名和「後期高齢者」(15)

お手洗いの広さ、狭さ

 ヒトにとって最適な狭さとはどんなものか。こんな取り止めもないことを考えたのは、かつて入院したときのこと。たとえば、お手洗い(以下、WC)の広さ、あるいは狭さ。

 患者は、たとえば点滴棒をもってWCを利用する。その点滴の管はなんにでも――扉の把手、ベッドの手摺、衣服の紐、点滴棒自体などに――絡む。

 WCは患者ならずとも、ヒトにとって必須の人工空間である。それは時代を問わない。すでに平安時代、紫宸殿には「御手水(ちょうず?)ノ間」があり、そこには多様な「澡浴の具」が置かれていたという。それはサービスの標準化を含む有職故実として定着していた。

 まず、WCの機能について確認しておきたい。私の手元に50年ほどまえに切り抜いた資料がある。それは洋式便器の図面だ。タイトルも出典も著作権表示もなし。

 面白いのはこの紙片が便器をコンピュータと比較していることにある。水槽を「主記憶装置」、水や排泄物を溜める部分を「中央演算装置」、排水レバーを「ファンクション・キー」、便器の蓋を「周辺装置」、給水・止水栓を「サージ制御装置」、巻紙ケースを「ソフトウェア」、排水路の清掃用刷毛を「デバッキング・ツール」、そばに置いてあるバケツを「バックアップ・システム」、そして便座を「インターフェイス」としている。くわえて「オーバー・フロー」――インプットとアウトプットによるエラー――として床の上に液体が零れている。隅にはマウスが走っている。現在では、さらにウォシュレットが、その操作盤(大と小、温と冷など)とともに付けられている。ユーザーはこれを日常的な道具として操作しなければならない。

 最近、「誰でもトイレ」が公共空間に設置されるようになった。ここでは狭さにたいする指向は抑制され、多様なユーザー――例、障害者、高齢者、子供連れ――が使えるように、WCは多機能化されている。当然、空間も広がり、WCと人間とのマン・マシン・インターフェイスが複雑になる。このインターフェイスが今回の話題となる。

 私は多機能型のWCを使わしてもらったことがあるが、そのときに不具合をしでかした。排水ボタンがどこにあるのか、それを見つけることができず、うっかり間違って緊急呼出しボタンを押してしまったのだった。

 このとき、便座に坐った私の体位では排水レバーの位置が背後になっていた。私は排水レバーを体を捩じって探しているうちに、私の衣服のどこかかがウォシュレット制御盤のどこかに触れたらしい。その制御盤の位置だが、壁に貼り付けられていたり、便座の脇に組み込まれていたり、さまざまである。ということで、WCのユーザー・インターフェイスは複雑かつ多様である。

 この辺の事情は、たぶん、「ノーマライゼション」、「ユニバーサル・デザイン」、「バリア・フリー」などいう概念を駆使する専門家諸氏がすでに議論されていることだろう。だが、シロウトの私があえて言いたいことは、モノの標準化とともに、サービスの標準化がここに絡んでいることである。

 ということで、WCのインターフェイスは、その狭さ、あるいは広さもかかわるだろう。私は、たった一度ではあるが、茶室のようなWCに案内されたことがある。半世紀もまえのことなので記憶は不確かだが、違い棚があり、床は畳敷、一隅の躙り口のような場所に便器があった。このときに落ち着かなかったことといったら。先に紹介した御手水ノ間が現代にも残っていたということか。私の世代は、たとえば三等寝台「ハネ」の狭さに慣れていたので、狭さに慣れていたのかもしれない。そういえば「坐って半畳、寝て一畳」という言葉もあった。

 つまりWCの場合は、空間の広さ狭さも快適さにかかわるインターフェイスとよぶことができるかもしれない。そういえば、建築家のル・コルビュジエも「モジュロール」という生活空間用の尺度を提案していたよね。

