Zoomサロン仕掛人

<Zoomサロン>お手伝いします

 コロナ禍の外出自粛生活を機に、これまでバーチャルな会合には興味がなかった人びとも、インターネットで仲間と旧交を温めたり、新しい会話の機会を広げたいと思い始めたりしているようです。従来のカルチャーセンターのような集いをサイバー空間に築こうという動きとも言えます。

 当Onlineシニア塾はそういう背景のもとにパイロット・プロジェクトとして2020年5月に遠隔会議アプリ・Zoomを使って開設しました。これまですでに12回のミーティングを実施してきましたが、その経過のなかで、Zoomミーティングに参加したい、あるいは自分も趣味などのささやかなミーティングを主宰したいと思いながら、いま一歩を踏み出せずにいる人が多いことを知りました。周囲にZoomの懇切丁寧な指導をしてくれる人を見つけるのもなかなか難しい状況です。

 そこでOnlineシニア塾では、このほど<Zoomサロン仕掛け人>稼業を始めました。「元締め」のもとに、Zoom指導の実績が長いOnlineシニア塾IT顧問の西岡恭史が仕事を請負います。

 Zoomは実は扱いやすいソフトで、送られてきた招待状のURLをクリックするだけでミーティングに参加できます。だから参加出来たらほぼ8割がたのハードルを越えたことになりますが、そのハードルが超えられない方も多いようです。だからスマートフォンを使った指導なども行います。またZoomにはいろいろ機能があります。会議を主催するときの便利な機能についても伝授します。

 コンピュータへの習熟度、考えているミーティングの規模などによって悩みは様々でしょう。オンライン上にはすでにZoomマニュアルは氾濫していると言ってもいいですが、それはある程度インターネットになれた若者向けだったりして、ずぶの素人には結局、よくわからないということもあります。当「Zoomサロン仕掛人」はそういう初心者にこそ門を開いています。

 昔、マイカーブームがやってきたころ、「エンジンブレーキはどこで売っていますか」と聞いた人がいたそうです。インターネットに関するそういう初心者もアクセスしてみてください。

 矢野はパソコン黎明期に『ASAHIパソコン』というパソコン使いこなしガイドブックを創刊し、その後は「IT社会を生きる杖」としてのサイバーリテラシーを提唱してきました。広がるサイバー空間を積極的に、かつ賢く利用すると同時に、IT社会をより快適でより豊かなものにするのがサイバーリテラシーの願いでもあります(サイバーリテラシーについては、本<サイバー燈台>の「サイバーリテラシーとは」などを参照してください)。

2021.2.2 <Zoomサロン仕掛け人>矢野直明
問い合わせ info@cyber-literacy.com

 

おもいっきりZoomサロン

 全国津々浦々で呱々の声を上げつつあるZoomサロンの一覧をここに掲載します。こういうユニークなことを始めたといったお便りをお待ちします。また<Zoomサロン仕掛け人>が関与したZoomサロンに関しては、すべてここに掲載させていただこうと思います。

◎2021.1.9 『探見』の会「江戸城おもしろ史―天守再建ができたら」

 Onlineシニア塾の主要メンバーでもある森が主宰する『探見』の会(メールマガジン『探見』を毎月発行、読者1000人)が、従来実施してきた現地見学会や講習会を自粛せざるを得なくなって、急遽、オンラインで行なった。40人以上の申し込みがあり、今回の講師は、江戸城天守を再建する会会長太田資暁さん(太田道灌の子孫)。 私もZoomサロンを主宰するのは初めてで、西岡恭史仕事人に助力をあおいだ。パワーポイント画面80枚以上を駆使した太田さんの講演はスムーズに運び、その後の質疑応答、意見交換も大盛況だった。まさに「案ずるより産むが易し」というのが〝大仕事〟を終えたときの感慨だった。(『探見』編集発行人・探見の会代表幹事 森治郎)

◎2021.1.30 「子育てとの両立をしながら働く女性を支援するためのオンラインサロン」

 高山れい子さんが主催する「子育てとの両立をしながら働く女性を支援するためのオンラインサロン」を西岡が手伝いました。事前に主催側とのZoomでの打合せ、当日サロン開始前にMC担当者とも打合せを行いました。
 講師の川崎市議会議員、各務雅彦氏の、地域の子育て環境の向上を目指して議員になった経緯や、銀行勤めをしながら2人を育てたシングルパパの奮闘ぶりを聞いた後、質疑応答がありました。土曜日の昼間ということもあり回線の不備があった方もいたが、8名参加のもと無事終了しました(N)。

◎2021.2.21 高承研でもミャンマーの若者から話を聞く

 Onlineシニア塾第13回<ミャンマーの若者に聞く>をきっかけに、私の主宰する「高度技術者育成と技能伝承研究会」(高承研)でもミャンマーの若者から話を聞きました。前日にマンダレーで国軍の発砲による死者の報道があった影響もあってか、参加頂いたのは星野さん、ミャンマーの若者2人、高承研側は私を含め9名が参加しました。
 話を聞いた後は、CDM(市民的不服従運動)について、アウン・サン・スーチーさんの評価、影で軍を支援する中国の影響力 への懸念、支援活動へのカンパ、広報活動の重要性などについて活発な議論がありました。
 最後に、年長者から60年安保や70年安保闘争のころの思い出や反省の弁を伺い、それに基づいて、短期的な思いに駆られて跳ね上がった活動は控え、理性的、科学的に対処することの重要性が語られました。スーさんからも現状への考え方や抱負が語られて、自分の意見を堂々と話される様子に感心しました。たいへん有意義な会でした(「高度技術者育成と技能伝承研究会」主宰・大野邦夫)。

掲示板を開設

やさしく、美しく、愉快に、まじめに 

 Onlineシニア塾は2020/5月に第1回ミーティングを始めて以来、9月末までに7回のミーティングを重ねてきました。登場したスピーカーは履歴で紹介しています。現在の参加者は約15人です。月に2回ほど夜8時から1時間半ぐらい、世界各地からZoomで顔をあわせてコミュニケーション を続けています。

 このたび参加者&スピーカーがミーティング以外にも自由に話し合えるための掲示板を開設しました。新参加者の自己紹介、ミーティングで言い足りなかったこと、改めての質問、日常雑感などを自由に書き込めるZoomサロンの補完機能です。

 

Onlineシニア塾報告

<Onlineシニア塾>については、<Onlineシニア塾への招待>をご覧ください。以下はその講座履歴です。

講座<若者に学ぶグローバル人生>

・第1回(2020.5.20) 
中国人留学生、ユー・プーホン(余浦弘)さん。(北京の中央財経大学卒業後、UCLA、シカゴ大、スタンフォード大に短期研修留学、2019年から東大経済学部修士課程に在学中)。

・第2回(2020.7.2) 
ベトナムのチャントゥチャンさん。(ハノイ貿易大学在学中の2011年、日本文科省の奨学金を得て来日。東京外大日本語教育センター終了後、2016年に京大経済学部を卒業後、アステラス製薬入社)。

・第3回(2020.7.17) 
ミャンマーのスータングレッさん。(ヤンゴン外国語大で仏語専攻。ミャンマーの日系企業でOLとして働いた後、2015年奨学金を獲得し来日。2018年法政大大学院でMBA取得。同大卒業後、2018年から商社日双勤務)。

・第4回(2020.7.24) 
スウェーデンで日本語を教える雪江しおりさん。(大妻女子大在学中、北京師範大で2年間中国語を学ぶ。上海の日本語スクールでスウェーデン技師と知り合い、結婚してスウェーデンへ。ストックホルム大学で専門職学士の学位を獲得。現在、スウェーデン語学校のキャリアカウンセラーとして勤務)。

・第5回(2020.8.19)
ネパールの青年実業家、パウデル・スンダ―さん。現地からの参加(ポカラ出身。祖父から「日本のラジオは世界一だ」と聞かされて育ち、ネパールの大学を卒業後、1999年に来日。武蔵工業大学で環境情報学を学び、卒業後、日本人と交流する場を作るためネパール・インド料理のレストランを開業した。その後、東洋大学大学院博士課程で木造建築を研究。ネパールで木造建築の普及を目指す会社を設立 )。

・第6回(2020.9.7)
ナイジェリアから留学中のチグメズ・イベグアムさん。2017年にあしなが育英会「アフリカ遺児高等教育支援100年構想」の奨学生として採用され、2018年春に来日。2年間、JASSO東京日本語教育センターおよび大阪YMCA日本語学校に通い、2020年4月より岡山大学グローバル・ディスカバリー・プログラムに進学中。
 参加者約15人。2年で修得したとは思えない流暢で〝訛り〟のない日本語に全員が驚く。いずれは故国に帰って児童教育に取り組みたいとのこと。あしなが育英会の沼志帆子さんから「アフリカ遺児高等教育委支援構想」についても話を聞く。

・第7回(2020.9.14)
ドイツ在住の映像ジャーナリスト、玉腰兼人さん。立命館大学国際関係学部在学中の2008年9月より交換留学生としてベルリン・フンボルト大学に1年間滞在、日本に帰国し大学を卒業後、再度渡独し「オペア・ホームステイプログラム」に参加、ハンブルグのドイツ人家庭で5人の子どもと1年間生活。2012年、ベルリンの映像制作会社に勤務、2019年にフリーの「VideoProducer/Coordinator」として活動。ドイツ・欧州各国において、主に日本のテレビ番組、各種プロモーション動画・写真の撮影、取材アレンジ・コーディネートなどを手がける。ドイツの難民支援組織にも所属している。
玉腰さんのウエブhttps://www.kentotamakoshi.com
 一人の青年がドイツという社会でたくましく育っている姿は感動的だった。日本の教育のお粗末さを改めて感じさせられもした。

