Onlineシニア塾は開設2周年を迎えた2022年5月から名をOnline塾DOORS(略称OnDOORS)と改め、シニアの枠を取っ払い、さらに広範囲の塾に脱皮することになりました。塾の精神、これまでの授業など、ほとんど従来通りで、その趣旨は別稿のOnline塾DOORSへの招待、<ネットのオアシスを求めて>をご覧ください。「国境を越え、世代を超えて」がキャッチフレーズです。より多くの皆さんの参加を希望しています。
なお従来の履歴はOnlineシニア塾①<2020.5~2021.4>、および②<2021.5~2022.4>でご覧いただけます。
講義はしばらく
講座<若者に学ぶグローバル人生>
講座<気になることを聞く>
講座<とっておきの話>
講座<アジアのIT企業パイオニアたちに聞く>
講座<よりよいIT社会をめざして>
講座<超高齢社会を生きる>
講座<女性が拓いたネット新時代>
の6講座で行う予定です。
◇
講座<女性が拓いたネット新時代>
◎60回(2023.5.17)
粟飯原理咲さん【事業=「自分がやりたいこと」×「誰かをしあわせにできること」】
IT企業というと、一方に、大資本と多くの人材を投入し世界に君臨している、アメリカのGAFASのような大企業を思い浮かるが、他方で、個人のアイデア一つがビジネスに結びつくインターネット本来の力を生かして、ユニークなサイトを立ち上げ、仲間を集めて、規模はさほど大きくはないが、それなりに自足し、楽しみながら、利用者にも喜ばれる起業をしている人たちも多い。
粟飯原理咲さんは後者の起業家の先駆けであり、成功者であり、いまもバリバリの現役でもある。「インターネットわくわくレディ」(アイデアは湧く湧く、気持ちはわくわく)、粟飯原理咲さんに20年の体験を聞いた。
粟飯原さんはインターネット黎明期の1996年に大学を卒業してNTTコミュニケーションズに入社。2000年にリクルートに転職、次世代事業開発室などを経て、ポータルサイト「All About」マーケティングプランナーに。2003年には独立して、「おとりよせネット」、「フ―ディスト」、「朝時間.jp」など、ネット上にユニークなサービスをつぎつぎ立ち上げてきた。アイランド株式会社代表取締役。
おとりよせネットは特産品とかユニークな料理、お菓子などをインターネットで取り寄せるための情報をふんだんに搭載したサイトで、お店などから自慢の一品を紹介してもらい、それを実際に試したモニターの記事を掲載するしている。年間の利用者数670万人、紹介した商品数7800点、モニター数は4万人近く、メールマガジン会員は7万人以上という人気のサイトである。
フ―ディストはブログなどのSNSで料理について書いている人をフ―ディストと名づけて、その情報を提供している「日本最大級の料理インフルエンサーサービス」。知る人ぞ知るレシピ本著者、山本ゆりさんなど3万人のインフルエンサーが登録している。
朝時間.jpは朝の暮らし充実に特化した情報満載のサイトである。
2003年にほとんど1人でおとりよせネットを立ち上げたときは、当時、Wi-Fiを利用できたモスバーガーに入りびたりで作業したというが(オープンしたときはモスバーガーの店員が全員で拍手してくれたとか)、苦節(?)20年、何度も壁にぶち当たりながら、持ち前の「地に足のついたミーハー」精神で乗り切り、いまでは社員30人、業務提携先も含めると100人規模の立派な企業になった。運営サイト発のコンテンツを書籍・ムック・CDなどで発行し、リアルスペースの外苑前アイランドスタジオもつくって、2012年からはキッチンスタジオも開設している。
最初は単純に自分が「あったらいいな」と思うサイトを立ち上げてきたが、やっているうちに「関わる人に喜んでもらえる」ことがやりがいになり、今では事業=「自分がやりたいこと」×「誰かをしあわせにできること」だと考えるようになったという。食卓をしあわせにしたい、作り手に光をあてたい、地域を元気にしたい、働くやりがいを感じてほしい、などなど。
アイデアの源泉は、①地に足のついたミーハーでいる(「地に足のついたミーハー」というのが粟飯原さんの自己規定で、いまはやりのChatGPTなど、世の中で起こっていることは何事にも興味をもって実際にやってみて、そこからいろんなアイデアをひねり出す。世の中の動き×自分の興味)、②アイデアわらしべ長者になる(最初から「おとりよせネット」を考えたのではなく、もともとは「食べ歩き」が好きで、そのメールマガジンを作ったら、読者がネットの「お取り寄せ」で盛り上がっていたのがヒントになった。まずひとつ始めると次々にアイデアが生まれてくる)、③アイデアは「ピンチ、焦りが連れてくる」(キッチンスタジオ開設8年目にコロナ禍に会い、高い家賃を払うにも収入がゼロになった月があった。その焦りがユーチューブによる動画配信に結びついた。万事塞翁が馬)の3点に集約できるという。
そのほか、創る段階で大事なのは、時代の流れと合致する、特定の人の喜ぶ顔が見える、「熱量と想い」があるリーダーと「面白がり」「集中力」がある仲間の存在などなど、粟飯原さんの汗と涙の結晶であるいろんなヒントも披歴していただいた。
女性が拓いたネット新時代② 粟飯原さんの話を聞きながら、アン・ハサウェイとロバート・デ・ニーロが共演した『マイ・インターン』という映画を思い出した。若い女性、アン・ハサウェイが起業した女性向けファッション通販サイト『About The Fit』に定年を迎えたデ・ニーロが再就職先としてインターンとしてやってくる話だが、粟飯原さんのオフィスも、映画とよく似た明るい雰囲気ではないだろうか。
当日は前回、話していただいた田澤由利さん、次回にお話しいただく関根千佳さんも顔を見せてくれ、どこか同窓会的な懐かしい回になった。田澤さんは、「粟飯原さんも私もいろいろ苦労しているけれど、それは楽しいからで、上場するといった規模の大きさを求めてはいない。女性の起業の場合、そういう傾向が強いように思う」と話してくれたが、関根さんが間髪をいれず、「ロングテールね」と、これも懐かしい言葉で応じてくれた。
ロングテールは恐竜の長い尻尾で、体の線をグラフ状に描くと、背中の部分のように大きな売り上げは期待できないが、商品を幅広くそろえたり、顧客を広い対象から求めて、それなりの売り上げを確保することを意味する。ネットビジネスの1つの特徴である。ロングテールと女性は相性がいい、ということかもしれない。
ところで、関根さんによると「『マイ・インターン』は60歳以上の男性必見」だそうである。わかる気もしますね。関根さんの話は6月13日に予定している。(Y)
講座<よりよいIT社会をめざして>
◎第59回(2023.5.8)
<情報通信講釈師による精通者発掘ガイド②>【コロナ騒動をめぐる1つの仮説は、「新種ウイルスはすべて生物兵器として開発された」というものである】
5月8日から国のコロナ対策はレベルが「5類感染症」になり、ゴールデンウイークにはマスクなしの姿も目立つようになった。2020年初頭にクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス号」での集団感染が発生して以来3年余、日本ばかりでなく世界中がコロナに振り回されてきたが、アメリカではウイルス起源をめぐる議論が始まった今年3月ごろから、COVID-19とmRNAワクチンに関連する話題がSNS上で排除されなくなるなど、世界中でウイルス起源やコロナワクチをめぐる議論が活発になってきた。ワクチンがかえって有害であるとの情報は<情報通信講釈師による精通者発掘ガイド①>をご覧いただきたいが、では、日本人はどれだけの人がワクチンを打ってきたのだろうか。
厚労省のデータをもとにしたNHKの「新型コロナと感染症・医療情報」によると、5月9日までの国内感染者数は累計3380万3572人で、死亡者は7万4694人となっている。2021年から接種が始まったコロナワクチンの接種状況は表の通りである。1回目は80%を超える接種率で、すでに5度目まで接種が続いている。そして、4月28日の第93回厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会副反応検討部会のデータによると、2023年3月12日までの「ワクチン接種後の死亡例」として報告された件数は、ファイザー社ワクチン、1829件、モデルナ社ワクチン、224件となっている。そして、「死亡事例の報告のうち、ワクチンとの因果関係が否定できないとされものは1件」、「現時点において、ワクチン接種によるベネフィットがリスクを上回ると考えられ、ワクチンの接種体制に影響を与える重大な懸念は認められず、引き続き国内外の情報を収集しつつ、新型コロナワクチンの接種を継続していくこととしてよい」としている。
しかし2000人以上がワクチン接種後に亡くなっている訳で、この結論には強い異論が出ている。隠された死者は遙かに多いのではないかという推測もある。最初からワクチンを敬遠して接種しなかった人も2割ほどいるわけだが、唐澤さん本人もワクチンを打たなかったという。
というわけで、今回は唐澤さんがなぜワクチンを打たないと決めたかという理由と、その結論に到達するのに有益だった情報収集方法について話していただいた。唐澤さんは家族が薬漬け医療の被害を受けた経験もあり、薬物使用や医療情報に強い関心をもってきたが、インターネット上には早くからコロナワクチンを危険視する声があったという。
たとえば、2021年1月28日の「朝まで生テレビ」で上昌広医師が「このワクチンは高齢者に打つと一定の方が亡くなると思います」と発言していた。また、内海聡『ワクチン不要論』(三五館シンシャ発行、フォレスト出版販売)がコロナ以前の2018年に出ており、ここでは以下の点などが指摘されていた。
・向精神薬、ワクチン、抗がん剤はすべて効かないどころか、有害である。
・科学的な根拠やデータは検査方法により、いくらでも捏造、操作ができる。
・ワクチンには水銀、アルミニウムなどの化学薬品、野生のウイルスなどが含まれている。
・ワクチンが歴史的に感染症を防いできたというワクチンマニア(推奨者、御用学者)の発言は嘘。実際にはインフラ整備による環境改善と栄養状態改善による。
・ 人工的に作られたウイルスに、途中経路を飛ばして感染したかのように見せかける遺伝子ワクチンは不完全な抗体だけが作られ、むしろ感染症にかかりやすくする危険性すらある。
またファイザーやモデルナなどの製薬会社のウェブには副作用などの記述も開示されており、現在は治験期間であるというエクスキューズもあり、被害を受けた人が訴訟を起こしても勝訴するのは難しいという。接種時に個人の判断でワクチン接種を受ける旨の文書に署名させられるようにもなっている。
唐澤さんが日常的に参照しているウェブやメルマガなどの情報収集ノウハウは、下記の「唐澤流精通者発掘ガイド」を参照していただくとして、今回のコロナ騒動をめぐる唐澤さんの洞察はきわめてシビアなものだった。
①世界経済フォーラム(ダボス会議)の設立者、スイスの経済学者、クラウス・シュワブは世界の人口を管理可能な10億人のレベルまで減少させる「人口削減論」を唱えており、この考えが世界の支配層に根強く浸透している。
②1980年以降に出現したすべての新種ウイルスは生物兵器として開発されたものである。2012年、米軍DARPAはmRNAワクチンを生物兵器として開発する計画を打ち出した。2016年、モデルナは新種ウイルスの設計図を完成し、特許を取得。アメリカ国立衛生研究所(NIH)が圧力をかけてモデルナ特許の共同保持者となり、ファイザーにもライセンスした。時期は不明だが、NIHは中国武漢研究所やウクライナのウイルス研究所に開発を下請けに出した。
③2023年3月、米議会で「ウイルス起源法」が成立した。3月21日にバイデン大統領が署名したので、中国武漢研究所からの漏洩説などコロナおよびワクチンをめぐる機密情報が180日以内に公開されると見られる。
結論として、唐澤さんは「SARS-Cov2ウイルスやmRNAワクチン(遺伝子ワクチン)はディープ・ステート(国際金融機関を中心に世界を影で支配する権力機構)によって仕掛けられた生物兵器であり、世界中の市民は今、これらの兵器と闘っている戦争状態であると認識すべきである」と述べた。「この認識がないと、次々と新しい生物兵器が仕かけられ、人口減少が進むのではないか」とも。
なかなかに恐ろしい話だが、人類は原子と遺伝子という2つの核の操作に踏み込んでいる。その最先端科学技術が私たち市民の日々の生活まで否応なく襲いつつあることを思い知らされる話だった。この日の講義は、前回のタイトル【あふれる情報に流されず、適格な答えを引き出すには努力が必要だが、才覚さえあれば、正しい答えは引き出せる】の実践例だったと言っていいだろう。
唐澤流精通者発掘ガイド 最も多く利用するのはツイッター、フェイスブック、ユーチューブなどのSNSで、ユニークな意見を明確に書いている人がいたら「フォロー」ボタンをポチッとして読み、メルマガを発行している人であれば、申し込むことも。また、コメントを書き込むことができるものであれば、自分の考えを書いたり、他の人のコメントを読んだりすることで、その道の精通者を発見することもあります。