  *

 近年、ヒューマン・インターフェイスの関係者のなかで「ユーザビリティ」という理念が検討されている。ここでは、その対象にシステム、製品とともにサービスを含めている。そのサービスは「ユーザーが実現を欲する結果を容易にすることにより、そのユーザーに価値を提供する方法」と定義されている。ここで与えられるユーザー満足度を「ユーザー・エキスペリエンス」と呼ぶらしい。

【参考資料】
河鯺実英『有職故実:日本文学の背景』、塙書房 (1960)
有職故実―日本文学の背景 (1971年) (塙選書〈8〉)
戸沼幸市『人間尺度論』、彰国社 (1978)
人間尺度論 (1978年)
福住伸一「サービスエキセレンスに向けた人間工学の動向と関連規格」『情報処理』、 v.59, n.5, p.421-424 (2018)
「「だれでもトイレ」誰でも使える?」、『日本経済新聞』2018年7月6日夕刊、p.5

 

林「情報法」(23)

コースの定理と無体財への適用

 今回の情報通信学会のうち「国際コミュニケーション・フォーラム」の部分の統一テーマは「データが拓くAI・IoT時代」でした。私たちの基調講演が統一テーマにどれだけ貢献したかは、参加者の反応を待つしかありませんが、その後のパネルディスカッション(基調講演者は参加していません)の最後に、会場からの質問をめぐって意外な展開がありました。今回は、その含意を探ります。

・コースの定理とは

 質問の主旨は「パネリストの意見交換はそれなりに興味深かったが、多くのパネリストが指摘した『データのownershipが不明確』という点は、明確にすればよいだけのことではないか。コースの定理によれば、ownershipが取引当事者のいずれにあっても、取引費用がゼロなら交渉の結果、効率的な資源配分が達成される。取引費用がある場合には、ownershipの付与を前提にして、その分担を決めれば解決できるはず」というものでした。

 質問者は経済学者らしくコースの定理を前提にしていますが、本欄の読者が全員経済学に明るいとも言い切れないので、まずその定理について補足します。Ronald Coaseは、100歳を超える長生きをして数年前に亡くなったアメリカの経済学者で、1991年にノーベル経済学賞を受賞しています。あまり多作ではないのですが、少ない論文がことごとくユニークで、経済学の発想を根本から問い直すような変革をもたらしました。

 中でも有名なのがコースの定理として知られるものですが、それは経済学では「外部性」として、法学ではniusance(権利侵害)として知られるものをモデルにしています。昔の列車は石炭をたいて走行していたので、火の粉が沿線の松を枯らすことがありました。また作物を作る農家と家畜を育てる畜産家が隣人だと、家畜が作物を食べてしまうなどの被害が出ていました。この損害をどちらが負担するかによって、資源配分が適正になったり歪んだりすることがあるか、という問いが議論の出発点です。

 法学を学んだ読者なら、「なんということを議論しているのか。公害の分野では既にPPP(Polluter-Pay-Principle)が国際的合意になっており、原因者が費用を負担するのが公平である」と主張するでしょう。しかし、この論文が書かれたのは1960年で公害が世間の注目を集めるずっと前ですし、コースは法的な権利がどちらにあるかにかかわらず、(効率性を第一義とする)経済学ではどう考えるべきかを追求しました。

 ここでコースが出した回答が、世間を驚かせました。なんと「企業間に外部性が存在しても、もし取引費用がなければ、資源配分は損害賠償に関する法的制度によって影響されることはなく、また常に効率的なものが実現する」と言い切ったのです。法学者からすれば、「権利がどちらにあるかにかかわらず、経済学的に効率的な解決が可能なので、法学者の出番はない」と言われたように受けとめられた(現在でも、そのような誤解が無くならない)のも無理はありません。

・所有権の存在意義と「法と経済学」

 もちろん、これはトリックで、その鍵はアンダーラインを引いた「もし取引費用がなければ」という前提条件にあります。時間が経つにつれて、この定理の真の意味は「現実の世界では取引費用が存在するので、必要なのは、経済システムを構成する諸制度のあり方の決定において、取引費用が果たす(べき)基本的な役割を明らかにすることである」というように理解されるようになりました。

