Onlineシニア塾報告①<2020.5~2021.4>

<Onlineシニア塾>については、<Onlineシニア塾への招待>をご覧ください。以下はそのOnlineシニア塾報告①です。

講座<若者に学ぶグローバル人生>

・第1回(2020.5.20) 
中国人留学生、ユー・プーホン(余浦弘)さん。北京の中央財経大学卒業後、UCLA、シカゴ大、スタンフォード大に短期研修留学、2019年から東大経済学部修士課程に在学中。

・第2回(2020.7.2) 
ベトナムのチャントゥチャン(TRAN THU TRANG)さん。ハノイ貿易大学在学中の2011年、日本文科省の奨学金を得て来日。東京外大日本語教育センター終了後、2016年に京大経済学部を卒業して日本の製薬会社に入社、2021年からシンガポール勤務。

・第3回(2020.7.17) 
ミャンマーのスータンギレッさん。ヤンゴン外国語大で仏語専攻。ミャンマーの日系企業で働いた後、2015年奨学金を獲得し来日。2018年法政大大学院でMBA取得。同大卒業後、2018年から日系総合商社に勤務。

・第4回(2020.7.24) 
スウェーデンで日本語を教える雪江しおりさん。大妻女子大在学中、北京師範大で2年間中国語を学ぶ。上海の日本語スクールでスウェーデン技師と知り合い、結婚してスウェーデンへ。ストックホルム大学で専門職学士の学位を獲得。現在、スウェーデン語学校のキャリアカウンセラーとして勤務。

・第5回(2020.8.19)
ネパールの青年実業家、パウデル・スンダ―さん。現地からの参加。ポカラ出身。祖父から「日本のラジオは世界一だ」と聞かされて育ち、ネパールの大学を卒業後、1999年に来日。武蔵工業大学で環境情報学を学び、卒業後、日本人と交流する場を作るためネパール・インド料理のレストランを開業した。その後、東洋大学大学院博士課程で木造建築を研究。ネパールで木造建築の普及を目指す会社を設立。

・第6回(2020.9.7)
ナイジェリアから留学中のチグメズ・イベグアムさん。2017年にあしなが育英会「アフリカ遺児高等教育支援100年構想」の奨学生として採用され、2018年春に来日。2年間、JASSO東京日本語教育センターおよび大阪YMCA日本語学校に通い、2020年4月より岡山大学グローバル・ディスカバリー・プログラムに進学中。
 参加者約15人。2年で修得したとは思えない流暢で〝訛り〟のない日本語に全員が驚く。いずれは故国に帰って児童教育に取り組みたいとのこと。あしなが育英会の沼志帆子さんから「アフリカ遺児高等教育委支援構想」についても話を聞く。

・第7回(2020.9.14)
ドイツ在住の映像ジャーナリスト、玉腰兼人さん。立命館大学国際関係学部在学中の2008年9月より交換留学生としてベルリン・フンボルト大学に1年間滞在、日本に帰国し大学を卒業後、再度渡独し「オペア・ホームステイプログラム」に参加、ハンブルグのドイツ人家庭で5人の子どもと1年間生活。2012年、ベルリンの映像制作会社に勤務、2019年にフリーの「VideoProducer/Coordinator」として活動。ドイツ・欧州各国において、主に日本のテレビ番組、各種プロモーション動画・写真の撮影、取材アレンジ・コーディネートなどを手がける。ドイツの難民支援組織にも所属している。玉腰さんのウエブhttps://www.kentotamakoshi.com
 一人の青年がドイツという社会でたくましく育っている姿は感動的だった。日本の教育のお粗末さを改めて感じさせられもした。

・第8回(2020.10.13)
シェラレオネから留学中のイジキエル・ガイネシさん。2018年にあしなが育英会「アフリカ遺児高等教育支援100年構想」の奨学生として採用され、2019年春に来日。JASSO東京日本語教育センターに1年間通い、2020年4月より東京国際大学に進学中。デジタル・ビジネス&イノベーション専攻。
 フェイスブックを通じてあしなが育英会を知ったのが彼の人生の大きな転機になった。学校では英語を使ってきたが、来日にあたって日本語に挑戦、大学院にも進んで、将来は国の発展に尽くしたいという。「シェラレオネの福沢諭吉をめざせ」とのエールも飛んだ。