そして、新聞やテレビではなく「スマートニュース」というスマホ向けの各社のニュースのまとめサイトが項目別に整理されているため、ざっと斜め読みして、気になるニュースがあったら、要約文を読み、詳しく全部読みたい場合は、そのニュースの配信元のサイトで、原文を読むといったことをしています。そうすることで、自分が知らなかった人の発信情報を偶然目にすることも出来ます。これは偶然というよりは、共時性が起きるのだろうと思い、その時の直感を大事にして辿っていくことで、その道の精通者を発見することに繋がると考えています。(K)
講座<よりよいIT社会をめざして>
◎第58回(2023.4.26)
城所岩生さん【インターネットという技術革新に乗り遅れたことが日本経済の停滞を招いており、その原因の一つが著作権法である】
もう20年も前に日本でインターネットをめぐって1つの事件があった。プログラムの名をとってWinny事件と呼ばれている。ピア・ツー・ピア(peer-to-peer、P2Pと表記されることが多い)というパソコンや端末を直接接続してデータのやり取りをする方式で開発され、一般に公開されたこのプログラム(ファイル交換ソフト)を使って多くの楽曲が著作権者に無断で流通しているのは著作権法違反だとして、2003年に楽曲をアップした店員2人が逮捕され、続いて翌年、プログラムの開発者、金子勇さん(当時、東大大学院特任助手、写真)も幇助罪で逮捕された。包丁を使って殺人が行われたからと、包丁業者も取り調べられるのはおかしい、と当初から警察・検察の捜査には強い異論があったが、京都地裁は
これを有罪と認め、その後、大阪高裁で逆転無罪、2011年、最高裁でも無罪が確定した。
NTTに勤務し、アメリカ社副社長も務めた城所岩生さんは米国弁護士の資格を持ち、日本の大学法学部で教壇にも立ってきた。最近『国破れて著作権法あり 誰がWinnyと日本の未来を葬ったのか』(みらい新書)という本を出したが、折からWinny事件の弁護人として活躍した壇俊光弁護士の『Winny 天才プログラマー金子勇との7年半』(インプレスR&D)をもとにした映画も公開されている。城所さんにWinny事件の経過とその問題点を話してもらった。
城所さんの考えはその書名、およびまえがきの「2012年4月、幕張メッセで金子勇氏の講演を聴いた私は、質問の冒頭で、『金子さんは日本人に生まれて不幸だったかもしれない。なぜなら欧米版ウィニーを開発した北欧の技術者は、金子さんのような後ろ向きの裁判に7年半も空費させられることなく、その後、無料インターネット電話のスカイプを開発して、億万長者になったからです』と述べた」と書いていることに明らかである。金子さんは無罪確定後1年半で、41歳の短い生涯を閉じている。
日本の著作権法は著作権者の権利を守ることを重視しているが、アメリカでは早くから「フェアユース」<利用目的が公正(フェア)であれば、著作権者の許可がなくても著作物を利用できる。フェアかどうかは「利用目的」「利用される著作物の市場に与える影響(市場を奪わないか)などから総合的に判断する>という法理が確立し、自由に情報を流通させるインターネット本来の長所を生かす形で運営されてきた。この態度の差が、日本社会というより日本の経済発展に大きな影響を与えたというのが城所さんの意見である。「情報共有にもとづくインターネットは、他人の情報を利用する際に原則として許諾を必要とするアナログ時代の著作権法では、その特質が十分生かせないおそれが出てくる」(本書、あとがき)。
たとえば「世界における企業時価総額ランキング」の1989年(平成1年)と2018年(平成30年)を比較すると、かつて金融業を中心にトップ10に7社も入っていた日本企業は2018年には0となった。一方で米IT企業のGAFAMが進出しており、平成年間における日本経済の衰退を象徴する指標である。
城所さんは日本の著作権問題に関する今後の提言として、フェアユース導入のほか以下の3つを上げている。
①第三者意見募集制度の導入
②審議会構成員は中立委員だけに絞る
③取り調べに弁護士の立ち合いを義務付ける
ちなみに2022年現在の文化審議会著作権分科会の委員27人の構成は、大学教授6、弁護士・弁理士2、マスコミ2、権利者団体15、利用者団体2で、権利者団体が圧倒的に多い。金子さんは検察の捜査に対してきわめてナイーブで、それが審理にマイナスに働いた点もあるらしく、③は大事だと思われる。なおWinnyは、このプログラムを悪用したウイルス(暴露ウイルス)によって、官公庁、企業、個人のパソコンから重要な、あるいは秘密の情報が次々に流出したことでも大きな話題になった。
当日はネットワーク障害で一時、城所さんとの通信が途絶えるトラブルがあったが、その間も、私たちに身近な話題だけに、新聞記事と著作権、美術作品の著作権許諾の実態など、議論は大いに盛り上がった。すでに映画を見た人からは、金子さんを演じた東出昌大は好演しているという報告もあった(^o^)。
インターネットと法のせめぎあい 私はインターネット黎明期の1995年にインターネット情報誌『DOORS』を創刊した経緯があり、インターネットと社会のあり方には深い関心を寄せてきたが、残念ながら日本人とインターネットとの相性はきわめて悪い。それを利用しようとする側(行政や企業、一般ユーザー)はインターネットを便利な道具、あるいは金儲けの手段として使おうとするばかりで、インターネットがもつ創造的破壊というか、情報を自由に流通させるプラスの面、社会的インパクトに積極的に対応してこなかった。
法はもともと保守的で秩序維持に傾き、技術の進歩にむしろ逆行する傾向がある。アメリカでフェアユースの考え方が確定していく背景には、インターネットのもつ潜在的可能性を生かすために法体系そのものをアップデートしていく姿勢が見られるが、日本における法は、欧米モデルを導入してもっぱらその解釈を基本としてきた伝統もあり、インターネット時代においてそのほころびが目立つ。その矛盾は情報法としての著作権法に凝縮していると言ってもいいだろう。
当塾でも取り上げたChatGPT(54回、2.13)は、その後大きな社会的問題を投げかけているが、従来の著作権の考え方をも揺るがしている。(Y)
新講座<女性が拓いたネット新時代>
◎57回(2023.4.5)
田澤由利さん【これがバーチャルオフィス:テレワークはコロナ以前からあったし、これからいよいよ重要になってくると思っています】
学生時代に叔父からシャープのパソコンをもらい、コンピュータにすっかり取りつかれた田澤さんは、アルバイトの職を求めて東京・青山にあった小さなオフィス「アスキー」に飛び込んだ。配属されたのがマイクロソフトFE(Far East)本部という従業員数人の部署だった。ときどきよれよれシャツでぼろぼろジーンズの外国の若者が顔を出していたが、それがビル・ゲイツ氏だった。今をときめくマイクロソフトは西和彦氏の縁でアスキーの一角から日本での産声を上げたのだが、それほどに田澤さんとコンピュータの縁は長く、深い。
大学卒業後は地元が奈良ということもあり、シャープに就職、その後他の会社の人と結婚して、ご主人の異動に伴い仙台へ移動した。シャープの配慮で自らも仙台の営業所で働くことができたが、その後出産、ついにシャープを退社するもやむなしの事態となった。しかし、なんとか子育てもしながら仕事を続けたいという思いが強く、パソコンライターとしての仕事を思いつき、さっそく実行した。その間、奈良、岡山、名古屋と転勤するご主人について3人の娘さんを育てながら、かなりのパソコンガイドブックをものしている。そして、ご主人の転勤が奈良からはるかに遠い北海道・北見になった。さすがに北海道ではパソコンライターも無理かと思ったが、ここでも運命を果敢に切り開くフロンティア精神に火がついて、インターネットの普及でSOHO(Small Office, Home Office)が脚光を浴び始めた時流にも乗り、彼女は北見の子育てライターとして活躍するSOHOの星になった。北見の生活は自然環境も子育ての環境としても申し分なく、ついにはご主人が会社をやめて北見に定住、田澤さんといっしょに会社を経営することになった。以上、田澤由利前半の半生の一席である。
そのときから彼女の夢は「インターネット上にふつうの会社をつくる」ことで、1998年にそのための会社、「ワイズスタッフ」を設立した。「子育てしながら仕事をしたい」、「夫の転勤で仕事をやめて家にいるのがつらい」といった女性が次々に登録して会社は150人のスタッフを擁するようになった。彼女は「仕事を安心して任せられる会社」、「インターネット上にある普通の会社」をめざし、従業員が安心して働けるだけでなく、得意先にも安心して仕事を任せてもらえるようなまさに「普通の会社」づくりをめざし、マネジメントにも力を入れてきた。
そして2008年、柔軟な働き方を社会に広めるために、「テレワークマネジメント」を設立。東京にオフィスを置き、企業などへのテレワーク導入支援や、国や自治体のテレワーク普及事業などを推進している。国の会議にも委員やアドバイサーとして数多く参加するいまや「テレワークの星」、いや「女王」かな。
さて、そのバーチャルオフィスだが、彼女がプレゼンテーションしてくれたオフィス(写真)はたしかにすばらしかった。会議室、作業室、応接室、集中作業室などいろんな部屋があり、東京オフィス、北海道オフィス、奈良オフィスなどが同居、それぞれの従業員が仕事に励んでいるが、たとえば社長の田澤さんが東京オフィスを訪ねて、声をかけるとそれぞれの従業員がカメラをオンにして、そこで打ち合わせもできる。勤務先は東京、奈良、北見と離れていても、まるで一カ所にいるような親近感も感じられる。これが田澤さんのめざすテレワークである。
コロナ禍で一時脚光を浴びたテレワークだが、コロナがおさまるにつれてまた会社勤務に復活する動きも出ているが、田澤さんのめざすテレワークはやむを得ず緊急避難的に行うものではない。インターネットを利用して新しい会社をつくりあげることである。そのためにはマネジメント、生産性向上、従業員の暮らしの向上など、いろんなことに目配りが必要だが、もともとコミュニケーションやチームワークを重んじる日本だからこそテレワークの可能性は大きいと田澤さんは信じている。これが田澤さん後半の半生、20年の記録であり、最終章の幕はいよいよこれから開くのであろう。
また田澤さんのプレゼンテーションはパワーポイントを画面共有して話すだけでなく、ご本人がその背景の中に入り込んで教師が黒板を指し示しながら話をする臨場感あふれるもので、なるほどこれはいいと、我がOnline塾DOORSでも実践を目指すことにした。
彼女は奈良、東京、北海道と全国を飛び回っているので、テレワーク会議では自分がいまどこにいるのかがわかるように、それぞれの場所を背景に変えて話しているのだという。「人間臭いネットワーク」を追い求めている田澤さんの気持ちのよく表れたプレゼンテーションだった。
女性が拓いたネット新時代 実は私は20年前の2004年、『女性がひらくネット新時代』(岩波書店)という本を書いた。インターネット黎明期にネットと女性は相性がいいのではないのかという直観のもとに当時活躍していた女性起業家を訪ねたものである。その7人の1人が田澤さんだった。当時、田澤さんは本文にふれたように「SOHOの星」とメディアで盛んに取り上げられていたが、当時から彼女の夢が「インターネット上のバーチャルオフィス」、まさに「テレワーク」だったわけである。
当時は北見に職住近接のオフィスがあったが、いまは閉鎖、すべてネットワーク上に移っている。その構造図が先に紹介したものだが、三次元でこそないけれど、考え方はまさにメタバース的で、彼女の先見の明を示している。
なお、この新講座<女性が拓いたネット新時代>では同書で取り上げた他の方にも順次ご登場願い、ネットワークの20年の実績やその間の社会の変化、女性の活躍などについて話を聞く予定です。(Y)
講座<よりよいIT社会をめざして>
◎第56回(2023.3.22)
<情報通信講釈師による精通者発掘ガイド①>【あふれる情報に流されず、適格な答えを引き出すには努力が必要だが、才覚さえあれば、正しい答えは引き出せる】
この授業は<よりよいIT社会をめざして>の一環として、「情報リテラシーの差が明暗を分ける」2つの例、新型コロナ騒動とウクライナ戦争への対応について、情報通信講釈師の唐澤豊さんの話を聞いた。その内容はさまざまな情報が錯綜する現代社会にあって、マスメディアの記事や一般に流布している情報だけで判断していると、生死を分けるような事態にもなりかねないことへの警鐘だった。たとえば新型コロナ騒動にしても、多くの人がワクチンを接種したけれど、インターネット上の情報を丁寧に見ていくと、そこにはワクチン接種直後に副作用で死亡した例のみならず、ワクチンそのものが人間本来の免疫力を阻害する有害なものであることが欧米の専門家などに指摘されていた。
たまたま同日、国会の参議院予算委員会でれいわ新選組の山本太郎代表が「ワクチンと死亡の因果関係を審査する機関の予算の多くが審査される側から提供されている」事実を指摘しつつ「製薬会社の顔色をうかがうんじゃなくて、解剖まで行った医師の評価を尊重することが重要ではないか」などと厚労省の姿勢を厳しく追及していたが、唐澤さんが調べた情報によれば、ワクチンそのものが人体に長期的な害毒をもたらす可能性があるらしい。