 そして、この認識が広がることによって、彼が1937年(コースの定理の論文より23年も早く)に提起した「法人は取引費用節減のために存在する」といった知見が再評価されるようになりました(彼以前には法人の存在を経済学で説明した人はおらず、経営学者が「組織の限界」を議論していました)。このような流れから「取引費用の経済学」という分野が生まれ、「契約の経済学」や「情報の経済学」にもつながっています。つまりコースは、これらの新しい経済学のすべてを生み出したのです。

 繰り返しますが、コースの定理は見かけとは反対に「取引費用が無視できない現実の世界では、なぜ非効率が発生し、市場メカニズムがうまく機能しないケースが起こるのか」を解明しようとしたものです。これを法学の面から見ると、「権利の設定が如何に大切か」を示している、と言い換えてもよいかもしれません。

 経済学では伝統的に「コモンズの悲劇」(誰も権利を行使できる人がいない共有地では、家畜が草を食べすぎる結果、維持できなくなる)を反証として「所有権」の必要性を正当化してきたのですが、コース以降は「権利の設定が取引費用を節減し、交渉を円滑化させる」とポジティブに説明できるようになりました。コースが「法と経済学」の始祖とされるのは、この面でも当然のことかと思われます。

 さて、ここで現実に戻って、先の情報通信学会における質疑です。質問者は、上記で長々と述べた事情を背景に質問したのですが、回答者に経済学者がいなかったこともあって、残念ながら質疑はかみ合いませんでした。そこで私は、極めて異例のことを承知の上で、懇親会の乾杯要員に指名されていた「職権」を乱用して、次のような挨拶をしました。

 「(紋切り型の挨拶の部分は省略)。ここでパネルディスカッションの最後にあった質問について一言付け加えることを、年寄りに免じてお許しください。残念ながらご質問者が本席におられませんが、私ならこのような回答をしたであろうということをご紹介します。質問は経済学の伝統に沿ったもので、核心を突いています。しかしコースの定理は情報社会の到来とともに、再検討を求められています。排他性・競合性(法学的には「占有」)が明確な有体物にはコースの定理がそのまま適用可能ですが、公共財的要素(非占有性)がある無体財についても同じように考えることができるでしょうか? 本学会の会員が、この問題に真摯に向き合ってくれることを期待して、乾杯しましょう。」

・若干の補足

 本ブログをお読みいただくか、拙著そのものをお読みいただいている読者には、以下のコメントは蛇足かもしれません。しかしマルクス流に言うならば、私たちが資本主義社会の中を、それも産業社会や工業社会の時代を長く生きてきたことは、私たちの思考様式を予想以上に規定しています。その代表格が「所有権信奉」です。インターネットの時代に入っても、いわゆる「サイバー法」を論ずる学者でさえ、その大部分がこの病気から逃れられないでいます。次回以降は、そうした事例を紹介することで、「所有権第一の発想から脱却する」必要性と困難性について、述べていきたいと思います。

 

名和「後期高齢者」(14)

待つ

 大阪北部で地震が発生した。テレビで伝えられる映像は「待つ」人びとの姿であった。電車やバス、タクシーを待つ、路の空くのを待つ、消防車を待つ、給水を待つ、お手洗いを待つ、ゴミの収集を待つ、電力供給を待つ、ガスの供給を待つ、など。映像にはならなかったが、スマホの充電を待つ、エレベータからの脱出を待つ、もあったよし。ここだけをみれば、「いつやるか? 今でしょ!」ということになる。

 いま「待つ」といったが、その姿は多様。上記の地震についても、公共空間で待つ場合(例、バス)もあれば、密室で待つ場合(例、エレベータ)もある。対応措置を的確にするために待つ場合(例、鉄道)もあれば、対応措置が不十分だったために待つ場合(例、水道)もある。(注:この地震による復旧の待ち時間は、通信は、まあ、なし。電力は2時間、鉄道は丸1日、水道は3日間、ガスは6日間、と報道されている)

