林「情報法」(53)

A型企業とJ型企業(その1)

 近代法において、私たち人間(自然人)が法律に定められた権利を享受する資格があるのは当然として、それ以外の有資格者(法的主体)として認められてきたのは、法人だけです。ところが自動運転車やロボット・AIなどが高度の知識を持つようになると、これらの者も主体になり得るか否かが問題になってきます。これは全く新しい議論のように思われがちですが、実は19世紀前半において法人に関する激しい論争(法人本質論)があったときも、類似の議論が交わされています。法学における議論が沈静化してからも、20世紀中葉以降の経済学において「法人とは何か」「法人のあり方に文化の違いがあるか」「どのような法人組織が効率的か」などの議論が展開されています。

 日本的企業を客観視するために、そのエキスを紹介したいのですが、1回では説明しきれないので、年をまたいで2回に分けました。後半は「お年玉」としてお待ちください。

・法学における法人本質論

 私が法学部で学んだ頃は、ドイツ流の法学が主流であったこともあって、「法人実在説」「法人擬制説」の違いについて随所で説明を受けました。前者は「法人は自然人と同様実在のもの」と考えるのに対して、後者は「法人は特に認められた場合に限り自然人に擬制することが許される」ものと考える点で対照的です。法解釈の実務でも、前者であれば法人設立の自由度と活動範囲は広く、また個人の行為か法人の行為かを比較的平等に割り振るのに対して、後者の考えに立てば法人の設立そのものが制限され、その行為の範囲も狭くなり個人の行為として扱われることが多くなります(その極限は、法人否定説になります)。

 資本主義経済の発展に伴って企業の役割が増し、また大企業の存在が無視できなくなるとともに、この概念論争ともいえる議論は次第に衰え、過去の議論になったかに見えます。事実、法の運用においても、大きな変貌がありました。かつては「法人擬制説」の見方が強く、法人格を得られない「権利能力なき社団」(同窓会やNPO的組織など)が、事務所や運転資金の借り入れで苦労する(代表者である個人名義でしか借りられない)などの苦労がありましたが、2006年の一般社団法人及び一般財団法人に関する法律の制定によって、これらの懸念はかなり緩和され、「法人実在説」に近付いたかに見えます。

 しかし従業員が企業目的を達成するために行なった行為が他者に損害を与えた場合に、それを個人の行為と見るか企業の行為と見るかは、現在でも問題になり得ます(個人の不法行為と法人の使用者責任の両方が認められているので、実行上deep pocketである企業の責任を追及する場合が多いでしょうが)。また税法の分野では、企業に対する法人税と個人に対する所得税が併存するのは妥当か、という議論があり得ます。法人税を認めることと、法人が政治資金を支出することを認める最高裁の判例とは整合的のように見えますが、法人に選挙権を認めるべきかとなると、考え込む人が多いでしょう。特許の原始的取得者は自然人ですが、会社が発明者(多くは従業員)から権利の譲渡等を受けることが多い現状をどう考えるべきでしょうか?(往々にして、見返りとしての「相当の利益」について争いが生ずることがあります)。

 このように民事法の分野では「法人実在説」に近い解釈が一般化していますが、刑事法の分野で、「法人が犯罪の行為者になり得るか」という設問をすれば、大方の学者はかなり否定的に答えるでしょう(特に、個人の行為がなく法人だけが処罰される可能性に関して)。現在頻発している組織不祥事に対する対策も、この点を考慮に入れて検討すべき時期ではないかと思います。

・法人の設立し易さ

 このような変化、特に民事法分野における変化にもかかわらず、どの国の法律が法人の設立に易しいかと言えば、少なくとも日本ではないと思われます。わが国の民法が33条において「法人は、この法律その他の法律の規定によらなければ、成立しない」と規定し、何らかの法的根拠を要請していること(「法人法定主義」)も影響しているかもしれません。

 この点に関して、私はこんな経験もしています。1980年代初頭にNTTの民営化に携わっていたころ、各国の動向を探ろうとAT&TやBTなどの代表的事業者の、社内経済学者と交流を始めました(どこの国でも電話料金は認可制だったので、規制当局を説得するため社内に経済学者がいたのです)。その交流はやがて国際学会の設立に至ったのですが、どの国で学会を設立するかで迷いました。

 最初は電気通信の国際機関であるITUの本部があるジュネーブが良いという意見が多く、発起人一同のサインまで集めたのですが、手続きが煩瑣なうえ、寄付に対して税控除を受けるのはほぼ不可能という情報が入りました。すると、米国の規制機関であるFCC出身の学者(彼はすでに学者専業になっていました)が、米国なら法人の設立は簡単だといって、あっという間に米国法人化し税控除も可能にしてくれました。米国では法人の設立は「結社の自由」として憲法で保障された権利なのだという感を強くしました。

 また、その10年ほど後にニューヨークに勤務することになった際、個人が好みの法人に寄付をした場合に税控除してくれる制度は、内国歳入法(IRS=Internal Revenue Act)501条 (c) (3) に規定されている有名な条項であることを知りました。時あたかも日本経済が曲がり角にあり、雇用調整が不可避になったため「転職後の年金の継続」が大問題となり、米国の年金ポータビリティ制度(勤め先が変わっても年金は継続する制度)が同法401条 (k) 項にあるため、「401 k」として有名になったころです。私はメディアへの出稿を依頼された場合、「501 (c) (3) もお忘れなく」と訴えたのですが、未だに実現していません。

 私の推測では、最大の反対者は財務省ではないかと思います。彼らの発想では、反社会的勢力を筆頭に、「税金逃れ」「節税」をしたい人はわんさといるので、501 (c) (3) をわが国に導入したら、税収が著しく減ってしまうことを恐れているのではないでしょうか。「ふるさと納税」の不適切な運用からすれば彼らの心配は分かりますが、わが国がデフレから脱却するには個人資産を流動化するしかないので、米国的「寄付文化」を移植するのが最適ではないかと思うのですが、読者の皆さんはいかがお考えでしょうか?

・法人に関する経済学の3つの見方

 ところで、経済学における法人の見方は、法学とは全く異なります。この分野の権威者でノーベル経済学賞候補ともいわれた故青木昌彦によれば、そこではエージェンシー理論、取引費用の経済学、協調ゲーム理論の3つが代表的説明だとされます(以下の記述は、最も分かりやすい『日本企業の組織と情報』東洋経済新報社、1989年、に拠っています)。

 エージェンシー理論は、法人を設立し所有するPrincipalは自ら企業を経営する時間と能力がないので、Agentとしての経営者に任せるのが一般的ですが(所有と経営の分離)、両者の利害は対立する場合が多いと見ます。そこでこの理論では、この対立を回避し如何に経営効率を上げるかを論ずるのが、経済学(特に「企業の経済学」)の役割だというのです。

 これに対して取引費用の経済学は、「個人ではなく企業が市場の主たるプレイヤーになったのはなぜか」という素朴な疑問から出発し、市場取引にはコストがかかるが、それを内部化する(例えば、職員を日々更新で雇うのではなく終身雇用とする)ことによってコストが削減されるなら、企業の方が有利になるからと答えます。もっとも、これは最初期の「取引費用の経済学」の答えで、現在では「契約の経済学」へと変質している面があります。それによれば、「企業は数多くの契約の束」という見方に近付き、「ブロック・チェーンによるスマート契約を絶えず更新し続けるのが企業の実態」だという見方になります。

 最後の協調ゲーム理論による見方とは、青木自身と彼の共同研究者がその後 CIA(Comparative Institutional Analysis)として体系化した方法論のはしりで、もし従業員が企業に特有の資産となるのであれば、企業の超過利潤の配分とそれにかかわる意思決定は、投資家と従業員の協調により決定されるのが効率的かつ組織的均衡である、という見方です。これはエージェンシー理論や取引費用の経済学が、「企業の生むレント(超過利潤)はresidual rightsとして最終的には株主に帰する」という点で一致しているのに対して、真向から反論するものです。

 ここで、2つの点に注意を喚起しておきたいと思います。まず第1点は、青木はもちろん自説である「協調ゲーム理論」を推奨しているのですが、それは先行するエージェンシー理論と、取引費用の経済学の成果をも踏まえていることです。そしてその源流が「コースの定理」で有名な R. Coaseの画期的な論文 ‘The Nature of the Firm’ (Economica, N.S. 4、1937年)にあることは、容易に推測できることです。つまり青木の理論は、米国の主流派経済学と親和性があると認められているのです。