ワクチンを接種した人にとってはショッキングな内容で、①新型コロナが人工によってつくられたものであることはほぼ明らかになっている(モデルナ社が特許をとった人工ウイルスが中国の武漢研究所から漏れた可能性が強い)、②ワクチンの実用化にはふつうは10年近い試験期間が必要なのに、コロナワクチンは1カ月程度という短期間の試験期間しかなかった、③ワクチンはいろんな障害をもたらす恐れがあるが、人体のRNAを書き換えるため、長期的には免疫不全症候群(エイズ)と同じような副作用をもたらす可能性がある(写真はその警告)。④ワクチンの製造元、米ファイザー社の科学計画ディレクターをつとめる若い研究者への「覆面インタビュー」によると、ファイザー社は事前にコロナの変異株を作り、それに対応するワクチンを開発、さらなる金儲けを画策している。またワクチンの規制当局は、天下り先のファイザー社には甘い対応しかしていない、といったもので、とくに④は第一線の技術者のモラルの崩壊をもうかがわせるものだった。
ウクライナ戦争では、西側主張は「ロシア悪、ウクライナ善」という立場に立っているけれど、ロシアを侵攻に駆り立てたアメリカを中心とする西側陣営にこそ問題があるとの情報も、ネット上では比較的容易に探し出すことができる。ことほどさように、現代では情報があふれているけれど、その情報から信頼に足るものを選び出すのはいよいよ難しくなっている。それらの情報の中には、ためにする有害情報もあるし、陰謀史観を彷彿させるものもある。何を信じるかは最終的には個人一人ひとりの責任で判断するしかないが、偏った情報だけに囲まれているのが危険であることは間違いない。
情報リテラシーがいよいよ重要になってくるわけで、閉塾後、唐澤さんと話し合って、<よりよいIT社会をめざして>の分科会として、<情報通信講釈師による精通者発掘ガイド>シリーズを隔月ぐらいのペースで開くことにした。唐澤さんに話してもらうほかに、その道の専門家(情報精通者・匠)を探し出して、我々がふだん接触することの少ない情報について案内してもらい、視野を広げていければと考えている。その趣旨のもとに本日の講義を繰り上げてその第1回とし、5月8日に改めて議論することにした。
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Online塾DOORSも5月で3周年を迎えます。それを機によりおもしろく、かつ有意義なコミュニケーションの場にしたいと考えています。より多くの人の参加を歓迎します。
ショック・ドクトリン 紀伊国屋文左衛門が江戸で品薄になったミカンを紀州から荒海を航海して運び巨利を得た話は有名である。江戸の大火が原因だとも、嵐で航路が途絶えていたとも言われるが、いずれにしろ災難を奇禍として大尽になったわけである。戦前には戦争を好機に新聞が部数を飛躍的に伸ばすなど、災害や戦争といった不幸は常にビジネスと結びついてきた。
カナダ生まれのジャーナリスト、ナオミ・キャンベルは2007年、『ショック・ドクトリンTHE SHOCK DOCTLINE The Rise of Disaster Capitalism 』いう本を書き、戦争、恐慌、巨大災害などの人類の不幸(惨事)を自らの「利益」ととらえ、それを「餌食」として増殖する新自由主義(惨事便乗型資本主義)を告発した。これはかつてそうであったような、人間の知恵と冒険の物語というより、巨大技術を動員した人類崩壊の道へとつながりかねない。
彼女は2005年にアメリカ南部を襲った大ハリケーン、カトリーナの被災地を訪れた話から筆を起こしている。テントには避難民や病人があふれていたが、それを尻目にニューオーリンズ選出の下院議員や不動産業者たちは「ハリケーンのおかげで低所得者用公営住宅がきれいさっぱり一掃できた。これぞ神の御業だ」、「このまっさらな状態は、またとないチャンスだ」などと語っていた。これが「惨事便乗型資本主義」の正体である。
今回のファイザー技術者の話は、この惨事便乗型資本主義を彷彿とさせる。製薬会社の利益のために私たちはワクチンを打たされて、その被害は見えない形で子孫にも影響するとなると、これは恐るべきことである。人間の命が「餌食」になっている。
ウクライナ問題をアメリカ兵器産業が好機ととらえているのも間違いなく、彼らにとっては戦争続行こそがメリットである。そんなウクライナを電撃訪問し、ゼレンスキー大統領に広島名産の「必勝祈願しゃもじ」を贈ったわが国首相のふるまいをどう考えるべきだろうか。本講座は、情報社会における自衛のための教室にもなると思う。(Y)
講座<アジアのIT企業パイオニアたちに聞く>
第55回(2023.3.1)
牟田慎一郎さん【ボランティア活動の一環として、ケニアの国連ハビタット本部などを訪れた】
福岡県に国連ハビタット福岡本部がある。ハビタットは都市化と居住の問題に取り組む国際連合の機関で、「ハビタット」とはラテン語で「居住」を意味する。世界中のひとたちが安心して快適に暮らせる「まちづくり」を推進しており、ケニアのナイロビに本部がある。
福岡本部は九州唯一の国連機関で、アジア太平洋35か国以上の国々を活動範囲におさめており、牟田慎一郎さんはその協力団体、日本ハビタット協会の理事および福岡支部長、さらには福岡本部と市民の橋渡し役、ハビタット福岡市民の会代表として、活動支援や広報を中心に活動してきた。
第53回の岩城義之さんのアフリカ報告に呼応して、2013年にケニアを訪れたときの話をしてくれることになり、当日は岩城さんにも参加していただき、アフリカ話に花が咲いた。
ナイロビのハビタット本部も加えた特別ツアーに、ボランティア仲間など10人が参加した。広大な大地を一直線に伸びる道路を大型ジープに乗って疾駆、ナイロビ周辺の都市や大自然、人びとの暮らしや習俗などを探訪してきた。ケニアの広大な夕陽、ケニアとタンザニアを移動するヌーの大移動な
ど、めずらしい経験が丁寧な記録として整理されており、たいへん楽しいひとときだった。ヌーの大移動を実際に見る機会はめったにないらしい。ナイロビのハビタット本部には3800人が働いており、活動の一環として進められていた一
大スラムの居住計画も見学してきたという。
牟田さんはアジア太平洋こども会議のボランティアもしており、子どもたちを連れて、2001年から2015年にかけて14か国を訪問、牟田さん自身は40か国以上を訪問しているという。
電気技術者として会社勤めをしていたバブルの絶頂期に、本当の幸せとは心の豊かさだということに気づき、さまざまなボランティア活動に取り組みながら、多くの人に会ってきたという。これぞ<超高齢社会を生きる>理想のスタイルだと、追ってこちらの講座でも話してもらうことになった。
講座<よりよいIT社会をめざして>
第54回(2023.2.13)
唐澤豊さん 【最近話題のChatGPTは何がすごいのか。急成長するAIに踊らされずに生き抜く覚悟が改めて必要になってきた】
インターネット黎明期にはその加速するスピードに関して、インターネットの1年は実世界の7年にあたるとして、ドッグイヤーということが言われた。いまやマウスイヤーとさえ言われるほどのコンピュータの発達である(一説によると、ネズミは人間の18倍の速度で成長する)。唐澤さんにメタバースや量子空間に遍在するというゼロポイントフィールド仮説について聞いたばかりだが、昨年暮れ、彼から「緊急事態発生」とのメールをいただいた。
11月に公開したばかりのAI(人工知能)サービス、ChatGPT(チャットジーピーティー)をめぐって、グーグルのサンダー・ピチャイCEOがコード・レッド(緊急事態)を宣言、即座に経営方針を変更したというニュースを受けてのことだった。
ChatGPTは、アメリカの人工知能の研究開発を行う非営利団体、OpenAIが開発したチャットサービスで、そこで質問をすると、まるで人間が書いたような自然な文章で回答してくれる。公開以後、瞬く間に1億人のレギュラーユーザーを獲得、「スタンフォード大学の学生レポートの17%がChatGPTを使って書かれている」、「某学術雑誌がChatGPなどのAIを著者として認めないとの声明を出した」、「マイクロソフトは自己の検索エンジンばかりかWordなどのアプリケーションソフトにもChatGPTを組み込むことを決めた」などという話題が世界を駆け巡った。 上の写真は、ある人が「ChatGPTはどんな質問ができますか」と質問したら、答えは「受け付けられる質問」を列記したものだったという例。たとえば、これまで調べものをする人の多くがグーグルの検索エンジンに、たとえば「学問とは何か」といったキーワードを打ち込み、表示される関連サイトを読みながら考えをまとめていたわけである(書籍など他の文献を参照する人も多いだろうが)。この検索、編集の作業をChatGPTがリアルタイムで行い、即座に英語の質問になら英語で、日本語の質問なら日本語で答えてくれる。唐澤さんの実証によれば、その回答は優等生的で誹謗中傷などは行わず、どちらかというと最大公約数的になりがちだが、それでもそれなりの答えを一瞬で出してくる。学界に提出できるレベルの論文を書いたり、実働するプログラム、読後感想文、イベント企画、歌詞までつくったりするらしい。同サービスはとりあえず無料で公開されている。
グーグルはChatGPTがグーグルの検索エンジンに取って代わるかもしれないという懸念を抱き、自らもBardという同じような対話型AIを投入することを2月に発表している。「人々が、Chat GPTに物事を尋ねるようになれば、誰もGoogle検索エンジンなど使いはしない。そうなれば、Googleのビジネスモデルは、危機的な状況を迎える」と考えたわけである。OpenAIにマイクロソフトが資金提供していることも対抗心を駆り立てたらしい。
ここ両日、朝日新聞や日経新聞などもChatGPTをめぐるIT企業の動向や、現段階のAIの不完全さを指摘する記事を掲載するなど、ChatGPTは突然、時代の寵児になった感がある。
今後の動向はたしかに注目されるし、IT社会にすっかりのめり込み、インターネット上の情報を継ぎ合わせるだけで考えているような錯覚に陥っていた人々には打撃を与える恐れもある。AIに仕事を奪われるという心配もたしかに存在する。ChatGPTは検索エンジンをフル稼働しながらインターネット上のデータから回答を引き出してくるわけで、蓄積されるデータが膨大なものになれば、また新たな展開があるかもしれない。逆に、インターネット上に存在しない人間本来の思考の価値が高まるということも言えそうである。
コンピュータの性能は、2045年には人間の頭脳を上回る(シンギュラリティ=技術特異点)と説くレイ・カーツワイルのような未来学者(コンピュータ科学者)もいるが、「情報通信講釈師」を名乗る唐澤さんは「2050年ぐらいまではコンピュータの知能が人間を上回ることにはならないのではないか」と語った。彼の結論は「我々は人間にしかできない脳力を磨き、人工知能を使いこなせば良い」ということである。ちなみに経産省が未来人材会議に諮問してまとめ、2022年5月に発表した「未来人材ビジョン」では、2050年に必要になる人間の能力について、以前(2015年)と対比させつつ、上図のように表示している。
授業では、これからの時代の人間の生き方、有効な教育の方向、倫理のあり方など、活発な意見交換が行われた。
講座<アジアのIT企業パイオニアたちに聞く>
第53回(2023.1.20)
岩城義之さん【アフリカは貧しいけれど、子どもたちの笑顔は底抜けに明るい。日本の若者よ、アフリカとインドに向って羽ばたこう】
2023年初頭を飾る<アジアのIT企業パイオニアたちに聞く>第3回は、世界を駆けめぐる通訳というか探検家というか、アグレッシブな人生の謳歌者、岩城義之さんにアフリカ最新事情を聞いた。
岩城さんは九州の高校を卒業した30年ほど前、世界をもっと知りたいという思いから留学制度のある大学を選び、そこから1年ほどカナダのバンクーバーに留学した。クリスマス休暇をとってバックパッカーとしてイギリス、スペイン、モロッコを回ったが、先進国の風物よりも、ジブラルタル海峡をわたってモロッコに行った時のインパクトが忘れられなかったという。その後もウズベクスタン、ラオス、インドネシア、フィリピンなどのアジア諸国や東欧を〝漫遊〟していたが、アフリカにしばらく定住してみたいとの思いが強まり、英語教師の職を辞してJICAの海外青年協力隊に応募、4年間をアフリカのニジェールで過ごした。経済的に貧しいにも関わらず笑顔が絶えない子どもたちの元気に惹かれ、これまでにアフリカ15か国を回ってきた(世界110か国を訪問)。
当日は「アフリカに想いを馳せよう」というキャッチのもとに楽しいアフリカ入門講座となった。
最初にいくつかクイズがあった。①アフリカには何か国あるか、②面積は日本の何倍か、③人口1億人を超える国はどこか、④アフリカ全体の中心年齢(もっとも層の厚い年齢、平均年齢に近い)はいくつか、⑤アフリカの出生率は?、⑥識字率は?