・第8回(2020.10.13)
シェラレオネから留学中のイジキエル・ガイネシさん。2018年にあしなが育英会「アフリカ遺児高等教育支援100年構想」の奨学生として採用され、2019年春に来日。JASSO東京日本語教育センターに1年間通い、2020年4月より東京国際大学に進学中。デジタル・ビジネス&イノベーション専攻。
 フェイスブックを通じてあしなが育英会を知ったのが彼の人生の大きな転機になった。学校では英語を使ってきたが、来日にあたって日本語に挑戦、大学院にも進んで、将来は国の発展に尽くしたいという。「シェラレオネの福沢諭吉をめざせ」とのエールも飛んだ。

・第9回(2020.10.22)
中国留学生、ショウ・ヨウレイ(焦燁泠)さん。江蘇省・南京市出身。南京外国語学校で中高時代を過ごし、北京科技大学に進学、英語を専攻。大学2年次に、北京大学・国家発展研究院で、経済の第2学位を取得。交換留学で北欧エストニアのタルトゥ大学に進み、その後カリフォルニア大バークレー校のサマースクールを受講。2019年秋に来日し、東大経済学部大学院研究科コースで、農業経済学や、ジェンダー労働経済学を研究中。趣味は、JーPOP、K―POP、テコンドー、ピアノ演奏。
 中国の学生は勉学意欲がすごいらしい。それに比べると日本人学生は「勉学をのんびり楽しんでいる」とのこと。喜ぶべきか、あるいは、そうでないのか。現在、日本企業への就活中。

・第10回(2020.11.10)
ベトナム出身の起業家、ドゥツク・ドバ(Duc Doba)さん。タンホア市生まれ。ハノイ国家大学IT学部を卒業したあと、ソフトウェアエンジニアとして来日。楽天、LINE、ソフトバンクなど大手テクノロジー企業で12年間、IT開発サービス研究開発に従事。日本でのSB Cloud (Alibaba Cloud)サービスの立ち上げに貢献した。2017年に9月に日本の深刻なIT人材の需要と供給のギャップを埋める事業をめざすTokyo Techiesを起業しCEOに。従業員はベトナムと日本側で合わせて35人。在日ベトナム青年学生協会(VYSA)会長も務めた。
 ベトナムの学生時代に縁あって日本企業に就職、いくつかの企業で研鑽を続け、実績も上げた経緯を、現場で覚えたという達者な日本語で、笑顔とともに話してくれた。IT技術者養成事業を日本で立ち上げた動機には篤志家の俤も。

・第11 回(2020.11.30)
セネガルから留学のアストゥ・ンジャイさん。あしなが育英会の高校留学プログラムに合格し、2016年~2019年の3年間は仙台育英学園で過ごす。卒業後、「アフリカ遺児高等教育支援100年構想」の奨学生として東京国際大学に進学。現在2年生で、経営学・マーケティングを専攻している。
公用語のフランス語、民族語、英語、日本語を話し、スペイン語、朝鮮語も勉強したという。「英語でテストがあると、私が85点ぐらいでも日本人は100点取ったりするけど、話すのはちょっと苦手」。グローバル人生としては、明るく前向きに生きる彼女に対し、日本の若者はかなり後れを取っているようである。

<Onlineシニア塾2020忘年会>

 12月16日、13人の仲間参加のもとにバーチャル忘年会を開きました(1人遅刻)。


 冒頭、フィリピン在住の鮎澤優さんの波乱万丈の半生を語っていただいたあと、Onlineシニア塾に参加しての感想や今後の運営に対する提案などを話し合いました。Onlineシニア塾は新年も月2回程度のペースで進める予定です。少しずつ講座も広げていければと考えています。参加希望者は<Onlineシニア塾への招待>をご覧いただいたうえ、<info@cyber-literacy.com>までご連絡ください。

講座<気になることを聞く>

・第12 回(2021.1.31)トランプ大統領によってあぶりだされたアメリカ社会の亀裂①

 在米数十年の翻訳家、宮前ゆかりさんにトランプ米大統領の4年とその退陣の混乱を通して浮かび上がったアメリカ社会の亀裂について聞いた。コロラド時間の30日午後9時からということで、日本時間は31日(日曜)午後1時からと変則的になったが、十数人の参加のもとに新講座<気になることを聞く>が無事スタートした。
 冒頭、1月6日のワシントンDCで反乱を起こした人々がParlerというアプリで内部の様子を撮影してアップロードしたビデオをProPublicaが時系列でまとめた動画の一部(写真は午後3時ごろの状況)を視聴した(担当/森治郎・矢野直明)。
宮前ゆかりさんはコロラド州ボルダー在住。フリーランスのリサーチャー、翻訳家。TUP(平和をめざす翻訳者たち)メンバー。ボルダーの独立非営利ラジオ局KGNUでニュース番組や音楽番組を手がけるプロデューサーでもある。元ナイトリッダー新聞社メディア研究員。訳書にダニエル・エルスバーグ著『世界滅亡マシン:核戦争計画者の告白』(共訳:岩波書店)、グレッグ・ミッチェル著『ウィキリークスの時代』(岩波書店)など。米国の市民運動に関する複数の記事を月刊『世界』に寄稿している。
 このセッションは引き続き開催する。

・第13 回(2021.2.10)ミャンマーの軍事クーデターで苦悩する日本在住の若者たち①

 本講座<気になることを聞く>第2回(通算13回)は急遽、軍事クーデターの起こったミャンマーの若者、6人を招いて10日午後8時から2時間開催した(担当/星野真波)。
 2月1日のクーデターから10日、ミャンマーではヤンゴンなど主要都市で数万人規模の抗議デモ(軍事政権不服従運動、指3本の表示がシンボル)が行われているが(写真はフェイスブックから)、日本でも先日、外務省前に在日ミャンマー人、約3000人が集まって軍事政権への抗議の声を伝えている。

 当日は6人の若者(女4、男2。20~27歳)が日々の不安な生活の実態やミャンマー民主化を取り戻すための決意などを話してくれた。
 Onlineシニア塾はコロナ禍の自粛生活の中で、インターネットというツールを使ってシニア相集い、世代を超えたグローバルなコミュニケーションを行いたいと始めたものだが、激動する世界の息吹を身近に感じ、また日本人として何をすべきかというある種の責任についても考えさせられる機会となった。
 若者たちは「ミャンマーで起こっている事実を知ってほしい。ミャンマーの民主化のために日本の皆さんにもご尽力をお願いしたい」との強い気持ちから、故国の肉親の安否さえ心配な中で参加してくれた。それにしても、日本語が達者であるばかりか、自分の考えを堂々と開示できるすばらしさ。参加者からは異口同音に驚きの声が上がった。
 このセッションも適宜、開催する予定。

民主主義を守ろうとする社会の「粘り」 ミャンマー国会の8割以上の議席をNLDが占めながら軍事クーデターを許してしまった背景には、民主主義を守ろうという社会全体の「粘り」が薄れつつある世界共通の状況があるようにも思われる。アメリカしかり、日本ももちろん例外ではない。軍事政権はミャンマー国内ですでにインターネットを遮断、逆に、アメリカでは一IT企業たるツイッター社がトランプ大統領のアカウントを停止し、政治の動きに大きな影響を与えた。サイバーリテラシー的にもいろいろ考えさせられる昨今である(Y)。

「軍事政権不服従運動」 日本在住のミャンマーの若者たちと初めて話をした時、異口同音に「ミャンマーで起こっている事実を知って欲しい」と訴えていたのが印象的でした。その言葉には、事実が伝わらずに世界から見放された結果、暴力による支配に陥った時代には戻るまいという決意が込められていたからだと、今回の議論を通して感じました。 日本人の常識やこれまでの報道からは推し量りにくいミャンマーという国の背景や、人々に共有されている感情を汲み取るためにも、直接話を聞く意義を確認できる機会にもなったと思います。
 また彼らが最も伝えたかったこと一つである、「クーデター以降72時間は事態を静観したのと、デモが全国規模で平和的に展開しているのは、軍部側に民衆が暴徒化したという武力鎮圧の口実を与えまいという総意によるもの」だという話も、多くの人に丁寧に伝えられてほしいと思います。彼らは「軍事政権不服従運動」という言葉を使っています。
 ミャンマーと日本との深く、そして、複雑な関係にも話が及びました。彼らにも不安な思いが募っていると思いますが、思い描く進路、将来に向かって活躍できるよう、日本人としてできることを考え、不安な思いの中、話をしてくれた勇気に応えていきたいと思っています(H)。