 もう1点は、その当時における日本経済の位置づけです。「失われた30年」しか知らない不幸(?)な世代の方には想像できないでしょうが、本書を構成する英文論文は1980年代かそれ以前に執筆されたものであり、日本経済は光り輝いていました。Ezra F. Vogel の『Japan as Number One: Lessons for America』 がハーバード大学出版局から世に出たのが1979年のことですから、当然かもしれません。そのように注目されていた日本経済のことを知る米国の学者は少数派です。そこへ青木が「米国流の経済学の手法で異質とも思われる日本経済を解剖する」理論を展開したのですから、大いに注目を集めたことは容易に想像できます。

 お気づきになったかも知れませんが、先の「協調ゲーム理論」のプレイヤーとして、「企業の特有の資産となる従業員」という表現がありましたが、これが「熟練」や「終身雇用」といった日本企業の特質を連想させるのは、青木が両国の事情に明るいことを暗に示しています。さて前置きが長くなりすぎましたが、次回はいよいよ「J型企業とA型企業」の本質に迫ります。

 良いお年を。

 

新サイバー閑話(38)<よろずやっかい>⑤

「良識派」がネットから撤退するやっかい

 ここで「良識派」というのは、ものごとをまじめに考えようとしている人びとという程度の意味である。リベラルな人もいるし、保守的思考の持ち主もいる。要はまっとうな人生を生きようとしている人びとである。

 そういう人びとが、かつてインターネットに希望を見出した。彼らにとってネット上のサイバー空間は現実世界のかなたに広がるフロンティアであり、ユートピアだった。よく言及されるロックバンドの作詞家、ジョン・バーロウの「サイバースペース独立宣言」(A Declaration of the Independence of Cyberspace、1996)はその記念碑的文書である。サイバー空間は現実世界と離れた別の世界と思われていたが、インターネットの飛躍的発展によって、両者は分かちがたく結ばれるようになった。本サイトに掲載している「サイバー空間と現実世界の交流史」はそれを時系列で図示したものである。

 そして、インターネットの可能性を高らかに歌いつつ、その明るい未来をも唱導しようとしたのが2000年ごろから活発化したWeb2.0の動きである。合言葉は「誰もが情報発信できる」ということであり、ウェブの世界は「見る」ものから「使う」ものに変わった。象徴的ツールはブログであり、ケータイだったし、グーグル、アマゾン、アップルといったIT企業がこれを牽引した。それはシリコンバレー躍動の時でもあった。

・梅田望夫の失望と退場

 日本においてWeb2.0を唱道した典型的書物が梅田望夫『ウェブ進化論』(2006、ちくま新書)である。彼はシリコンバレーの熱気にふれて感激、この本を書いた。「米国が圧倒的に進んでいるのは、インターネットが持つ『不特定多数無限大に向けての開放性』を大前提に、その『善』の部分や『清』の部分を自動抽出するにはどうすればいいのかという視点で、理論研究や技術開発や新事業創造が実に活発に行われているところ」である、と彼は羨望の念をこめて書いた。根底にはアメリカ人特有の技術楽観主義が流れており、彼は同じような動きを日本の若者に期待したわけである(「彼はシリコンバレーに行って、結局アメリカ人になった」というのが私の読後感だった)。

 そして、期待は完全に裏切られたようである。彼は2009年、ITmediaのインタビューで「日本のWebは『残念』」という言葉を残して以降、少なくとも日本のネットでの発言を控えているように思われる。

 こんなことを話している。「残念に思っていることはあって。英語圏のネット空間と日本語圏のネット空間がずいぶん違う物になっちゃったなと」、「英語圏の空間というのは、学術論文が全部あるというところも含めて、知に関する最高峰の人たちが知をオープン化しているという現実もあるし。……。頑張ってプロになって生計を立てるための、学習の高速道路みたいなのもあれば、登竜門を用意する会社もあったり。そういうことが次々起きているわけです。……。日本のWebは、自分を高めるためのインフラになっていない」。

 彼はどちらがいいとか悪いとか言っているわけではないが、日本のウェブのあり方に失望した様子が随所に読み取れる。日本のネットが英語圏のものとはずいぶん違うものになっているのは事実だと私にも思われる。

・東浩紀の深い徒労感

 東浩紀もまたネットの可能性に強く期待し、それを育てるために積極的に行動してきた人である。私はウェブ2.0が喧伝されていた2005年に彼にインタビューしているが、当時まだ33歳の若手哲学者で、グローコムを拠点にサイバー空間の制度設計や情報倫理の確立にエネルギッシュに活動していた。

 インタビュー冒頭で彼はこう語っていた。「いまの情報社会をめぐる論議はビジネスと政策が中心で、あとは技術的な視点が加わるぐらいで、人文科学的もしくは社会学的視点が少ないと感じています。僕としては従来の社会学、哲学、思想の文脈の上に、いままでの情報社会論の蓄積をうまく接続し、過去との差異を明らかにしつつ、情報社会論という学問領域の輪郭をはっきりさせたいと思っています。例えば『情報倫理』と言ったとき、いままで言われてきた倫理とどこが違うのかということですね」。

 「情報がネット上にないと、存在しないと同じになってしまう」というラディカルな発言もあった。

 彼のその後の活動は多くの人が知るところで、2011年には「この国の情報社会の経験を生かして、民主主義の理念を新しいものへとアップグレード」することを夢見た『一般意志2.0』(2011、講談社)という意欲的著作も世に問うている。その東が2017年には雑誌『AERA』で「ユーストリームが終了 『ダダ漏れ民主主義』の曲がり角」という原稿を書くに至った。

 動画にかぎらず、情報技術はつねに社会改革への希望と結びついてきた。WWWもブログもSNSも、出現当初は新たな公共や民主主義の担い手として期待を集めていた。しかし普及とともに力を失い、単なる娯楽の場所に変わる。いまやネットはフェイクニュースと猫動画ばかりだ。
 昨年の米大統領選は、まさにネットの限界を感じさせた出来事だった。その翌年にユーストリームの名が消えることは、じつに象徴的に思える。ぼくたちはそろそろ、ネットが人間を賢くしてくれるという幻想から卒業しなくてはならない。

 最後の「ネットが人間を賢くしてくれるという幻想から卒業しなくてはならない」という箇所に彼の深い徒労感と失望が表明されているだろう。

 何が起こったのか。

 ここには、いまの(日本の)ネットではまっとうな議論ができにくいという彼の気持ちが表明されている。この辺の心境の変化は、それより少し前に出版された小林よしのり、宮台真司、東浩紀『戦争する国の道徳 安保・沖縄・福島』(2015、幻冬舎新書)という、一見インターネットとは無関係なタイトルの本に興味深く記されている。

 この本は東が主宰する「ゲンロンカフェ」が小林、宮台という従来なら保守とリベラルを代表する論客を招いて、東が司会をした記録をもとに出来ている。ここでかつて論敵だった小林と宮台は完全に共闘モードに入っているが、そういう歴史的推移もまた興味深い。いまの日本でまともにものごとを考えようとすれば、自然に同じ土俵に乗ってしまうということだろう。

 3人に共通しているのが、インターネットが日本社会にもたらした負の側面を強く意識していることである。東だけの発言を拾えば、「人びとは共同体から剥ぎ取られ、都市に集められ、流動するアトム化した個人と化した。その状況を土壌として、いまや大衆迎合的なポピュリズムや全体主義の危険が無視できないレベルにまで高まっている」、「この数年で、インターネットというものに対する希望がかなりなくなってしまいました」、「いまの若い人は、とにかく、なにか問題がおきるとすぐにネットに書いちゃうんですね。『ネットで騒げば勝ち』という発想が刷り込まれている。……。内容が正しければまだいいけれど、さんざん膨らませて書く。こちらがそれに反応すると、また騒ぐ。『最近の若者は』的な愚痴にしかならないけれど、苦労してます」。

 同じような感慨は他の2人からも聞かれるが、3人が異口同音に「これからの社会を維持していくためにはインターネットと離れたコミュニケーションが大事」だと言っているのは少し意外な感じがする。もちろん、サイバー空間と現実世界の共存の道を探ってきた私としては同感するところがあるけれど、インターネットの旗手とも目されてきた東、宮台両氏にして、こういう感慨を抱くに至ったというのが興味深い。

 宮台はユーチューブでの動画配信などの啓蒙活動は続けているが、ネットでのコミュニケーションにはやはり愛想をつかし、現実世界に回帰しようとする気持ちが強くなっているようである。

 今度は宮台の発言を拾おう。「意味のある仲間との深い関係を築こうとするなら、ネットから見えないようにするほかはない」、「ネットでは議論をしてもしょうがないと思います。ツイッターでもブロックばかりしている」、「マクロにはもうどうにもならないと思う。そうであれば、マクロなこういう劣化現象から、自分の周囲にいる子どもたちを守るべく、インターネットから自立した『見えないコミュニティ』を作った上、子どもを『立派な人』―先生だったり先輩だったり近所の人だったり―の影響下に置くほかない」、「いまはネットでバカが大手を振る。『摩擦係数が小さい』がゆえに万人が平等な発言権を持って参加できるネット空間を、再構造化して、権威の階層システムをつくり直さなくちゃダメだと思うな」。