日本の中心年齢は48、出生率は1.34である。参加メンバーの正解率は必ずしも高くなかったが、正解を末尾に記載しておく。
話は豊富な写真のもとに、アフリカの自然、民族、経済、暮らしなど多方面にわたった。アフリカと言うと、貧困、民族紛争、感染症、貧富の差など暗い話題が多いが、アフリカがいま急速に発展しつつあるのはたしかなようだ。
ケニアの新幹線やキャッシュレス制度、ナイジェリアや南アフリカ共和国の近代都市群などなど。ケニアのキャッシュレス制度M-PESAはほぼ100%の実施で、物乞いの人たちも坐った前に自分のID番号を表示して、ケータイ経由で施しを受けているのだとか。ナイジェリア、ケニアなどで特徴的だが、発展すればするほど格差がひどくなる。資源のある国は豊かだが、その資源が民族紛争につながったりもしているらしい。
ケータイはほとんど中国製で、ついで韓国製、日本のものは皆無だという。かつての電子立国の影はみじんもない。中国のアフリカへの進出は聞きしに勝るものだった。
中国は相手国の支配層の喜ぶように、すべての材料を自国から取り寄せて立派な学校を建てるけれど、いったん古くなると、だれも修理できない。それに比べると、日本の学校は地味だけれど、現地人を雇用し、現地の材料を使って作るから、規模はいかにも小さいけれど、修復も可能で地元の評判はいいともいう。これをもう少し拡大するといいように思われる。岩城さんは「こういう実績を起業に結びつけて、ビジネスの興隆に結びつけるような援助の仕方があるのではないか」と模索を続けているという。
そのためにも、日本の若者たちがもっともっと世界に、そしてインドやアフリカに進出してほしい、というのが岩城さんの願いである。「狭い日本で登校拒否したり、進路に悩んだりするよりも、思い切って世界に羽ばたいてほしい」と。「アジアの新しい風」に「アフリカの新しい風」という部門を追加するといいかもしれない。クイズの答え<①54か国、②80倍、③ナイジェリア(3億)、エチオピア(1.15憶)、エジプト(1億)、④19歳、⑤4.5人(ニジェールは6.8人)、⑥35%>。
講座<よりよいIT社会をめざして>
第52回(2022.12.15)
唐澤豊さん 【コンピュータ上に壮大な第2宇宙を構築するのなら、はるかに広がる現実の宇宙のあり方も含めて考えながら、事業計画を立てる必要がある】
メタバース講義3回目は、メタバースとして第2の宇宙をつくりあげるためには、前提として、まず現実世界の宇宙について知っておくべきだという考えのもとに、唐澤さんの深淵なる宇宙論を聞いた。
最新量子力学による宇宙の成り立ちの解明、138憶年前のビッグバンとその後、およびそれ以前の宇宙、過去から未来に及ぶすべての記録が蓄えられているという宇宙のゼロポイントフィールド、それによく似た神秘学説のアカシックコード、物質およびエネルギーの究極の姿をめぐる超弦理論などなど、科学、哲学、宗教におよぶさまざまな知見が紹介され、まことに目くるめく授業だった。
唐澤さんの思いは、メタバースとは現実世界と仮想空間、さらにはそれをミックスした大きなテーマを扱うものであり、ちょっとしたアイデアをもとに個々の企業がバラバラに取り組むにはあまりに大きな対象である。人類はこれを新たな歴史的挑戦、あるいは応戦すべき課題として受け止め、世界レベルで真剣に取り組むべきである、ということだった。唐澤さんのコンピュータに対する期待の表明でもあったように思われる。
参加者には唐澤さんの話にいたく共鳴した人もいたが、高度な内容に唖然とした人もいた。仏教の知恵として紹介された般若心経をめぐっては、各自の体験も含めて大いに盛り上がった。
当日は今年最後の授業でもあり、終了後は簡単な忘年会に移り、雑談しながらOnline塾DOORSの今後についても意見交換しようと思っていたが、唐澤さんの広大な話に比べると、Online塾DOORSの今後などずいぶん些末なことのように思われ、そちらの話題は新年に持ち越した(^o^)。それはともかく、Online塾DOORSは2023年も続けます。1月下旬に初講義の予定。多くの方々のご参加をお待ちします。
唐澤さんの話に登場した興味深い書物を3冊紹介しておきます。お正月の読書にどうぞ。
マシュー・ボール『ザ・メタバース』(飛鳥新社)、メタバースに興味を持つ人は必読。田坂広志『死は存在しない』(光文社新書)、量子力学最前線。佐々木閑・大栗博司『真理の探究』(幻冬舎新書)、仏教学者と科学者の対話。
講座<若者に学ぶグローバル人生>
第51回(2022.12.5)
ベトナム出身で現在、鹿児島の専門学校、赤塚学園で職員として、教師として活躍するプティニュ・マイさん。ハノイ近くのハイズォンで高校を卒業、ハノイ日本語学校で日本語を学んだあと、2011年に来日、日本経済大学経営学部を卒業し、そのまま福岡や石川の日本企業で働き、2022年から赤塚学園に就職した。
赤塚学園は看護、医療事務、美容、デザインなどの専門学校だが(下写真)、3代目の経営者、赤塚隆平さんになってからグローバルビジネス科も設置し、現在、海外からの留学生も含む300人が学んでいる。
マイさんは本塾第41回で<アジアのIT企業パイオニアたちに聞く>として話を聞いた田中旬一さんに紹介していただいたのだが、実は赤塚学園は田中さんの日本ITビジネスカレッジの提携校でもある。
当日は田中さんや赤塚さんも参加してくださった。赤塚さんは「鹿児島から一番近い大都市は東京ではなくソウル、北海道とハノイは同じ距離です。だから<東南アジアの中の鹿児島>という位置づけで生徒募集もしています」と話していた。実際、赤塚学園はスリランカ、ベトナムなどから多くの留学生を迎えている。田中さん自体、地方から世界を撃つというか、ローカルにしてグローバルな教育理念を掲げているが、マイさんその人も地方で学び、そのまま地方で就職するという、中央指向の風潮とは対極にある生き方をしており、ここでも日本とアジアの新しい共生が始まる希望を感じる。
赤塚さんは、マイさんは能力、人格ともに出色、得難い人材だと激賞していた。たしかに、当日は諸事情で参加者が少なかったが、マイさんから逆にいろいろ質問されるのをきっかけに和やかな会になった。
講座<よりよいIT社会をめざして>
第50回(2022.11.15)
唐澤豊さん 【Web3.0、AI、ブロックチェーン、DAO、ディープフェイク‣‣‣、急展開するデジタル技術の夢の向こうにメタバースがある】
メタバース講義2回目は、それを実現させるためのさまざまな技術についての説明だった。そしてわかったのは、インターネットはさらなる新次元を迎えている(サイバー空間は三次元化し、しかも分散型ネットワークに変わる)という事実だった。メタバースが近い将来に実現するかどうかはともかく、そこに投入される技術の革新性は、いま世界を支配しているGAFA (Google、Amazon、Facebook、Apple。Microsoftを加えてGAFAMとも呼ぶ)の時代を終わらせる可能性も秘めているようである。
メタバースという言葉自体、2021年にフェイスブックのマーク・ザッカ―バーグが社名を「メタ」と変えて、この分野に進出すると発表して以来、かなりの人の知るところとなったが、前回の講義でも明らかなように、それではメタバースは何なのか、ということになると、さまざまな見方が乱立し、VRを使ったSNSをめざしたり、仮想空間を利用して新たなビジネスを始めようとしたり、三次元CGの延長上に新たなゲームを構築しようとしたり、まさに同床異夢の状態である。唐澤さんが「現段階でメタバースはまだ存在していない」と言ったのはそういう状態を示しているようだ。
にもかかわらずインターネットの最新技術が向かおうとしている先に「メタバース」があることはたしかであり、それが私たちの生活をも大きく変えることも間違いない。Online塾DOORSが<よりよいIT社会をめざして>という講義でメタバースを取り上げた理由である。
メタバースを構成する技術およびその問題点として唐澤さんは「最新のネットワーク技術動向」「Web3.0」「DAO(ダオ)」「 AI」「VR(仮想現実感)」「AR(増強現実感)」「ブロックチェーンとNFT(非代替性トークン)」「立体表示装置」「最新のHMD(ヘッドマウントディスプレイ)」「感覚共有」「ディープフェイク技術」「法的課題」など、きわめて広範囲にわたって丁寧に説明してくれたが、ここにその全体を紹介するのは無理なのでその一部を簡単に列記しておく。
【ウエブ3.0】2000年代初頭までのインターネット黎明期のウエブ構造がWeb1.0である。HTMLで書いた静的な情報の一覧が主で、常時インターネット接続はまだ。端末はパソコンが主流だった。2000年代から現在までがWeb2.0である。通信回線速度と安定性が向上し、端末としてスマートフォンも登場、後に主流ともなった。SNSなどで情報交換が盛んになり、人びとの生活は便利になる反面、個人情報がGAFAなど一部の巨大テクノロジー企業に集中するようになる。2014年にイーサリアムの共同創設者であるキャビン・ウッド氏が提唱したのがWeb3.0である。GAFA支配などの問題点を解決するために開発が進められているのがブロックチェーン技術を活用した非中央集権型のウエブ構造である。仮想通貨のビットコインはこの技術を使って作られている。3.0はまだ実用化されていない。
【DAO(ダオ)】新しい「分散型自立組織」、中央管理者が存在しない組織のこととで、新しいコミュニティが誕生する可能性もある。希望者はだれでもプロジェクトに参加できる点が大きな特徴で、プロジェクト内の取引はすべてブロックチェーンに記録されるために、不正行為のリスクも少ない。プロジェクトの貢献度に応じて参加者にトークンの配分がある。ビットコインもDAO化している組織の一つ。
【 AI】 AIに関して常に議論となってきたのは人間を超えるかということ。意識、意思を持つかということに関連しては、現代のところ文章は書けるが感動を与える小説は苦戦中というところらしい。美術では、文章とモード(〇〇ふうというタッチ)の選択で作品が創造できる「Dream」アプリがある(写真)。グーグルのプロジェクトLaMDAのプロモーションも紹介された。
【ディープフェイク技術】人工知能にもとづく人物画像合成の技術のことで、有名人のポルノビデオまたはリベンジポルノの偽造のためや虚偽報道や悪意のあるでっち上げにも使われる恐れがある。指紋・虹彩・顔などによる声帯認証システムも簡単にすり抜けることができ、大きな社会問題になる可能性もある。
【法的課題】法は新しい技術についていけないので、卑近な例で言えば、 AIが美空ひばりの声でいろんな歌を歌うようになった時の著作権はどうなるか、といったような様々な問題が予想される。
ほかにもゴーグル、ホログラフィー、コンタクトレンズなど、それこそ日進月歩で小型化、高性能化しているインターフェースなども紹介された。いろんな技術が個別、あるいは相互に連携しながら発展しつつあり、それがいずれはメタバースとして収斂していくようである。いまはまだ混沌とした状態だが、それらの技術がこれからの人類に大きな影響を与えることは間違いないようだ。ゲーム大国としてデータの蓄積や技術的ノウハウのある日本が活躍する余地もありそうである。
なお、当日はメンバーの藤岡福資郎氏らが福岡を拠点に行っているDX(デジタル・トランスフォーメーション)セミナーの受講生6人もゲストとして参加した。
第3回は12月15日(木)、「私の考える宇宙」(仮題)として神、宗教、輪廻転生などについての唐澤さんの考え方を披露してもらったあと、ディスカッションをする予定。今年最後の授業なので、簡単な忘年会もかねて。
いずれはメタバースへの集団移住が始まる? IT社会を生きる知恵(基本素養として)サイバーリテラシーを提唱してすでに20年以上になる。サイバーリテラシーではIT社会を現実世界とサイバー空間の相互交流する社会ととらえて、インターネット黎明期以来の両者の関係をリンクのように図示しているが、新たな図を追加すべき時が来たかもしれない。それは図のように現実世界の楕円の上にほとんど重なるようにサイバー空間がかぶさっている。このサイバー空間は三次元であり、おそらくこの空間そのものがメタバースという新しい宇宙になるだろう。現実世界の我々はメタバースに適宜アクセスしてゲームやコミュニケーションやビジネスを楽しむことができるが、ほとんどの時間をサイバー空間のみで過ごす人も出てきそうである。
唐澤さんに聞いたビデオ動画を見ていたら、ある人が「メタバースに希望が持たれているのは『現実世界はクソだな』と思っている人が多いからだと思う。メタバースでは自分で理想の世界をつくり、理想の姿に変身し、誰とでも意見交換できる」と言っていた。メタバース的な世界が広がるにつれて、人々は新たな宇宙(『地球2.0』というタイトルの解説書もあった)に飛躍していく。これまでも書物や漫画で、アニメで、そしてゲームでそういう傾向はあったけれど、これからはより多くの人がやすやすとメタバースに集団移住していくことも起こるのではないか。このとき現実世界はどう変容するだろうか。それこそ廃墟のようになるかもしれない。現代世界の政治の混乱、若い人たちの政治への無関心とも深いところでリンクしているようにも思われる(Y)。
メタバース実用化はHMDを使う3Dゲーム市場から? 「私が考えるメタバース」第2回の「メタバースの要素技術」を終えて、参加者の皆さんからの質問は、どういう分野で使われるのか?こういう分野はどうか?といったことが多かったのですが、マルチメディア事業での業界としての失敗や、情報通信関係の起業での私の失敗から言えることは、最初に狙うべき市場は確実に需要が見込まれる市場か、大きな需要が見込まれる市場の見込み客の中で、価格が多少高くても飛びついてくれるアーリー・アダプターという人たちを狙うことかと思います。
