林「情報法」(56)

AI時代の法≒情報法か?

 小塚荘一郎さんの新著、『AIの時代と法』(岩波新書)に関する書評を読んで、いずれ拙著との対比を試みようと思っていたところ、親しい人から「情報法の研究者を名乗るなら、すぐにも読むべし」とのメールがあったので、急いで読んでみました。多くの論点が要領よくまとめられていて、いろいろな視角から対比可能な良書ですが、今回は拙著とどこが同じで、どこが違うかを中心に紹介します。

・AI時代の法の3つの変化

 小塚さんの本は、以下の3つの主要な論点を第2章から第4章に配置し、その前後にイントロダクションや、分析とまとめの章を加えて構成されています。

  (1) モノからサービスへ(MaaS、Air B&B、スマートフォンのアプリなどが好例)
  (2) 財物からデータへ(データ中心社会、深層学習によるAIの高度化など)
  (3) 法・契約からコードへ(アーキテクチャ、Privacy-by-Designなど)

 この3つのトレンドが、現代法の変化をもたらしている原動力である点については、私も異論ありません。加えて小塚さんの本は、「新書」という制約をプラスに変えて、簡潔で読みやすい仕上がりになっています。これに対して拙著の方は、分量が多い点がむしろ弱点になっているようで、専門家向けという印象は否めません。私ももう少し「ストーリー・テラー」としての修業を積む必要があると、反省しきりです。

 両者とも、法の客体に「サービス」「情報」「データ」などが否応なく入ってくる点を認め、「有体物が中心の法を、そのまま現代社会に適用するには限界がある」との認識は共有しています。しかし問題の捉え方が違うため、私は「情報法を考えるための発想の原点」を極めるべく、法学の領域を超えて他の学問的知見も総動員して、「情報の特性」をパラダイム・シフト的に追及しています。これに対して小塚さんは、あくまでも法学に立脚しつつ「AIが活躍する時代になると法はどうなるのか」を逐次改善的(incremental)に考察している、という差が生じています。

・データの前に、プログラムの法的扱いから

 上記のような私の問題意識からすれば、「AI時代の法」の3つの変化のうち「財物からデータへ」を議論する前に、「プログラム」という最初に登場した「非有体財」を、現行法がどう扱ってきたかを見ておく必要があります。コンピュータ時代の到来と同時に、ソフトウェアあるいはプログラムという従来にない「法の客体」が登場し、1980年代前半にその扱いをめぐって激しい議論が展開されたからです。

 わが国の現行法では、プログラムは以下のように保護されています。まず著作物に対する創作者の権利の一種として、著作権法2条十の二号において「プログラム」が、保護の対象になっています。このような扱いで決着するまでには、「プログラム権法」という特別法による保護を目指す動きがありましたが、著作権法における「無方式主義」(著作権法17条2項)と権利保護期間(同53条、公表後70年=法人著作の場合)のいずれも権利者に有利であり、権利保護に熱心な米国の強い意向が反映されて著作権法が使われることになった、と言われています。

 なお、プログラムはまた、特許法2条「自然法則を利用した技術的な思想の創作のうち高度のもの」の要件を満たせば、特許として保護されます。この場合に、「物の発明」と「方法の発明」のうち、どちらになるのかという問題があります。現在の法制では、オンライン実施に関する特許法2条3項一号が、「この法律で発明について『実施』とは、次に掲げる行為をいう」として、「物(プログラム等を含む。以下同じ。)の発明にあっては、云々」と規定しているため、ソフトウェアは「物の発明」とされていることは明白です。

 保護の根拠が著作権であれ特許権であれ、いずれも「物」(著作物あるいは「物の発明」)として保護されているので、ここに所有権アナロジーの強さが反映されています(ついでながら、法的なモノには「物」「者」「もの」の3種があります)。しかし、プログラムはバグを内包しているため、他の著作物のようには「同一性保持権」を主張できないなどの例外もあります。(第20条第2項第3号)。

 また、製造物責任法に基づく瑕疵担保責任を負うこともありません。法的には、ソフトウェアは「製造物」、つまり同法2条1項にいう「製造又は加工された動産」ではないからです。新しい事象にも、当面は「物」中心の発想(民法85条は「物とは有体物をいう」とする)で対処せざるを得ないことは分かりますが、出来の悪いソフトに日々悩まされている被害者からすれば「何とかならないのか」という声も出るでしょう。もっとも、論者がソフトウェアの制作者であれば、「瑕疵を問われては、やってられない」のが正直なところかもしれません。