・「ネット上の争いでは、リベラルは99%負ける」

 もう一つ、ネット上の議論に関して言えば、いわゆるリベラルより保守の方が攻勢に出やすい面もありそうである。これもネット上で活躍してきたジャーナリストの津田大介はこの点に関して、「ネット上の争いでは、リベラルは99%負ける」と言っている。

 彼はネット上の言論でリベラルが守勢に立たされがちな理由として、①保守の人のほうがマメで、自分たちはどういう思想で、何を目指しているのかをちゃんと主張する、②本来は「革新」であるにも関わらず、リベラルな人のほうがスマホ率やSNS利用率が低い。日本の労働運動はテクノロジーを敵視してきた一面があった、③中道的な意見は左右両方から叩かれ、過激な意見を持つ人に支持が集まっていく結果、普通の人が発言をしなくなっていく、などを上げている。「リベラルが『多様であることがいい』、『多文化であることがいい』と訴えると、保守派の言っていることも認めなきゃいけないが、保守派はリベラルの主張を認めないから、その点がそもそも非対称なんです」とも言っている。

 フランスの思想家、ボルテールではないが、ネット上で「私はあなたの意見には反対だが、あなたがそれを主張する権利は命をかけて守る」などと悠長なことを言っていれば、「お前の言っていることは間違いだ」と一刀両断する言論には歯が立たないわけである。

 これは、わずか140文字(英語などでは280字に拡大)のツイッターのつぶやきやスマートホンの小さな画面でのやりとりが多いというメディアの制約にも大きく関係している。マーシャル・マクルーハンにならえば、「メディアはメッセージである」。あるメディアを使うことが伝えるメッセージのありように影響を与える。

 宮台が最後にいった発言は<よろずやっかい>②「1人1票のやっかい」そのものだが、現在のネット上の言論が大きなバイアスを加えられているのは明らかだろう。もっとも、グループによって、あるいはジャンルによって、そして国際的なオンライン会議などでは、有益な議論が積み重ねられているはずだし、そのことを否定しているわけではもちろんない。

 一時(2008年ごろ)、生まれながらにインターネットに親しむ世代として「デジタルネイティブ」という言葉が話題になった。これら若者たちが、金儲けのビジネスではなく、国際的な社会貢献にインターネットを駆使している姿も報道された。ここにはインターネットの大きな利点が示されている。

 また、欧米はさておき、韓国でもユーチューブ上の政治番組が大流行しているというニュースを聞いた。日本でも自らの主張を直接ユーザーに届けるやり方として動画配信が盛んになりつつあり、それなりの効果を上げているように思われる。ただ、本シリーズの意図は現下のネット状況にはやっかいな問題があることを指摘するところにある(蛇足ながら、私自身「インターネット徒然草」と自認するほどの拙文をここにアップしているのは、見知らぬ誰かがひょっとして読んでくれるのではないかと期待してのことである(^o^))。

・サイバー空間の再構築と現実世界の復権

 私はサイバーリテラシーの課題として以下の3点を上げている(『サイバーリテラシー概論』2007、知泉書簡)。

①デジタル技術でつくられたサイバー空間の特質を理解する
②現実世界がサイバー空間との接触を通じてどのように変容しているかを探る
③サイバー空間の再構築と現実世界の復権

 いま大事なのは③ではないだろうか。サイバー空間再設計の努力であり、現実世界の重要さを見つめ直し、それを復権することである。言葉を変えて言えば、現実世界に軸足を置きつつ、インターネットを便利な道具として使う知恵を紡ぎ出すことだと思われる。

 ところで、この原稿を書いているまさに最中、ニュースサイト・BLOGOSのコメント欄が2020年1月をもって廃止される(正確には匿名コメントができないようにする)という報に接した。まともな意見、反論より、匿名による誹謗中傷、罵詈雑言が氾濫しているからである。

 今年(2019年)暮には、多くの人に利用されてきたフリーウェアのML(メーリングリスト)サービス、freemlも閉鎖した。ジャンルごとに息の長い議論を積み重ねていく仕組みや、書いたメールの内容を送稿前にチェックできる機能なども用意されたすぐれものだった。私も多くの恩恵を受けてきたが、実際の参加者はあまり議論することには使わず、ただの連絡用に重宝することが多かった。閉鎖の報を聞いたとき私は、インターネット上のコミュニケーションのあり方が大きく変わり、メーリングリストそのものが役目を終えたのだと悟らされた。

こんなはずではなかった、やっかい

 

新サイバー閑話(37)<よろずやっかい>④

「人間フィルタリング」が効かないやっかい

 2019年11月17日(日曜)、大阪市で行方不明になった小学6年生の女児(12)が約1週間後に栃木県小山市で保護された。この事件で印象深いのは、女児も、未成年者誘拐容疑で逮捕された容疑者A(35)も、先に容疑者宅に〝監禁〟されていた茨城県の家出女子中学生(15)も、いずれも周囲の環境から切り離されていた印象を受けることである。

 女児には兄姉がおり、母親との4人家族だった。彼女が家を出た午前中のひととき、姉も兄も家にいたというが、とくに気にもとめなかったらしい。母親は忙しい仕事の合間に仮眠していたようである。容疑者の方は立派な大人ではあるが、父親が早くに死亡、母親は親の看護で別居しており、一軒家に一人で住んでいた。3人兄弟で弟と妹がいるという。

 同月29日には東京・八王子市の会社員B(43)が愛知県内の女子中学生(14)を自宅に誘い出したとして未成年者誘拐容疑で逮捕されている。彼もまた一人暮らしだった。

・#(ハッシュタグ)家出少女

 少女と容疑者の中を取り持ったのはオンラインゲームやSNSだった。

 小学生とAはオンラインゲームで知り合い、その後の連絡は、ツイッターの当事者だけでメール交換できる(一般には非公開の)ダイレクトメッセージを使った。最初の接触から容疑者が少女を迎えにくるのに10日ほどしかたっていない。 

 A宅には先に中学生もいて、Aは彼女ともSNSで知り合った。その中学生の話し相手として小学生を誘い出したらしい。中学生の父親から出された行方不明届を受けて、茨城県警がA宅を訪れたことがあったが、その時、中学生は床に隠れていたというから、彼女の場合は監禁とは言い切れないようだ。小学生は、スマートフォンを使えなくされたり、脅されたり、1日1回しか食事がなかったりした環境に嫌気して逃げ出し、警察に駆け込んで事実が明るみに出た。

 八王子市の例では、各種報道によれば、中学生がまず「部屋を貸してくれる人いませんか」とツイッターし、Bが「のんびりしてください」、「ワンルームマンションなので一緒に寝ることになりますが大丈夫ですか」などと応答し、23日ごろに女子中学生を自分の部屋に住まわせたという。中学生と同居する祖母が行方不明届を出して保護されたが、彼女はB宅を自由に出入りしていたというから、これも監禁容疑で立件するのは難しいだろう。

 実はSNS上には家出少女の書き込みがいっぱいある。ツイッターのジャンル、たとえば#(ハッシュタグ)家出、あるいは#家出少女で検索すると、虚実とりまぜて、「家出したので(しようとしているので)誰か泊めてくれませんか」といったメッセージがたくさんあり、それに男たちが「とめよーか?」、「泊まる場所、決まっちゃいました?」、「お近くですけど、お助けしましょうか」などと答えている。その後に両者がダイレクトメッセージで交信すれば、あとはだれにも気づかれず話が進むわけである。

 ちなみに某日、ツイッターで検索してみると、「今日、家出しました。 誰か家に泊めてくださる方いませんか?1日だけでもいいので 性別問わないです。 盛って18歳の女子高生です。 助けてください。あと出来たらお酒を少々。つまみはなんでもいいです」などというのがあった。まじめな相談なのか、男を誘おうとしているのか、真偽は不明だが(盛ってはバストが大きいという意味)、こういう深刻度のあまりないメッセージがあふれているのが実態である。そして、子どもと大人が、女と男が気楽に会い、悲惨な事件が起き、あるいは犯罪とまではいかないようなアブノーマルな事態が発生している。

