新サイバー閑話(32) 令和と「新選組」④

トップから腐っていく社会

 ちょっと前になるけれど、10月4日の東京新聞一面が大見出しの記事3本だけでほとんど占められていた。

 トップが「関電金品受領 監査役、総会前に指摘 社長ら公表見送る」、肩4段が「トリエンナーレ補助金不交付 文化庁有識者委員が辞意『相談なく決定 納得できず』」、下方4段が「かんぽ報道 NHK会長、抗議影響否定『編集の自由損なわれず』」である。

 いずれも事件自体はあらためて説明するまでもないだろうが、トップ記事は、関電の金品授受問題を今年6月の株主総会を前に監査役が把握し、経営陣の対応に疑問を投げかけていたが、問題の公表は見送られたという話。トリエンナーレに関するものは、文化庁が補助金7000余万円を交付しないと決めたことに関し、採択の審査をした委員の一人が「不交付は委員に相談なく決定された。これでは委員を置く意味がない」として辞任を申し出たというもの。最後は「クローズアップ現代+」の報道に関して、日本郵政グループがNHK経営委員会に抗議、経営委員会が上田良一会長を厳重注意した問題で、当の上田会長が定例記者会見で「番組編集の自由が損なわれた事実はない」と述べたというものである。

 3本の記事には、はっきりした共通性がある。それは、社会制度が本来の趣旨にそって適正に運営されるために、あらかじめ設定されているチェック機能が無化(無効化)されていることである。

 何のための監査役か、何のための有識者委員会か、何のための経営委員会か。

・「非立憲」政権によるクーデター

 本来果たすべきチェック機能を崩していくのが安倍政権発足以来のやり方である。まず権力チェックの重要な機能を持つとも言われる新聞、テレビなどの報道機関を早々に切り崩しにかかった。アベノミクス実現の環境づくりとして日銀総裁を替え、安保法制強行のために憲法の番人とされてきた内閣法制局長官を替えた、などなど。

 この点について、改憲問題に関連して石川健治東大教授が書いた論考「『非立憲』政権によるクーデターが起きた」が実に明快に論じてくれている(長谷部恭男・杉田敦編『安保法制の何が問題か』所収、岩波書店、2015)。

 「現政権の全体的な政権運営の特徴として、ナチュラルに非立憲的な振る舞いをしてしまう傾向を上げることができます。もともと統治システムの中には内閣が独走できないように、いろいろな統制と監督の仕掛けが内蔵されているわけですね。ところが、安倍政権は、政権にとって、歯止めをかける対抗的な役割を果たしかねない要所要所に、ことごとく『お友達』を送り込んで、対抗勢力の芽を摘んでいく――、そういう手段を駆使していると思います。故・小松一郎内閣法制局長官の人事がそうでしたし、日銀総裁、NHK会長の人事の場合もそうです」、「たとえば、憲法は、内閣に国政の決定権の一部を委ねているかもしれませんが、コントラ・ロールとして、その責任を追及する立場にあるのが、いうまでもなく国会です。……。政府内部にも、伝統的に内閣法制局という、お目付け役を果たしてきたコントラ・ロールがいます(いました)。対抗的存在は、世論やメディアなど、制度外にもさまざまに用意されています。内からも外からも内閣が独走しないようコントロールしているのです。そのような存在が多重的に仕組まれていて、権力が暴走しないようにシステムができ上っています。ところが安倍政権は本来コントロールを受ける立場にありながら、自分から対抗的存在に圧力をかけたり、つぶしにかかったりします」、「恐らく安倍首相個人のパーソナリティによるとこころが大きいのだと思いますが、とにかく批判を受けるのを嫌がります。自らに対する批判を抑圧したいという動機がむき出しになっています。……。その姿勢そのものが、非立憲だといわざるを得ません。そういう政権に日本の行く末を委ねていいのか、直感的に不安を抱く人は多いのではないでしょうか」

・「忖度」する人、「模倣」する人

 安倍政権の体質をもっともあからさまに浮き彫りにしたのが森友加計問題だろう。文書改竄を進めた財務省幹部は訴追を見送られ、あるいは海外に転出した。憲法問題においても、安保法に異議を唱える憲法学者の声やパブリックコメントでの国民の声に何の配慮も払わなかった。沖縄問題も同じで、要は異論の完全無視である。

 しかも安倍首相や菅官房長官は、事態を自らの問題として受け止めず、他人ごとのように答弁したり、問題の所在をはぐらかしたり、あっさりと、断定的に否定したりしてきた。「こんなことが許されるのか」と怒ったり、慨嘆したりする人も当然いるわけだけれど、逆にそういう(うまい)手があるのかと率先してまねる人が出てきても不思議ではない。手続きを無視したごり押し路線の「模倣」である。今回の関電幹部や文化庁(文部科学省)やNHK経営委員会がそうだと「断定」するわけではないが、そこには政権の〝得意芸〟も反映しているように思われる。

 ユーチューブの動画によると、10月9日の官邸記者会見で、例によって望月衣塑子記者が「森友加計問題など政府の疑惑に関しては何の第三者委員会も設置しなかったのに、関電に対しては第三者の徹底的な調査を求めるというのは整合性があるのか」という趣旨の質問をしたのに対し、菅官房長官は「まったく事案が違う」、「適切に対応したと考えている」、「何か勘違いしているのではないか」と木で鼻をくくったような答弁をし、それで記者会見は終わっている。

 国会やメディアも含めて、チェック機能がかくも働かなければ、人びとの政治不信、政治的無関心の流れはさらに加速するだろう。今回の組閣人事を見ても、ごり押し路線を強化、徹底しようとしているばかりで、いま進む深刻な事態(深い病)への認識、想像力はまるで見られない。政権中枢のモラル崩壊は確実に周辺に及び、それは国民全体にまで徐々に広がっていくだろう。それは、台風19号襲来時の気象予報官の語り口をまねれば、「もうすでに一部で起こっているかもしれない」。

 老子に「大道廃れて仁義あり」という言葉がある。大道が廃れるから仁義が出てくる(大道が行われていれば仁義などは無用である)と、儒教における仁義強調を批判したものとして知られているが、いまや大道廃れて仁義なし。

 この言葉は、「国家混乱して忠臣あり」と続いていて、これも国家が混乱すると忠臣が出てくる、国家が正しく運営されていれば忠臣など出てくる必要はない、という逆説的意味だけれど、これも今は、国家混乱して忠臣なし。

 老子のくだりを友人にメールしたら、「山本太郎こそ真の忠臣である」との返事が来た。彼は自分の会社の窓にれいわ新選組のポスターを張っている(下)。
 NHKのかんぽ報道に対して、逆ギレのように居丈高に抗議している日本郵政上級副社長は元総務省事務次官だが、彼が事務次官になったのは菅総務相(当時)に抜擢されたためらしい。そういう意味では、現政権は早くから「忠臣」の育成に乗り出していたようである。

 

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