 残念ながら、小塚さんの本は、AIの社会的影響に注目しているので、その技術的裏付けであるプログラムの話は出てきませんが、データの扱いについての検討を深めていけば、避けて通れない課題になるものと思われます。

・データの法的扱い

 以上のように「プログラム」という、いわばシャノン的なデータについての法的扱いさえ難しいので、これよりもさらに多様な「データ」一般について、正面から取り扱っている法律(制定法)はありません。この点は、福岡真之介・松村英寿 [2019]『データの法律と契約』(商事法務)が端的に述べています。

 データに関して一般の人がまず心配するのは、自分自身に関するデータでしょうが、個人情報保護法(2条各号)は、「個人情報」(「生存する個人に関する情報であって、特定の個人を識別することができるもの」、「個人識別符号が含まれるもの」)を中心に構成され、「個人データ」は「個人情報データベース等を構成する個人情報」としてのみ登場します。本来ならまず「個人データ」を定義し、その上位概念として「個人情報」を定義すべきかと思われますが、逆の方法になっています。

 その結果同法は、個人情報取扱事業者が「開示、内容の訂正、追加又は削除、利用の停止、消去及び第三者への提供の停止を行うことのできる権限を有する」個人データは規律の対象ですが、「データ」一般を保護する法ではないことが明白です。そこで、「AI時代の法」のうちでも特に「データに関する法」を考えるなら、何らかの形でデータを分類し、それぞれにふさわしい法のあり方を分析する必要が生じますが、これに成功した文献は未だないと思われます。

 その試みの1つが、上述の福岡・松村 [2019] による、以下の9分類です(p.35 以降)。

① 一般的なデータ(②~⑨ 以外のデータ)、② 契約によって規律されるデータ、③ 不正競争防止法により保護されるデータ、④ 知的財産権の対象となるデータ、⑤ 不法行為法(民法)により保護されるデータ、⑥ パーソナルデータ、⑦ 刑法・不正アクセス禁止法により保護されるデータ、⑧ 独占禁止法により規律されるデータ、⑨ その他法律により規律されるデータ。

 この分類は役に立ちますが、ソフト・ローの存在を明示していないことと、「秘密」という分類があり得ることを失念していることなど、なお改善の余地があります。特に、「秘密」という概念は私が常に強調している点ですが、わが国では「秘密はない方が良い」という倫理観が強いためか、知らず知らずのうちに避けている傾向があります。この点は、拙著p. 56の図と、p. 88以降の説明を読んでいただけると幸いです。

・ケース・スタディに多くの示唆

 小塚さんの本で見習いたいと思った最大のポイントは、法学者らしく多くのケースを取り上げて、読者の興味を惹き付けていることです。以下がすべてではありませんが、これらを見ただけでも、「AI時代の法」が如何に新規で難しい問題を提起しているかが分かります(カッコ内は、同書の該当ページです)。

・ヤフーはオークション詐欺の責任を負うべきか?(p.62)
・装着型 GPS による犯罪捜査には、裁判所による「新しいタイプの令状」が必要か?(p.76。なお日米ともに、最高裁の判例がある)
・EU の GDPR における「データ主体」は、当該データの排他的権利を持つのか?(p.94)
・イーサリアム(Ethereum)のデータ流出対策として、互換性のない新仕様を導入して旧仕様を廃棄すること(hard-fork)は、適法か?(法的には、新仕様を遡及して適用することにならないか?)(p.144)
・アシモフの「ロボット3原則」(① 人を傷つけてはならない、② ①に反しない限り人間の命令に従わねばならない、③ ①②に反しない限り自己の存在を守らねばならない)を成文法として具体化でき、それで十分か?(p.209)
・ロボットや AI などを「電子人」(electronic person)として、「自然人」(natural person)「法人」(legal person) に次ぐ「第3の権利主体」と扱うことはできるか?(p.211)

 なお最後のテーマだけは、拙著でも同様の問題提起をしていますが、私の場合はより懐疑的で、以下のような設問になっています。

・自然人を「自立し自律できる個人」とする原則そのものが妥当か?(人は常に rational で reasonable な判断ができるか?)

・神奈川工大先進AI研究所のシンポジウム

 ここまで書き進んでいたところ、神奈川工科大学が文部科学省の「平成30年度私立大学研究ブランディング事業」に採択されて設置した、「先進AI研究所」の研究会(3月9日)で発表の機会をいただきました。次回は、その模様をお伝えすることができそうです。その際には、今回タイトルに掲げた「AI時代の法≒情報法か?」に関して、もう少し突っ込んだ説明をしたいと思っています。

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