・フィルタリング&人間フィルタリング

 インターネットには危険がいっぱいだから、安易に異性と付き合わないように、知らない人にはついて行かないように、保護者はケータイにフィルタリングを設定するように、などと、かつては私も呼びかけたりしたものだが(『子どもと親と教師のためのサイバーリテラシー ネット社会で身につける正しい判断力』2007、合同出版)、スマートフォンが小学生の間でも広まり、フィルタリング機能を利用しないケースも多く、インターネットは子どもにとってまさに〝危険〟な道具になっている。

 今回の事件で思うのは、ケータイやスマートフォンの技術的なフィルタリング以前の問題、子どもたちを守るべき周囲の環境(人間フィルタリング)がほころびつつあることである。「人間フィルタリング」という言葉は、下田博次『ケータイ・リテラシー』(2004、NTT出版)から借用した。

 彼によると、インターネット以前は子どもの周囲に親、家族、学校、地域などがあり、大人たちが子どもに有害な情報をうまくより分けていた(フィルタリングしていた)が、いまは有害情報が子どもたちに直接入り込んでくる。

 いま有害情報のフィルタリング機能を強化することがあらためて叫ばれているわけだが、むしろ人間環境の側に大きな問題が生じている。人間フィルタリングが介在していないというより、フィルタリング機能を果たすべき、しっかりした大人が周囲にいない。「人間フィルタリングの不在」と言うより、「人間フィルタリングそのものの解体」である。

 それは言い古された表現ではあるが、家庭、地域、教育、あるいは会社という既存秩序の崩壊である。2つの事件を見てみても、子どもたちを取り巻く環境はまことにお寒い。大阪の女児はゲームにふけるようになって以降、不登校気味だったというし、周囲に「家も学校も嫌や」と話していたらしい。茨城の女子中学生も保護されたあと、「家には帰りたくない」と言ったという。容疑者の側にしても、2人とも一人暮らし、Aの場合は、父親の死をきっかけに生活の歯車が狂ったようである

 家庭の紐帯がゆるむ一方で、インターネットを通して外界との接触は容易になった。地に足がつかない状態の子どもたちは、大人たちの誘いにふらふらとさまよい出て行く。

・「第三の郊外化」

 家族の崩壊や教育現場の荒廃は、日本社会全体から見るとまだ一部で、その背後には健全な市井の社会が広がっているという見方もあるだろう。人気テレビ番組の「カラオケバトル」などを見ていると、家族ぐるみで参加者を応援する微笑ましい風景、親子の断絶とは無縁の世界が繰り広げられている。どちらが現在日本社会の縮図なのか、それを見極めるのは難しいが、両者の間に深い亀裂が存在するのは確かだろう。

 ここでこのシリーズの視点について、ふれておきたい。

 私は「小さな事実に注目しつつ、その裏に潜んでいる大きな問題を掘り起こす」手法を「一点突破豪華絢爛」と呼んで、ひとにも推奨してきた(『情報編集の技術、2002、岩波アクティブ新書)。新聞より雑誌向きだが、あえて1本の木を通して森全体を浮かび上がらせようとするものである。

 日本広報協会の月刊誌『広報』で12年以上、「現代社会に潜むデジタルの『影』を追う」という連載を続けてきた。デジタルの「光」の部分はむしろ他にまかせ、「影」の部分を追ってきたのも同じ考えからである(本サイバー燈台の「サイバー閑話」や「いまIT社会で」参照)。

 閑話休題。

 今夏は、かつて経験したことのないような集中豪雨が長野、千葉などを襲ったが、それが地球温暖化による天候異変のせいであるのは間違いないだろう。この地球全体の難題の被害が一部に集中して現れる。それと同じように、インターネットの抱える問題が「人間フィルタリングの解体」として目に見えるかたちで、ここに先駆的に現れているのではないだろうか(もちろん経済的、政治的、社会的な要因が絡んでいる)。

 社会学者の宮台真司は『日本の難点』(2009、幻冬舎)で、日本社会の「郊外化」について書いている。彼によれば、日本の郊外化は、1960年代の「団地化」と80年代の「ニュータウン化」の2段階に分けられる。団地化は専業主婦化に象徴され、その特徴は地域の空洞化と家族への内閉化(閉じこもり)だった。一方、ニュータウン化はコンビニ化に象徴され、ここでの特徴は家族の空洞化と市場化&行政化だという。

 宮台は郊外化の特徴を「<システム(コンビニ・ファミレス的なもの)>が<生活世界(地元商店的なもの)を全面的に席巻していく動き」だと述べているが、この言を借りると、ソーシャルメディア、スマートフォン、クラウド・コンピューティングと、パーソナルなデジタル機器が生活にすっかり浸透した現在は「第三の郊外化」と言っていいだろう(『IT社会事件簿』前掲)。

 第三の郊外化は、現実の都市の周辺に新たな物理的空間が出現する従来の郊外化とは違い、郊外は「サイバー空間」上にある。現実とサイバー空間が渾然一体となったことで、生活世界は根こそぎ空洞化し、社会そのものの風景が一変している。今回の事件はその象徴ではないだろうか。

・「データ至上主義」の予兆?

 サイバーリテラシー第3原則は「サイバー空間は『個』をあぶり出す」である。

 サイバーリテラシーの提唱では「水が水蒸気となって空中にただようように、私たちもまた既存の組織から解き放たれ、社会に浮遊する存在となる。家族の壁も、学校や企業の壁も、国境や民族の壁も突き破って、世界中の人びとと自由に交流できるようになるが、一方で、浮遊する自由のたよりなさは、人びとを困惑させ、孤独感や不安定さをも生んでいる」と書いたが、事態はいよいよ深刻になったとの思いが強い。

 やっかいなことに、今やその「個」が解体されて、個人のアイデンティティが喪失しかねない状況にある。ビッグデータは、さまざまな機会に個別に集められた個人のデータが、アルゴリズムで処理され、まったく別の用途に使われることだが、いつの間にかデータだけでなく、生身の個人がエキスを抜かれて腑抜けになっていく。だから、このような犯罪というか不祥事を解決するために、技術の力を借りて、スマートフォンのフィルタリング機能を強化しようとするのは、場当たり的な解決にすぎないだろう。

 現代社会の行く先に待ち受けているのは何なのか。それを鋭く洞察したのが世界的ベストセラーになったユヴァル・ノア・ハラリの『ホモ・デウス』(㊤㊦、原著2015、河出書房新社)だったのだと私には思われる。

 ハラリは「外部のアルゴリズムが人間の内部に侵入し、私よりも私自身についてはるかによく知ることが可能」になれば、「個人主義の信仰は崩れ、権威は個々の人間からネットワーク化されたアルゴリズムへ移る」と述べている。

 日本で個人主義が育っていたかどうかは大いに疑問で、この点については後にふれるつもりだが、日本人の伝統的な行動基準枠だった「世間」がインターネットによっていびつに変容しつつ、なお(かえって)根強く生き残っていることが、より一層、日本人のアイデンティティ喪失を早めているように見える。

 ハラリによれば、個人主義に対する従来の信念が揺らいだ後に待ち受けるものこそ「データ至上主義」である。そこでは、人間の心そのものが無視される。そういう観点で見ると、「人間フィルタリングの解体」をデータ至上主義の予兆、あるいはそれへの一里塚と見ることはあながち突飛なことではないだろう(ハラリのデータ至上主義に関しては<新サイバー閑話>(17)ホモ・デウス⑧を参照してください)。

やっかいなうえにも、やっかい

 

古藤「自然農10年」(6)

中村哲医師が歩んだ道は「自然農」の道

春にはチョウが群れ飛び、命溢れる自然農(撮影・西松宏)

 女は広島県といっても岡山県、鳥取県境に近い谷間の貧しい村から、男は四国・松山近郊の蜜柑山から、時代に流され、村を追われるようにして石炭荷役で活気づく関門、洞海湾にたどり着いた。最下層の人間が生きるには力仕事しかない。夫婦となった2人は懸命に働いた。誠実に筋を通す生き方が次第に信望を集めて、1906 (明治39)年、若松港で石炭積み出しの荷役作業に労務を提供する人入れ家業の一家「玉井組」を構えた。

 男は27歳の玉井金五郎、寄り添う妻は4歳下のマン。この2人が、2019年12月4日、アフガンの農業用水路工事に向かう道で暗殺された中村哲医師の祖父母である。

 明治末から昭和初めにかけての若松は、吉田磯吉親分に歯向かえば命の危険もある暴力が支配する街だった。磯吉は石炭を運ぶ川船の一船頭から衆院議員まで上り詰めたひとかどの人物と金五郎は敬意を払ったが、その身内の子分たちは、意に添わぬものを匕首と刀で襲い、劇場に放火することもいとわなかった。

