感をもたらす情動的な要素、注意や予知とかかわる認知的な要素などと関係し、それも活発化であったり、抑制的であったりするという。痛がる写真を見せられただけで痛みを感じたり、注射のときに「チョットチクットシマス」と言われると痛みを抑制されるのも、その例であるという。

 話はさらにそれるが、プラシーボがどんな形で痛みの伝達を変えるのかという点で、論争が存在するらしい。 この解明のためにfMRIによる実験が役立ったという論文をみつけた。レイパーソンの私にその当否を判断する能力はないが、すくなくともこの論文をたどっているあいだ、私は自分の痛みを忘れることができた。私をこんなところまで誘導してくれた先生に敬意を表したい。

【参考資料】
Tor D. Wager  et  al.‘Placebo-Induced Changes in fMRI in the Anticipation and Experience of Pain‘, “Science”, v. 303,  pp. 1162-1167  (20  Feb. 2004)
名和小太郎「脳fMRIはハイテク水晶体か」『情報管理』, v.52, n.1, p.55-56 (2009)
福井弥己郎・岩下成人「痛みの機能的脳画像診断」、『日本ペインクリニック学会誌』、v.17,  n.4 , p.469-477  (2010)

 

名和「後期高齢者」(16)

「つねに先生」?

 米国の法学雑誌をブラウジングしていると、よく「レイマン」(layman)という単語にぶつかる。手元の英和辞典を引くと、「聖職者に対する平信徒」「専門家に対するしろうと」とある。念のために『オックスフォード英語語源辞典』にあたってみたが、語源はラテン語かギリシャ語、それ以上は不詳とある。しろうとを自認して、あちこち首をつっこんで喋りたがる私にとって、「レイマン」あるいは「レイパーソン」は気になる言葉。

 知り合いの専門家に聞いてみた。まず非主流派の法学者からの返事。そういえば「レイマン」は日本では聞かないが、英語圏ではよく聞くね。ただしそこに悪意はないようだ、と。つぎに大ボスの医者からの回答。私たちは「患者」(patient)か「依頼人」(client)と呼ぶね。前者は医療サービスについて、後者は介護サービスについて。ついでに中堅の文化人類学者に聞いてみた。自分たちは「レイマン」という言葉を使ったことはないが、「レイマン」と呼ばれることがある、と。

 視点を変えよう。たまたま手元にあった日本老年医学会編の『薬物療法ガイドライン』について、そこに示されていた専門用語をブラウジングしてみた。ここには、難読な、さらには難解な専門用語が頻出する。例示してみよう。壊死、悪心、潰瘍、誤嚥、骨粗鬆症、重篤、蕁麻疹、喘息、蠕動、脳梗塞など。いずれもレイパーソンの日常語として定着してはいるが、それを書けといわれると多くの人は困却するだろう。つまり、このようなジャーゴンを駆使できる人が専門家ということになるようだ。

 ついでにもう一つ。医師は端末からその所見をキーボード入力しているが、それは日本語なのか英語なのか。つまりかな漢字変換なのか、ローマ字漢字変換なのか、あるいは英字英語変換なのか。いずれを選択するかによって、医師という専門家への閾値は違うだろう。(ドイツ語はどうなのかな。『ガイドライン』の文献表には見当たらないが。)

 話はとぶが、私はある病院で治療を受けるかどうか迷ったことがある。それをみて担当医師はいった。あなたが自分で勉強しないかぎり、どの医師の答えも同一だ、医師にはEBM(Evidence-Based Medicine)用の学会編纂のマニュアルがあるから、と。患者の症状が『ガイドライン』の示すフロー・チャートからそれているときには、患者はそのフロー・チャートを完成するために、同意書なるものに署名しなければならない。

 そういえば、私自身、全身に痛みを感じた時のことだ。私は内科→外科→整形外科と遍歴した。このときに、専門科ごとに触診、CT検査などを受けさせられた。私はこのときに理解した。専門家は、病気を専門用語のみではなく、それを患者の身体のなかにおける実体と照合しているのだ、と。これを、小説家のギュスターヴ・フローベールは「医者はみな唯物論者」とまとめている。