・第14 回(2021.2.20)巨大地震などに備える燃料電池(災害時の非常用電源)について開発の現状を聞く

<気になることを聞く>第3弾(Onlineシニア塾通算14回)は、災害に備えた非常用電源ということで、自動車産業が先端的に取り組む燃料電池などの開発について、若い研究員、伊東直基さんに話を聞いた.(担当/松浦康彦)。
 冒頭、担当者から日本を取り囲む4大プレート(北米、ユーラシア、太平洋、フィリピン海)の説明と、東日本大震災より一桁大きな南海トラフ巨大地震が2035年±5年のうちに起こるという学者の警告などの報告があり、富士山大爆発も含めて非常用電源を準備しておく必要性が強調された。それを受けて自動車企業の研究部門で燃料電池などの研究開発に携わっている伊東さんの話を聞いた。
 活発な議論が展開され、燃料電池の利用は車に限った話ではなく、家庭用電源としての利用なども考えるべきではないかと、本来なら研究所長や社長に向けられるべき質問も飛んだが、新入社員が研究所長や社長に成り代わって日本社会の、ひいては世界の将来を考えるべき時代なのかもしれない。
 伊東直基さんは1993年生まれ。首都大学東京大学院で電磁環境工学研究室に所属し、電気自動車用ワイヤレス電力伝送装置の漏洩磁界のシミュレーションを実施。大学院卒業後は関東にある自動車メーカに就職し、充給電ユニットの開発に従事している。

備えあれば憂いなし 車載電池解説に絡んで「おのおのがた油断めさるな。大災害は近づきつつあり」との、地震対策を促す一文をとの発注です。コロナ禍による自宅待機指示とテレワーク、東京五輪の先行き不安と組織の混乱、株価の乱高下、東日本大地震後10年目の震度5強の余震など、ゴタゴタ続き。「巨大地震のご警告には感謝しますが、こっちは油断をめす暇もないほど忙しんです!」と言うのが、本心でしょうか……。
 せめて、災害啓蒙家の鎌田浩毅京大教授が、女優の室井滋さんと対談する『地震と火山の日本を生きのびる知恵』(KADOKAWA)など、ご一読いかがでしょうか?「最近は老眼が進んで、活字本から縁遠い」。そうなら、放送済みの番組を家庭向けに、格安の価格でネット向けに流している、NHKオンディマンドによる1本220円の視聴は? 過去の大地震の記録から、地震のメカニズム、大津波のシミュレーションなど、ノートパソコンでも視聴できます。3本も見れば、いっぱしの地震通になれます。「そうまで言うなら、暇な時間に寝っ転がって見てみるか」。ご協力ありがとうございます。
 あ!、視聴前に、阪神淡路大震災や、東日本大地震発生年から、想定される南海トラフ大地震発生予想年の2035年±5年、遅くとも2040年に至る、年表作成をぜひお勧めします。ご自身はもちろん、御家族、親戚筋の年齢や、想定される、就学歴や就職歴を記入すれば、来る巨大地震が他人事でなくなって来るかと。「幸福な家庭はみな、同じように似ているが、不幸な家庭は不幸せも様々で、それぞれ違うものだ」との、トルストイの名作の書き出しを想い出しました。備えあれば憂いなしで、お過ごし下さい(M)。

 花見と直基とときどき松浦 コロナ禍の冬も終わり、急に春らしい季節になった。私は『ASAHIパソコン』を創刊した1988年から裏山の源氏山で毎年、見ごろの日曜日を選んで花見の宴をはってきた。多い時には100人ほどの参加者があり、紅白の垂れ幕を背に、敷きつめたゴザの上で女装した芸人が舞ったり、カラオケに興じたりした。雨の日は我が家に集まって花より酒の宴となり、花冷えの夕方もやはり我が家で二次会をした。つい最近まで30年以上続けてきたが、花も参加者も高齢化し、つい数年前に打ち切った。
『ASAHIパソコン』草創期にアルバイトとして3人の学生が手伝ってくれていたが、彼らは毎年、花見にも参加、そのうち彼女を連れてくるようになり、ほどなく結婚、そのうち親になった。子どもたちの中で同い年の男の子2人はすっかり仲良くなり、年に1度の出会いを楽しみにしていた。彼らは満開の桜の下でも、花吹雪の中でも、雨に打たれる花びらの上でも、ほとんど花には背いて、ゲームなどに興じていた。時がたち、2人は社会人になり、それぞれ自動車関係の会社に就職した。そのうちの1人が今回、花見の義理に背かず、講師役を買って出てくれたわけである。今回の授業を担当した松浦氏も花見後半の常連だった。
 金も組織もない「バーチャル井戸端会議」である我がOnlineシニア塾が、よって立つのが個人的なつながりだということを示すエピソードとして、この話を記した。インターネット上に半ば開かれ、半ば閉じた空間(トポス)が、IT社会のオアシス、あるいは核になる可能性に触れておきたかったからである(Y)。

Onlineシニア塾への招待

 依然として収束しそうもないコロナ禍だが、Onlineシニア塾は、その蟄居する日々の中で、ロートル3人組(松浦康彦・森治郎・矢野直明)が、時代に取り残されないようにと、しこしこ始めた「Zoom勉強会」が発端である。

 コンセプトは<オンライン(ミーティングツール、Zoom)を使ったシニアのためのグローバル・コミュニケーション塾>。塾生はもっぱらシニアで、①若者に学ぶ、②シニア同士語り合う、③若者に伝える、の3分野(ジャンル)を想定しているが、当面は「若者に学ぶグローバル人生」をテーマに、日本在住の留学生や海外に留学中の日本人(や日本語をしゃべる外国人)に話を聞いている。

 心理学者、ユングが言う「人生の午後」を有意義に過ごしたいと思っている人、伊能忠敬の「一身二生」を生きようと考えている人、さらに言えば、藤沢周平の描く三屋清左衛門のように「日残リテ昏ルルニ未ダ遠シ」を実感している人々、そういう人に参加していただければ、と考えている。

 一般に「シニア(年長者)」とは何歳ぐらいから言うのか、実はきわめてあいまいである。若者から見ると40歳は立派なシニアだろうし、俺はシニアじゃないという65歳もいるだろう。国連では60歳以上がシニアらしい。日本では高齢者(65歳以上)、後期高齢者(75歳以上)という区分もあるが、本塾ではだいたい50歳以上を対象にしようと思っている(50歳未満でも参加資格がないということはない)。

 スピーカーも塾参加者も当面はボランティア(無料)である。いまスピーカーおよび参加者のリストを整理しつつあるが、当面それぞれ50名ぐらいまで拡大したいと考えている。参加者だけでなく、スピーカー同士の交流も深められるようにしたい。また参加者はただで貴重な体験談を聞かせてもらうのだから、彼ら(彼女ら)の日本について聞きたい、あるいは教えてほしいという声には、昔取った杵柄で喜んでお役に立つ覚悟があることを参加心得の一つとしたい。

 いまや多くの情報発信がユーチューブやツイッター、インスタグラムなどのSNS経由で行われている。すっかり影を薄めたマスメディアに代わってこれらソーシャルメディアを使った良質の硬派記事が多くなっているが、趣味の園芸、クッキングなどさまざまな情報発信も花盛りで、教えたり、教えられたり、けっこう実のあるコミュニケーションが繰り広げられている。そこにOnlineシニア塾がどう一石を投じられるかは、今後の成り行き次第である。

 参加希望はもちろん、スピーカー候補の応募や推薦をお待ちしているが、いずれは講座数を増やし、<若者に学ぶ>以外にも<シニア同士語り合う>、<若者に伝える>分野にも広げたいと思っている。当面の講座開催候補は「Zoomことはじめ(Zoom入門)」、「私が自慢できる杵柄(仮称)」の2つである。

 ミーティング用ソフトはグーグル、マイクロソフト、フェイスブックなどが各種提供しているが、Onlineシニア塾ではZoom(ズーム)を採用している。送られてきた招待状のアドレスをクリックするだけでミーティングに参加できる使いやすいソフトである。まだZoomを使ったことがないけれど、参加したいという人には「私家版・Zoom自由自在―シニアも使える超簡単マニュアル」を配布する用意がある。内容は(PART1 招待メールが送られてきたら、PART2 自分がホストになるには、PART3 Zoom快適生活のすすめ)である。

 Onlineシニア塾はスタートしたばかりである。ご意見、ご感想などをお寄せいただけると幸甚です。またZoomミーティングは、だれでも簡単に主宰できるから、各自でいろんなOnlineシニア塾を立ちあげ、その内容、参加者などを本サイバー燈台<Onlineシニア塾info@cyber-literacy.com>までご連絡いただければ、その趣旨を勘案しつつ、随時紹介しながら、当サロンをよりグローバルに拡大していきたいと考えている。

 現在までの講座開催履歴などは<Onlineシニア塾報告>をご覧ください。なお本塾の規則や参加心得については別途定め、折々に本欄で公表する予定である。参加者をグローバルに広げるとともに、使用言語も英語をはじめ多様なものにできればすばらしいと思っている。

文責・矢野 2020.7.29

新サイバー閑話(44)

林さんの「情報法」連載ピリオド 

 本サイバー燈台プロジェクト欄の長期連載、林紘一郎さんの「情報法のリーガル・マインド その日その日」が奇しくもこの6月4日、第64回をもって終了しました。私がウエブをサイバー燈台としてリニューアルしたのと、林さんが『情報法のリーガル・マインド』(勁草書房)を上梓したのが同じころで、その機をとらえて、サイバー燈台に寄稿をお願いしたのがきっかけです。原稿料なし、まったくのボランティアというまことに図々しい申し出を快諾してくれたころを懐かしく思い出します。たしかにお互い、歳をとりました(^o^)。