 その磯吉親分と心ならずも対立することになった金五郎は、日本刀を振るう徒党に襲われ5日間、死線をさまよう目にもあったが、医師も驚嘆する強靭な生命力で蘇り、石炭荷役で生計を立てる労働者の貧しい生活を守り通した。死線をさまよう夫の命を救おうと毎朝お百度を踏んだマンのお腹にいた長男、勝則が後年、小説「糞尿譚」で芥川賞をとり、中国戦線の従軍記「麦と兵隊」などでベストセラー作家となる火野葦平である。哲医師にとっては母の兄、伯父にあたる。

 葦平は戦後、金五郎夫婦の波乱の生涯をすべて実名でたどった小説「花と龍」を読売新聞に連載した。「火野葦平選集」第5巻に収録された際の後書に、「正しい者は最後には勝つ」が口癖だった父親は、富や権力におもねらない素朴な正義感を抱いて一生を終わった、と書いている。

 彼は父親を生涯大事にし、その人間性を引き継いだ。小説「花と龍」の中には、金五郎の人柄に引き寄せられ暴力世界の中で誠実に生きた哲医師の父親、中村勉もやはり実名で登場する。

 中村勉は第1回普通選挙を迎えた若松市議会へ玉井派の候補として政友会から立った。民政党代議士である磯吉に従う吉田陣営は供応、恐喝の激しい選挙戦で17人の民政党候補を全員当選させる一方、玉井派は金五郎らが滑り込みで議席を守るのが精いっぱい。勉の落選は「有能の士を落としてしもうた。惨敗じゃ」と金五郎を深く嘆かせた。

 勉は金五郎の3女秀子と結婚。長女に続いて長男として1946年に生まれたのが哲医師である。金五郎は世話好きで子煩悩な好々爺として最晩年を生きたというから、孫の哲を膝であやすこともあっただろう。

 後年、医師となった哲は、ただ人の病を診察しその病に対して必要な治療を施すという普通の医者ではなかった。病を持つに至った人の命を見つめ、どうしたらその命を元気に生かすことができるのかを考えた。砂漠化し農業を失っていくアフガン農民にとって、病気の治療だけでは気休めの効果でしかなかったからだ。

 井戸を掘り、用水路を掘りめぐらして、収穫を手にできる暮らしがあってこそ初めて人々の命を治すことができる。万人に賞賛される功績も、彼にしてみればごく単純にして当然の行動だったのろう。そこには、祖父母が起こした「玉井組」の貧しい人々の命と暮らしを守りたいという精神が、地下水のように流れているように思える。

 富める者、強いものが権力につながり、貧しいもの弱いものに理不尽を強いる現実。その不合理への怒りを内に秘めて人の道を踏み外さないように生きる。それは自然農が目指す生き方でもある。

 自然農の提唱者、川口由一は独学で漢方を学び自分や家族の病と闘い、自らの命を大事にするように全ての命を大切にする「命」至上主義者でもある。誠実な医療から農業を救う道に進んだ中村哲、農業をひたすら見つめて人の命を救う漢方にたどり着いた川口由一。2人は、人として正道を歩もうとする同じ情熱を原点として重なっているように見える。

 次回はその川口由一の自然農とは何か、どのように漢方治療に歩んだのかをたどってみたい(敬称略)。

新サイバー閑話(36)<よろずやっかい>③

情報発信が金になるやっかい

 情報発信が金になるのがなぜやっかいなのだろうか。

 情報社会を成り立たせているのは商品としての情報と言ってもいい。情報を提供することで対価を得ること自体はふつうに行われてきた。新聞もそうだし、テレビもそう、出版活動も例外ではない。新聞はニュースを提供することで購読料を得、その大部数ゆえの広告収入も得てきた。テレビは企業からの広告料だけで成り立っている。そして作家たちはベストセラーを書けば、膨大な印税を得ることができた。

 だから普通の人がインターネットで情報を発信して、対価を得たとしても、それ自体は従来となんら変わらない。だれもが情報発信できる道具を得て、才覚のある人が、テレビ会社や出版社という既存のメディア産業と縁のないところで、ユニークな動画を配信したり、おもしろいブログを書いたりして、金を稼いでどこが悪いのか。悪いことなどあるわけがない、はずである。

・ケータイ小説・ユーチューバー・ピコ太郎

 2007年前後にケータイ小説ブームがあった。ケータイの投稿サイトで書きつけた若者の小説が人気になり、それを出版する業者が現れた。そのなかの『恋空』(美嘉、2006、スターツ出版)などは上下2冊で200万部を売り、映画にもなった。だれもが作家になれる時代が来たと言えなくもない。

 動画投稿サイトのユーチューブで人気の動画をアップすると、閲覧回数に応じて相応の収入を得ることができる。基準は1再生=0.1円とも言われ、ユーチューブの動画収入だけで生活する「ユーチューバー」が話題になったのも、もう「昔」のことである。月2000万円以上、年にすると1億円以上稼いでいる人もいるらしい。動画の再生回数を見ると、何万回、何千万回というのがけっこうあるから、塵も積もれば山となる計算だ。そのほかに自分のブログや動画に添付された広告収入も入る。

 サイバー燈台の<いまIT社会で>では、「ペンパイナッポーアッポーペン」(PPAP)という動画で世界的ブームを起こしたピコ太郎を紹介しているが、ある時点での再生回数は9467万回だった。彼の場合は、あっという間に人気者となり、テレビ出演や関連グッズ販売などの収入も大きかった。制作費10万円以下の動画で、1億円以上は雄に稼いだはずである。人気アーチストのジャスティン・ビーバーのように、ユーチューバーからメジャーに躍り出た人もいる。

 広告王手の電通が毎年2月に発表している「日本の広告費」によると、2018年は、毎年増え続けているインターネット広告が1兆7589億円で、テレビとほぼ拮抗するまでになった。既存マスコミ4媒体の中のラジオ、雑誌を抜き、ついで新聞を抜き、いまやテレビも凌駕する趨勢である。この広告費がクリック連動型広告などによって情報発信する個人にも配分されているのだが、これが「やっかい」な問題を生んでいる(追記参照)。

・広告のために事実をあっさり曲げる

 前回、匿名発言に関連して、2つの事例を紹介したけれど、両者には大きな違いがある。最初の例では、発信者は他人の発言を信じ、うっぷん晴らしに、それに輪をかけた激しい書き込みをしていた。それだけと言えば、それだけである。後者の場合には金がからんでいた。摘発された3人は警察の調べに対して、「広告収入を得るためだった」、「ブログを読んでほしかった」と述べたのである。

 ブログのアクセス数を高めることで、広告収入を稼いだり、ブログ運営者からの見返り収入を期待したりする背景がここに示されている。多くの人に読んでもらおうとすれば、事実よりも話題性に関心が向かう。だから週刊誌の記事では匿名だった人物を勝手に西田敏行と断定したように、どうしても表現は過剰になり、極端な場合、嘘でもいい。フェイクニュースが頻発する原因はこういう事情にもよる。

 既存雑誌などのイエロージャーナリズムとの境界をどこで引くかという問題はあるけれど、出版社やテレビ会社が社(組織)の責任において情報をコントロールしようとするのと、何もチェックする者がない個人との間ではどうしても差が出る。新聞で1本の記事が掲載されるまでには、筆者、デスク、整理部、校閲部など多くの人の目が通っており、それなりに正確さや文章などがチェックされている。

 今回も2つの事例を上げよう。

 2016年のアメリカ大統領選挙の際、ヨーロッパの小国マケドニアで10代の少年がつくったサイトが話題になった。彼がトランプ大統領に関するいい加減な記事を自分のウェブにアップしてフェイスブックにリンクを張ったら、思いのほかの反響があり、グーグルのオンライン広告でいくらかの収入も得た。これに味を占めた少年はサイトの名前もそれらしいものにして、トランプ支援の右派サイトから適当に記事をカットアンドペースト(コピペ)するようになる。大統領選が過熱していた16年8月から11月の4カ月間で、マケドニアの平均月収の40倍以上、16000ドルの収入を得たという。

 実情をルポした記事によれば、彼は「トランプが勝とうとクリントンが勝とうと興味はなかった。ただ車、時計、スマートフォンを買うお金やバーの飲み代がほしかった」と述べている。他国の話だから当然とも言えるが、それではなぜトランプ支援を選んだのか。そちらの方がアクセス数を稼げた、すなわち金になったからである。コピペする材料には事欠かなかったから、英語の能力が貧弱でも支障はなかったのだとか。

 次は国内、キュレーションサイトをめぐる事件である。

 ここでキュレーションサイト(まとめサイト)というのは、医術、健康、ファッションといったジャンルごとにインターネット上にあふれている情報を適当にまとめて読者の便宜をはかろうとするサイトで、2016年にDeNAが閉鎖した10サイトの実態を見ると、インターネット上で書くことがいかに事実、あるいは真実とかけ離れた行為だったかがよくわかる。

