新サイバー閑話(21) ホモ・デウス⑫

ロボットと瞑想

 読後感よもやま話の続きである。

 カーツワイルによれば、今後はナノナノテクノロジーに基づく小型ロボットが大活躍する。それがサイボーグに結びつくのだが、そこでのロボットは、従来の西洋的なロボットの捉え方とだいぶ変わってきているように思われる。

 ロボットというのは、チェコの作家、カレル・チャペックが「R.U.R.(Rossum’s Universal Robots)」という戯曲で作り上げた造語で、R.U.R社長のドミンは、今後は「何もかも生きた機械がやってくれます。人間は好きなことだけをするのです。自分を完成させるためにのみ生きるのです」などと豪語していたが、結果はロボットの反乱で人類は滅びる。

 SF作家、アイザック・アシモフの有名な「ロボット工学の3原則」(①ロボットは人間に危害を加えてはならない。また何も手を下さずに人間が危害を受けるのを黙視してはならない。 ②ロボットは人間の命令に従わなくてはならない。ただし第1原則に反する命令はその限りではない。 ③ロボットは自らの存在を護らなくてはならない。ただしそれは、第1、第2原則に違反しない場合に限る)もそうだが、西欧におけるロボットはあくまでも人間に奉仕する下等な存在、言わば奴隷に変わる存在と考えられていた。

 ホモ・デウスは小さなロボットや人工知能で増強されるが、体内に埋め込まれたロボットなら、機能も限定されており、うまく人間と共生できるということかもしれない。しかし、これらのロボットがネットワークを組んで当の人間に反乱するとは考えないのだろうか。そこでは、過去のロボット観はどう修正されるのだろうか。

 日本のロボットは当初からヒューマノイド・ロボットと呼ばれ、アニメの鉄腕アトムやドラえもんに象徴されるように、人間と共存する存在と意識されてきた。西洋流の人間中心主義や闘争主義、二者択一主義と、山川草木悉皆成仏的な「生きとし生けるものみな兄弟」ふうの東洋流。自然を支配しようとする西洋と自然と一体化しようとする東洋。ホモ・デウス出現前夜に、あらためて考えていいテーマだと思われる。

『サピエンス全史』には以下の記述もある。「アニミズムとは、ほぼあらゆる場所や動植物、自然現象には意識と感情があり、人間と直接思いを通わせられるという信念だ」、「アニミズムの信奉者は人間と他の存在との間には壁はないと信じている」。

 サピエンス全史からすれば、狩猟採集時代の方がはるかに長い。その感性がサピエンスに残っていないわけがなく、日本にはアニメズム的な考え方もなお根強い。

・1日2時間の瞑想

 ハラリは『ホモ・デウス』をヴィバッサーナ瞑想の導師、サティア・ナラヤン・ゴエンカに捧げている。最後の謝辞でも故人を恩師として第一に上げている。

「(ヴィパッサナー瞑想の)技法はこれまでずっと、私が現実をあるがままに見て取り、心とこの世界を前よりよく知るのに役立ってきた。過去15年にわたってヴィパッサナー瞑想を実践することから得られた集中力と心の平安と洞察なしには、本書は書けなかっただろう」。

 著者が2018年に出版したエッセイ集とも言うべき“21 Lessons for the 21st Century”の最終章はMeditationである。彼は「自分の心を観察する方法」としての瞑想との出会いで救われたと書いており、1日2時間の瞑想を欠かさないらしい。ゴエンカは、「ヒンドゥー教徒のインド系移民としてミャンマーの裕福な家庭に育った」(ウィキペディア)人といい、ヴィパッサナーは仏教系の瞑想法である。日本にも道場がある。

 私も、いささかの気功修行をしており、その静功は瞑想そのものである。気功の要諦は外気と内気の交流にあり、めざすのはまさに自然との共生である。大木の前に立ち、その気を取り入れるための功法もある。気感の強い女性仲間には、堤中納言物語の「蟲愛ずる姫君」ではないけれど、森の中で木々と対話できる(時がある)という人もいる。


 バリ島東北部、ヒンドゥー教の総本山、ブサキ寺院の近くにアンラプラという美しい街がある。もとはバリ随一の勢力を誇ったガランカスム王国の都だった。19世紀末のオランダ植民地時代に王がオランダに留学するなど融和政策をとり、街並みにもオランダ風の様式を取り入れている。

 清い水(聖水)がふんだんに流れる「水の離宮」、宮殿、王族の別邸などを見て回ったが、別邸のややシンメトリックな配置はオランダの影響を感じさせ、バリでは異色の風景となっている。その美しい展望台で北欧から来たと思われる若いグループがヨーガをしていた。

 バリと言えばヨーガのメッカでもあり、観光客目当ての大々的なヨーガセンターばかりでなく、たとえばウブドの街中にも、1回500円程度で自由に参加できる教室があり、ここにもオーストラリア人などがたくさん来ていた(バリ・ヒンドゥー教はアニミズムの影響が強いとも言われている)。

 ヨーガ、坐禅、気功、マインドフルネスなどの心身健康法は洋の東西を問わず、いま大きなブームになっている。ハラリは人類(サピエンス)がいまのままのあり方を続けていると、いずれはホモ・デウス出現に至るだろうと〝幻視〟したわけだが、彼自身はその流れに掉さそうとしているのであり、船に乗ろうとしているわけでは決してない。

カレル・チャペック『R,U.R.』(岩波文庫、1920)
ロボット (岩波文庫)
アイザック・アシモフ『わたしはロボット』(創元推理文庫、原著1950)

わたしはロボット (創元SF文庫)

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