その意味からすると、最初は一般消費者にはちょっと高額で手が出せないと思われるHMD(ヘッド・マウント・ディスプレイ)を使う3Dゲーム市場ではないかと思います。この分野では既に2500万台以上も売れているHMDがあることは第1回でも紹介しましたし、メタもそうした製品を発表しています。
フェイスブックがメタと改名してこれからはメタバースだと発表した当初から、色々と揶揄されていましたが、株主からは、もっと早くリターンがある他の分野に投資しろ!と総スカン状態でメタの株価は半分以下に落ちており、ザッカーバーグは窮地に陥っている感じですね。そこでメタは会議アプリのTeamsとかXBOXゲームとかを持つマイクロソフトと手を組むことにしたということですが、市場の反応は両社の期待程ではないようです。
一方、グーグルとアップルはメタバースの分野では蚊帳の外ではないかという見方をしている情報通信業界関係者もいます。そんな中、グーグルのAIは専門家と短編小説を書くところまで来ているようですし、グーグル・アースの情報を活用すれば、世界地図を3次元CGにすることは割と簡単にできると思われます。
アップルもHMDやARグラスといったハードウェア分野からメタバースに算入していますが、アプリやコンテンツ分野では目立った動きは余り見えていないことや、メタバースのシステム、アプリ、コンテンツを開発するにはWindows-PCを使わないとアップルのMacでは使い物にならないので、メタバース分野ではどうかな?という意見が強くなって来ている感じです。
日本の過去の家電業界の例で言えば、ソニーが先駆けてアーリー・アダプター市場を開拓して、市場が見えて来たら、満を持してパナソニックが参入してマス・マーケットを獲得する、というパターンがありました。
メタバース市場では、メタがソニーの感じですが、グーグルやアップルは機が熟すのを待っていて、満を持して参入するパナソニックのようになるかも知れないと私は思い始めています。まあ、ゲーム業界では、パナソニックも参入して、そそくさと撤退したのに対し、ソニーは今でも生き残っていますから、状況は逆転していますけどね。
それくらい、新規市場開拓は難しいので、メタバース市場が情報通信業界で主流となるのかどうかは、まだ判りません。
そんな中、日本の情報通信市場はどうかというと、まだDXに取り組む必要があるという状況ですから、可能性があるのは、かなりいい線を行っているゲーム業界と、iモードで携帯電話を情報端末へと進化させ、スマートフォン市場への露払い役を果たしたドコモがNTTグループ全社を牽引して、メタバース市場を開拓できるかどうかでしょう。
なお、第2回の追加情報として、以下のYouTubeも参考になると思いますので、時間のある方はご覧下さい。
1.【SNSとメタバース】Zoomによる打ち合わせ革命とMetaLifeのバーチャルオフィス革命; これ は、デジタル化が進む中でのオリラジ中田の実体験とメタバースの将来について語っているので、DX推進の方々には興味深いかなと思います。
2.【西野と学ぶメタバース】エンタメの未来はどうなる?3つに分類される定義と最新知識:現在、どういう人たちが、どういう考えでメタバースに関わっているか?ということが、これを観て頂くと良く分かると思います。夫々の業界によって定義がバラバラということです。また、第2回の中でも少しコメントしましたが、これを観ると、意外と日本の企業が成功する可能性があるかな?と思います。
3.【西野と学ぶメタバース】メタバース業界に今から参入するならまずは何をすべきか?:メタバースのコンテンツやアプリを創る人はMacではなく、高性能グラフィック機能を搭載したWindowsでないといけない、というのがこの中に出て来る話ですが、私にとっても、ちょっと意外でした。音声・画像・動画系のコンテンツを制作する人はMacを使うというのが日本の常識のように思っていましたから、Macファンにはちょっとショックでしょうね。(K)
講座<超高齢社会を生きる>
第49回(2022.10.30)
難波美慧(張慧)さん 【中国の高齢対策の鍵はデジタル技術の活用と社区という住民組織の活躍です】
中国西部の青海省で高校時代まで過ごし、大学は北京第二外国語大学で日本語を専攻。その後来日し桜美林大学大学院で老年学(ジェオントロジー)を学んだ。修士論文は「中国都市部高齢者における社会奉仕活動の規程要因」。日本企業で働きながら日本人と結婚し子どもが2人、滞日すでに18年である。
日本は平成の30年間(1989~2019)で、中国の7~8倍もあったGDPが3分の1に減るという国力低下、経済衰退を経験、一方で中国は大躍進を遂げた。両国の浮沈を肌身で感じながら日本社会を観察してきたわけである。青海省や学生時代の思い出もさることながら、大学院で学んだ老年学を振り返りながらの日本と中国の違い、そこでの高齢者の暮らしぶりなどの話はたいへん興味深かった。
当日は「アジアの新しい風」のみなさんや同じ桜美林大学で老年学を学んだ介護の専門家も参加、楽しい2時間となった。
中国の高齢化対策で興味深かったのはスマートホンを中心とするIT技術の活用と末端住民組織の「社区」制度である。
中国ではデジタル化が進み、宅配や家事代行サービスなどを手軽に利用できる環境が整っているという。生鮮食品や日用品も短期間で宅配されるし、配車サービスでタクシーも簡単に呼べる。家政婦や家の中のさまざまな物品の修理や自分の代わりに行列に並んでもらうような「便利屋」的なサービスも数多く提供されており、高齢者はごく普通にそういう生活を楽しんでいるらしい。
そればかりか、体温、脈拍などの健康データもネットワークを使って医療機関と共有することも行われている。難波さんは「日本に比べてプライバシーに関するリテラシーが遅れているけれど、それがいい要因にもなっている」と笑いながらコメントしていた。
もう一つは「社区」と呼ばれる住民組織の役割である。官僚機構の末端で、日本の町内会のような行政末端機構ではあるけれど、もっと公的な要素が強く、決定にはある程度の強制力を伴うらしい。この組織が地域社会をまとめており、難波さんの知り合いの若い女性もそこで働いているとか。社区は建物の構造としても一定のまとまりをもっており、コロナ禍で中国が行った地域のロックダウンはこの社区があればこそ、むしろコロナ禍でその力が立証されたとも言えるようだ。
日本のような年金制度や老人医療組織はまだ完備していないようだが、安いコストでいかに有効な高齢化対策を進めるかに知恵を絞っている。中国政府の高齢化政策は「9073」と呼ばれ、90%は自宅で過ごす、7%は地域コミュニティ、3%は施設で過ごのを当面の目安にしているという。親や祖父母の面倒を子どもや孫が見るという伝統的な家族観とともに、この社区が地域の高齢者ケアに大きな役割を果たしている。
日本では中国というと、とかく習近平体制の独裁強化、威圧的外交といった面が強調されがちだけれど、内政的にはけっこう安定した政治が行われているようで、参加者からは「中国の官僚制は何もしない日本のそれにくらべるとずいぶん立派ではないか」、「中国が豊かな国になってくれることが世界平和にとってもいいことだと思う」などの意見が表明された。難波さんのはつらつとした態度には、発展しつつある中国の「輝き」が反映しているようだった。
ジェロントロジーは「高齢化社会工学」 中国の65歳以上の高齢者率は2021年で14.2%らしいが、日本の場合、2022年で30%に近い。世界の最先端を走る「超高齢社会」である。桜美林大学は早くから「老年学」の講座を用意しており、難波さんはそこで学んだわけである。
日本総合研究所の寺島実郎は『ジェロントロジー宣言 「知の再武装」で100歳人生を生き抜く』(NHK出版新書、2018)で、ジェロントロジー(Gerontology)を「老年学」ではなく、「高齢化社会工学」と訳すべきだと言っている。日本社会を今後どうするのか、そこでどう生きていくのか、その想像力、社会の構想力がいま必要なのだとして、「人間社会総体に及ぶ全体知としてのジェロントロジーの議論をすべきである」と述べている。もっともな意見だと思う。
2022年の調査では、総人口は1億2,322万3,561人で、13年連続で減少。年齢階級別に年少人口(0~14歳)、生産年齢人口(15~64歳)、老年人口(65歳以上)の3区分でみると、年少人口と生産年齢人口はほぼ毎年減少、老年人口だけが毎年増加し、2015年から年少人口の2倍以上となった。
今の日本では「企業に就職した新卒者のうち3割が3年で転職」し、「公的年金に企業年金を組み合わせて人生を設計してみても、経済的に安定した状態で退職後の第二の人生を送ることは到底、期待できない」。高齢者にとっても、働き盛りの中高年にとっても、100歳までの長い人生が待っている若者にとっても、超高齢社会は真剣に考えるべき大問題である。寺島氏は「異次元の高齢化」に対応するためには改めての「知の再武装」が必要だと力説している。
というわけで、我がOnline塾DOORSでも、難波さんの話をきっかけに<超高齢社会を生きる>シリーズを始めることにした。みなさんの積極的な参加を期待したい(Y)。
講座<よりよいIT社会をめざして>
第48回(2022.10.12)
唐澤豊さん 【メタバースとは複数のワールドが複雑に絡み合った三次元空間で、現段階ではまだ実現していない】
写真は渋谷の繁華街を再現したメタバース(コンピュータ上の三次元仮想空間)の1つのモデルである。109ビルの1区画を3000万円ぐらいで買い取り、ここで衣料品の商売をする。世界中から1日に何億人ものユーザーがアクセスし、そこで3次元で展示された商品を見たり、試着したりして買ってくれれば、現実の109ビル内のショップより儲かるだろうから、店舗費用に数億円もかかる現実のショップ経営よりも安上がりである。
これが近ごろはやりのメタバース(Metaverse= Meta Universe)のわかりやすい姿である。参加者は当面、コンピュータアプリを使って自分の分身を作って参加する。フェイスブックのCEO、マーク・ザッカ―バーグが昨年、社名をメタと変えて、メタバース事業に全面参加すると宣言し、そのプロモーションビデオも公開したことで、多くの人の関心を集めた。
今はまだゲームやビジネス用途中心にいろんな計画が打ち出されている段階だが、潜在的な可能性はたいへん大きい。グーグル・アースやポケモンGOなどもメタバースの原初形態、あるいはその事前段階と言えるようである。
このメタバースについてメンバーの唐澤豊さんに聞いた。
唐澤さんは大学で半導体工学を学び、東京エレクトロンからインテルを経て数社の外資系ICTベンチャー企業の子会社立ち上げにも携わってきた情報通信分野の専門家である。授業では、唐澤さん自身がインテル時代に試みた先駆的プロジェクトやフェイスブックのメタバースプロモーションビデオ、さらにはメタバースに関する専門家の見方などを、YouTubeの録画番組などをふんだんに使いながら話していただいたから、メタ―バースの全容を理解するにはたいへん面白く、しかも相当に濃い内容になった。
第1回は情報通信の歴史から始まり、メタバースの定義など総論的な話を聞いたが、次回以降はメタバースを成り立たせているAIやブロックチェーン、ウェブ3.0などの技術の説明やメタ―バースがめざしている社会について聞いたり、メンバー同士で話し合ったりする予定である。
唐澤さんによれば、メタバースは「現実世界または架空の環境を電子的に三次元表現したもので、実在の人物やプログラム(ボットまたはデーモン)が配置された」構造になっているものを言い、その専門的な定義としては「私たちの夢と希望によって実現される心の構造であり、協創幻覚(コラボレイティブ・イリュージョンである」(ウイリアム・バーンズ)ということになるらしい。いろんな三次元空間が複雑に組み合わさったもので、単一の巨大な仮想空間ではなく、中央にゲートウェイ・サーバーを備え、広範囲に分散されたシステム、つまりは「複数のワールド」へのアプローチが必要だという。
これだと、2003年ぐらいに評判になったセカンドライフはまだ単一の世界に過ぎず、厳密にはメタバースとは言えないということだった。
難しい話を懇切丁寧に説明してくれた話はたいへん有意義だった。メンバーの理解はなお不十分な段階だとは言え、「医療や福祉分野では利用価値があるのではないか」、「変身こそ人間の本来的な欲望であり、メタバースの試みはたいへんおもしろいと思う」、「メタバースの作られ方によっては、新たな混乱が生じるのではないか」など即物的な反応が多かった。これからみんなで勉強していきたい。
メタバースが現実のものになるためには、AI、感覚共有、ブロックチェーンといった技術上の問題や、課金方法、著作権、肖像権、アバターのなりすまし防止など解決すべき課題も多岐にわたる。唐澤さんは「各種技術が解決され、分散型自立組織と既存組織の間で仕様や課金・利用規約等のコンセンサスが成立しないと、3Dゴーグルを使った一部マニア向けのゲーム・チャット・エンターテインメントのサービスで終わり、ビジネスと日常生活で万人が使うサービスとはならないのではないか」との予測を述べた。また現在のハードウェアとソフトウエアの多くは完全なメタバースシステムの創作が可能な段階にあるが、関連する大多数の企業はプログラムを他社に拡張できないようにしているといった現実的な壁もあるようだ。
現実空間とサイバー空間の間を交流する技術 インターネット上に成立したデジタルな「サイバー空間」と、私たちが住む「現実世界」が相互交流するのがデジタル情報社会であり、だからこそサイバー空間と現実世界のほどよい共存をはかる必要がある。サイバー空間との交流はインタラクティブなことが特徴で、私たちは、一方ではサイバー空間そのものと、他方ではサイバー空間を通じて結ばれた人間同士で、多様な交流を続けていく。