 タイトルに「情報法のリーガル・マインド その日その日」と付けたのは、新著にまつわるエピソードのようなものを気軽に書いていただければと思ったからですが、「闘魂の人」林さんは過去をのんびり振り返ることを潔しとせず、本では十分書けなかったことを敷衍したり、新たに起こった事態に題材を求めたりと、情報法研究の最先端をさらに究めるべく、毎回、大原稿を書いてくださいました。そういう意味では、まさに「情報法 その日その日」の記録ともなりました。まことにありがたく、厚く感謝しています。

 途中で著書が大川出版賞を受賞したときの挨拶や、「法と経済」などさまざまな学会にパネリストやコメンテーターとして参加した報告、さらには長らく学長を勤められた情報セキュリティ大学院大学の最終講義の様子なども挿入されていますから(後半では私の連載、「インターネット万やっかい」に関しても言及していただきました)、硬軟取り混ぜた内容になっていますが、ここには「情報法の現在」が詰まっていることは、ご愛読いただいた方にはご理解いただけると思います。

 林さんは情報法の今後を若い研究者に託したい意向を末尾に添えられていますが、サイバー燈台主宰者としては、アフターコロナの激動が林さんの知的好奇心をさらに刺激し、折に触れて投稿していただける機会もあるのではないかと、勝手に期待している次第です。

 長い間、精力的にご寄稿いただき、ほんとうにありがとうございました。ときどき打ち合わせと称して横浜北口の中華レストランで食べたランチも懐かしい思い出です。

東山「禅密気功な日々」(11)

老いは降り積る

 深夜、山や里、あるいはビルの谷間にしんしんと降る雪のように、老いは私たちの骨、筋肉、内臓に降り積る。それはまさに忍び寄る。

 最近、健康寿命ということが言われるが、これは「心身ともに自立し、健康的に生活できる期間」という意味である。平均寿命が長くなっても、健康に生活できなければ快適な老後というわけにはいかない。2016年のデータだと、平均寿命と健康寿命の差は、男性で約9年、女性で約12年である。女性の方が平均寿命が長いから差が長いのは当然として、健康寿命はだいたい男性で73歳、女性で75歳である。

 ロコモティブシンドローム(通称ロコモ、運動器機能低下症候群)という言葉を聞くことも多くなった。老化や骨折などのけが、骨粗しょう症、関節リウマチなどによって筋肉をはじめ関節、軟骨といった運動器が衰えて運動機能が低下してしまった状態を言う。

 だから高齢者ならではの筋肉トレーニングも大事だけれど、筋トレは積雪に耐える屋根や柱を補強する効果があるが、雪をかき出したり、溶かしたりしてくれるわけではない。老いを払いのけるために有効なのが築基功、とくに蠕動だと私は思っている。

 高齢者にとっての筋トレの心構えなども随時書いていくつもりだが、「老いを払う」点できわめて効果的な気功をより多くの人に知っていただくために、これから追々に禅密気功の指導者、朱剛先生に気功のすばらしさを聞くシリーズを掲載していく予定である。乞うご期待!!

新サイバー閑話(43)<よろずやっかい>⑨

加速する時間のやっかい

 今回のやっかいは、高速で動くコンピュータおよびインターネットの恩恵を受けながら、そのスピードがあまりに速いために私たちの日常的なリズムが追いつけないことに起因する。コンピュータを使いこなすというより、むしろそのスピードに振り回される「やっかい」である。

 その1つの例が、<よろずやっかい>⑥でふれた「等身大精神の危機」だろう。一瞬のケアレスミスが何百億円に上る被害をもたらしたわけで、軽い「引き金」が重大な「結果」を引き起こす高速コンピュータの〝暴走〟。これにどう対すればいいのか。

 個人的にはコンピュータの扱いにもっと慎重になる、画面の警告音を見逃さないという心構えが大事であり、社会工学的には、1つのアクションをより肉体感覚と連動するものにするといったシステム設計が必要になるだろう。

 コンピュータの誤作動を引き起こすバグはなくしてもらわないと困るが、そうでなくても、スマートフォンで住所録の他の宛名にひょっとふれて間違い電話をしてしまったり、翌日になれば怒りがおさまるほどの些細なことがらを感情の赴くままに書きつけ、そのまま送信して炎上という事態を招いたり……、電子の文化のスピードにはついていけないとつぶやく人(とくに高齢者)も多いはずである。やっかいと言えば、まことにやっかいである。

 サイバーリテラシーに引き寄せて言えば、コンピュータをどう使いこなすかという知識(スキル)だけでなく、コンピュータとはどういうものか、それを扱うにはどのような心構えが必要か、コンピュータにまかせない方がいい領域は何か、というリテラシー(基本素養)教育が必要ということにもなる。

 私は林紘一郎さんに誘われて、横浜の情報セキュリティ大学院大学の経壇に立ったことがあるが、当時、こういうことをすると危険である、それは法に違反するという「脅しのセキュリティ」だけでなく、こうすれば快適なIT生活が送れるという「明るいセキュリティ」も大事ではないか、という話をしたことを思い出す。

 このシリーズは「インターネット徒然草」と自認するエッセイ集みたいなものである。「つれづれなるまゝに、ひぐらしパソコンにむかひて、心にうつりゆくよしなしごとを、そこはかとなく書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ」。そして、前回の⑧は「おぼしきこと言はぬは腹ふくるるわざ」という思いが強かったけれど、今回、念頭に浮かんだのは、芥川龍之介の『侏儒の言葉』の一節である。

人生を幸福にする為には、日常の瑣事を愛さなければならぬ。雲の光り、竹の戦ぎ、群雀の声、行人の顔、――あらゆる日常の瑣事の中に無上の甘露味を感じなければならぬ。

 対象が自然と技術の違いはあるけれども。インターネットを無視して生きていくことはできない。もっとも後段でこうも言っている。

人生を幸福にする為には、日常の瑣事に苦しまなければならぬ。雲の光り、竹の戦ぎ、群雀の声、行人の顔、――あらゆる日常の瑣事の中に堕地獄の苦痛を感じなければならぬ。

・『ネットスケープタイム』

 以下、コンピュータおよびインターネットがもたらした時間の変化、加速するスピードについて考えてみる。 

 インターネット初期に「ドッグイヤー」ということが言われた。IT企業1年の成長発展は従来の企業の7年分に相当するという意味である。今はもっと速くなっているかもしれない。

 1995年はインターネットが社会に普及したという意味で「インターネット元年」と呼ばれるが、そのころ活躍したジム・クラークという一起業家が書いた自伝的書物は、ITがもたらしたスピードの変化の生々しい記録である。

 インターネットで扱える情報を活字(テキスト)だけの世界から絵や動画まで拡大した閲覧ソフト、ブラウザーの発明こそインターネット飛躍の原動力だったが、最初のブラウザーはイリノイ大学の学生、マーク・アンドリーセンによって開発され、モザイクと名づけられた。

 クラークは、自分が創業したシリコングラフィックス社を退任に追い込まれた1994年、アンドリーセンの名を聞き、直ちにこの若者に電子メールを出して、2人で新会社を作る。モザイクという名は使えなくないので、同じようなブラウザーを開発してネットスケープと名づけた。マイクロソフトのビル・ゲイツもモザイクをもとにしたブラウザー、インターネット・エクスプローラーを開発して追撃、1995年は2つのブラウザーの機能拡張競争が繰り広げられた年でもあった。

 同年、私はインターネット情報誌『DOORS』を創刊し、付録CD-ROMに両ブラウザーのプラグインソフトを収録していたが、毎月、新たな機能追加が行われ、その対応にてんてこ舞いしたものである。最終的にネットスケープはエクスプローラーに負けてしまうが、クラークの本のタイトルはNetcapeTimeだった(邦題は『起業家 ジム・クラーク』水野誠一監訳、2000、日経BP社)。

 ネットスケープタイム。加速する時間こそが勝負だったわけで、彼は「我々のビジネスでは、安定性や安全は、スピードから生まれる。つまり、競争相手より早く製品を市場に出せということである」、「私の頭の中を占領していたのは、スピードそれ自体ではなく、加速のスピード、特に企業のライフサイクルのペースが加速していることであった」と書いている。

 彼によれば、創業から株主公開までの期間は以下のように短縮した。

ヒューレットパッカード 創業1939 株式公開1957(18年後)
マイクロソフト 創業1975 株式公開1986(11年後)
アップル 創業1976 株式公開(4年半後)
ネットスケープ 創業1994 株式公開1995(1年4ヶ月後)

 製品のバージョンアップについて、こんなことも書いている。「ソフトウェアに問題があっても、ちょっと改良したバージョンとして発表し、後はこれを繰り返せばいい。車が衝突すれば、人が死ぬが、ソフトがクラッシュしてもリスタート・ボタンを押せばよいだけなのだから」、「いつも火を噴くようなトースターを製造している家電メーカーは長く生き残ることはできない。だが、バグだらけで有名な製品を市場に送り出すことでマイクロソフト社は大成功を収めている。発展初期の段階にあるテクノロジーでは、その技術の新しさ故に不完全さの苦労が許される猶予期間があるものだ」。