 視点を変えよう。しろうとの患者はどのようにして自分の主治医をきめるのか。およそ二つの型に分かれる。自分で探す人、だれかの示唆にとよる人。前者の例として、統計学者Mさんがいる。(私はそのMさんからご自身の闘病記を頂戴した。同病相哀れむよ、ということだった。)

 二つ目の型には誰かかの紹介。私がかつて30年間ほどかかりつけ医として頼った医師がいた。職場の上司から旧制高校の同級生だとして紹介された人だった。その医師は患者用の椅子と自分用の椅子とを同じ仕様にしていた。通常、椅子は医師のほうが非対称的に立派である(第3回参照)。(その人は還暦をすぎると廃業し、自分は国境なき医師団の一人として海外にでかけてしまった。)

 じつは三つ目もある。それはテレビなどで評判の名医を追いかけること。この追っかけが私のヨガ教室仲間にもいた。その仲間はこぼした。相手が偉くなるほど勤務先が変わったり、予約日にいっても多忙でお弟子さんが代診したり、というようになりがちだ、と。

 *

 私のかかりつけ医は、当方がクリティカルな状況になると、ただちに専門病院へ紹介状を書いてくれた。医師になった友人の話によると、医師は自分が全能でないことを自覚しているので、その相互補完のためにそれぞれがネットワークをもっているはず、だから疑心暗鬼になるな、という。つまり個々の医師の後ろには専門家集団が控えているから安心せよ、というのだ。

 その友人に質した。医師と患者とのあいだには相性というものもあるだろう、と。そうだな、相性以前の問題があるね、との答え。新しい患者は、顔を覚える前に来なくなる確率が多い。それが治癒したためか、信頼されなかったためか分からない、と。この話を聞いた後、私はお礼のフィードバック――年賀、暑中見舞いなどを含めて――をお世話になった先生に出すことにしている。フロー-ベールにもどれば、かれは「医師」を「つねに先生」とも定義している。

 くどいが、私は自分の病状について、自分の思いを「つねに先生」に十分に語れたという経験がない。それはつぎのような悩みである。

(1)私は、現在、n種の病気をもっている。(2)それぞれの病気は、診療科が違う。しかも、個々の診療科の医師から見ると、いずれもトリビアルな症状のようだ。(3)だが、患者の私にすれば、その苦痛は、個々の症状の線形結合(足し算)ではない、交絡する部分(掛け算)がある。

 このへんの患者の迷いを、ぜひ「つねに先生」には留意してほしい。

【参考資料】
ギュスターヴ・フローベール(山田爵訳)『紋切型辞典』、青銅社 (1978)
紋切型辞典 (1982年)
宮川公男『統計学でリスクと向き合う』、東洋経済新報社 (2007)
統計学でリスクと向き合う―あなたの数字の読み方は確かか
日本老年医学会編『高齢者の安全な薬物療法ガイドライン』、メジカルビュー社 (2015)
高齢者の安全な薬物療法ガイドライン2015

名和「後期高齢者」(15)

お手洗いの広さ、狭さ

 ヒトにとって最適な狭さとはどんなものか。こんな取り止めもないことを考えたのは、かつて入院したときのこと。たとえば、お手洗い(以下、WC)の広さ、あるいは狭さ。

 患者は、たとえば点滴棒をもってWCを利用する。その点滴の管はなんにでも――扉の把手、ベッドの手摺、衣服の紐、点滴棒自体などに――絡む。

 WCは患者ならずとも、ヒトにとって必須の人工空間である。それは時代を問わない。すでに平安時代、紫宸殿には「御手水(ちょうず?)ノ間」があり、そこには多様な「澡浴の具」が置かれていたという。それはサービスの標準化を含む有職故実として定着していた。