サイバー空間と現実空間の接点をどのように見つけるかは、これからの研究やビジネスの大きな関心になるだろう。ゲームはその最たるものだが、それ以外に、両者を結ぼうというさまざまな試みがある。
バーチャル・リアリティ(人工現実感、VR=Virtual Reality)というのは、コンピュータの中に現実そっくりの仮想世界をつくり、頭にかぶるメガネ(HMD=Head Mounted Display)や電極を埋め込んだ手袋やスーツなど、いろんな道具を身につけて、時空を越えたコンピュータ世界に「没入」する技術である。サイバー空間と現実世界に橋をかける技術は、一般にミックスト・リアリティ(MR=Mixed Reality、複合現実感)と呼ばれている。
現実世界を電子的に補強、増強する技術をオーグメンテッド・リアリティ(増強現実あるいは拡張現実、AR=Augmented Reality)という。シースルーHMDをかけると、現実世界を見ながら、メガネ上に電子的に生成された仮想物を重ね合わすことができる。たとえば展望台でこのメガネをかけると、山や川、ビルなどの光景に重なったかたちで、それらの名前を見られるわけである。まだ空き地のままのビル建設現場に立つと、その場にまさに完成したビルがだぶって見える。
ARの逆がオーグメンテッド・バーチャリティ(AV=Augmented Virtuality)で、人工的に作られた仮想世界に現実世界の生のデータを取り込もうとする発想だ。コンピュータ・グラフィックスで作り上げた街並みに現実のビルの写真をはめ込み、よりリアルに見せるといった工夫でもある。ARとAVの境界はあいまいで、その比率はさまざまである。AR+AV=MRである。
建物や橋、川、道路、公園、街路樹、街灯などを、建築、土木、造園といった分野ごとに別々にデザインするのではなく、その全体を自然のなかで総合的にとらえようとする環境デザインの世界では、バーチャルな都市空間の中を自由に歩きまわりながら景観を考えてゆくリアルタイム・シミュレーション(景観シミュレーション)が実用化されている。(以上、矢野直明『情報文化論ノート』知泉書館、2010)から。
この記述からもう10年以上もたっているが、今回、話題にしたメタバースがこの延長上にあることは確かであり、理解の手助けのために紹介した。唐澤さんによると、現在さまざまに試行錯誤されているメタバースはまだ単一の空間にすぎず、現実世界のように重層的に入り乱れた空間を自由に行き来するには至っていない。しかしいずれはそういう世界がやってくるのではないか、というのが唐澤さんの予想だった。
<よりよいIT社会をめざして>では、現実世界とサイバー空間がいよいよ複雑に絡むようになってくるIT社会の現実を理解するとともに、そこで豊かで快適な生活を営むために必要な課題について考えていきたいと思っている(Y)。
メタバースはこんな世界 メタバースってどんな世界なんだろう?と思われている方も多いかも知れないので、少し例を上げてみたい。
今、日本の現実社会で、おとぎの国と言えば、ディズニーランドとユニバーサルスタジオだろうか?こどもたちにとってはサンリオピューロランドもそうかも知れない。そして来月から開園となるジブリパークもそうなると思われる。これらを1日で全部回るのは現実的にはかなり難しい。しかし、これらが相互にリンクされた本物のメタバース空間に構築されれば、1日に全部回るとか、3か所回ってから、もう一度行きたいところに入園するとかができるようになる。
また、シッピングの好きな人は、東京だったら、新宿、渋谷、池袋、銀座などを1日で回ることは現実的ではないが、小田急、三越伊勢丹、東急、西武、高島屋、松屋などもリンクされたメタバース空間に店舗を構築すれば、ショッピングのハシゴをすることは簡単にできるようになる。
芸術の秋だが、美術館や画廊巡りも結構時間がかかり、足も疲れる。博物館に行きたがるこどもも多いと思うが、かなり広いから歩き疲れて、1日に何か所も行けないし、興味のないところでも歩かないと、次の展示に行けない。こうした場合もリンクされたメタバース空間であれば、興味のあるところだけ見ることができるようになる。パリの中心地には多くの美術館があり、ルーブルだけでも、ゆっくり全部観るとなると数日はかかるが、メタバースの世界では好きな画家の絵だけを見て回ることができる。
即ち、椅子に座った状態で瞬間移動(ワープ)して色々な体験ができるようになるのがメタバースの世界と言える。そうなると、歩いたり運動したりする機会が減って、健康には良くない、と言う意見も出て来るだろうが、散歩アプリと連携して1日の目標歩数を設定しておけば、移動の間は足踏みをしないと移動できないようになり、問題無いだろう。
ゲームは既に三次元化されているものも多いので、本格的なメタバースになるのは、一番早いだろう。カラオケのメタバース化は結構大変な作業なので、最初は三次元のカラオケボックスの中に、二次元の画面があり、三次元のアバターの姿で歌う、といったことから始まるのかと思う。
都市の再開発のプロジェクトの場合、今迄は完成後のジオラマやビデオを制作し、関係者や市民からフィードバックをもらっているが、それこそ仮想空間の話なので、誰でも完成後を想像することは難しい。しかし、三次元空間をメタバースで構築し、市民に体験して貰えば、色々な意見が出て来る可能性は高く、より良い都市計画になると思われる。
以上、メタバースが実現された社会を想像する一助になればと思う(K)。
講座<若者に学ぶグローバル人生>
第47回(2022.9.27)
ネパールのスペディ・ナビンさん。2013年にトリブワン大学経営学部を卒業、同年に日本に留学、日本語学校や福岡工業大学短期大学部ビジネス情報学科などで学び、2019年10月からアジアマーケテインググループに就職、現在は日本ITビジネスカレッジで、外国人労働者および留学生受け入れ関連業務に従事している。
日本ITビジネスカレッジは第40回授業、<アジアのIT企業パイオニアたちに聞く>で登壇していただいた田中旬一さんが地元の瀬戸内市でローカルとグローバルの接点として立ち上げたベンチャー企業で、いま中国、ベトナム、フィリピン、ネパールなどから50人近い留学生が国際ビジネス学科(IT、外国語)、介護福祉学科などで学んでおり、来春には日本語学科新設も予定している。ナビンさんはそこで働いているわけである。一時は150人もいた留学生がコロナ禍で減っているが、2年後にはまた150人規模に復活したいと言う。
ネパールは世界最高峰のエベレストを擁する中国とインドに挟まれた山国で、面積は北海道の2倍弱、人口3000万人。産業はほとんどが農業で、435万人が海外に出ており、日本在住者が9万人いるという。ネパールの月収は平均2万円、日本で学ぶためにはざっと140万円を準備する必要があるとかで、ナビンさんは親戚や銀行などから金を駆り集めて日本にやってきた。
新聞配達などのアルバイトをしながら苦学してきたらしいが、常に笑顔を絶やさず、前を向いて頑張っている姿はたいへんさわやかで、国自体の若さを感じさせられた。いずれはネパールと日本の架け橋として、故郷で起業することをめざしている。
アジアの若者たちの期待に応えられているか ナビンさんはなぜ日本に惹かれたか、それは①トヨタ、パナソニック、ソニー、ホンダ、ヤマハなどのブランド、② 平和な国、③給与が高い、④ 技術が最高レベル、といったイメージが日本にあったからだという。
これを聞いて私は、それらのイメージがすでに残像になりつつあることを面はゆく思った。よく言われることだが、日本が平成を迎えた1989年のころ、日本のGDPは世界の16%を占めていたが、平成が終わる2019年には6%に落ちている。日本経済が低迷する中で中国、ベトナムを始めとするアジアの国々の躍進はすばらしかった。
たまたま27日は安倍元首相の国葬の日だったが、安倍政権の8年余において日本の国力は著しく低下し、アベノミクスにより経済力はもとより、働く人々のモラルの点でも、復活の兆しも見えないほど破壊されつくした。しかもアジアと共存するという視点はほとんどなく、アメリカ追随一辺倒に走り、武器を大量に買い付け、「平和な国」のイメージも大きく損なわれている。
講座<若者に学ぶグローバル人生>では、もっぱらアジアの留学生や元留学生から話を聞いているが、そのたびにスピーカーたちの明るく前向きな姿勢や故国や世界のために尽くしたいという熱気に感心させられる。日本はこういうアジアの若者たちに報いることができているのかと考えると、大いに忸怩たる思いもする。本講座が日本を再生させることを考えるきっかけぐらいになってほしいと願っている(Y)。
講座<気になることを聞く>
第46回(2022.9.10)
笹原宏之さん デジタル時代の漢字について考える日々
1965年東京都生まれ。早稲田大学文学部・同大学院で中国文学・漢字学を研究。国立国語研究所研究官などを経て、2007年から早稲田大学社会科学学術院教授。漢字の字体問題、日本で生まれた国字研究、漢字と社会の関係など、漢字を広い視野から深く研究、その著作 や発言は文部科学省やJISの漢字規範の制定にも大きな影響を与えている。『日本の漢字』(岩波新書、2006)、『謎の漢字』(中公新書、2017)などの著書がある。この講義は『探見』の会との共催で行われた。
パソコンやスマートフォンの変換機能のせいで、漢字は読めるし、変換で打ち出すこともできるが、自分では書けない人も増えてきた。すっかりワープロ辞書に頼りっぱなしの現状だが、「ダサ」、「エグ」などの短絡表記、さらには絵文字で会話する若者たちは、明らかに手書きで漢字を習ってきた世代とは違う感性を育んでいる。そういう状況下で漢字の専門家たちは現在の漢字をどう扱い、それをどう後世に残すか、日々格闘しているようだ。
授業では、ときどき漢字を実際に書いてみる試験が課せられ、改めて漢字離れの現状を痛感した人も多かったと思うが、憂鬱の「鬱」は、読めれば書けなくてもいい、とされているようだ。当用漢字、常用漢字、改定常用漢字、表外漢字と基準も時とともに変遷しており、その言葉をどう書くのか、あるいはどの漢字をワープロで打ち出すか、デジタル時代の漢字研究もなかなかに大変なようだった。
話の中では、「漢字は書けないと文章の理解力が低下する」、「打ち言葉は、読み手への配慮が弱まる」、「思考に労力のかかる論理性よりも直感が優先される」といった傾向にも言及があった。もっとも、作家の梶井基次郎は「檸檬」という字をきちんと書けなかったらしいが‣‣‣。
新講座<よりよいIT社会をめざして>
第45回(2022.9.5)
土屋大洋さん 【サイバー戦争のターゲットは、データセンターと私たちの頭の中である】
国際政治学者で慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授。同大総合政策学部学部長を経て2021年8月から慶應義塾常任理事(副学長)。インターネット上のサイバー空間が国際安全保障環境に対して及ぼす影響などの研究で知られる。『サイバー・テロ 日米vs.中国』(文藝春秋、2012)、『暴露の世紀――国家を揺るがすサイバーテロリズム』(KADOKAWA、2016)、『サイバーグレートゲーム――政治・経済・技術とデータをめぐる地政学』(千倉書房、2020)などの著書がある。
私たちはインターネット元年の1995年からでもすでに30年近く、サイバースペース(サイバー空間)とともに生きている。インターネットは社会そのものをドラスティックに変えたが、国防の点でもサイバー空間は宇宙に次ぐ第5の領域となり、米ロ中の大国ばかりでなく、群小国、テロリスト、ハッカーまで参戦する最先端戦場になった。本Online塾DOORSでも、IT社会の最先端事情を学ぶために新たな講座として「よりよきIT社会を生きるために」を始め、その第1回に専門の研究ばかりでなく大学の常務理事としても超多忙な土屋先生にあえてお願いして、話を聞いた(担当/城所岩生)。
テーマは「サイバースペースで繰り広げられる大国間のグレートゲーム」、120年前、帝政ロシアと大英帝国の間で「グレートゲーム」と呼ばれる諜報戦が繰り広げられたが、今、そのゲームは、現実世界だけでなく、サイバースペースでも展開されており、サイバーセキュリティが各国の安全保障政策で重要性を増している。ホットな話題を私たちの身近な事象と関連させながらやさしく解説していただいた。
左図は世界を取り巻く陸上、海底の通信ケーブル図である。米軍は陸・海・空・宇宙に続いてサイバー軍を重要な統合軍に編成している。サイバースペースはどこにあるのだろうか。サイバー戦争の戦場は前4者とは性格が違い、世界中に広がっているとも言えるが、土屋さんによれば、それは「通信機器+通信チャンネル+記憶装置」である。たしかに。
記憶装置というのは、各地に分散されているデータセンターである。ウクライナに侵攻したロシアはまっさきにウクライナのデータセンターを叩いたが、ウクライナはそれ以前に国外にデータを退避していた。
サイバー戦争のグレートゲームはどこで戦われるか。データセンターへの攻撃、通信回線の破壊は引き続き大きな目標になるだろうが、今後大きな比重を占めるのが、個人の頭の中(「認知スペース」)だという。最先端技術が個人の頭の中をかき回し、その変容を迫るわけである。フェイクニュースはその一例でしかない。イスラエルの歴史家、ユヴァル・ノア・ハラリが『ホモ・デウス』で提起した問題が私たちのすぐ近くまで迫っているということらしい。詳しいことは先生の著書をご覧ください(^o^)。
