新サイバー閑話(86)<折々メール閑話>㉞

れいわ2議員によって守られた国会の品位

B れいわ新選組の共同代表でもある櫛渕万里議員に対する懲罰動議が5月25日の衆院本会議で自民、立憲民主、日本維新の会、公明、国民民主各党の賛成多数で可決しました。櫛渕議員は、鈴木俊一財務相に対する不信任決議案採決が行われた18日の衆院本会議の投票時に、「与党も野党も茶番」などと書かれた紙を掲げたことで与野党双方から懲罰動議が出されていました。
 同じれいわ新選組の大石あき子議員も、12日の衆院本会議で塚田一郎財務金融委員長に対する解任決議案の採決が行われた際に、岸田文雄首相の写真に「NO!」のレッテルを張り、「もっと本気で闘う野党の復活を」と書いた紙を掲げたことで衆院議院運営委員会の理事会に呼ばれ、「秩序を乱す」行為だったとして厳重注意を受けています。
 今の大政翼賛的国会において岸田政権にはっきりとノーを突きつけている政党はれいわだけですね。そして、ふがいない他の野党に対して檄を飛ばしたわけですから、多勢に無勢、与野党歩調を合わせた懲罰動議にかけられてしまいました。しかしれいわ2議員の〝奮闘〟は今の国会のダメさ加減を浮き彫りにする「快挙」になったと思います。彼女たちのねらい通りでもあったわけですが、櫛渕議員が懲罰動議に対して行った「身上弁明」は、暴走する岸田政権への批判、真剣に闘わない野党への不満、れいわのあせりなどを開陳した名演説だったと思います。
 この動画はれいわ新選組や有志(たとえば「山本太郎を応援するべきと目覚めた者 トラジロ」などでアップされているので、ご覧いただくことをお勧めしますが、これを文字に起こして資料として保存しておくことにも意味があると考え、ここに全文を掲載することにしました。なるべく多くの人にご覧いただきたいと思います。メディアや国会議員の方にも、改めて。

A もう、腹が立って腹が立って仕方がないですね。議場で野次を飛ばす議員たちはよく恥ずかしくないなと思います。こんな連中を国費で養っていると思うと腸が煮えくり返る!とくに野党第一党の立憲民主党の方は熟読玩味してほしいです。それに引き換え、櫛渕万里議員の演説の見事さ!! れいわ新選組はまさに一騎当千です。

B 以前、戦前の国会における斎藤隆夫議員の反軍演説にふれたけれど、今回の櫛渕議員の演説はそれに匹敵すると思いますね。弾劾動議に対する「弁明」とは言うものの、堂々たるれいわおよび本人の「所信表明」演説であり、落ち着いて、はっきりした口調です。格調があると言ってもいいですね。

【櫛渕万里の弁明】

 私を懲罰委員会に付する動議につき身上弁明を行います。まず5月18日の壇上における行為について議場の皆様にお詫びをいたします。国権の最高機関である国会において言論の府として議会制民主主義の根幹を支える院の秩序とルール、これは本来尊重されるべきものであることに深く同意いたします。私としても考えに考え抜き、党の内部でも真摯な議論を重ねた結果、政治が暴走するその危機に対して、已むに已まれず今回の行動に至りました

・背中を押したのは憲法の前文

 最後の決断として背中を押したのは憲法の前文でした。国政は国民の厳粛な信託によるものであって、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。言うまでもありませんが、国会議員は国民の代表者としてこの議場に臨んでいます。国民の厳粛な信託に本当に応えているのか、国民は福利を享受できているのか、私たちは国会の中でも外でも常に国民のことを念頭に置いて行動しなければなりません。個人の尊厳や健康で文化的な最低限度の生活がすべての人びとに保障されるよう国会は機能しているでしょうか。平和主義を掲げた憲法の規範に沿って国会で徹底した議論が行われているのか、すべての国会議員は公務員として全体の奉仕者たりえているのか。今回もこのような自問自答を重ねました。先ほど述べました通り、院の秩序とルールは尊重されるべきものです。しかし国会における秩序とルールを守ることと国民の代表として求められている行動との間に大きな齟齬が生じた場合にどうすべきか、今回の私の悩みはすべての国会議員に共通するものではないでしょうか。
 
