名和「後期高齢者」(25)

梅棹忠夫論によせて

 たまたま本ウェブの執筆者小林龍生さんと、編集者矢野直明さんが梅棹論をたたかわしており、そこに小生の梅棹論を引用してくださった。数10年前の拙文を覚えていただいたことに、私は嬉しさを感じる。お礼を申し上げるとともに、この機会にもうひと言。

 じつは私は梅棹氏とは面識はない。ただ、民博が完成したときに早速その資料室を訪問したことがある。それは民博が保有したと称していたデータベースの実物をみるためであった。

 ただし、その結果は予想外であった。当のデータベースが紙ベースであったから。ただし学ぶ点はあった。それはシソーラスが完備していたこと。そのデータベースの名称は”Human Relations Area Files”そのシソーラスの名称は“Outline of Cultural Materials”であった。対象が万物におよぶ民俗学だったので、私は後者をいまでも活用している。

 ただしこのデータベースを見て、私は「やっぱり」と受け止めたことがあった。そのデータの多くがヴェトナムに関係していたことであった。つまり、民俗学も今日いうところの”dual used technology”の特徴をもっていた、

 念のために“Outline of Cultural Materials”を覗いてみると、”dual- used”という用語はない。ただし、”dualism”が「神と悪魔」という文脈において定義されてはいる。

(編集者注:民族学博物館の開館は1977年、ヴェトナム戦争終結は1975年だった)

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