・第9回(2020.10.22)
中国留学生、ショウ・ヨウレイ(焦燁泠)さん。江蘇省・南京市出身。南京外国語学校で中高時代を過ごし、北京科技大学に進学、英語を専攻。大学2年次に、北京大学・国家発展研究院で、経済の第2学位を取得。交換留学で北欧エストニアのタルトゥ大学に進み、その後カリフォルニア大バークレー校のサマースクールを受講。2019年秋に来日し、東大経済学部大学院研究科コースで、農業経済学や、ジェンダー労働経済学を研究中。趣味は、JーPOP、K―POP、テコンドー、ピアノ演奏。
 中国の学生は勉学意欲がすごいらしい。それに比べると日本人学生は「勉学をのんびり楽しんでいる」とのこと。喜ぶべきか、あるいは、そうでないのか。現在、日本企業への就活中。

・第10回(2020.11.10)
ベトナム出身の起業家、ドゥツク・ドバ(Duc Doba)さん。タンホア市生まれ。ハノイ国家大学IT学部を卒業したあと、ソフトウェアエンジニアとして来日。楽天、LINE、ソフトバンクなど大手テクノロジー企業で12年間、IT開発サービス研究開発に従事。日本でのSB Cloud (Alibaba Cloud)サービスの立ち上げに貢献した。2017年に9月に日本の深刻なIT人材の需要と供給のギャップを埋める事業をめざすTokyo Techiesを起業しCEOに。従業員はベトナムと日本側で合わせて35人。在日ベトナム青年学生協会(VYSA)会長も務めた。
 ベトナムの学生時代に縁あって日本企業に就職、いくつかの企業で研鑽を続け、実績も上げた経緯を、現場で覚えたという達者な日本語で、笑顔とともに話してくれた。IT技術者養成事業を日本で立ち上げた動機には篤志家の俤も。

・第11 回(2020.11.30)
セネガルから留学のアストゥ・ンジャイさん。あしなが育英会の高校留学プログラムに合格し、2016年~2019年の3年間は仙台育英学園で過ごす。卒業後、「アフリカ遺児高等教育支援100年構想」の奨学生として東京国際大学に進学。現在2年生で、経営学・マーケティングを専攻している。
公用語のフランス語、民族語、英語、日本語を話し、スペイン語、朝鮮語も勉強したという。「英語でテストがあると、私が85点ぐらいでも日本人は100点取ったりするけど、話すのはちょっと苦手」。グローバル人生としては、明るく前向きに生きる彼女に対し、日本の若者はかなり後れを取っているようである。

・第15回(2021.3.4)
  第2回にご登壇いただいたチャントゥチャンさんの紹介でベトナム在住の女性にスピーカーをお願いしていたが、現地の回線状況の関係でアクセスできなくなり、代わって3月にはシンガポールに転勤する予定のチャンさんに、在日10年の思い出や職場の国際的な顔ぶれ、今後の仕事などについて話を聞いた。まさに世はグローバル時代であることを実感させられた。

・第16回(2021.3.26)
ベトナムのブイハン(BUI THI THUY HANG)さん。2009年、ハノイの貿易大学入学。2011年、文部科学省の奨学金で日本へ留学、東京外国語大学日本語教育センターを経て2016年、一橋大学経済学部卒業して日本企業に入社。その後Warwick Business School大学院(イギリス)を卒業し、2020年ベトナムに帰国、現在は現地企業のプロジェクト品質管理に所属。
 第2回に登壇してくれたチャントゥチャンさんの紹介。ハノイの大学の同窓だが、同じ奨学金で留学後に日本で知り合ったとか。奇しくもご両人とも卒業後は医療関係の仕事に従事している。当日はチャンさんも参加してくれ、日本とベトナムの教育、医療関係の話題などで大いに盛り上がった。

・第18回(2021.4.3)
ベトナムのレマイフォン(Le Mai Phuong)さん。ハノイの貿易大学卒業後、一橋大学経済学部卒、現在は大阪大学経済学研究科博士課程在学中。
経済学に心理学を導入した新しい学問、行動経済学を研究しているというだけあって、テレビ番組に題材をとった日本人の東西比較(関東人と関西人の性格や習慣分析)から始めて、ベトナム人と日本人との商習慣の違い、実のある交流を促進するための技術など、「このところ日本語はあまりしゃべっていないので」と謙遜しつつ縦横無尽に展開する話に、質問攻めにあったシニアたちはタジタジとなりつつも、2時間近い授業は笑いが絶えなかった。