 自分がこのような「待ち」に巻き込まれていたらどうなる。高齢者となってしまった私は、つまり知力と筋力を失ってしまった私は、どれにも対応できない。路上に寝そべるしかない。戦中世代流にいえば「倒れてのち止む」の精神かな。私はかつて突然の体調不良に襲われたときに、救急車を呼んだ自分の取り乱した姿を思い出した。こんなことをしたら、渋滞を加速するのみ――これは理解しているのだが。

 「トリアージ」(患者の重症度に基づいて治療の優先度を決定する)という医療処置にかんする選別法がある。私の場合はどうなるのか、そのフロー・チャートをたどってみた。結論は、カテゴリーⅢの保留群、つまり緑のタグを付けられて現場に放置される身、となった。

 この「待つ」だが、この言葉は私たちの世代にとっては眩しい感触をもつ。戦争が終わり、海外から一挙に流入してきた新しい技術の一つに「オペレーションズ・リサーチ(作戦研究)」があり、その中心にあった手法が「待ち行列」であった。

 もともと「待ち」は理系の人びとにとって、興味の対象であった。寺田寅彦には「電車の混雑について」、あるいは「断水について」といった小文がある。前者の趣旨は、「満員電車で急ぐか、空いた電車を待つか」は、その人の趣味と効用感覚による、というもの。後者の要旨は、第1にインフラの保守を忘れるな、第2に対応措置を分散化せよ(自家用の井戸を作れ)、というもの。つけ足せば、近年でも『渋滞学』などという本がベストセラーになった。

 話をもどす。高齢者の避けて通れない「待ち」にはなにがあるか。それは病院の待ちである。まず、受付の待ち、ついで検査の待ち、ついで診察の待ち、ついで治療の待ち、ついで会計の待ち、ついで診療費支払いの待ち、さらには門前薬局での待ち。大病院だと、一日がかりとなる。冬だと、「星ヲイタダイテ出デ、月ヲ踏ンデ帰ル」という所業にあいなる。

 病院の待たせ方も多様。予約時刻順、先入れ先出し(first in, first out)が原則というところがまあ標準である。だが、そこに初診を割り込ませるアルゴリズムは不明。それは担当医師の気分しだいなのかもしれない。とにかく上記のアルゴリズムはどんなものか。この探索は拘忌高齢者(㏍)にとって絶好の頭の体操になる。ということで、㏍は診察室への呼込用掲示板に示される番号を注視する。

 そんな病院で、私はたまたま隣りの席に坐った人から問わず語りに聞いた。それはおよそ他人には予想もできない待ちに堪えることであった。その人はオーケストラの追っかけをしており、つい先日にはセルビアへ行ってきた、などとさらりと言ってのけた。その人の悩みというのは、演奏会において、ながい曲の終わりを待つのが、あるいは楽章のあいだの切れ目を待つのが苦しい、とのこと。喉をいためているので咳払いを我慢しているのが辛い、というのだ。これぞ㏍の究極の姿というべきか。そういえば私も寄席で中座をしてしまったことがある。突然、食中りの症状になったためであった。

 最後に「待ち」を詠んだ句を一つ。

     バスを待ち大路の春をうたがはず  波郷

 この句についてだが、㏍には違和感がある。作者の若書きであり、くわえて当時には「後期高齢者」などという概念がなかったためだろう。

【参考文献】
寺田寅彦「電車の混雑に就て」、『万華鏡』、岩波書店、p.137-154 (1935)
吉村冬彦「断水の日」、『冬彦集:復刻版』、岩波書店,  p.372-384  (1987)

林「情報法」(22)

情報通信学会にて

 6月30日の土曜日に、懐かしい慶應三田キャンパス(私は7年間勤務しました)で、情報通信学会の春季大会兼国際コミュニケーション・フォーラムが開催され、後者の基調講演として「情報社会(情報法)の主体と客体」と題して講演しました。併せて、翌日7月1日(日)の個別報告では、「情報の公正で適切な取扱いに関する考察―『情報の生理学』の構築に向けてー」というテーマの報告をし、続けて森田英夫さんの「情報デジタル化による社会的便益向上に関するオントロジー的考察」という報告の、討論者を勤めました。延べでは2日ですが、実質は6時間ほどの間に3つの役目をこなしたので、高齢者には酷でしたが、その苦労を上回る成果がありました。