 記事の眼目は読者に正しい情報を届けるところにはなく、インターネット上の情報を適宜つなぎあわせた記事を量産して検索エンジンの上位に表示させ、そのことで莫大な広告料を稼ぐことだった。

 紙の新聞などでは記事と広告は分離されており、あくまで記事が中心、広告はサブ的扱いだけれど、インターネットでは当初から記事と広告は同居していた。キュレーションサイトはそれをさらに推し進め、記事は広告を集めるための手段にすぎず、だから情報の真偽はほとんど問題にされなかった。

 記事の多くを書いたフリーライターは、「知識のない人でもできる仕事です」としてクラウドソーシング(インターネットを通した求人)を通じて集められた。彼らは取材するよりもインターネット上の情報を適当に張り合わせることに専念、原稿料は異常なほど安く、比較的単価の高い医療系でも1文字当たり0.5円程度だったという。まるで記事を大量生産するブロイラー工場のようで、誤りも散見されたし、著作権侵害も頻発していた。それでも〝頑張る〟ライターの中には月収30万円という人もいたらしい。

 ここでは、かつてメディアというものが漠然とではあるが持っていた「正しい事実を伝える」といった姿勢そのものが消えている。それまでいわゆる「メディア産業」とは縁のなかったインターネット・ベンチャー大手、DeNAは、これら広告本位のサイトを有望事業と考えて大金を投じて買収、運営していた。個人のみならず、IT企業そのものも、インターネット上の情報が陥りやすい危険を体現していたことになる。

・「書く」という行為の変遷

 ネットの大半がどのような情報で占められているかは、たとえば中川淳一郎『ネットは基本、クソメディア』(2017、角川新書)に具体的事例をあげて紹介されている。

 ちょっと対象が限定されるけれど、彼によると、それほど知られていない某芸能人ってどういう人なのか、グーグルで検索すると、まず出てくるのが公式サイト、公式ブログというPRページであり、ついでウィキペディア、最近のニュースの順になる。そのあとにずらりと出てくるのが、彼が「勝手サイト」と名づける「『とにかく人々の興味を持ちそうなネタを網羅し、検索上位に表示させよう』といった意図を持ったサイト群」である。

 要は金稼ぎが目的で、従来の記事づくりが「足で稼ぐ」ものだったとすれば、これはインターネット上の情報をコピペするだけの「コタツ」記事だと彼は言っている。こうしてコピペ転がしの類似情報が氾濫する(中川の初期の著作は『ウェブはバカと暇人のもの』という直截的なものだった)。昨今では芸能、話題になった事件などをめぐるニュース仕立てのサイトでも同じ手法が踏襲されている。

 一時「ブログの女王」と言われたタレントの眞鍋かをりが「眞鍋かをりのココだけの話」というブログを始めたのが2004年、有吉弘行のツイッターフォロワー数が孫正義を抜いて日本1位になったのが2012年である。タレント、芸能人がSNS(ソーシャル・ネットワーキング・システム、あるいはサービス)を使っていっせいに情報発信を始め、それへの応答が増えたことが、ネットの風景をだいぶ変えたのも確かなようだ。

 かつて清水幾太郎は「書く」という行為について、以下のように語っていた(『論文の書き方』1959、岩波新書)。

読む人間から書く人間へ変るというのは、言ってみれば、受動性から能動性へ人間が身を翻すことである。書こうと身構えたとき、精神の緊張は急に大きくなる。この大きな緊張の中で、人間は書物に記されている対象の奥へ深く突き進むことができる。しかも、同時に、自分の精神の奥へ深く入って行くことが出来る。対象と精神とがそれぞれの深いところで触れ合う。書くことを通して、私たちは本当に読むことが出来る。表現があって初めて本当の理解がある。

 ケータイやスマートフォンの書き込みは、書き言葉ではなく話し言葉で、文章は短く、断片的、断定的になりがちである。その極限が絵文字で、隠語めいたものもある。書くという行為の内実がずいぶん変わってきたわけで、こういうやりかたでコミュニケーションしていれば、思考方法もまた変わってくるだろう。そこに安易に金が稼げるという事情が覆いかぶさり、表現をめぐる状況自体が大きく変わってきた。

 フェイクニュースが量産されるのもやっかいだが、美しい文章への心配りが失われていくのもまたやっかいである。昔は一定年齢になると、『文章読本』などで書き方を学んだものだが、今はそういう教育はどうなっているのだろうか。

 これはたしかに、やっかい

 

追記 2020.3.13

   電通が2020年3月に発表した「日本の広告費」によると、インターネット広告費は、テレビメディア広告費を超え、初めて2兆円を超えた。「デジタルトランスフォーメーションがさらに進み、デジタルを起点にした既存メディアとの統合ソリューションも進化、広告業界の転換点となった」としている。

 

林「情報法」(52)

Check‐Actの省略:日本人は「振り返らない」?

 前回の原稿で私自身も気になっている点は、「期間を限定した秘密の保護が大切だとしても、手続きが適正に定められ適正に運用されていることを、監視(モニタ‐)することはそもそも可能なのか?」という疑問です。人権侵害を防ぐには検証しておかなければならないクリティカルな質問ですが、そこにはわが国に固有の問題もありそうです。なお、この主題は、品質保証の偽装を論じた連載31回~35回と関係しますので、ご参照いただければ幸いです(なんと今年の1月~3月のことですので、年を取ると時間が早く過ぎるということを実感します)。

・Plan–Do–Check–Act ではなくPlan–Do–Plan–Do

 経営学やリスク管理などの教科書で、組織を運営しリスクを最小化するには、Plan–Do–Check–Act の手順を守ることだと説かれ、俗にPDCAサイクルと呼ばれています。初期にはCheckで止まっていたものにActが追加され、現在では更に周期が早いDODA(Direct–Observe–Decide–Act)に変えるべきだとの主張もありますが、なお有効性は失われていないと思います。

 というのも、DODAは朝鮮戦争における戦闘現場の知恵から生まれたもので、現場指揮官の意思決定には有効ですが、軍事においても全体の戦局を睨んだ意思決定は別に必要で、その基本はやはりPDCAの方がふさわしいからです。ところが、少なくともわが国の現状を見ると、PDCAではなくPDPD —-の繰り返しになっているように思えます。

 それには理由がありそうで、最大の要因は技術変化と社会変化が激しいために、Planを立てて実行している(Do)最中に、前提が変わってしまうことです。Pは全社の経営方針に従わなければなりませんから、経営環境が変わればやり直すのは当然で、その意味ではPDPD —-となるのは変化に即応した結果として、あながち否定すべきことでもないかもしれません(もっとも、官庁の人事のように2~3年のローテーションで担当が変わることでPDに戻るのは、回避すべきですが)。

 しかし同時に、見逃せない側面もあります。わが国の組織風土では、「計画を立てるのは偉い人で、実行するのは二流の人。さらに監査するのは、売り上げを稼げない人」という空気が拭えないからです。企業における「主流派」として役員を多く輩出している部門と、そうでない部門を思い浮かべていただければ、細かくご説明するまでもないでしょう。あるいは、自部門の長が監査役候補になったときに、盛大な内祝いをやるかどうか考えていただくだけで、十分かもしれません。

 ・監査軽視と「失敗学」の失敗(あるいは不成功?)