・第19回(2021.4.14)
ベトナムのグエンミンフェ(NGUYEN MINHHUE)さん。高校を卒業してすぐ日本に留学、町田市立看護専門学校を卒業して正看護師国家資格を取得、「勉強好き」(本人の弁)が高じてか、続いて放送大学教養学部卒業、さらに東京大学大学院創成科学研究科博士課程でメディカルゲノムを専攻した。JAXA(宇宙航空研究開発機構)などを経て、現在は日本の製薬会社勤務。   すごい知力とバイタリティ。その間に修得したペラペラ、かつ早口の日本語で、医療から見たベトナムと日本の違いなどについて、しじゅう笑顔で話してくれた。「Zoomのチャット機能を使って質問してくれれば、後からまとめてお答えします」と、Zoomの使い方指南もしていただいた(^o^)。

<Onlineシニア塾2020忘年会>

 12月16日、13人の仲間参加のもとにバーチャル忘年会を開きました(1人遅刻)。


 冒頭、フィリピン在住の鮎澤優さんの波乱万丈の半生を語っていただいたあと、Onlineシニア塾に参加しての感想や今後の運営に対する提案などを話し合いました。Onlineシニア塾は新年も月2回程度のペースで進める予定です。少しずつ講座も広げていければと考えています。参加希望者は<Onlineシニア塾への招待>をご覧いただいたうえ、<info@cyber-literacy.com>までご連絡ください。

講座<気になることを聞く>

・第12 回(2021.1.31)トランプ大統領によってあぶりだされたアメリカ社会の亀裂①

 在米数十年の翻訳家、宮前ゆかりさんにトランプ米大統領の4年とその退陣の混乱を通して浮かび上がったアメリカ社会の亀裂について聞いた。コロラド時間の30日午後9時からということで、日本時間は31日(日曜)午後1時からと変則的になったが、十数人の参加のもとに新講座<気になることを聞く>が無事スタートした。
 冒頭、1月6日のワシントンDCで反乱を起こした人々がParlerというアプリで内部の様子を撮影してアップロードしたビデオをProPublicaが時系列でまとめた動画の一部(写真は午後3時ごろの状況)を視聴した(担当/森治郎・矢野直明)。
宮前ゆかりさんはコロラド州ボルダー在住。フリーランスのリサーチャー、翻訳家。TUP(平和をめざす翻訳者たち)メンバー。ボルダーの独立非営利ラジオ局KGNUでニュース番組や音楽番組を手がけるプロデューサーでもある。元ナイトリッダー新聞社メディア研究員。訳書にダニエル・エルスバーグ著『世界滅亡マシン:核戦争計画者の告白』(共訳:岩波書店)、グレッグ・ミッチェル著『ウィキリークスの時代』(岩波書店)など。米国の市民運動に関する複数の記事を月刊『世界』に寄稿している。
 このセッションは引き続き開催する。

・第17回(2021.3.28)トランプ大統領によってあぶりだされたアメリカ社会の亀裂②

 今回のアメリ大統領選でバイデン候補が獲得した選挙人は306人、トランプが獲得したのはのは232人と、大差がついたようだが、投票状況を共和党(ブルー)と民主党()でカウンティ(郡)単位で図示すると、全体にパープル()模様になる(USA Today)。
  ここには共和党、民主党と支持を明確に決めきれない有権者の現状が反映されているとも言えるが、宮前さんによると、アメリカの選挙制度自体に複雑な歴史があり、黒人などの有色人種や移民などのマイノリティの人びとが投票しにくいように改変されて来ているのだと言う。つい最近も、ジョージア州で共和党の知事によって、選挙制度を厳密に運営する(「不正を防ぐ」)との大義名分のもとに、投票所(投函箱)の数を減らす、公共機関のバスなどでは行けない遠いところに設置するなど、現実には底辺の人びとが投票しにくくなる選挙制度改正案が成立している。
 これが、トランプ大統領が今回の選挙を「不正」だと攻撃し、共和党支持者の多くがそれを信じているという、日本では信じられない状況の背景である。今回は、選挙制度と銃規制をめぐるアメリカの建国以来の歴史について興味深い話を伺った。