個人もセキュリティへの関心を高めることが大事 卑近な例で言えば、私たちはグーグルのGmailを使い、フェイスブックやユーチューブ、あるいは各種のゲームなどに興じているが、そのデータはほとんど米IT企業のサーバーに蓄積されている。これについて土屋さんは「アメリカ企業のデータはアメリカ政府がいつでも見られるように法制度上認められている。日本政府が見せてくれと言えば見せてくれるだろうが、アメリカ政府のようにはいかないでしょうね」、「Gmailを使うこと自体、いつでも見られるというリスクがあると覚悟している必要があります。通信相手のことも含めて」と言っていた。いつも感じることだが、セキュリティ専門家たちは通信機器の利用や自分のデータ管理にきわめて慎重だが、一般の私たちはただ便利だからというので、グーグルなり、フェイスブックなり、アメリカIT企業の軍門に平気で、あるいはやむを得ず下ってしまっている。日本政府も怪しい。こんなことではまずいのではないかと、新講座開設の冒頭で大いに考えさせられた(Y)。
講座<アジアのIT企業パイオニアたちに聞く>
第44回(2022.7.29)
ファンヴァントゥアンさん 日本とベトナムのエンジニアリングの架け橋をめざす
2005年ホーチミン工科大学電気電子学部を卒業し3年間アメリカに滞在した後、2008年に来日、8年間日立グループ会社にエンジニアとして勤務した。その後帰国し、2015年にハノイ市でITソリューション企業、VHECを創立しCEOに。3人でスタートした会社も現在はVHECだけで118名、グループや協力パートナーを含めると300名を擁する企業に成長した(担当/藤岡)。
幹部のベトナム人はハノイ工科大学、ダナン工科大学、茨城大学、名古屋工科大学などを卒業し、いずれも4年から9年、日本で実際に働いた経験のある技術者ばかりである。ヴァンさん自体、日本でいろんなことを学んだ経験のもとに、これからはベトナムの発展に貢献するとともに、日本とベトナムのエンジニアリングの架け橋となることをめざしている。
VHECのほかにも、20年にニャチャン市に人工知能(ADAI)研究所やDX支援会社を創立するなど、いくつものベンチャー企業を立ち上げ、地方創生とグローバル人材開発などの事業にも乗り出している。得意分野の制御システム開発やAIを使ったユニークな研究(下写真はコロナ禍でのマスク着用の有無を検出する実験プログラム)の実情も話してくれた。
彼によれば、ベトナムのIT企業は国の支援もあって伸び盛りで、毎年大学から5万人の人材が供給される。現人員の90%強が20代、30代の若者で、女性が4割を占める。「私が大学を出たころはまだIT企業も少なかった。日本語の先生に日本で勉強して帰国後に起業するのがいい」と勧められた。私たちの世代はベトナムIT事業の先頭を走っている」、「最初はオフショア(委託業務)を受注する企業が多かったが、自前の開発をするところも増えてきた。今のベトナムは50年ほど前の日本の状態。ここで発展させなければ、いずれベトナムも高齢化の波にのまれてしまう」。ベトナムは若い国であり、ヴァンさんの未来も明るく輝いているようである。
日本の若者は怠ける組と頑張る組に二分されるそうである。若者はもっと外国に出るべきだというのが助言で、実際、頑張る人は海外にもよく出かけているという。日本滞在中は大企業の年配の人たちに多くを教わった経験からか、「日本とベトナムとは親和性は高い」とも話してくれた。
高度経済成長の熱気をベトナムで見た 「君たちは日本の高度経済成長というものを知らんだろうが、ベトナムに行くとそれを体験できるよ」と、2年半前に年配の政治家から言われて、ベトナム視察旅行に行くことになり、ホーチミン市とハノイ市のIT企業を巡った。慶応義塾大学および立命館大学の学生とベトナム人留学生が4人で立ち上げたRIKKEI社は、わずか10年で従業員数1500人を擁するIT企業に成長し、オフショア開発だけでなくAIによる国会の同時字幕を付け聴覚障害者をサポートするサービスを開発していた。ベトナム語は、日本語同様に方言などがあり、簡単には音声から文字に起こすことは難しいため、AIによる判断がポイントになるということだった。彼らの自立しようとする熱気と実行力には驚かされた。自動運転ロボットのZMP社は、東京工業大学出身のドン社長が日本とベトナムの懸け橋になるという決意のもと開発に一途に取り組んでいた。
ベトナムについては、正直に言うと、ベトナム戦争の悲惨な映像しか知らなかったのだが、行ってみて大いに驚いた。ホーチミン市には国内最高層、81階のランドマーク81(写真)を初めとして高層ビルが林立し、交通手段はバイクだが、人々の表情は活気に満ちていた。繁華街に行くと、昔ながらの市場もあり、時代が交錯し変化していく姿を体感できた。なるほどこれが「高度成長の活気なのか」と私は思った。日本でも高度成長期には給与も上がり、変化が目まぐるしく、仕事は忙しかったが活気があって楽しかった、という話をよく聞かされていた。
実はその旅行でヴァンさんにも会ったのである。彼は颯爽としてオフィスを案内してくれた。そこで私はまた驚いた。ハノイ工科大学など日本でいえば東京大学と同じ国内トップ大学出身の技術者が熱心に開発に取り組んでいた。すでに日本の技術力を追い抜いてしまった中国や、発展目覚ましいインドとともに、ベトナムの将来は大いに期待できそうである。
この<アジアのIT企業パイオニアたちに聞く>シリーズは、IT起業家たちを中心に躍進するアジア経済最新事情を紹介することをめざしている。まったく、日本もうかうかしてはいられません。本塾で紹介するにふさわしい方をご存じの方はinfo@cyber-literacy.comまでお知らせください。どうぞよろしく(藤岡福資郎)。
講座<気になることを聞く>
第43回(2022.7.16)
阿部裕行さん 【地方自治体の首長でも、何をしたいのかという明確な意思、住民の命を守ろうとする決意、国と本気で戦う覚悟、そして日々勉強さえすれば、できることはいっぱいあります】
東京都多摩市長。日本新聞協会事務局次長から、2010 年に、民主・共産・社民・生活者ネットワークの推薦で立候補し当選、次期14 年からは政党の推薦を受けずに無所属で立ち、今春4選を果たした。「健康」と「幸福」を兼ねそなえた「多摩市健幸都市宣言」、「多摩市非核平和都市宣言」、「多摩市気候非常事態宣言」など、独創的な地域づくりや平和・脱原発への取り組みで知られる。森治郎さん主催の<『探見』の会>との共催2回目です。
どこの自治体も同じだが、コロナ禍ではずいぶん苦労したらしい。とくに多摩市には都直轄の保健所しかなく、PCR検査など患者情報が個人情報保護法のネックで市と共有できないなど、最初はいろんな制約があったが、それを粘り強い国への働きかけ(「多摩一揆」などと言われたらしい)で丁寧にほぐしつつ、都内でワクチン接種率1位という実績に結びつけた。
「市にも国から派遣されたり、逆に国にこちらから派遣したりと、人的交流がありますが、どんな人に来ていただくかによって大きく変わります。私はその人選にも積極的にかかわり、コロナが起こる前から医師、福祉関係者、市職員がツーカーで話し合える環境を作っていました。これが大いに効果を発揮しました。市職員の採用、昇給などの人事にも必ず立ち会っています。首長は議会や国、職員にまかせておけばつとまるお飾りみたいなものだという人がいますが、それは違います。何をしたいのかという明確な意思、市民の命を守るのだという決意、国と本気に闘う覚悟があり、よく勉強して、日々の仕事をこつこつと積み重ねていけば、いろんな制約があるとはいえ、やれることはいっぱいあります。市長は365日、休むいとまはありません」。
数々の実績を誇る阿部さんに言わせれば「為せば成る」ということらしいが、住民の立場から言うと、どういう首長を選ぶかという心がけが大いに重要だということでもあるらしい。
第42 回(2022.7.13)
西尾浩美さん 【軍事クーデターから1年半、ミャンマーの人たちは弾圧にめげず「いずれ私たちは勝つ」と強い決意を固めています】
熊本生まれ、横浜育ち。母親の影響で早くからボランティア活動に親しむ。教師になろうと入学した大学の文学部史学科時代、夏休みを利用して東南アジアをバックパーカーとして旅行したこともあって、途上国での医療活動に従事しようと翻心、看護学科に学士入学して看護師となった。NGO職員としてミャンマーに出かけて、2021年2月1日の軍事クーデターに遭遇した。
本塾ではクーデター直後の2月10日と5月8日に「ミャンマーの軍事クーデターで苦悩する日本在住の若者たち」の話を聞いたことがあり、今回はミャンマー問題としては3度目の授業となる。西尾さんは自分の直接見聞したクーデターの様子やそれに抵抗する人びとの動きを生々しく報告してくれた。
昨日(2022.7.12)までの犠牲者は2077人、逮捕者は1万4549人、いまだにスーチーさんをはじめ1万1483人が拘束されている。軍政下の圧政は苛烈と言っていいようだが、その中で市民的不服従運動(CDM)、亡命政府(NUG)などを中心に抵抗も続いている。国境周辺の少数民族の武装勢力と組んで若者たちが武装して戦
っているのは報道されている通りである。
彼らの抵抗が報われる日はいつになるのか。西尾さんは「軍政が定着するのか、市民が民主主義を取り戻すのか、しばらくは対立状態が続くと思うが、人びとは『闘うしかない』という強い意志を固めている。それは悲壮な思いというよりも、『絶対に勝つ』というとても前向きなものです」と話していた。知人たちは彼女に「僕たちはクーデターで一度死にました。だから死ぬのはもう怖くない」、「死ぬのは怖い。でも希望のない未来を生きるのは、もっと怖い」と決意を語ったという。彼女は半年ほど前に日本に戻り、いまは医療支援のためのカンパ活動をしている。
日本は国会でも軍事クーデターを非難する決議をしているが、ミャンマー支援の実情はきわめておそまつな実情らしい。クーデター後も防衛大学は軍からの留学生を受け入れるなど、むしろ軍事政権を支援しているような傾向も見られるという。
医療支援へのご協力をお願いします「僕たちは、絶対に暴力を使わない」。ミャンマー人の友達からそんな言葉を聞いたのは、軍事クーデターの翌日でした。「もし暴力的に抵抗をすれば、軍は『国の治安を守るため』という口実で、武力で鎮圧にかかる。今まで僕らは、そうやって何度も弾圧されてきたんだ」
2015年まで半世紀もの間、軍事政権が続いたミャンマー。人々は、ストライキや抗議デモ、不買運動など、あらゆる平和的な方法で抵抗を続けました。しかし丸腰の国民たちを、ミャンマー軍は虐殺。活動家だけでなく、医療者や子どもたちまでもが殺されました。
市民たちは、武力での反撃に舵を切りました。今も、ふつうの大学生だった若者たちが、慣れない銃を手に、40万兵力と言われるミャンマー軍とゲリラ戦を戦っています。(2022年4月のTBS『報道特集』が、非常にリアルな状況を伝えています。ぜひご覧ください)
私はミャンマーで保健医療の仕事をしていました。しかしクーデター後、保健医療システムは崩壊。軍による弾圧で重傷を負っても、新型コロナが重症化しても、医療を受けられない人が続出しました。また現在はゲリラ戦で傷ついた若者や、村を焼かれジャングルなどで暮らす国内避難民たちが、緊急医療を必要としています。
そうした人々の命をひとつでも多く救うため、以下のサイトで寄付を募っています。クーデター後1年半が過ぎて人々の関心も薄れ、支援も先細りになっています。しかしミャンマーでは今も緊急事態が続いています。ぜひリンク先の内容を読んでいただき、ご支援いただければ大変ありがたいです。よろしくお願いいたします。【がんばれミャンマー!医療支援】 (西尾浩美)
新講座<アジアのIT企業パイオニアたちに聞く>
第41回(2022.6.29)
田中旬一さん 地方創生事業をグローバルに展開、将来はリベラルアーツ大学院大学設立をめざす
岡山県瀬戸内市出身、両親の放任教育の恩恵を存分に堪能、好きなことに全力で挑戦、16歳からはアルバイトに精出しかなりの額を稼いでいたとか。学校の成績はほぼ最下位だったが、貯めた金でヨーロッパ各地を旅行、世界のおもしろさを知った。九州大学法学部にはセンター試験ではなく英語の論文試験で合格、その論文「民主主義について」では、旅で知り合ったオーストリアの政治学の教授から聞いた「西洋と東洋の民主主義の違い」という話を思い出しながら書いたのだという(担当/藤岡福資郎)。
受験教育に毒された昨今の学生とはまるで違う破天荒な経歴だが、その異色ぶりそのままに卒業後は、2012年のアジアマーケティング株式会社を皮切りに、2017年には学校法人せとうちを設立、さらに日本ITビジネスカレッジ、アジア人材サービス開発会社、外国人キャリア教育研究所、日本ITシステム株式会社、株式会社BlockChainなどを次々に設立、多くの事業に乗り出している。代表取締役、理事長、CEOなど多くの肩書を持つが、まだ40代前半である。現在の事業内容は下図の通り。そのバイタリティあふれる話を聞いた参加者たちは日本にもすばらしい人材が生まれつつあることを実感、今後の活動への熱いエールも飛んだ。
事業の基本精神は「地方創生」と「グローバル」。たとえば日本ITビジネスカレッジは、「岡山県で人材育成を通じて次世代の 100 年を創る 」をキーワードに、県内の廃校を借りて校舎とし、アジア各地からすでに130人の生徒を集めている。カリキュラムはIT、観光、介護などだが、ユニークなのが「注文式教育」という方針。「企業から求人需要をヒアリングし、求人票の内容に沿って授業カリキュラムを作成する」、「企業と提携して授業を展開し、インターンシップも実施」するなど、企業との提携を強めている。近く日本語教育部門も開設する。いまは実務教育本位だが、田中さんの構想はそれに止まらず、2030年以降は多様な価値観が求められる時代を生き抜くためのリベラルアーツ(理系、文系の垣根を超えた一般教養科目)を教える大学院大学を設立する計画だという。日本ITシステムやブロックチェーンなどIT関連会社も運営しており、これらの会社は卒業生の受け皿企業ともなりそうである。田中さんは全国各地に広がるいろんな地方創生事業とも連携を深め、地元に根ざししながら、同時にグローバルに展開するという。まさに発展途上である(右写真は瀬戸内海船上でのブロックチェーンの面接風景)。