今から13年前の2010年5月12日、内閣委員会で国家公務員法改正案の採決が行われたとき、どうだったでしょうか。当時野党だった自民党議員が委員長席の周辺に詰めかけましたが、多くの方がプラカードを掲げておりました。中には、「天下り根絶をなぜやらない」というプラカードもありました。再び自民党政権となって10年以上たった今、元事務次官や現役の航空局長など国交省ぐるみで天下りを強要してきた疑惑があることを考えると、まことに興味深いものがあります。2015年7月15日、平和安全法制特別委員会はどうだったでしょうか。この時も野党だった民主党議員が「強硬採決反対」といった「プラカードを持って委員長席を取り囲みました。当時、委員室に無許可でプラカードを持ち込んだ人は今もこの議場にいらっしゃると思います。中には党の代表を務める方もいるかもしれません。あの時、議会の秩序とルールを守らなくていいのか、そういう葛藤を抱えながらもこんな法律は絶対に通してはいけない、何としても止めなければいけないと国民の代表として求められている姿の方を優先させた結果、委員長室での行動に至ったはずです。
 ここで胸に手をあてて考えてみてほしいのです。あの時ほどの熱い思いで、いま国民のために戦っているのか、と。もちろん国会は言論の府です。しかし委員会や本会議で反対を討論する正攻法だけでは、どうやっても止めることができない。そうした時にどうすればいいんでしょうか。選挙で勝って議席を増やし、与野党の議席が拮抗して抗えるようになるまではどんなに国民にとってひどい法律が作られてもしかたがないと諦めるしかないのでしょうか。岸田政権によって閣議決定で国の安全保障政策が大転換したり、東電福島第一原発の事故から12年しかたっていないのに、その教訓とした運転期間原則40年ルールを急に65年越えも可能としたり、国民のかけがのない健康保険証、これを廃止しマイナンバーカードに一本化したり、迫害の恐れのある外国人を強制送還することを可能とするなど、今ほど危機的な状況はありません。さらにこの間、防衛予算の大幅増の議論を進めるうえで、後期高齢者の医療保険料の負担を増やす法律が成立してしまいました。失業給付などに使われる雇用保険料の労働者負担を引き上げ、コロナの5類化を受けて、現在は無料としている検査や外来入院時の費用に患者負担を求めることも決まりました。そして政府はさらなる負担増として子育て支援財源を社会保険料の負担増で賄う見込みです。
 こうした状況に対して、れいわ新選組は委員会での質問はもちろんのこと、今年度の予算は組み替え動議も提出し、反対討論を行うなど徹底して議論で戦ってきました。限られた時間での質問は1分1秒を決して無駄にすることなく議論してきました。そのうえで、たった1人の小さな力でも諦めずに国民の生活を、命を守るために出来ることは何かと考え抜いて、已むに已まれず行動に及んだというのが今回の経緯です。