・国領講演に共鳴

 私は意外にずぼらで、講演(口頭報告)の良さはそのアドリブ性にあると思い込み、これまではあまり準備時間をかけませんでした。しかし、恐らくこれが最後の基調講演になると思うと、今回ばかりは何度も練習し、基調講演にしては短い30分でどこまで聴衆に訴求できるか、シミュレーションをして臨みました。

 加えて、この連載では「その日その日」を事後的に振り返って感想を述べてきたのですが、折角このような機会があるなら、今回ばかりは予習に使ってみることにしました。読者は既にお見通しだったかもしれませんが、前2回の投稿は今回の発表用に書いたものです。その投稿にあるように、最も重点的に説明したのは「主体と客体と、その両者の関係」と「有体物の法と情報法とで、関係性にどのような差があるか」という2点でした。

 午後3時開始で、眠気を感じる時間帯ではなかったことに加え、最初の講演であったためか、聴衆(50名強だったと思います)は熱心に聞いてくれました。発表内容は、拙著『情報法のリーガル・マインド』に書いたことを、手を変え品を変えて説明したに過ぎないのですが、意外に反応は良かったように思いました(それだけ、著書が売れていない証拠かもしれません)。

 しかし、もっと嬉しかったのは、次の基調講演者である国領二郎さんの「情報の価値とビジネスモデルの進化」と題する発表の中に、私の指摘と交差する指摘を多数見出すことができたことです。彼の主張を私なりに要約すると、① 技術変化に伴う社会予測は間違うことが多い(自身も「コンピュータ導入でサプライ・チェーン全体の在庫は最小化される」「情報化で生産者と消費者が直結し、卸は中抜きされる」の2つの予測で大間違いをした)、② 変化の方向を決定づけるのは技術そのものではなくボトルネックが何処にあるかである、③ 近代社会のボトルネックは「信頼の創出と維持」であり、その具現化としての「所有権と貨幣による交換経済」である、④ しかし追跡可能性(traceability)が進展すれば、それも不要になりシェアリング・エコノミーなど新しいパラダイムが始まるかもしれない。

 国領さんの主張のうち ③ のボトルネックが「有体物の法」に対応するもので、④ の変化が「情報法」の必要性を(間接的に)述べたものだとすれば、私の指摘と符合する部分が多いことになります。しかし、経営学者である国領さんは ③ から ④ へとワープする企業が伸びると言えるかもしれませんが、保守性と継続性を重んずる法学者である私は、そこまで大胆にはなれません。

・斉藤報告は法学者の立場を代弁

 また国領講演は、シェアリング・エコノミーの可能性を紹介してくれる一方で、GAFA(Google、Amazon、Facebook、Apple)と呼ばれるような大企業が、競って個人データ(特に購買履歴などの属性データ)の収集に血道を上げている理由をも、説明してくれます。しかし法学者としては、この点についてEUが極めて慎重で、GDPR(General Data Protection Regulation)という、指令(directive)よりも強く加盟国の国内法を許さない規則(regulation)を制定して、域外にも適用しようとしているのは何故かを考えねばなりません。

 このような法学者のdilemmaを紹介してくれた報告が、翌日の私の個別報告の直前になされた、斉藤邦史さん(慶應義塾大学)の「信認関係に基づく消費者プライバシーの保護」という発表だったと思います。斉藤報告は、わが国のプライバシー侵害訴訟を丹念に調査し、「プライバシーに属する情報」と「プライバシーに係る情報」の語が明確に使い分けられていること。これに対応して前者(プライバシー固有情報)については「人格的な権利利益」としての救済が、後者(プライバシー外延情報)については「情報の適切な管理についての合理的な期待」の保護が図られてきたとします。