◇
新講座<アジアのIT企業パイオニアたちに聞く>は、日本やアジア各国のベンチャー企業関係者を取り上げる予定です。ご期待ください。
講座<気になることを聞く>
第40 回(2022.6.12)
升永英俊さん【日本は、国民主権国家ではない。日本は、国会議員主権国家である。現在の国会議員は国会の活動の正統性を欠く】②
同講義2回目は前回(5.19)に引き続き、升永弁護士が取り組んできた「1人1票」運動について話を聞いた。彼が人口比例選挙の重要性に気づいたのは45年ほど前の1978年、コロンビア大学ロースクール(法科大学院)に留学したときだという。日本の衆院選では公示から投票日まで、最短で12日間しかないが、米大統領選の選挙運動はとてつもなく長い。そのことについて米国人の級友は「大統領選は、選挙という形式をとっているが、実は共和党支持者の国民と民主党支持者の国民の間の戦争である。南北戦争では国民が南と北に分かれて戦い50万人を超す死者が出た。これに懲りて米国民は、政治の意見の争いは、選挙で解決することにした。大統領選で過半数の得票を得たグループが大統領を選び、向う4年間、行政権を独占する。だから、予備選を含めると2年半超もの長期間、国民は次の大統領選で過半数を得票すべく草の根で議論をし、選挙運動をやっている」と語った。升永さんはこの時初めて「選挙が民主主義国家の心臓だ」と知り、そして感動した。
その経験のもとに、彼は1人1票選挙の実現に取り組んできた。その経緯は、前回報告に寄稿していただいた通りである。何度かの最高裁判決を受けて1票の格差は徐々に縮まりつつあるが、与党たる自民党は憲法改正草案において、その差をかえって広げることをねらっている。「これを許したら1人1票制度は、とくに参議院において絶望的になるだろう」と彼は話した。それを防ぐためにはどうすればいいのか。その思いはメンバーに事前に配布された文書の最後のくだりに込められている。
人口比例選挙を支持される方は、今回の参院選だけは、憲法改正が絡む特別な選挙と考えて、自民党に対する1回限りの批判票として、立憲民主党、共産党、社民党、れいわ(但し、人口比例選挙を支持している。)のいずれかに、投票して頂きたいと私は願っています。私は、相対的に当選者数が多いと見込まれる立憲民主党又は野党統一候補に投票します。
7月参院選を前にした時期でもあり、升永さんの熱弁に呼応するかのようにいろんな意見表明や質疑が繰り広げられ、講義はいつもの時間を大幅にオーバー、10時半過ぎまで続いた。今回の参院選の重要さに鑑み、もっと議論する場を持ちたいとの意見も出た。
民主主義的選挙のリテラシー 「選挙は国会の多数を獲得するための国民の戦争である」というのが升永さんの考えである。そのことがよくわかっているのが自民党で、多数を獲得するためにあらゆる努力をし、そして成功している。それに対して野党はどうか。国民はどうか。投票率が低いのは戦線離脱で論外としても(それは与党を有利にもしている)、選挙でどのような代表を国会に送り込むのか。そのための戦術は何なのか。まず大事なのは具体的候補者よりもその人が所属する政党であり、もっと言えば、野党候補の中でも、政党の違いを超えて、その選挙区で当選可能性の高い野党候補をこそ選ぶべきである、というのが升永さんの考えだと思われる。そもそもこれは、学校でも教えるべき民主主義的選挙に関する一つのリテラシーではないだろうか。そのためにも大事なことが、国民が選挙に平等に参加できるための前提、「国民の過半数が国会議員の過半数を選ぶ」選挙制度「人口比例選挙」の確立ということになるだろう(Y)。
講座<若者に学ぶグローバル人生>
第39回(2022.5.30)
インドネシアのサムスル・マアリフ(Sasul Maarif)さん。2013年、パジャララン大学日本語学科卒、南山大学日本語別科や大阪大学大学院文化研究科博士課程で学び、現在、パジャジャラン大学日本語学科非常勤講師。
日本のポップカルチャーがきっかけで日本に興味を持ち、小学生では「聖闘士星矢」、「ドラゴンボール」、中学時代は「るろうに剣心」のファンだった。「日本の文化で育ったと言っても過言ではない」、さらには「日本は夢の国」だと言ってくれる、ありがたい日本ファン。現在、母校で日本語を教えている経験から、いまアジアの若者たちが日本語を学ぶ理由、日本語学科の卒業生の進路などについて話していただいた。
日本語を学ぶ人は多いが来日者は少ない その時示された日本語学習者の数でインドネシアが世界第2位 であるとのデータが興味を引いた。その一部をグラフにしたもので見ると、数の多さが際立つ。インドネシアの人口は世界第4位ではあるけれど‣‣‣。
ところで第21回講義でも紹介した下図によると、日本滞在の外国人数は中国、韓国、ベトナム、フィリピンの順で、留学生でも中国、ベトナム、ネパール、韓国となっている。
インドネシアで日本語を学んだ人の半数は現地の日系企業に就職しているという。なぜ日本に来ないか。その理由はイスラム教にある。インドネシアは世界最大のイスラム教国であり、人口の9割がイスラム教徒である。食べ物の制限(ハラール)もあるし、1日5回のお祈り、ラマダーンの断食など厳しい戒律があり、生活環境の違いが来日を思いとどまらせているらしい。サムスルさんは「祈りの場所を用意していただけると、インドネシアからの雇用もスムーズにいくのでは」と話していた(Y)。
Slack内に若者グローバルネットワーク開設 本塾は開設2周年を期して<Online塾DOORS(略称OnDOORS)>と改称しましたが、これを機にメンバーやスピーカーの交流用に開設しているslack内に「若者グローバルネットワーク」のチャンネルを設けました。これまで話していただいたアジア、アフリカ各地からの留学生、あるいは元留学生、さらには海外で活躍する日本人の数もすでに20人を超えています。スピーカー同士の相互交流を図るとともに、新たな仲間を求めてのチャンネル開設です。
世話役を第33回に登場した中国出身の大森静さんにお願いしました。今後は本slackだけの加入も認め、あわせて新たなスピーカー発掘にもなれば、と思っています(参加希望者は事務局info@cyber-literacy.comまで。サムスル先生にもいろいろご協力いただけるようになりました。
大森静です。中国から日本に来て、いまは日本人と結婚、福岡市に住み、4歳の子どもがいます。九州大学研究室で働いています。よろしくお願いします。楽しい場にできるように頑張ります(^o^)。
英語に興味がある日本の学生と日本語をより学びたい外国人のランゲージエクスチェンジの場になればいいと考えています。
日本にいる外国人のキャリアデザイン、学習情報、食べる情報、法律の情報、言葉の情報、定住の情報、子育て支援情報、医療情報、婚活情報、資源のリサイクル情報など、いろんなことを話し合える場になればと思っています。
異なる意見も理解してあげる、理解できないことは寛容してあげるという謙虚の気持ちで付き合いましょう。お互い尊重して気持ち良いお話をしましょう。意見の争いがあればその場で議論してその場で終わり、後に残さないようにしてください。自分が欲しくないことを人に渡さないこと。
友だちも紹介してください。自分が好きなことを他人といっしょに喜びたい方、人のお役立ちたい方、人とwinとwinの考えをお持ちの方、人に寛容な心をお持ちの方、日本の社会にいいことを与えたい方、留学生の方にいいことを与えたい方、日本にいる外国人にいいことを与えたい方を私たちは歓迎します。
講座<気になることを聞く>
第38 回(2022.5.19)
升永英俊さん【日本は、国民主権国家ではない。日本は、国会議員主権国家である。現在の国会議員は国会の活動の正統性を欠く】
1942年生まれ。弁護士(第一東京弁護士会)・弁理士。米国のコロンビア特別区及びニューヨーク州弁護士。TMI総合法律事務所シニアパートナー。元東京永和法律事務所代表兼東京永和特許事務所顧問。東京大学法学部卒業、後に東京大学工学部も卒業。
升永弁護士は選挙における「1人1票」実現運動に精力的に取り組んできた。次期衆院選をめぐって「10増10減」の折衝も始まる予定だが、民主主義の基本である選挙における「1人1票」がなぜ守られていないのかを聞いた(担当/藤岡福資郎)。
以下、骨子を当日示された図に沿って報告する。
<1>日本は国会議員主権国家であることの3つの論点
<2>国民主権国家と国会議員主権国家の違い(国民主権国家でないために、国民の少数が選んだ国会議員の多数が内閣総理大臣を選出し法を議決しているという矛盾)
<3>米国ペンシルバニア州では最大投票区と最小投票区の差は1人。2012年参院選の差は903,451人であるとの例示
この授業は新生Online塾DOORS(略称OnDOORS)の旗揚げ講義として行われ、メンバー以外にも広く声をかけ、法律専門家の方にも何人か参加していただた。升永弁護士は長年の運動の意味とその成果について丁寧に、かつ熱っぽく語り、参加者からは「我々の根源的な問題がここにもあったか!と反省しきりで拝聴しておりました。『国会議員主権国家』は正鵠を射た表現ですね。民主主義が、何によって立つものであるのか、にダイレクトに目を向けさせてくれます」、「一票の格差についての裁判は耳にしていましたが、いままで真剣に考えたことがなく、今日は非常に勉強になりました。中国との比較で、かの国はまったく民意を問わない党幹部の選出に関して、日本は公平な選挙で代表を選ぶ民主国家であると信じて疑っていませんでしたが、今日のお話を聞いて国会議員選挙に正当性がないことに気づかされました。この年になって、お恥ずかしい限りです」という〝目から鱗〟的な感謝の言葉が寄せられた。
新生Online塾DOORS旗揚げ講義にふさわしいばかりか、近づく参院選を前に、選挙民の自覚を促すためにも恰好の話だった。かりそめの「主権者」を〝不正〟に選んでいる、あるいは選ぶことすら放棄している憲法上の(本来の)「主権者」よ目覚めよ!
次回は6月12日(日)午後8時からです。視聴希望者は当欄コメント欄やinfo@cyber-literacy.comまで。なおOnline塾DOORSでは新しい参加メンバーを募集しています。<Online塾DOORSへの招待>をご覧いただいた上で、希望者は上記へお申し出ください。各自を真綿のように閉じ込めている扉(DOOORS)をこじ開けて広い世界へ!
韓国の大統領選挙との違い 講義を聞いてくれた九州大学工学研究院の小林泰三先生が「『一人一票=完全人口比例』が間接民主主義を成立させる絶対条件であることは、比例を勉強する小学生でも理解できる平明な理屈です」と感想を述べてくれたのは大いに我が意を得た思いがした。
たとえば2022年3月の韓国大統領選(1人1票選挙)と日本の1票の格差2倍の衆院選選挙の違いを考えてみよう。
両氏の間の得票差は0.73%(=48.56%-47.83%)であった。即ち0.37%(≒0.73% × 0.5)の僅差で、尹(ユン)氏が大統領に当選し、政権交代した。投票率は、77.1%。日本の非人口比例選挙の2021年衆院選の投票率55.9%と比べて高いのは、韓国大統領選挙が人口比例選挙であることと関係していると推察される。衆院選(小選挙区)では、1票の格差は、1:2.1倍であり、全人口の47.0%が全衆議院議員465人の過半数(50.1% 233人)を選出している。
議院内閣制であっても、人口比例選挙(=1人1票選挙)であれば、主権を有する全国民の50%超(過半数)が、国会議員を通じて行政の長(内閣総理大臣)を選出することになるので、主権を有する全国民の過半数(50%超)の意見が行政の長を決定する。
そして選挙により成立した政権与党(単独与党、連立与党の双方があり得る)の次回選挙までの政治が過半数の国民に不人気であれば、主権を有する国民の過半数は次回選挙で野党に政権を交代させることが出来る。したがって、次回選挙までの与党(連立与党も含む)の国政運営は国民の過半数に不人気であることが許されない。おのずから与党の国政運営は緊張を伴ってなされることになる。これが、人口比例選挙の唯一かつ肝心要の長所である。
このことは、2021年4月現在で、日本の1人当りGDP(購買力平価換算/IMF)が韓国に劣っていることとも無関係ではないと私は思っているが、これについては私見を記すにとどめる。 1人1票訴訟の経過にふれておくと、
①わたしどもは、2009年に衆議院選挙違憲訴訟を全国で提訴した。2009年から今日まで、国政選挙毎に全国の14高裁で提訴し、累計で120個の高裁判決と8個の最高裁大法廷判決を獲得した。
②8個の最高裁大法廷判決の結果、2022年の本国会で10増10減の衆院選選挙区割り法が成立すると予測されるようになった。
③2009年の衆院選では、全人口の46%が全衆院議員の過半数を選出していた。
④同8個の最高裁大法廷判決の結果、10増10減の選挙区割りにより、全人口の48%が全衆議院議員の50.1%を選出することになる。
⑤これにより、日本も人口比例選挙(即ち、全人口の50.1%が全衆議院議員の50.1%を選出する選挙)まで、全人口の2%(=50.1%-48%)の差まで肉薄する。
すなわち、人口比例選挙まで(国会議員主権国家を脱して、国民主権国家に変わるまで)もう一息のところまで来たということである。(升永英俊)