 まず、WCの機能について確認しておきたい。私の手元に50年ほどまえに切り抜いた資料がある。それは洋式便器の図面だ。タイトルも出典も著作権表示もなし。

 面白いのはこの紙片が便器をコンピュータと比較していることにある。水槽を「主記憶装置」、水や排泄物を溜める部分を「中央演算装置」、排水レバーを「ファンクション・キー」、便器の蓋を「周辺装置」、給水・止水栓を「サージ制御装置」、巻紙ケースを「ソフトウェア」、排水路の清掃用刷毛を「デバッキング・ツール」、そばに置いてあるバケツを「バックアップ・システム」、そして便座を「インターフェイス」としている。くわえて「オーバー・フロー」――インプットとアウトプットによるエラー――として床の上に液体が零れている。隅にはマウスが走っている。現在では、さらにウォシュレットが、その操作盤(大と小、温と冷など)とともに付けられている。ユーザーはこれを日常的な道具として操作しなければならない。

 最近、「誰でもトイレ」が公共空間に設置されるようになった。ここでは狭さにたいする指向は抑制され、多様なユーザー――例、障害者、高齢者、子供連れ――が使えるように、WCは多機能化されている。当然、空間も広がり、WCと人間とのマン・マシン・インターフェイスが複雑になる。このインターフェイスが今回の話題となる。

 私は多機能型のWCを使わしてもらったことがあるが、そのときに不具合をしでかした。排水ボタンがどこにあるのか、それを見つけることができず、うっかり間違って緊急呼出しボタンを押してしまったのだった。

 このとき、便座に坐った私の体位では排水レバーの位置が背後になっていた。私は排水レバーを体を捩じって探しているうちに、私の衣服のどこかかがウォシュレット制御盤のどこかに触れたらしい。その制御盤の位置だが、壁に貼り付けられていたり、便座の脇に組み込まれていたり、さまざまである。ということで、WCのユーザー・インターフェイスは複雑かつ多様である。

 この辺の事情は、たぶん、「ノーマライゼション」、「ユニバーサル・デザイン」、「バリア・フリー」などいう概念を駆使する専門家諸氏がすでに議論されていることだろう。だが、シロウトの私があえて言いたいことは、モノの標準化とともに、サービスの標準化がここに絡んでいることである。

 ということで、WCのインターフェイスは、その狭さ、あるいは広さもかかわるだろう。私は、たった一度ではあるが、茶室のようなWCに案内されたことがある。半世紀もまえのことなので記憶は不確かだが、違い棚があり、床は畳敷、一隅の躙り口のような場所に便器があった。このときに落ち着かなかったことといったら。先に紹介した御手水ノ間が現代にも残っていたということか。私の世代は、たとえば三等寝台「ハネ」の狭さに慣れていたので、狭さに慣れていたのかもしれない。そういえば「坐って半畳、寝て一畳」という言葉もあった。

 つまりWCの場合は、空間の広さ狭さも快適さにかかわるインターフェイスとよぶことができるかもしれない。そういえば、建築家のル・コルビュジエも「モジュロール」という生活空間用の尺度を提案していたよね。

  *

 近年、ヒューマン・インターフェイスの関係者のなかで「ユーザビリティ」という理念が検討されている。ここでは、その対象にシステム、製品とともにサービスを含めている。そのサービスは「ユーザーが実現を欲する結果を容易にすることにより、そのユーザーに価値を提供する方法」と定義されている。ここで与えられるユーザー満足度を「ユーザー・エキスペリエンス」と呼ぶらしい。

【参考資料】
河鯺実英『有職故実:日本文学の背景』、塙書房 (1960)
有職故実―日本文学の背景 (1971年) (塙選書〈8〉)
戸沼幸市『人間尺度論』、彰国社 (1978)
人間尺度論 (1978年)
福住伸一「サービスエキセレンスに向けた人間工学の動向と関連規格」『情報処理』、 v.59, n.5, p.421-424 (2018)
「「だれでもトイレ」誰でも使える?」、『日本経済新聞』2018年7月6日夕刊、p.5

 

名和「後期高齢者」(14)

待つ

 大阪北部で地震が発生した。テレビで伝えられる映像は「待つ」人びとの姿であった。電車やバス、タクシーを待つ、路の空くのを待つ、消防車を待つ、給水を待つ、お手洗いを待つ、ゴミの収集を待つ、電力供給を待つ、ガスの供給を待つ、など。映像にはならなかったが、スマホの充電を待つ、エレベータからの脱出を待つ、もあったよし。ここだけをみれば、「いつやるか? 今でしょ!」ということになる。