 そして米国の近時の議論は、少なくとも後者については、英米法(英国由来)の「信認(Fiduciary)」理論の発展形として処理すべきだ、という主張が勢いを増していることを紹介し、法制の違うわが国においても参考にすべきではないかという紹介をしてくれました。この点は拙著でも主張してきたことなので、「わが意を得たり」の感がありましたが、またまた勉強すべきテーマが現れたという、一種の焦りも感じました。

 という訳で、その直後に行なった私の個別報告「情報の公正で適切な取扱いに関する考察―『情報の生理学』の構築に向けてー」は、斉藤報告のようなインパクトが無いので、ここでは以下の4点のみ摘記します。① 「情報の公正で適切な取扱い」はプライバシー保護のための手続的保証という側面のみならず、およそ「情報はこう扱うべきだ」という基本原則である、② わが国においては手続法よりも実体法が重視されがちだが、intangibleなものを扱う情報法では、due process こそ大切である、③ 情報セキュリティは、それが破られたときに問題になるので、病理学的側面が際立つが、そろそろ生理学としての「情報の公正で適切な取扱い」の構築を考える時期に来ている、④ そのためには知財的情報と同時に、秘密的情報の扱いをもっと学ぶ必要がある(わが国の研究者は少なすぎる)。

 このような私の主張に対して、討論者の林秀弥さん(名古屋大学)が、個別の手続きと同時に「疫学的対応も必要」との指摘をしてくれました。考えて見ればコンピュータ・ウイルスという喩えは、病気をもたらすウイルスとの共通性を示しており、また最近ではcyber hygieneという言葉もあるので、その点にも気を配るべきことを教示していただいたものと、感謝しています。

・森田報告へのコメント

 そして最後は、森田英夫さんの「情報デジタル化による社会的便益向上に関するオントロジー的考察」という報告です。この発表の討論者を依頼されたとき、私はかなり怖気づきました。私の知っているオントロジーは哲学用語で、情報科学のオントロジーについては全くと言って良いほど無知だったからです。しかし調べていくほどに、semantic webなどでは実装されている考えで、私の主張である「情報法の主体にはロボットなども含まれる」という仮説が成り立つためには、何らかの関係があると思うようになりました。また若い会員に討論者を依頼するのも酷なので、年長の私がお受けすることにしました。

 しかし何と言っても「泥縄」の準備であることは否めません。そこで、以下のような質問とコメントをしました。① シャノンの情報理論は、意味を捨象して構文にのみ着目することで発展したが、これからはコンピュータに意味を分からせることが大切になる。その面でオントロジーが必須であると理解して良いか、② 私は「情報法の主体」として、これまでの自然人と法人のほか、ロボットやAIなども含まれると理解している。その際、「主体性」の検証手段として、「オントロジー的な閾値」を設定して判断することが可能になる、と理解して良いか、③ この概念が役立ちそうなことは漠然と分かったが、特に文系の研究者にも理解してもらえるよう、説明方法を工夫されることを期待する。

 これら3点とも、森田さんからは同意の回答があったように思いますが、コメントした側に、ある種の「後ろめたさ」が残ったのも事実です。討論者はテーマをもっと掘り下げて、議論の核心を突いた質問なりコメントをすべきで、私のものは「無知の欠陥を発表者に転嫁する」ものではないかという自責の念です。学際的学会には良さもありますが、その運営は難しいものだということを痛感しました。

名和「後期高齢者」(13)

本を棄てる

 北大阪地震の報道を聞きつつ、私の脳裏を3.11の記憶がフラッシュバックした。その記憶を私の日記はつぎのように記している。

14時過ぎ、巨大地震、3回揺れる。M8.8(注:翌日9.0と変更)。震度5。長周期の揺れが数10分続く。この住まいはダメかと観念。本(ほぼ半数)とファイル(全部)は棚より落ちる。位牌は仏壇より跳びだす。テレビ台とCDラックは床を滑るが倒れず。鏡(100cm×20cm)が壁より脱落。

 このあとで私の苦労したことといえば、棚からこぼれ落ちた多くの本の片付けであった。本には重さがあることをこのときにはじめて痛感した。私はみずからの知力、体力に不相応な量の本を「死蔵」していたこと改めて知った。これは拘忌高齢者(㏍)の宿命だった。ということで、以下、話題を「本の重さ」に移す。