 ビル・ゲイツには散々煮え湯を飲まされたらしく、「私は、個人的に、ビル・ゲイツは、その一見陽気なオタク的外見の下に、殺人的な本能と、飽くことのない攻撃性を抱いていると確信している。彼の反応は、常に凶暴性を帯びているからだ」、「他社より優れた製品をつくることで競争に勝つというやり方でマイクロソフト社がトップに立ったことは一度もない。なぜなら同社は他社より優れた製品を他に先駆けて世に出したことがほとんどないからである」などと非難している。「今日では、世界を変えようとするのでもなく、何か新しいエキサイティングなことを起こそうというのでもなく、マイクロソフト社に一日も早く買収されるという目的のみを持つスタートアップ企業が増えている」とも。

 このネットスケープタイムがIT企業のみならず、多くの企業のものになった。企業経営ばかりでなく、コンピュータシステムがそれこそ急速に社会に広まるにつれ、私たちの日々の生活もスピード化の波に呑み込まれた。実際、コンマ0秒をはるかに上回る電子の速度で金融取引が行われ、そこでは人間の判断が介入する余地さえない。時間がどんどんスピードアップするのはもはや止めようがない状況である。

・自然農と経頭蓋直流刺激装置

 現代IT社会における時間はいかにあり得るのか。一端に自然のリズムのままに生きる時間があり、他端にコンピュータのスピードと共生する生き方がある。

 本サイバー燈台で古藤宗治氏に「自然農10年」という連載を続けてもらっているが、自然農というのは土地を耕さず、肥料をやらず、ほとんど機械も使わず、土地が持っている本来のエネルギーのおすそ分けで作物を収穫する。生産量は限られているし、1年のサイクルに縛られる。それ以上のことを求めない生き方の典型が第10回で紹介されている。

 私もある初夏、畑を見せてもらったが、むんむんとする草いきれと、農作物のまわりを飛び交うチョウの群舞に懐かしい思いがした。弥生式農業以前の農業と言ってもいい。ここには現代においても経験できるのどかな時間がある。

 その対極にあるのが、コンピュータの力を借りたスピードの世界である。ハラリの『ホモ・デウス』に、米軍が訓練と実践の両方で兵士の集中力を研ぎ澄まし、任務遂行能力を高めるためにやっている実験が出ている。経頭蓋直流刺激装置という、いくつもの電極がついたヘルメットをかぶると、微弱な電磁場が生じ、脳の活動を盛んにさせたり抑制したりするのだという。

 某誌の記者がその実験を体験した話が出ている。

 最初はヘルメットをかぶらずに戦場シミュレーターに入ったら、自爆爆弾を装着し、ライフル銃で武装した覆面男性20人がまっしぐらに向かってきて、「なんとか1人撃ち殺すたびに、新たに3人の狙撃者がどこからともなく現れる。私の撃ち方では間に合わないのは明らかで、パニックと手際の悪さのために、銃を詰まらせてばかりだった」。そのあとヘルメットをつけると、「20人の襲撃者が武器を誇示しながらこちらに駆けてくるなか、私は落ち着き払って自分のライフル銃を向け、間を取って深呼吸し、最寄りの敵を狙い撃ちにしたかと思うと、そのときにはもう、静かに次の標的を見極めていた」、ほんの一瞬の出来事のように思われたが、すでに20分が過ぎ、彼女は敵20人全員を倒していた。

 コンピュータを使えば、通常の頭の回転スピードを上回る速度を獲得できるということだろう。こういう装置はどんどん開発が進み、私たちはそれらで武装し、いよいよ「ホモ・デウス(神の人)」になっていく、というのがハラリの予想だった(博学の発明家、レイ・カーツワイルの「ポスト・ヒューマン」が典型的である)。

 コンピュータに限らず、文明の発展にともなって私たちの時間が加速しているのは間違いない。足で歩く→自転車に乗る→鉄道を利用する→車→飛行機と、交通手段の発達はまさにスピードアップの歴史であり、電信、電話などの通信手段もまた時間の克服に大きく貢献した。

 スティーヴン・カーンはTHE CULTURE OF TIME AND SPACE(1880-1918)(1983、翻訳は『時間の文化史』『空間の文化史』の2分冊、浅野敏夫他訳、法政大学出版局)で、「1881年頃から第1次大戦が始まる時期において、科学技術と文化に根本的な変化が見られた。これによって時間と空間についての認識と経験にかかわる、それまでにない新しい様態(モード)が生まれる。電話、無線、X線、映画、自転車、飛行機などの新しい科学技術が、この新しい方向づけの物的基盤となった。一方で、意識の流れの文学、精神分析、キュビズム、相対性理論といった文化の展開がそれぞれに、人の意識を直接形成することになった」と述べている。

 私は常々、サイバー空間の登場は人類史を2分できるほどの出来事である(BC=Before CyberspaceとAC=After Cyberspace)と述べてきたが、その最大の特徴は飛躍的スピードの増大にこそ求められるかもしれない。

・快適な時間とはどのようなものか

 IT社会を快適(幸福)に生きるためには、結局、高速化する社会(サイバー空間)との距離をうまく取る才覚が必要だということになりそうである。

 個人にとって快適な時間とはどのようなものか。

 のんびり屋、せっかちなどの性格にもよるし、年齢にもよる。年齢にはその人が生きてきた時代の時間が大きく影響しているだろう。若いころ感激し、あるいは血沸き肉躍る経験をしたハリウッド映画を見直してみると、やはりかったるい思いをする。私自身、学生時代に感激した『ウエストサイド物語』にそれを強く感じた。一方で、ゲームをしている孫の手の動きを見ていると、驚くほど速い。

 これは一部のSFファンの間では有名な話のようだが、『銀河ヒッチハイク・ガイド』などの作者が提唱した「ダグラス・アダムスの法則」というのがある。

人は、自分が生まれた時に既に存在したテクノロジーを、自然な世界の一部と感じる。15歳から35歳の間に発明されたテクノロジーは、新しくエキサイティングなものと感じられる。35歳以降になって発明されたテクノロジーは、自然に反するものと感じられる。

 年代区分はともかく、マーシャル・マクルーハン的な警句として興味深い。たしかに、インターネットはもはや大半の人には技術というより所与の環境になっている。この説に言及した「いまIT社会で」は異論も紹介しているが、これも時代とともに快適な時間が変わっていくことと関係しているだろう。

 個人差はあるけれど、個々の人間にとってそれぞれの快適な時間、速度(スピード)があるというのも確かだと思われる。

 たとえば、バイオレゾナンスというドイツ発祥の治療法では、病気の原因となる体内の気(エネルギー)には固有の周波数の波動があり、同じ周波数の波動で共鳴を起こすと、気の滞りが解消、病気が治ると言っている。「滞りと同じ周波数の波動による共鳴現象によって滞りが消えて再び気が活発に流れるようになる、これが健康を取り戻すということだ」(ヴィンフリート・ジモン『「気と波動」健康法』2019、イースト・プレス)。

 個人差もあり、それは日によっても異なるけれど、その人固有のリズムというものを大事にすることが、目まぐるしく変化するIT社会においてはとくに重要である。それが才覚である。そのためには、四六時中、つまりひぐらしパソコンやスマートフォンにかじりついて、サイバー空間の影響を受け続けるのではなく、一定の距離を置く。つまり、日々の生活の軸足を現実世界に置く意識を忘れない。そうすれば、インターネットの影響を少しは対象化して考えることもできよう。ファーストフードに対してスローフードの運動もあるように、人それぞれに自分にあうスピードを大事にするしかない。

 <よろずやっかい>➆の最後にふれたように、技術がもたらした問題の多くは技術によって解決できるはずである。サイバー空間と現実世界の接点における快適な時間の確保ということに関しても、秀逸な<よろずやっかい解決アイデア>が求められるとも言えよう。ノーベル賞級か、あるいはイグノーベル賞級の。

 ちょっと話がそれるが、この稿を書き上げたころ、友人が「最近の政治の動きは腹立たしいばかりで、ときどき藤沢周平の小説や小津安二郎の映画を見るようにしている」と言っていた。たしかに小津安二郎の映画にはゆっくりした時間が流れている。「君、どうなの?」、「どうってこともありませんわ」、「そうかねえ」、「そうですよ」なんていうセリフも懐かしい。

 当面は才覚で切り抜けるしかない、やっかい

 

新サイバー閑話(42)<よろずやっかい>⑧

日本社会特有のやっかい

 インターネットは世界同時に進行する情報革命だから、その影響もグローバルに現れるわけだが、やはりその国の従来の社会構造によって変化の態様は異なってくる。私はかつて「IT技術は日本人にとって『パンドラの箱』?」というタイトルで、インターネットが与える日本特有の影響について考えたことがある。そのとき念頭にあったのは、日本人とインターネットの相性は必ずしもよくないということだった。

 日本社会はインターネットによってどのように変化しつつあるのかを、日本社会をめぐる典型的な2つの見解、社会人類学者、中根千枝の「タテ社会」と、歴史学者、阿部謹也の「世間」を手がかりに考えてみよう。

 中根千枝は1967年に『タテ社会の人間関係:単一社会の理論』(講談社現代新書、初出は「日本的社会構造の発見」雑誌『中央公論』1964年5月号所収)を発表し、日本社会は欧米などとは違うタテ型の人間関係によって成り立っていると述べた。「世間」は古くからある言葉だが、阿部謹也は『「世間」とは何か』(1995、講談社現代新書)、『「世間」論序説』(1999、朝日選書)、『日本人の歴史意識』(2004、岩波新書)などの著作で「世間」がいかに日本人の行動を規定してきたかを論じた。

