『メトロポリス』(1927年 独)

メトロポリス 完全復元版  (Blu-ray Disc) ども。某酒席で、「サイバーリテラシー的な問題点って、映画じゃ昔からテーマになってるんですよねー」なんて言ったら、(当サイト主宰者から)「じゃあそれ書け」と命じられた kik です。余計なこと言わなきゃ良かった…。

 まあ、そんなこんなで始まった当コラム。 『映画史に見る~』なんて仰々しいタイトルも頂いちゃいましたが、要は、古い映画をサイバーリテラシーにこじつけて…もとい、サイバーリテラシー的な視点で、(極私的に)考察してみようという気楽なコラムです。気楽にお付き合い頂ければ幸いです。

 さて。いきなりですが、どんなテクノロジーも諸刃の剣なんです。

 て、いきなり大上段に構えてみましたが、実際そうだと思います。インターネットだって、使い方によっては自由とか民主主義を拡散するテクノロジーになり得ますが、同時に、それらを阻みたい権力者にとっても便利なツールになりますからね。
 そして、テクノロジーを効率的に使うことに長けているのは、いつの時代も、権力者側じゃないのかな、と。

 SF映画黎明期の傑作として知られる本作でも、テクノロジーが、使う側の意図次第で、いかようにも変化することが描かれています。裕福な支配者階級と、貧しい労働者階級に二極化した未来社会で、支配者が用いるテクノロジーアンドロイド=マリアでした。ちなみにマリアは、アンドロイドだけど見た目は超美人。さすが権力者、その辺(どの辺か知りませんが)よく分かっていらっしゃる。労働者たちは、たちまち虜になります。

 権力者側の目的は、マリアを使い、ストライキを企てている労働者たちの団結を崩すことでした。今で言うところの情報操作ですね。インターネットなんてない時代から、権力者ってのは情報をコントロールしたがるもんです。
 しかし、マリアを作った科学者の真の目的は、階級闘争を扇動し、国家に混乱をもたらすことにありました。今で言えばサイバーテロですね。高度なテクノロジーってのは、悪意を持った技術者が一人いるだけで、エラいことになります。
 かくして、マリアに扇動された労働者たちは、やがて暴徒と化して街を破壊していきますが…。
 
 映画史的に見どころの多い本作ですが、個人的にモヤモヤしたのは、暴動によって自らの子どもたちを危険にさらした労働者たちが、支配者階級の青年に助けられる終盤シーンでした。青年が悪の科学者を倒し、支配者階級と労働者階級を和解させる…というエンディングは、どうにもスッキリしません。だって、階級格差はちっとも解消されないんだもの。

 その原因は、本作監督(フリッツ・ラング)の妻であった、テア・フォン・ハルボウの脚本のせいです。ラングは労働者側の勝利で終わる話にしたかったんですが、ハルボウは当時、ナチス思想に傾倒しており(それが原因でユダヤ人のラングとは離婚)、支配者階級をエリートとして礼賛こそすれ、一方的な悪者として描く気はなかったわけです。

 彼女に限らず、昔から映画はプロパガンダとして使われてきました。それは現代も変わりませんが、この時代は特に露骨というか、各国の権力者が、映画を「国策宣伝」のために利用していました。つまり、当時は映画こそが、最新のテクノロジーだったわけですね。

 ちなみに、本作に登場する映画史上初の(そして映画史上最も美しい)アンドロイド=マリアは、後に『スター・ウォーズ』のC3-POのモデルになったことでも有名です。(Kik)

監督 フリッツ・ラング
出演 アルフレッド・アベル 他

“『メトロポリス』(1927年 独)” への2件の返信

  1. kkkkkkkkkkkkeeeiiiiikkkkkkkkkkkkeeeiiiii

    メトロポリスは、色々なパロディで何となく知っていても、そういうストーリーというのは知りませんでした。
    まだFLASH動画とかが全盛だった頃に、腰ミノ付けた女の人が狂ったように踊る「VIP先生(鼻毛メカ)」の元ネタがこのメトロポリスだと知って、メトロポリスって大友克洋が監督した手塚治虫の?アレ、やなせたかしがゲストで出てんだよね・・・とか思うくらい知らなかった私ですが、なんか雰囲気が戦艦ポチョムキンに似てるな~なんて思ってたら、公開が1年違いなんですね。

    これまでの文章、単語が分からないと意味がさっぱりですね。意識高い系IT人の会話みたい。
    そしてこの映画、公開年が死んだジイさんの生年でした。わーお。
    まあ、戦艦ポチョムキンも通して見たことはなく、モンタージュ撮影のお手本みたいな作品なので、例の階段シーンを何度か見たくらいです。
    これがなかったらアンタッチャブルの階段もなく、レスリー・ニールセンが郵便局員に襲撃されることもなかったと思うと、中々感慨深いです。
    脱線しすぎて何が何だか意味不明ですね。

    改めて、マリアを見るとC3POだけでなく、色々なものがモチーフとしているのが分かりますね。
    1927年(大正15年)に、このデザインというのは、あらゆるSF映画の原点と言われる理由が分かる気がします。

    以前にも、12人の怒れる男たちとか古い映画にハマったことがあるんですが、最初のキッカケが難しいんですよね。モノクロだと。
    でも、コレを機会にメトロポリスを通して見てみたい気になりました。
    あと、ポチョムキンも。

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  2. KikKik 投稿作成者

    恥ずかしながら、僕も『戦艦ポチョムキン』は通して観たことないです。長いんだもん。
    モノクロ映画って、絵としては非常に美しいのですが、なんというか取っかかりが難しいというか、そっちの「モード」に切り替わるまでに時間が掛かりますよね。現代人的には。カラーを見慣れ過ぎてるので。

    メトロポリスは、いろんなバージョンがあって、変なの観ると意味不明です。まあ、全部を見比べてみるのも面白いかもしれませんが(^_^;)

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