 宗教学者の山折哲雄が語っていた。「人生の重荷、その最たるものは書物」と。たぶん、多くの㏍は同様な愛着を本にもっているのではないか。この愛着は印刷技術の開発される以前からすでに存在し、書物は、たとえ写本であっても、机に鎖で結びつけられていた。大正期には、丸善を通さないで洋書を入手し、それをだれにも貸さない学者がいたという(和辻哲郎の言)。

 くわえて、ヒトは高齢者といえども、1日の半分以上は体軸を重力軸に添わせている、という。しかも、骨格も筋力も衰えている。結果として㏍は本の重さに苦しむという体たらくになる。とくに辞書とか美術書のたぐいは重い。私がしょっちゅうお世話になる『広辞苑』(初版)も“Etymological Dictionary of the English Language”も、その重さは2.5キロ弱といったところか。

 こんな事情で、退役後の私には、本の終活が重要な関心になった。その実践法の一つとして、地震災害後の書籍の片づけという意識が生じたこととなる。

 本の終活には、それを必要とする方がたに寄贈できればよい。だが近年は本が溢れ、くわえてその電子化も増えているので、引き取り手を見つけることが至難の業となった。私はある市役所から、本棚の寄付は歓迎するが本自体はダメ、と言われたこともある。結局は若い友人に、さらにはゴミ廃棄業者に頼み込むとことになる。

 本の終活には、まず、棄てる本を選別しなければならない。

(1)厚い本、重い本は棄てる。
(2) 出版年の新しい本、すでに文庫本化されたものは棄てる。
(3) 全集本、シリーズものであっても不必要なものは棄てる。
(4)外国語の本は棄てる。読むために不可欠な辞書が重く、そのフォントも小さいので。
(5)著者より恵与された本は手元に残す。
(6)慌ただしい時期――転居前、退院後、地震後など――を選ぶ。迷いを断つために。
(7)ジャーナルは棄てる、あるいは配布を謝絶する。増える一方なので。

 だが、これらの心づもりは乱れがち。手元には、まだ厚さ7センチという洋書(ケルビンの伝記)が残っていたりして。

 あれやこれやで、北大阪地震のあとでは、私は大阪地区にお住まいの多くの知友の書庫のありさまが気懸かりだった。そこにMさんからメッセージが届いた。それは乱雑に積まれている本の写真であった。私はさっそく反応した。「あと片付けがたいへんでしょう」と。

 同時期、たまたま私はKさんと「本の死蔵」についてやりとりをしていた。死蔵にこだわる私にKさんは適切(?)なコメントをくださった。「死蔵している本の中身がすべて白紙ということもあるでしょう」と。そういえば、ポーランドの作家スタニスタフ・レムは「存在しない本」にたいする書評集を出版していた。とすれば私はムダな苦労をしていたことになる。

 Mさんの写真にもどる。Mさんは私のコメントに早速返事をくれた。「じつは、あの写真は平常時の私の部屋の姿なんです」とさ。

 もう一つ、大切なことを忘れていた。本をまるまる暗記してしまえば、私は重力場の束縛か抜け出せる。たとえば、ルイ・ブラッドベリは『国家編』『ガリバー旅行記』『種の起源』を暗唱できる人びとがいたと伝えている。ただし、私にとって、これは非現実な解。なにしろ記憶力は単調減する一方なので。

【参考文献】
山折哲雄「私の履歴書①」、『日本経済新聞』,2018年3月1日朝刊,文化欄
和辻哲郎『ゼエレン・キェルケゴオル(新編)』、筑摩書房、(1947)
名和小太郎「“積ん読”の終わり」、『本とコンピュータ』,2期16号 (2005)
スタニスラフ・レム(沼野充義・他2氏訳)『完全な真空』、図書刊行会 (1989)
ルイ・ブラッドベリ(宇野利彦訳)『華氏451度』、ハヤカワ文庫 (1975)