  確かに監査役という役どころ(監査委員会に属する社外取締役も同じです)は、「嬉しさも中くらい也」という微妙な位置にあります。正義感だけで直言を繰り返したのでは、すぐに煙たがられてしまい、提案を実現に近づけることができません。しかし他方で、忖度を繰り返す茶坊主になれば、何のために居るのか分からなくなってしまいます。この中間のどこかに「日本的最適解」があるのでしょうが、「正論を吐いて喜ばれた監査役」という具体例を、あまり聞いたことがありません。

 これは西欧諸国にも通用する人情かもしれませんが、外国ではその弊害を回避する手段を長年にわたって考案してきた(訴訟が多いのも、その一例でしょう)のに対して、わが国では依然としてCheckを軽視する組織運営が続いているように思えます。それは、畑村洋太郎氏が『失敗学のすすめ』(講談社、2005年)で提唱した「失敗学」が失敗した(少なくとも成功できない)理由を考えれば、直感的に理解できます。

 私たちは、起こってしまった失敗の直後には責任の追及に敏感ですが、しばらくすると次の仕事に追われて、失敗を将来の対策に生かすことには、あまり力が入らない傾向があります。「喉元過ぎれば熱さを忘れる」という諺は、その弊を的確に表しています。マス・メディアの報道も、事実をベースに長期的な視点から分析して改善を促すのではなく、「経営層の責任を追及し謝罪させる」「経営層の辞任を促す」など、即興的で人目を惹きやすいトップ記事や、TV映えする映像を追及する弊があります。

 これに対して、工学者である畑村氏の提唱する失敗学は、責任追及よりもむしろ、(物理的・個人的な)直接原因と(人間工学的・組織的な)間接原因を究明し、それを今後に生かす学問のことです。そこでは、私たちが失敗に対して採るべき態度は、「失敗は許すが忘れない」という点に集約できるでしょう(この考えは、畑村さんご自身にも伝えたのですが、笑っておられただけでした)。

 この点にやや学問的な雰囲気(装飾?)を加えて、「『人間は間違える』ことを科学する」『Economic Review』(富士通総研 Vol.11 No.4、2007年)として発表したのですが、その発端は、私たち日本人が好む「水に流す」を英語では何というかと思って辞書を引いたところ、「Forgive and Forget」という熟語に行き着いたことでした。なお、論稿の表はその後一部を修正したので、最新版は以下のForgive‐Forget Matrixになります(修正点は、Never Forgive – Forgetを「論理矛盾」としていたのを改め、表にあるように「無かったことにする」と直した点と、「腹切り」に「仇討ち」を加えた点です)。

・「許すが忘れない」ことの難しさ

 この表の「許して忘れる」である「水に流す」と、「許さず忘れない」である「腹切り・仇討ち」とは、寛容主義と厳罰主義の代表例で、われわれ日本人はどうやら、どちらかの極端に走りがちなようです。「二者択一」の弊害について本連載で何回も強調しましたが、ここにもその傾向が読み取れます。日本人は、一般的には争いを好まない「穏やかな性格」の持ち主が多いと思われていますが、どこかに過激さを隠しているのかもしれません。そういえば、年末になると必ず「忠臣蔵」が演じられるのは、復讐心を潜めていることになるのでしょうか。

 しかしここでは、「無かったことにする」というパターンがあることに、より注目してください。セキュリティの面から言えば、これこそ最悪の対応で、責任がどこにあるかが不明確になるだけでなく、その後の改善策の立てようもありません。元の資料がなければ、監査のしようもありません。昨今生じた不祥事の多くが、この分類に属していることだけを見ても、このマトリクスの有効性が分かると思います。

 その対極にある「失敗学」、つまり「許すが忘れない」態度こそ、リスクやセキュリティに対応する人々の基本的規範となるべきですが、残念ながらそうなっていないのが現状です。人種や言語、宗教などで多様性に乏しいわが国では、「阿吽の呼吸」で分かりあってきたというのが背景にあるのかもしれませんが、グローバル化の時代に、それを続けることができないことは自明でしょう。

・情報のトリセツの可視化とCheck機能の強化

  今後の方向性を単純化して言えば、業務の取り扱い説明書(昨今ではトリセツという略語も使われるようです)を明確にして、「誰がやっても同じ結果が生まれるようにする」ことが、失敗を最小化する道であると認識することが第一歩かと思います。そのためには、業務をシステム的に理解して文書とフロー・チャートにするとともに、PDのプロセスと同等かそれ以上に、CAのプロセスを重視する必要があります。近未来の企業では、社長経験者が監査役をやっているという姿を想定すべきかもしれません。

 このことは、情報セキュリティの研究を15年も続けてきた私の、「セキュリティには病理学に加えて生理学が必要だ」という実感と符合しています。セキュリティは優れて実践ですから、インシデント(事故)を減らし抑制することに注力すべきは当然です。しかし、技術が激しい勢いで変化する時代に、事後対応だけに頼っていたのでは常に「後追い」になってしまいます。そこで、チェック機能を生かして「事故の背後にある原因」を追及し、防御の理論を構築しなければなりません。つまり「セキュリティの生理学」が必要なのです。

 Check–Actをおろそかにしていると、長期的には自分に跳ね返ってくることを、しかと認識すべきでしょう。しかし、南スーダンの日報問題、森友・加計学園問題における公文書の扱い、桜を見る会の事務処理などを見る限り、この道は遠くて険しいと思わざるを得ません。

新サイバー閑話(35)<よろずやっかい>②

「1人1票」のやっかい

 1人1票というのは選挙の基本である。男も女も、老いも若きも、金持ちも貧乏人も、賢者も愚者も、すべての人に平等に1票が与えられる。これは民主主義の前提でもある。

 インターネットのおかげですべての人が自ら情報発信できるようになった。それ以前は、日本人の多くが年賀状ぐらいしか文章を書かず、自分の意見は新聞に投書するしかなかったことを考えると、画期的変化である。老人や子どもなどの例外はあるとはいえ、すべての人が情報発信できるということは、インターネット上(サイバー空間)でも「1人1票」が保証されるわけで、これはめでたいことである。

 いや、めでたいはずだった、というべきだろう。これまでの社会システムの不備やコミュニケーション不足をインターネットが是正してくれるだろうという多くの人の期待は、たしかに飛躍的にかなえられたが、その背後で新たな「やっかい」な問題を生んでいる。

 めでたさも中ぐらいなりインターネット

 「1人1票」のやっかいは、端的に言えば、考え抜かれた責任ある言論と無責任な付和雷同型意見、さらにはためにする書き込みや虚偽情報(フェイクニュースなど)の間の区別がつかない、あるいはつきにくいことに由来する。

・匿名発言に意義を見出す試み

 問題はやはり、インターネットの匿名性(ハンドル、仮名を含む)にある。

 かつて1990年代初頭、まだパソコン通信の時代に、ネットでの匿名発言に高い意味を認めようとした試みがあった。場所はニフティの「現代思想」フォーラムで、参加者の討議を経て作られ、フォーラムで公開された議論のためのルール(えふしそのルール)は、きわめて格調高いものだった。

 議論の原則は「自由に発言し、議論し、そしてその責任を個々の会員が自己責任として担う」ものとされ、発言はハンドルという愛称のもとに行われた。本名は名乗らない匿名主義を採用した理由は、「どこの誰の発言であるか」ではなく、「いかなる発言であるか」が重要だと考えられ、「議論内容を離れて、発言者の性別・門地・社会的身分等々を畏れたり侮(あなど)ったりする態度は、思想と最も遠いもの」とされたからである (ニフティ訴訟を考える会『反論』2000、光芒社)。

 匿名だからこそ、現実世界の権威などから離れた真摯な議論が可能だとする考えは、いま思うと、目がくらくらするほどの真摯さである。だが、このフォーラムの議論が名誉棄損訴訟に発展した経緯を見ても、その意図は当初から波乱含みだったし、パソコン通信というなかば閉じられた言語空間だからこそ実現可能な試みだったとも言える。理屈の上ではグローバルに展開するインターネット上で、このような思いで匿名発言する人は、少なくとも日本では、ほとんどいないだろう。

 もう一つ、インターネット初期には、匿名による発言に積極的な意味を認めようとする意見もあった。匿名だからこそ、現実世界のしがらみの中で抑えられがちな社会の底に鬱屈した意見をすくい出してくれるのだ、と(森岡正博『意識通信』1993、筑摩書房)。

 しかし現実は、面と向かっては言えない心の叫びが浮き彫りにされるのとはけた違いの規模で、匿名情報の毒があふれ、社会が窒息しかねない状況にある。

・無責任な匿名発言の氾濫

 ネットの匿名発言は、自分は安全な場所に身を隠して他人を攻撃するために使われることが多い。とりあえず、2つの事件を上げよう。

 2009年2月、お笑いタレントKさんのブログに「殺す」などと書き込んでいた女性会社員(29)ら19人が脅迫や名誉棄損の疑いで警察に摘発された。彼らは20年も前に起きた都内の女子高生コンクリート詰め殺人事件にKさんが関与したと決めつけて、インターネットの掲示板やKさんのブログに「人殺し」、「犯人のくせに」などと悪質な中傷記事を書き込んでいた。地域も年齢もさまざまな人びとで、半数近くは30代後半の男性だったが、女性も含まれていた。

 書き込みは「××(芸名を名指し)、許さねぇ、家族全員、同じ目に遭わす」、「××鬼畜は殺します」といった過激なもので、23歳の女性のものは、「てめーは いい死に方しねーよ 普通に死ねても 確実に地獄行き 一人の女を無惨に殺しておいて、てめーは行きつけのキャバクラかスナックで人殺しの自慢してたんだよな てめー人間としてどうなんだよ 人殺しを自慢してそれで何になんの? おしえろや おまえ狙ってんのたくさんいるぜ」という凄まじいものだった。