 本稿のテーマは、その後のインターネット発達によって日本社会はタテ型からヨコ型(ネットワーク型)にシフトしつつあるのか。「世間」はインターネットによってどのように変わったのか、あるいは変わらなかったのか。そして、それらの事情が日本社会にどのような影響を与えているのか、ということである。

 結論的に言えば、日本社会はインターネットがもたらす変革の波に真正面から向き合ってこなかったために根底から揺るがされ、①その過程で社会の長所は失われ、逆に短所は増幅されている、②しかも変革の時代に対応する新しい社会システムはいまだ生み出されておらず、日本社会はいよいよ混迷の度を深めている、ということである。<よろずやっかい>⑥の最後に「古い秩序が持っていた長所もまた消えていく」と書いたけれど、その根はきわめて深い。ここに「日本社会特有のやっかい」がある。

・「タテ型」はだらしなくゆるんでいる

 欧米では(アジアのインドなどでも)「資格」が問題とされるのに対して、日本では「場」が問題とされる――これがタテ社会論の骨子である。タテにつながる序列が重視される結果、日本企業の終身雇用制、年功序列賃金、家族ぐるみの労務政策、企業内組合などの特徴が生まれた。

 『タテ社会の人間関係』には「一体感によって養成される枠の強固さ、集団の孤立性は、同時に、枠の外にある同一資格者の間に溝をつくり、一方、枠の中にある資格の異なる者の間の距離をちぢめ、資格による同類集団の機能を麻痺させる役割をなす」、(年功序列制に関係して)「個人の集団成員との実際の接触の長さ自体が個人の社会的資本となっている……、その資本は他の集団に転用できないものであるから、集団をAからBに変わるということは、個人にとって非常な損失となる」という、ある程度年配の人なら(とくにタテ社会をヨコに生きようとした私の場合)身につまされる記述もある。

 この辺の事情は、当然のことながら、インターネットによって劇的とも言えるほどに変わった。いまや終身雇用制は崩れつつあり、転職する人は増え、ヘッドハンティングもめずらしくない。資格が重視されるようになった面もあり(資格取得が一種の流行ともなっている)、「枠」集団としての一族郎党、あるいは家の求心力は減退している。つい最近まで「社畜」だと揶揄されていた企業従業員も、いまでは非正規雇用が4割を占め、家族ぐるみの雇用形態はほとんど消えつつある。

 日本人を縛る「場」の力は明らかに弱まっている。転職すれば必ず給料が下がることもないし、上司が仕事帰りに部下を赤ちょうちんに誘う行為もときにパワハラであると非難される。会社主催の忘年会、新年会もだいぶ様子が変わってきた。

 日本社会がヨコ型にシフトしているのはたしかだが、問題は、タテ社会の絆が緩んだ割にはヨコ型の連携、あるいは競合が密になったようには思えないことである。タテ社会という基本構造(骨組みとしての枠)は残っているが、だらしなくゆるんで形骸化しつつある。その結果、組織のタガは緩み、働く人びとのアイデンティティは薄れがちである。

 内部はシロアリに食い尽くされながら外見は保っているマホガニーのドアのようで、一蹴りすれば一挙に崩れそうで、しかもなかなか崩れない。その間に食品の不当表示、製品の検査結果改竄などの企業不祥事が多発している。

 中根は、連帯性のない無数の大小の孤立集団を束ねるものとして中央集権的政治組織、いわゆる官僚機構に着目し、「日本社会における社会組織の貧困が政治組織の発達をもたらした」と述べているが、それを支える官僚たちの使命感はすっかり薄れ、省益と天下りと政権への忖度だけが幅を利かせている。タテ社会空洞化の象徴とも言えよう。

・「世間」という身の回りの世界

 日本社会の宙ぶらりんな現状は「世間」を通して、よりはっきり見えてくる。

 世間という言葉はもともと、移り変わる世をさす仏教用語だが、私たちの回りを取り囲むぼんやりとした集団として、万葉の昔から意識されていた。阿部謹也は「仕事や趣味や出身地や出身校などを通して関わっている、互いに顔見知りの人間関係」だと述べている。

 ひと昔風に言えば、地域の青年団だったり、学校共同体だったり、会社組織だったり、あるいは作家などの文壇だったり、企業内組合だったり、弁護士団体だったり……、私たちはいくつもの世間に取り囲まれて生活してきた。この世間という場がタテ社会を形づくってきたとも言えよう。

 個人(individual)も社会(society)も明治初年に外来語として輸入され、社会科(公民)教科書などでは、個人が集まって社会を構成するという西欧的な考えが教えられたけれど、それを教える教師も、教えられる生徒も、彼らの家族も、地域の人びとも、自分たちは世間を生きていると感じてきた。世間は学問の対象にならず、それゆえにかえって強い力を発揮した。

 世間の特徴の最たるものは、個人が存在しないこと、内と外を区別することである。身内にはやさしく、他人には冷たい(あるいはよそ者として無視する)。内と外に対しては異なった道徳が適用され、欧米流の個人は社会を作り、社会はどこまでも広がっていくという発想は育たなかった。世間は「差別の道徳」、内と外のダブルスタンダードである。また世間は生まれ落ちた時から身の回りにあり、したがってそれを変えるという発想も育たず、「長いものには巻かれろ」式の事大主義的発想が強かった。

 阿部は「日本人は一般的にいって、個人として自己の中に自分の行動について絶対的な基準や尺度をもっているわけではなく、他の人間との関係の中に基準をおいている。それが世間である」と言っている。

 中根の本に、日本の学者が海外で同僚研究者に言及されたとき「彼は私の後輩である」と言ったとかいうエピソードが紹介されているが、彼もまた世間の住人だったわけである。

 世間論が話題になった二十数年前、阿部謹也や佐藤直樹のような人が強調していたのは、戦後日本においても世間は衰えるどころかかえって強固になって、高度経済成長を支えてきたということだった。

 さて、インターネットと世間はどう関係しているのだろうか。

 若い人が世間を意識することはあまりないと思うが、それでも「世間の目」とか、「世間体が悪い」とか、「世間に対して申し訳ない」というような言い方は聞いているだろう。ここに世間が残っている。

・「世間」が「社会」への目を曇らす

 1対多の関係で個人が社会と向き合わざるを得ないIT社会は、日本人が個としての主体性を確立できるチャンスかもしれないと私は思ってきたが、期待は裏切られたようである。ここに世間が強い影を落としている。

 問題は、グローバルに開かれているはずのインターネット上にも世間は存在するということである。むしろ、しぶとく生き残っていると言った方がいい。世間は主として顔見知りの人びとからなる比較的小さな集団だから、「サイバー空間における世間」というのは理屈の上でも、規模から見ても矛盾だが、サイバー空間上でいびつに変容した「世間」がその良さを失うととともに、日本人の「社会」への関心を曇らせている、というのが私の見方である。<よろずやっかい>➆でふれた「サイバー空間の行動様式が現実世界に逆流する」傾向のために、これが現実世界にも無視できない影響を及ぼしている。

 Web2.0でブログが話題になったころ、日本の多くのブログは必ずしも社会に向かって何かを発言し、それについて意見を交換するという構えをとらず、むしろ仲間うちのおしゃべり道具として使われた。「眞鍋かをりのココだけの話」というタイトルが象徴的だが、井戸端会議の延長のように考えられたのである。また、はてなとかニフティとかいったIT企業が日本人のために用意したブログサイトには、ネット上に「共同住宅(世間)の心地よさ」を保証する工夫もほどこされていた。人びとは原則的には開かれた場所で情報発信しながら、ある程度隔離された仲間内の空間にいる幻想を与えられたと言っていい。

 若い人の場合、ブログが社会に開かれているという意識すら希薄だった。文章も第三者が読んでもチンプンカンプンの場合が多く、仲間(身内)に伝わりさえすればいいので、もともと第三者(他人、よそ者)に読んでもらおうと思っていない。

 それは、インターネットというメディアに対する無知、あるいは無関心に基づいていたが、当の本人たちはそれでいっこう差し支えなかった。もちろんブログの性格はさまざまで、堂々たる論陣を張ったり、自分の知見を惜しげもなく公開したりして、多くの人に読まれている質の高いブログもある。また、仲間うちのおしゃべりがいけないわけでもない。<よろずやっかい>⑤で紹介した梅田望夫の「日本のWebは残念」という感想は、「サイバー空間における世間」によってもたらされたと言えるだろう。

 この「開かれたインターネット」上の「閉ざされた空間」という矛盾(というか幻想)は、日本社会に何をもたらしたか。

 第1は、世間がいびつに変容する過程で、身内だけに限られていたとはいえ、それなりに機能を果たしていた内なる道徳も失われたことである。外からの闖入者に対してまともに対応しない。あるいは外から傍若無人に侵入する。そこでは「炎上」は起こっても対話は行われない(村八分的ないじめはなお猛威をふるっている)。