銃規制と選挙制度と建国の精神  授業直前の3月22日に、私の住んでいるコロラド州ボルダーのスーパー内で無差別銃撃事件が起き、知り合いも含む買い物客や店員など一般市民10人が殺されました。
 ボルダーは、歴史的にも先進的な自治政策と平和運動の拠点として知られており、2018年に独自の襲撃銃禁止令を採択しましたが、NRA(全米ライフル協会)の訴訟をきっかけに、事件の10日前に州の裁判官が襲撃銃禁止はコロラド州法に違反すると裁定を下したばかりでした。犯人は21歳のシリアからの移民で、動機は明らかになっていませんが、以前にも暴力事件を起こしたことが知られており、精神的に不安定だったにもかかわらず身元調査も受けずに、事件の6日前に襲撃銃を手に入れています。
 アメリカでは、建国当時の有権者である白人地主階級が、先住民の土地の略奪と奴隷労働の搾取によって富を築いてきた歴史があり、その利権が結局は軍部や警察の肥大に貢献し、銃を保持する権利の根拠である憲法修正第2条(規律ある民兵団は、自由な国家の安全にとって必要であるから、国民が武器を保有し携行する権利は、 侵してはならない)を産み、それは同時に選挙権を抑圧する法律を支えてもきたのです。
 アメリカ建国以来の2つの理念、企業による富の集中を重んじる中央集権的考えと、地方の独立した農林業に重点を置く権力分散型の考えは、その後の歴史で変質、あるいは重複、錯綜しながらも、現在の民主党と共和党の対立に受け継がれています。
 一見唐突に見えるトランプ台頭や全米に吹き荒れる白人至上主義拡大は、歴史的必然とも言えるのです(M)。

・第13 回(2021.2.10)ミャンマーの軍事クーデターで苦悩する日本在住の若者たち①

 本講座<気になることを聞く>第2回(通算13回)は急遽、軍事クーデターの起こったミャンマーの若者、6人を招いて10日午後8時から2時間開催した(担当/星野真波)。
 2月1日のクーデターから10日、ミャンマーではヤンゴンなど主要都市で数万人規模の抗議デモ(軍事政権不服従運動、指3本の表示がシンボル)が行われているが(写真はフェイスブックから)、日本でも先日、外務省前に在日ミャンマー人、約3000人が集まって軍事政権への抗議の声を伝えている。

 当日は6人の若者(女4、男2。20~27歳)が日々の不安な生活の実態やミャンマー民主化を取り戻すための決意などを話してくれた。
 Onlineシニア塾はコロナ禍の自粛生活の中で、インターネットというツールを使ってシニア相集い、世代を超えたグローバルなコミュニケーションを行いたいと始めたものだが、激動する世界の息吹を身近に感じ、また日本人として何をすべきかというある種の責任についても考えさせられる機会となった。
 若者たちは「ミャンマーで起こっている事実を知ってほしい。ミャンマーの民主化のために日本の皆さんにもご尽力をお願いしたい」との強い気持ちから、故国の肉親の安否さえ心配な中で参加してくれた。それにしても、日本語が達者であるばかりか、自分の考えを堂々と開示できるすばらしさ。参加者からは異口同音に驚きの声が上がった。
 このセッションも適宜、開催する予定。

民主主義を守ろうとする社会の「粘り」 ミャンマー国会の8割以上の議席をNLDが占めながら軍事クーデターを許してしまった背景には、民主主義を守ろうという社会全体の「粘り」が薄れつつある世界共通の状況があるようにも思われる。アメリカしかり、日本ももちろん例外ではない。軍事政権はミャンマー国内ですでにインターネットを遮断、逆に、アメリカでは一IT企業たるツイッター社がトランプ大統領のアカウントを停止し、政治の動きに大きな影響を与えた。サイバーリテラシー的にもいろいろ考えさせられる昨今である(Y)。

「軍事政権不服従運動」 日本在住のミャンマーの若者たちと初めて話をした時、異口同音に「ミャンマーで起こっている事実を知って欲しい」と訴えていたのが印象的でした。その言葉には、事実が伝わらずに世界から見放された結果、暴力による支配に陥った時代には戻るまいという決意が込められていたからだと、今回の議論を通して感じました。 日本人の常識やこれまでの報道からは推し量りにくいミャンマーという国の背景や、人々に共有されている感情を汲み取るためにも、直接話を聞く意義を確認できる機会にもなったと思います。
 また彼らが最も伝えたかったこと一つである、「クーデター以降72時間は事態を静観したのと、デモが全国規模で平和的に展開しているのは、軍部側に民衆が暴徒化したという武力鎮圧の口実を与えまいという総意によるもの」だという話も、多くの人に丁寧に伝えられてほしいと思います。彼らは「軍事政権不服従運動」という言葉を使っています。
 ミャンマーと日本との深く、そして、複雑な関係にも話が及びました。彼らにも不安な思いが募っていると思いますが、思い描く進路、将来に向かって活躍できるよう、日本人としてできることを考え、不安な思いの中、話をしてくれた勇気に応えていきたいと思っています(H)。