 身元がわかると思っていなかった彼女は警察の調べにびっくり仰天、「掲示板の書き込みを本気で信じてしまい、人殺しが許せなかった」と話し、さらに追及されると、「妊娠中の不安からやった」と供述した。摘発された19人は氷山の一角で、多くの同じような書き込みがKさんを恐怖に陥れたのである(矢野直明『IT社会事件簿』2013、ディスカヴァー21)。

 2017年には俳優の西田敏行さんが覚せい剤で近く逮捕されるという偽情報を流していた3人の立派な大人(40代から60代の男女)が、偽計業務妨害の容疑で書類送検されている。彼らは週刊誌記事の匿名容疑者を勝手に西田敏行と断定して、自分たちのブログに書き込んでいた。

 警察がこの種の事件を捜査、摘発すること自体がきわめて珍しいわけで、インターネット上にはこのような無責任な発言があふれている。もちろん顕名、あるいは匿名で、専門研究や趣味の分野で中身の濃い情報がアップされており、それが有益な役割を果たしているのも確かである。考えるべきなのは、匿名による無責任な発言の数の多さである。

・見ないですませるのは無理

 部屋が汚れているのが気になって仕方がないと悩む潔癖症の女性に高僧が「ゴミなど見なければいいのだ」と言ったという話があるが、サイバー空間では、見ないでいようとしても、あるテーマに沿った意見集約ということになると、それらのデマ情報も、付和雷同的な意見も、考え抜かれた専門家の意見も、一つのデータとして、1票は1票として集計されがちである。

 それらの意見の格付けをすることは難しいし、そういうことをやろうとすれば、その基準をめぐってより深刻な事態が発生するだろう。というわけで、暇な人に金を払って賛成、あるいは反対意見をどんどん投稿してもらおうとする人が出てくるし、それが技術の力で量産されたりもする。いろんなIDを作って「1人何票」の人もいるし、他人に成りすましている人もいる。そういうメカニズムの増幅作用で、これまでなら社会の片隅に潜んでいた極端な意見が主流に引き出され、大きな力になって社会を動かす。見ないですませておくのも無理なのである。

 行方昭夫『英文翻訳術』(DHC)の暗記用例文集に’That all men are equal is a proposition to which, at ordinary times, no sane human being has ever being given his assent’というのがあった。訳はこうである。「ひとはみな平等だという命題は、普通は、まともな人なら誰一人認めたことのないものです」。

 人間はみんな平等であるというのは、フランス革命の人権宣言でも、アメリカ独立宣言でも、日本国憲法においても、高らかに宣言されている。一方で、この例文にあるように、建て前や原則はそうであり、それは尊重すべきものではあるにしても、個々の人びとを見た場合、やはりすべて平等というわけはないという実感、というか暗黙の了解もまた多くの人が認めるところであろう。

 言葉の背後にある、曰く言いがたい暗黙の了解(含意)が社会を円滑に動かす妙薬というか潤滑油、英国風に言えば、コモンセンスだった。碩学や専門家の意見には一目置く。自分も勉強して一歩でも尊敬する人に近づく努力をする。立派な人が醸し出すオーラに接して、見習いたいと思う……。これは現実世界にただようエトスであり、明文化されてはいないものの、それなりに規範として機能していた。

 この妙薬、潤滑油がヒエラルキー秩序のないフラットな世界ではなかなか働かない。考え抜かれた碩学の言であろうと、専門知識に基づいた深い理解であろうと、自己の利益のみを考えた意見だろうと、自分では何も考えず、他人に付和雷同して叫んでいる書き込みであろうと、あるいはただためにする投稿だろうと、「1票の価値」は変わらない。顕名であろうと、匿名であろうと、1票は1票である。そして機械的に集計される時、そのデータ(票数)のみが大きな意味を持つ。

 情報の質的変化も見逃せない。「電子の文化」では、言葉に表せない意味やニュアンスは「文字の文化」(活字の文化)以上にこぼれ落ちていく。2019年のノーベル化学賞を受賞した吉野彰さんがインタビューで「なまじネット社会になったことで、表面的な情報はみんなが共有しているけど、肝心な情報は意外とつかめていない。『世間ではこう言われているけど、実はこうなんだよ』というような情報を得られていない」と言ったあとで、「情報を出す側は差し障りのない情報は出すけれど、ひそかに自分で考えているアイデアなんて、絶対に出さないですよね。もし出すとしたら、夜の席でワインを傾けながらでしょう」とつけ加えているのは、この辺の機微を指しているだろう(朝日新聞 2019.12.4 朝刊)。肉体的コミュニケーションの重みである。

現代の特徴は、凡俗な人間が、自分は凡俗であることを知りながら、敢然と凡俗であることの権利を主張し、それをあらゆる所で押し通そうとするところにある。

 100年近く前、スペインの哲学者、オルテガ・イ・ガセットが勃興する「大衆」を前に語った言葉である (『大衆の反逆』、1930、桑名一博訳、白水社)。これをそのままインターネット上の匿名発言に適用するつもりはないけれど、かつての哲学者が恐れた事態がサイバー空間上でより先鋭に現出しているのはたしかではないだろうか。

なにはともあれ、これぞ、やっかい

 これからインターネットにまつわるやっかいな現象をとりあげていく。やっかいとは厄介と書き、『広辞苑』によれば、もともとは「①他家に食客になっていること」を指すが(たとえば「厄介になる」というふうに)、ここでは、もっと一般的な「④面倒なこと。手数のかかること。迷惑なこと」くらいの意味で使っている。

 2002年に本サイトに掲げた「サイバーリテラシーの提唱」は今でもそのまま通用するし、サイバー空間のアーキテクチャーとしての「サイバーリテラシー3原則」もまた変更の必要を認めない。

サイバー空間には制約がない
サイバー空間は忘れない
サイバー空間は「個」をあぶり出す

 当初喧伝されたインターネットの長所はWeb2.0を通じて飛躍的発達を遂げ、私たちの生活はもはやインターネットなしでは考えられないが、一方で、それがもたらすメリットが無視できない悪影響を社会に及ぼすようになっている。2015年ころからそれが加速しているというのが私の見立てで、それを仮にWeb3.0と呼んでいる。長年、IT社会とつきあってきた身にとっては、「こんなはずではなかった」と当惑することも多い。

 便利さと不都合が表裏一体になって展開しているのが「やっかい」なのである。そして、本シリーズではインターネットの負の部分に焦点があてられる。「サイバーリテラシー」は、IT社会をインターネット上の情報環境(サイバー空間)と現実の物理的環境(現実世界)との相互交流する姿と捉えることで豊かなIT社会を実現しようという試みである。その原点を踏まえて、これからいくつかの問題を取り上げていきたい。解決策は容易には見いだせない。それが「やっかい」のやっかいなところである。

東山「禅密気功な日々」(10)

天風とWillpower

 天風会認定・鎌倉の会から送っていただいた「鎌倉のいぶき」によると、中村天風は「五十、六十は花ならつぼみ、七十、八十は働き盛り、九十になってお迎えが来たら百まで待てと、追い返せ」と常々言っていたらしい。

 彼が上野精養軒近くの石の上に立って辻説法を始めたのは大正8年(1919年)6月8日、43歳の時である。今年が100年目にあたる。残念ながら天風は92歳で世を去ったが、おそらく死の直前まで旺盛な活動を続けていたのだろう。

 講演会で紹介された『成功の実現』という大部の演説集を読んでみたが、波乱万丈の彼の人生とともに、その人生哲学に大いに裨益された。潜在意識にたまる消極的観念を絶え間ない意志の力によって積極的なものに変えていくというのがその基本的考えだと思うけれど、これを読みながら、数年前ベストセラーになったケリー・マクゴニガル『自分を変える教室』(大和書房)を思い出した。マクゴニガルは米スタンフォード大学の気鋭の心理学者で、本書の原題はThe Willpower Instinctである。

 要は意志の力(willpower)の重要性を説いた本で、本書によれば、意志の力には以下の3つがある。

①I will(やるぞ) 自分の目標に沿うことを実行しようとする意志。
②I won‘t(しないぞ) それ以外のもの(誘惑や快楽など)を切り捨てる能力。やりたいことをやることを妨げるものをやらない力。
③I want(こういう人間になりたい) 目標をはっきさせる。自分のゴール(将来の夢)を具体的に認識する力。

 ここで言われているのとまったく同じことを天風が1世紀前に言っていたということである。彼もまた意志の力が大事だと力説し、メガネの曇りを拭い去るように、自分の心の中の曇り(消極的考え)を不断にチェックすることを説いた。とくに彼が自分の夢を真剣に、腹の底から願い、その具体的イメージを心にくっきり描くことを強調したのは、大いに学ぶべきことだと思われる。