 世間の内と外を区別するダブルスタンダードはなし崩し的に溶融し、スタンダードなしという無法状態が出現している。タテ型の仲間内の道徳は消え、しかもヨコ型の普遍的倫理は生まれない。そこでは、道徳的な身のこなしそのものが消えている。

 そして第2が、より重要だと思われるが、サイバー空間上に居座る「世間」が、日本人から「社会」に向かう視点をますます奪っていることである。そのため、グローバルな社会を生きていくための行動基準が生まれない。かくして「何をやってもよい、何も禁止されていない」という「何でもあり」社会が出現し、「禁止事項が破られ、事実上無法状態」に陥っている。

 社会心理学者の山岸俊夫は1998年の時点で『信頼の構造』(東京大学出版会)を書き、日本人は世間の中で「安心」を調達するのではなく、グローバル化する社会を生き抜くための「信頼」を勝ち取る生き方に踏み出すべきだと説いた。彼は「世間」という言葉は使っていないが、論旨は、世間という集団主義的な社会に生きる日本人に世間からの脱却を促したものと言っていい。そのブースター(推進力)として彼が力説したのが「信頼」という行為である。

 その主張はこうである。

集団主義社会は安心を生み出すが信頼を破壊する。日本人は内部の人間関係に安心を見出しているが、外部の人間は他者として排除する(信頼しない)。
流動性が高まるこれからの社会においては、安心という消極的な態度ではなく、信頼(する)というより積極的な態度をとることが賢明な生き方になる。このような社会の変化に直面して、どうしたら集団の枠にとどまらない広い一般的信頼を人々の間に醸成することができるかを考えることは、現在の社会科学あるいは人間科学に与えられた重要な課題の1つである。

 彼は、他人を信頼するという行為が所属する集団を離れた新しい人間関係を築くのに役立つという「信頼の解き放ち理論」も提唱した。日本人らしさは日本社会を生き抜くための戦略だったに過ぎず(「日本人は集団主義的な心の持ち主であるというのは「神話」である」)、だから社会システムを変えれば日本人の行動スタイルも変えられるとも主張した。

 その社会システムを変えようとする発想が日本社会からなかなか生まれない。世間はしぶとく生き残っているとも、すでに溶融しつつありながら、残滓(残骸)がなお威力を発揮しているとも言えるだろう。

 なぜ安倍首相は身内(世間)本位の政治を強行しながら、その異常さをたしなめる声が周辺(家族、派閥、支持者など)から上がらないのか、国民はなぜそのような政権をいまだに支持しているのか。ここに「世間」をめぐる日本社会の宙ぶらりんな状況が反映している。

 これは<よろずやっかい>④で取り上げた「人間フィルタリングの解体」とも関係するが、昨今の政治状況の混乱は、「変容する世間の悪影響」を通して考えないと、説明がつきににくい。

 ひと昔前まで不祥事を起こした企業経営者や政治家は記者会見で口をそろえて「世間を騒がせて申し訳ない」と謝った。自分の罪を認めるのではないが、新聞紙上で取り上げられたり、逮捕者が出たりして、世間(会社、派閥、役所など)に迷惑をかけた責任を取るという論法だった。ところが森友・加計問題、桜を見る会などの疑惑に関して、安倍首相から「世間を騒がせる」という表現すら聞いたことがない(「安倍首相」&「世間」で検索したかぎりでは、本人の発言と世間を結びつけるものはなかった)。「世間」にどっぷりつかった政治をしながら、頭の中では「世間」が消えているようなのだ。

 日本人論の古典、ルース・ベネディクトの『菊と刀』は、日本文化の型を「恥の文化」と規定した。欧米型の罪の文化は内面的な規範に従おうとするが、恥の文化は外面を保つことを優先すると言ったわけで、恥の文化を生んだのも世間だったと言える。しかしいま、一部の日本人から恥の文化も消えつつあるのは確かである。

 阿部謹也は世間の意義をそれなりに認め、世間を個人と社会の媒介項にできないかと提言したことがある。「現在、私たちは『世間』という観念を相対化しなければいけない状況にあります。『世間』のなかに個が縛られている状況を脱却しなければいけないと私は考えていますが、しかしそれと同時に『世間』が持っていたかつての公共性的機能を失うことなく保持することができるかどうかも大問題です」。残念ながら、世間は個人と社会の媒介項にはなりえなかったのではないだろうか。

 また、山岸は後に書いた『日本の「安心」はなぜ、消えたのか』(2008、集英社)で、「戦後日本で長らく続いてきた集団主義の『安心社会』はもはや時代遅れのものとなり、日本もまたアメリカのような開放的な『信頼社会』へと変化しつつあるという印象を受けます」と述べる一方で、「残念ながら、今の日本人は信頼社会にうまく適応できているとはとうてい言いがたい状況であると考えます」、「本来ならば、安心社会の崩壊は既得権益を持った大人たちの危機であり、信頼社会の成立は未来ある若者たちにとっての福音であるはずです。それなのに、その若者たちが信頼社会への変化を嫌い、身の回りにある友人関係という小さな安心社会にしがみつき、その中での『平安』を求めているとしたら―これは日本の将来にとっても、また若者たち自身の未来にとってもゆゆしいことと言わざるを得ません」とも述懐している。

 まことに悩ましい日本の現状がここにある。

・「社会」に目を向けない政治

 世間も一つの社会資本(ソーシャルキャピタル)だと考えると、現下の政治や経済の動きは、従来世間が持っていた長所を積極的に解体しながら、それに代わる新たな社会資本は築こうとしない、というより深刻な問題が浮かび上がる。

 個人の視点で考えると、世間に包まれていた安心は無残に奪われ、IT社会に剥き出しで放り出されるようなものだが、皮肉なことに、こういう政治状況を私たちがむしろ支えているわけである。

 今春闘を前に経団連(経済団体連合会)が発表した「2020年版 経営労働政策特別委員会報告」は「新卒一括採用や終身雇用、年功型賃金を特徴とする日本型の雇用システムは転換期を迎えている。専門的な資格や能力を持つ人材を通年採用するジョブ型採用など、経済のグローバル化やデジタル化に対応できる新しい人事・賃金制度への転換が必要」と述べている。 

 日本型雇用システムの見直しという提言自体、すでに新味がないとも言えるが、従来の企業経営が引き受けてきた従業員丸抱え雇用のくびきから解放されたいという思いが前面に出ている。メンバーシップ型(新卒者を定期採用して社内教育によって一人前に育てる)からジョブ型(すでにスキルを持っている人材を採用する)に変えようというのは、一見、時代の波に適合しているように見える。しかし会社ぐるみの教育や福祉政策は重荷なのでやめたいと言っているに等しく、それに代わる社会的な教育方法、労働市場、あるいは福祉政策をどう進めるかについては言及がほとんどない。

 国内労働力が不足なら安い外国人労働者を雇えばいいとか、かけ声だけの「一億総活用社会」とか「働き方改革」などみな同工異曲である。日本の古いしがらみ(社会資本)は捨てるけれど、IT社会の今後にどう取り組めばいいのか、新しい社会資本をどう築き上げるべきなのか、日本はグローバル時代をどう生きてくのか、といったことへの真摯な取り組みは見られない。

 自分の仲間だけが、あるいは自分の任期中(生きている間)さえよければいいという、まさに阿部の言う「歴史意識の欠如」がいよいよ如実である(「政治家達も日本の将来などと口にするが、決して日本の将来を自分の今日の行動の中で考えているわけではない。彼らが考えているのは彼らの『世間』の中で今日をどう生きるかということだけである)。

 冒頭でも述べたが、日本人はインターネットの波にうまく乗ろうとするだけで、それが日本社会にもたらす影響に真剣に対応してこなかった。私は「IT技術は日本人にとって『パンドラの箱』?」の最後を、「社会システム全体が『組織』から『個』へと大きくシフトするとき、この新しい道具(インターネットのこと:引用時注)は日本人の『個』を育てないのみならず、かえって全体の『空気』を一方的に拡大する奇妙な装置として働きかねない。ITを金儲けの道具や便利さ追求の観点のみで使っていると、そこに出現するのは、『オープンな道具を使った不寛容な日本』という悪夢である」と書いたけれど、日本社会はいよいよ混迷の度を深めていると言っていい。

 ハラリの言うデータ至上主義によって、私たちの「個」そのものがばらばらに解体され、西欧的な個人主義の考え方そのものが試練に立たされている今、私たち日本人は待ったなしの状況に追い込まれている。

         混迷の度をいよいよ深める、やっかい

新サイバー閑話(41)<よろずやっかい>➆

ネットの行動様式が現実世界に逆流するやっかい

 私は、在特会(在日韓国人の特権を許さない市民の会) の参加者が、聞くに堪えないような激しく下品な言葉を投げつける心理がよくわからなかった。あんなことを面と向かってよく言えるものだと思っていたのである。

 その謎は、安田浩一『ネットと愛国 在特会の「闇」を追いかけて』(2012、講談社)というすぐれたドキュメンタリーを読んで解けた。在特会の参加者たちは、ネットを通して集まり、ネットで悪口雑言を書きつけると同じ感覚で、目の前の人びとに過激かつ下劣な発言を浴びせていた。目前の在日韓国人を「見て」いるわけではなく、自らの内なるルサンチマン(憤り・怨恨・憎悪などの感情)を見て、と言うか、それに駆り立てられて、ただ闇雲に叫んでいるようである。