 いま「待つ」といったが、その姿は多様。上記の地震についても、公共空間で待つ場合(例、バス)もあれば、密室で待つ場合(例、エレベータ)もある。対応措置を的確にするために待つ場合(例、鉄道)もあれば、対応措置が不十分だったために待つ場合(例、水道)もある。(注:この地震による復旧の待ち時間は、通信は、まあ、なし。電力は2時間、鉄道は丸1日、水道は3日間、ガスは6日間、と報道されている)

 自分がこのような「待ち」に巻き込まれていたらどうなる。高齢者となってしまった私は、つまり知力と筋力を失ってしまった私は、どれにも対応できない。路上に寝そべるしかない。戦中世代流にいえば「倒れてのち止む」の精神かな。私はかつて突然の体調不良に襲われたときに、救急車を呼んだ自分の取り乱した姿を思い出した。こんなことをしたら、渋滞を加速するのみ――これは理解しているのだが。

 「トリアージ」(患者の重症度に基づいて治療の優先度を決定する)という医療処置にかんする選別法がある。私の場合はどうなるのか、そのフロー・チャートをたどってみた。結論は、カテゴリーⅢの保留群、つまり緑のタグを付けられて現場に放置される身、となった。

 この「待つ」だが、この言葉は私たちの世代にとっては眩しい感触をもつ。戦争が終わり、海外から一挙に流入してきた新しい技術の一つに「オペレーションズ・リサーチ(作戦研究)」があり、その中心にあった手法が「待ち行列」であった。

 もともと「待ち」は理系の人びとにとって、興味の対象であった。寺田寅彦には「電車の混雑について」、あるいは「断水について」といった小文がある。前者の趣旨は、「満員電車で急ぐか、空いた電車を待つか」は、その人の趣味と効用感覚による、というもの。後者の要旨は、第1にインフラの保守を忘れるな、第2に対応措置を分散化せよ(自家用の井戸を作れ)、というもの。つけ足せば、近年でも『渋滞学』などという本がベストセラーになった。

 話をもどす。高齢者の避けて通れない「待ち」にはなにがあるか。それは病院の待ちである。まず、受付の待ち、ついで検査の待ち、ついで診察の待ち、ついで治療の待ち、ついで会計の待ち、ついで診療費支払いの待ち、さらには門前薬局での待ち。大病院だと、一日がかりとなる。冬だと、「星ヲイタダイテ出デ、月ヲ踏ンデ帰ル」という所業にあいなる。

 病院の待たせ方も多様。予約時刻順、先入れ先出し(first in, first out)が原則というところがまあ標準である。だが、そこに初診を割り込ませるアルゴリズムは不明。それは担当医師の気分しだいなのかもしれない。とにかく上記のアルゴリズムはどんなものか。この探索は拘忌高齢者(㏍)にとって絶好の頭の体操になる。ということで、㏍は診察室への呼込用掲示板に示される番号を注視する。

 そんな病院で、私はたまたま隣りの席に坐った人から問わず語りに聞いた。それはおよそ他人には予想もできない待ちに堪えることであった。その人はオーケストラの追っかけをしており、つい先日にはセルビアへ行ってきた、などとさらりと言ってのけた。その人の悩みというのは、演奏会において、ながい曲の終わりを待つのが、あるいは楽章のあいだの切れ目を待つのが苦しい、とのこと。喉をいためているので咳払いを我慢しているのが辛い、というのだ。これぞ㏍の究極の姿というべきか。そういえば私も寄席で中座をしてしまったことがある。突然、食中りの症状になったためであった。

 最後に「待ち」を詠んだ句を一つ。

     バスを待ち大路の春をうたがはず  波郷

 この句についてだが、㏍には違和感がある。作者の若書きであり、くわえて当時には「後期高齢者」などという概念がなかったためだろう。

【参考文献】
寺田寅彦「電車の混雑に就て」、『万華鏡』、岩波書店、p.137-154 (1935)
吉村冬彦「断水の日」、『冬彦集:復刻版』、岩波書店,  p.372-384  (1987)