・第14 回(2021.2.20)巨大地震などに備える燃料電池(災害時の非常用電源)について開発の現状を聞く

<気になることを聞く>第3弾(Onlineシニア塾通算14回)は、災害に備えた非常用電源ということで、自動車産業が先端的に取り組む燃料電池などの開発について、若い研究員、伊東直基さんに話を聞いた.(担当/松浦康彦)。
 冒頭、担当者から日本を取り囲む4大プレート(北米、ユーラシア、太平洋、フィリピン海)の説明と、東日本大震災より一桁大きな南海トラフ巨大地震が2035年±5年のうちに起こるという学者の警告などの報告があり、富士山大爆発も含めて非常用電源を準備しておく必要性が強調された。それを受けて自動車企業の研究部門で燃料電池などの研究開発に携わっている伊東さんの話を聞いた。
 活発な議論が展開され、燃料電池の利用は車に限った話ではなく、家庭用電源としての利用なども考えるべきではないかと、本来なら研究所長や社長に向けられるべき質問も飛んだが、新入社員が研究所長や社長に成り代わって日本社会の、ひいては世界の将来を考えるべき時代なのかもしれない。
 伊東直基さんは1993年生まれ。首都大学東京大学院で電磁環境工学研究室に所属し、電気自動車用ワイヤレス電力伝送装置の漏洩磁界のシミュレーションを実施。大学院卒業後は関東にある自動車メーカに就職し、充給電ユニットの開発に従事している。

 花見と直基とときどき松浦 コロナ禍の冬も終わり、急に春らしい季節になった。私は『ASAHIパソコン』を創刊した1988年から裏山の源氏山で毎年、見ごろの日曜日を選んで花見の宴をはってきた。多い時には100人ほどの参加者があり、紅白の垂れ幕を背に、敷きつめたゴザの上で女装した芸人が舞ったり、カラオケに興じたりした。雨の日は我が家に集まって花より酒の宴となり、花冷えの夕方もやはり我が家で二次会をした。つい最近まで30年以上続けてきたが、花も参加者も高齢化し、つい数年前に打ち切った。
『ASAHIパソコン』草創期にアルバイトとして3人の学生が手伝ってくれていたが、彼らは毎年、花見にも参加、そのうち彼女を連れてくるようになり、ほどなく結婚、そのうち親になった。子どもたちの中で同い年の男の子2人はすっかり仲良くなり、年に1度の出会いを楽しみにしていた。彼らは満開の桜の下でも、花吹雪の中でも、雨に打たれる花びらの上でも、ほとんど花には背いて、ゲームなどに興じていた。時がたち、2人は社会人になり、それぞれ自動車関係の会社に就職した。そのうちの1人が今回、花見の義理に背かず、講師役を買って出てくれたわけである。今回の授業を担当した松浦氏も花見後半の常連だった。
 金も組織もない「バーチャル井戸端会議」である我がOnlineシニア塾が、よって立つのが個人的なつながりだということを示すエピソードとして、この話を記した。インターネット上に半ば開かれ、半ば閉じた空間(トポス)が、IT社会のオアシス、あるいは核になる可能性に触れておきたかったからである(Y)。

特別講座<もっとZoom、初めてのSlack>

・第20回(2021.4.21)
 新たに特別講座を設けました。通常講座とは別に、ときどきの話題などを取り上げると同時に、Onlineシニア塾の「オープンキャンパス」として、従来の会員以外にも広く参加を募ります(info@cyber-literacy.comまで)。
 特別講座第1回として、Zoomのより便利な使い方ガイドと、Onlineシニア塾としても導入を始めたコミュニケーション・ツール、Slackの紹介を行った(担当/星野真波、西岡恭史、高橋慈子)。
もっとZoom
 Zoomをより効果的に利用するノウハウの紹介と「ブレイクアウトセッション」の体験。Onlineシニア塾ではまだ参加者が少なく、分科会を同時開催する必要はあまりないが、将来に備えて(^o^)。
初めてのSlack
 Slack(スラック)は2013年に開発されたチーム・コミュニケーション・ツールで、またまくまに世界中に波及、もはや多くのIT企業で必須のコミュニケーションツールとして使われている。Onlineシニア塾でも遅まきながら導入、事務連絡をはじめ授業前の情報交換、授業後のさらに掘り下げた議論などに活用したい。とくにスピーカー同士の交流に威力を発揮するのでは(ベトナムのチャンさんやレマイさんも参加)。