・とくに問題な防衛財源確保法案

 今とくに問題なのは防衛財源確保法案です。5年間で43兆円の防衛費増額を行うためのものであり、その使途はアメリカから言い値で大量の武器を買い、復興税の流用で被災地を無視した挙句、苦しんでいる国民に増税を押しつけ、日本を戦争経済でボロボロにさせる、絶対にやってはならないものです。また防衛産業基盤強化法案も論外です。これは単に国内防衛産業の衰退防止だけでなく、海外への武器輸出を国が支援する内容や戦後初の防衛産業の国有化を可能にする条項まで盛り込まれた、日本が複合的に軍需産業の促進に突き進む恐れのあるきわめて問題の大きい法案です。この国に生きる人びとの暮らしよりも日米防衛協力の強化にお金が流れ、防衛装備品の輸出の支援によって日本全体が戦争経済化していく、すなわち死の商人となりかねません。安保3文書によって平和国家としての日本のありようが180度変わり、専守防衛は脅威対抗型の安全保障戦略と形を変える。敵基地攻撃能力の保有を可能とし、日米一体化のもと、米国が始める戦争の最前線に沖縄が、日本が立たされることになります。そのときの壊滅的な被害を、今でさえ苦しむ国民の暮らしのことをわずかでも想像して、これら予算や法案の採決に臨んでいるのでしょうか。
 たしかにわが国の周辺の安全保障環境は厳しさを増しています。しかしそれに対して、武力には武力を、核兵器には核兵器をのごとく、防衛能力を拡大し、さらには核抑止の拡大や核シェアリングが進んでしまえば、日本を含む北東アジアが核軍拡競争の新たな火種の地域になりかねません。私は昨年ウィーンで開かれた核兵器禁止条約の第1回締約国会議に出席しました。そこに集まる国会議員会議でその懸念を伝えたところ、NATO加盟国の議員からは「日本で核共有の議論があるというが、核兵器がシェアされることはあり得ない。核保有国の兵器が押しつけられるだけで、押しつけられた側には何の権限も与えられない」という声がありました。そして会議声明では「核抑止と核シェアリングを安全保障政策として正当化する動きを深刻に懸念する」とする表明が出されています。また先日は超党派で構成される北東アジア非核兵器地帯条約を推進する国会議員連盟のソウル会議へ、先輩議員の先生方と参加し、韓国の国会議員と議論してきました。朝鮮半島でさらに高まる危機を共有し、今こそ、この北東アジアを核の傘から非核の傘にしていく努力が必要であるあることで一致し、地域に共通の安全保障の枠組みを作るその努力をしていこう、その必要性を確認しあいました。
 平和憲法と非核3原則、これを持ち、唯一の戦争被爆国である日本が、2度と戦争せず、国の確かな安全保障と地域の平和と安定に貢献できる道は何か。アメリカに追従するだけではなくて、時代の危機感を共有するすべての人と知恵と力を出し合い、もっと国会で真剣な議論を尽くし、国民の生命と尊厳を守るために私はあらゆる努力と行動をしていく決意です。そして今、何より政治がやらなければいけないことは、この国に生きる、今苦しんでいる人びとを救うことです。我が国は30年も賃金が上がらない、日本だけが経済成長していません。コロナになる前から生活が苦しいという人が54%、母子世帯では87%、また子どもの7人に1人が貧困と、G7ではアメリカについでワースト2です。さらに年金支給額がどんどん減らされた結果、年金だけで生活していると答えている高齢者は今や4分の1以下になってしまいました。その上にコロナと物価高でいわば三重苦と言える非常事態に国民生活は陥っているんです。実質賃金は12カ月連続でマイナス、昨年1年間に自ら命を絶った人たちは、全国で2万1881人。小中高生の子どもの自殺者は過去最多の人数を記録しました。これから夏が始まるのに、電気代が最大40%も高くなるなど、国民を熱中症で死なせてしまうのですか。秋にはインボイスでフリーランスや事業者に増税を課して廃業させてしまうのですか。少子化対策で社会保険料の負担増とすれば子どもはますます減っていくでしょう。そうなれば国家自滅の道です。
 またなぜ海外の輸入を守るために牛を殺し酪農家を離農させてしまうのですか。食糧自給率はたったの38%、余った乳製品を政府が買い取ってそれを生活の苦しい人びとに配る救済策を行えばいいではありませんか。食料も自国で確保できない政権に安全保障を語る資格があるのでしょうか。砲弾あるけど食糧がない、それは先の大戦の歴史の教訓ではありませんか。アメリカから武器を爆買いし、ミサイルや銃はそろえるけれど、国内に目を向ければ86歳のお年寄りがコンビニでおにぎり1個万引きして逮捕される‣‣‣、

 <ここで細田衆院議長から「身上弁明の範囲を超えていると思いますからご注意をお願いします」の発言。議場からはよく聞こえないが、いろいろヤジが飛んでいる。賛同する声は皆無か>

・健全な民主主義には闘う野党が不可欠

 このような状況は私はあまりにおかしすぎると思います。なぜ政府は防衛費倍増にすばやく財源を確保するのに、国民や酪農家を救うために財源を確保しないのでしょうか。なぜ原発推進のために大量の新たな国債を発行するのに、子どもたちのために、少子化を克服するために積極財政で人に投資をしないのでしょうか。やればすぐできるんです。本気になればやれるのです。それが岸田政権の財政運営で分かったのですから、徹底的に野党が一丸となってこの国に生きるすべての人びとの権利と生活を守るために戦おうじゃありませんか。それを国会の中でも外でも可視化できるように行動を起こそうじゃありませんか。そして日々の生活に追われ厳しい現場を必死に生き抜いている人たちと手を取り合い、政治を変えていく。これが民主主義ではありませんか。それをリードするのが国民に負託された国会議員の役割、国会の現場を知る議員の勤めであると信じて行動してきたのが、繰り返しますが、私の今回の行動の真意であります。私は今回のことを機に自分が最初に政治を志した時のことを思い出してみました。
 NPOで17年間、人道支援や平和構築の活動に携わり、友人にも血縁にも政治家のまったくいない環境で育った私が政治を志した理由、それは政治の力で命を救えるからです。戦争をさせない。貧困で苦しむ人に手を差し伸べる。環境破壊を止める、すなわち、すべての生きる力を支えることのできるのが政治である。そう信じて、この世界に飛び込みました。もう1つ、理由があります。世界80か国の言語を生きながら気づいたのは、日本が先進国でありながら、ほぼ一党の長期政権が続いて政権交代の文化がない。つまり健全な民主主義が機能していないということでした。そして独裁や軍事政権から民主政権を樹立した他国の人びとや成熟した民主主義が確立している国々の人びとと対話して気づくことがあります。それは闘う野党がなければ、民主主義は機能しないんだということです。今回G7サミットが開かれました。自由と民主主義の価値を共有するとしているG7の中で、政権交代の政治文化が定着していないのは日本だけです。選挙があれば民主主義なのではありません。民主主義の目的は政治が常に国民の手の中にあるということです。そして政治は常に国民のことを考えているという状況にあることです。選挙があるのに政権交代がないということは、選挙そのものが目的化、政治化していることであり、闘う野党の不在が民主主義を後退させ、この日本を衰退させてきたのではないでしょうか。歴史の大きな転換点に国民から負託を受けた国会議員として、私は改めて今一度、勇気を出して議員の皆さんに呼びかけます。闘う野党を復活させ、苦しんでいる国民の生活と命を救おうではありませんか。日本の民主主義を正常化させて政治の暴走を止めようではありませんか。闘う野党の復活、それ以外に政治の暴走、国家の衰退を止める手段はありません。
 最後にケネディ大統領の言葉を紹介します。われわれは真に勇気のある人間であったか。敵に対抗する勇気の他に、必要な場合は、自己の仲間に対しても抵抗するだけの勇気を持っていたか。私の壇上の行動になぜ連帯すべき野党まで批判したのか、と問われることがあります。しかし冒頭に述べた通り、国会議員は国民の厳粛な信託を受けています。真の連帯とは、単なる仲間意識によるものもではなく、国民の信託によって繋がるべきものであると考えます。ならば仲間である野党が国民の信頼―