 本書によれば、在特会のデモに参加するのは日ごろから自分の境遇に強い不満を持っている人が多く、「市民の会」と名乗っているけれど、現実世界における相互の連絡というか、つながりはほとんどない。ネットのみを介して広がった団体で、彼らは現実の集会でも、ネットと同じように仮名しか使わない。

 社会から取り残されて行き場のない不安や怒りを抱えた人びとが、その怒りの矛先を自分よりも恵まれない在日韓国人などにぶつけている。いや、自分たちより恵まれないはずなのに、特権を得てぬくぬく生きているという誤った情報をもとに、それを仲間内で拡散しながら、デモに参加、うっぷんを晴らしている。

 彼ら自体、生活基盤をほとんと喪失しているので、言動はネットの書き込み同様、激越なものになる。現実世界ではほとんど惰性で生き、在特会デモという特殊な空間でのみ過激に生きる、そしてデモが終わると、すっきりした気分になって、たとえば、淋しいアパートの一室に帰っていく。パソコンやスマートフォンの電源を切ればすべてが消えていくように、自分の行動も忘れていくように思われる。

 こんな参加者の感慨も記されている。「はっきり言えば……酔いました。自分は大きな敵と闘っているのだという正義に酔ったんですよ。いまとなってみれば、なぜに在日を憎んでいたのかは自分でもよくわかりません」、「在日が、なんとなく羨ましかった。……僕らが持っていないものを、あの連中は、すべて持っていたような気がするんです」。

・現実世界で孤立した人びと

 著者は「私が接した在特会の会員は、友人や家族には活動のことを隠していたり、または最初から理解させる努力を、なかばあきらめているケースがほとんどだった。この運動は、あくまでもネットを媒介として進められる。けっしてリアルな人間関係から生まれたものではない」、「事件当日の様子はすべて在特会側によってビデオに撮影され、動画投稿サイト『YouTube』『ニコニコ動画』に即日アップされている。それらを映した動画は大量にコピーされ、一時期はネット上を埋め尽くす」、「恐ろしいことに、このような『在特特権』のデマは、何の検証もなしにネットでどんどん拡散されていく。それを見て『真実を知った』と衝撃を受け、在日を憎む人々が増えている」などと記している。

 だから彼らは、ネットの中(サイバー空間)と同じように現実世界で過激にふるまう。現実世界の人的、地理的な制約がなく、周囲にブレーキ役もないネットの言動が、現実世界に流れ出て、大きな力になり、それが現実世界を動かしている。在日韓国人たちに肌で接触することも、直接の悩みを聞くことも、彼らの存在についてゆっくり考えることもない。

 著者は在特会の現、あるいは元活動家にも果敢にインタビューし、次のような興味深い発言を引き出している。

「ネット言論をそのまま現実世界に移行させただけなんですよ。要するにネットと現実との区別がついていないんです」、「在特会ってのは疑似家族みたいなもんだね」、「地域のなかでも浮いた人間、いや地域のなかで見向きもされていないタイプだからこそ、在特会に集まってくるんです。そして日の丸持っただけで認めてもらえる新しい〝世間〟に安住するんです。……。朝鮮人を叩き出せという叫びは、僕には『オレという存在を認めろ!』という叫びにも聞こえるんですね」、「連中は社会に復讐しているんと違いますか?私が知っている限り、みんな何らかの被害者意識を抱えている。その憤りを、とりあえず在日などにぶつけているように感じるんだな」。

・日本人の行為から消えた「佇まい」

 在特会に集う人びとは、現実世界のどちらかというと下層に住む「うまく行かない人」(一登場人物の表現)、屈折した信条をもつ人、社会にもやもやとした不満と憎悪を持つ人びとであり、それがネット内の書き込みを通じて在特会に引き寄せられた。彼らはスケープゴートとして在日韓国人とその「特権」を見つけたのである。

 著者は「在特会を透かして見れば、その背後には大量の〝一般市民〟が列をなしているのだ。私が感じる『怖さ』はそこにある」、「在特会は『生まれた』のではない。私たちが『産み落とした』のだ」とも述べている。

 2016年のアメリカ大統領選でトランプ大統領に投票したと言われる、東部から中西部に広がる「ラストベルト」(さびついた工業地帯)の白人労働者の心情ともダブるところがあるように思われる。

 ついでながら<よろずやっかい>⑤に関係することとして、「ネット言論では〝激しさ〟〝極論〟こそが支持を集める」と述べた後で、リベラル派の退場について、「彼らはそうした〝大衆的な〟舞台から降りることで、いわばネット言論をバカにした。いや、見下ろした。結果、大衆的、直情的な右派言論がネット空間の主流を形成していく」という興味深い指摘もあった。

 在特会はネット社会の落とし子である。現実世界で孤立していた人びとがネットで結びついて街頭に出てきた。その時にネットでの行動様式をそのまま現実世界に持ち込んだ。聞くに耐えないような罵詈雑言の温床はネットにあったというべきである。

 少し古いが、一時期、出版危機について精力的な発言を続けていた小田光雄(『出版社と書店はいかにして消えていくか』や『ブックオフと出版業界』)は日本人の行動がかつて持っていた「佇まい」について、以下のように記している。

昔でしたら、駅弁を買うとフタの裏側についている御飯を食べることからはじめるというのが当り前で、駅弁を食べる姿にもそれなりの佇まいがありました。それがひとつの食の文化ではなかったでしょうか。……。食べ物が捨ててある風景も日常茶飯事のものとなりました。食事なら捨てられませんが、エサだから捨てるんではないでしょうか。……読書が精神の営みではなく、単なる消費的行為になった。本が精神にかかわるものなら捨てられないが、消費財や単なる情報だったら簡単に捨てることができる。

「佇まい」という言葉はすでに死語になったようだが、昨今における国会論議(首相答弁)の殺伐とした光景を見ると、ここにもネットの行動様式が現実世界に逆流している影響を感じざるを得ない。

 かつて私はすべての人が情報発信できる時代には、万人が「情報編集の技術」を身につけ、ネットの環境を美しくすべきだと主張してきたが、ネットの情報環境がどこまで美しくなっているかはともかく、サイバー空間における悪しき行動様式が現実世界に逆流し、それが現実世界をいよいよとげとげしいものにしている。

 ここにもIT社会の深い闇がある。何もかもインターネットのせいにするのは技術決定論だと批判されるかもしれないが、インターネットという技術はそれほどの強い力を持っている。

 そして、在特会を力で押さえつけても、あるいは現実に彼らの行動を規制できたとしても、問題を根本的に解決するのは難しい。ここには政治の貧困が横たわっているが、在特会に集うかなりの人びとが、これら底辺の社会問題を正面から解決しようとしているとは思えない安倍政権に抗議せず、むしろ支持さえしているのは皮肉である。

 ネットの行動様式が現実世界に逆流し、それが現実世界を動かすパターンの変種としては、以下のようなケースもある。

 政権シンパがネットを使って、自分たちの気に入らないイベントを「税金を使って〝非中立的な〟政権批判するのは許されない」などと騒ぎ立て、それを一部の政治家や著名人が受け、あるいはそれを扇動して、イベントを主催する役所や管轄官庁に圧力をかける。それに役人が唯々諾々と従う。

 こういう風景は日常茶飯になっているようだが、その変種、と言うより亜種について、<令和と「新撰組」⑤>で取り上げているので参照してほしい。

見れども見ない、やっかい

 恒例となった冬の避寒旅行で、今年はマレーシアのペナン島に来ている。到着早々、インターネットの配車サービスを使ったら、近くでコールを受けてくれたドライバーが「耳が不自由だけれどいいですか」と聞いてきて、了解の返事を出すと、ほどなくやってきた。しゃべることもできないが、インターネットならそれでつとまるわけである。乗車地も降車地もスマートフォン上の地図に表示されるし、代金も自動決済、何の問題もない。ドライバーは実に気のいい若者だった。

 ちなみに宿はインターネットの宿泊施設斡旋サイトで探した。コンドミニアムには日本各局のテレビ番組も配信されているから、日本にいたときと同じように「カラオケバトル」や「ポツンと一軒家」などを見ている。インターネットの便利さを十分に堪能しているわけである。

 それでも書きつける<インターネット万やっかい>である。

 読者(がいるとして)の中には、インターネットの影ばかりでなく、光についても言及すべきであるという意見が、あるいはあるかもしれない。たしかに、やっかいな問題を解決することこそがサイバーリテラシーの使命だが、何がやっかいなのかを明らかにするのが先決である。だからこのシリーズはなお続けるつもりだが、その後で、あるいはそれと並行する形で<よろずやっかい解決アイデア集>のようなものも始めたいと考えている。

 技術がもたらした問題の多くは技術で解決することが可能だろう。法による規制も有効である。ローレンス・レッシグがかつて述べたように、コンピュータのプログラム(アーキテクチャー)で工夫することも試みるべきだし、市場が解決に一役買うチャンスもある。さらに言えば、IT社会を生きるための基本素養(リテラシーと処世訓)を教える教育の役割も大きいと思われる。 

 これこそ周知を集めるべきテーマである。知人や読者の皆さんからもアイデアを教えていただき、それを紹介できればと思っている。堂々たる論考をお寄せいただけると望外の幸せでもある。以上、今後の心づもりを述べつつ、ご協力をお願いする次第です。