 <ここで再び細田発言、「すでに相当の時間を経過しております。結論を急いでください」>

 に十分応えていないと判断した時には、仲間に対しては抵抗することこそ自己に与えられた役割ではないでしょうか。議会のルールや秩序も重要ですが、本当に応えるべき国民の信託であるとの意識を呼び覚まし、戦う野党の復活、そのことに少しでも繋がるものではないか、こうした考えに基づく行動でありました。以上、行き過ぎた面があった点は改めてお詫びするとともに、已むに已まれぬ行動であった、その真意をぜひともお汲み取りいただくことをお願いして私の身上弁明といたします。

【櫛渕万里の弁明・終】

B 15分強の堂々たる「櫛渕万里の弁明」でした。用意した原稿を読み上げているので、文章はほとんど直してありません。ただ演説時の言い間違えとか繰り返しなど数カ所に手を入れました。
 ところで大石あき子議員が議運委から注意を受けた後で話した動画もあるので、そのさわりも掲載しておきます。

 私もやりたくてやっているわけではありません。この国で生きる多くの人びとが苦しんでいる中で、防衛増税法案を出してくる、こういった憲法25条や9条を無視したような政権のやり方に対して、憲法を守るものとして議員の務めだと思っています。実力行使については過去盛んに行われているということです。立憲・共産は今回この防衛増税法案に断固反対と、何としても止めるとおっしゃっていましたが、もっと体を張って止めましょうとういう呼びかけでもありましたから、それに対して処分でお答えになったというのは大変残念だなと。私自体は一人の国会議員として国民の期待に応えるために、自分が何をしていけばいいのか、ということについては、本当にできることが小さいと。だからこの国会の与党も野党もどういうことをやっているのかということを可視化して、まず国民の皆さんにお見せするということが、私の最大限できることなのかなと思います。

A れいわの2女性議員はほんとにすばらしい。後に現在を振り返るとき、彼女たちこそ日本の国会の品位を守ったと評価されるのではないでしょうか。れいわという政党がなかったら、国会、日本はどうなっていたのかと思うと、ゾッとしますね。他の政党も、それと櫛渕演説を正面からは取り上げていないように見えるメディアも、もう少し発奮してほしいですね。

B 動画をアップしてくれたトラジロさんは、まだ20代の若者だと思うけれど、最後にこんなことを言っていました。「与党も野党もヤジがすごいですよね。国会がこんだけ腐ってるということで、もうどうしようもないな、と思いました。国民を救おうと言っている国会議員のことを笑っているのが意味がわからないですね。ジャイアンについていくスネオみたいな奴ばっかりなんですよね。なんか小学校みたいな感じ。大石さんにしても櫛渕さんにしても、こんなところで戦っているのかと思いました。出る杭は打たれるというか。でも負けんといてほしいですね。れいわ新選組が負けたら僕、もう政治なんかまったく興味なくなるだろうなって、思ってます。とにかく応援してるので、みんなも応援しましょう」。

 こういう若者がいるということは、やはり希望です。