古藤「自然農10年」(9)

空が輝き、壱岐が見えた元日の「奇跡」

 穏やかな快晴で明けた2020年、元日はゆっくり起きて屠蘇と雑煮。賀状を買ってもいなかったのでお昼過ぎ、窓口が開いているはずの前原郵便局へ出かけた。妻の運転で唐津街道へ。その国道202号を20分余走った糸島市の中心部に本局がある。しばらく走ると妻が大声を出し始めた。空の色がとんでもなく青く澄み渡っているという。

 屠蘇酔い気分で頭を上げると、フロントガラス越しに異次元の様に透明感のある景色が広がった。遠い山の木一本一本がくっきりと見え、畑の麦、野菜、草原の緑色はしたたるように光っていた。

 糸島は西に唐津湾、東に博多湾を抱いて玄界灘に突き出た半島である。2013文字の漢字で記録された魏志倭人伝は古代から壱岐、対馬と島伝いに中国と行き来した伊都国を最多数の113文字で特筆している(森浩一『倭人伝を読みなおす』)。むかし大陸文化の玄関口だった糸島半島はいま、中国の大気汚染が海を越えていち早く流れ着く所となった。

 山は年中、霞がかかったようにぼやけ、人家も電線もない自然に囲まれた私の棚田も、年中、靄の中にある。ところが元日、その空のベールがとれ、すべてが澄み渡って間近に見えた。飛来するPM2.5は正月休みになったのか。

 郵便局は開いていなかった。興奮気味の妻は海へドライブしようという。玄界灘が見渡せる海岸へはさらに20分近くかかる。新年の北岸道路はサーフィンに興じる人や若いカップル、グループでにぎわっていた。車を止めて美しい海と水平線に目をやると、視界の西側に横たわる島影がはっきりと見え、それが壱岐であるとすぐに分かった。糸島に住み始めて10年余、こんな近さで壱岐が見えるのかと初めて知った。

 後日、福岡管区気象台に聞くと、元日の視程は30キロ、雲ほぼゼロ。糸島から35キロ以上離れた壱岐が見えた話をすると、職員は「視程は福岡市中央区からの視認です。海ではもっと見えたかもしれません」という。福岡のふだんの視程は良くて20キロ、10から15キロが多い。翌2日朝はその20キロに戻り、午後には15キロに下がったと教えてくれた。

 同じ正月、地球温暖化論はうそ、化石燃料の消費やCO2の影響というのは間違いで、地球は寒冷化に向かっているという主張に2度出会う。どちらも生真面目でよく勉強する人のメールと話だったから驚いた。県立図書館まで出かけて地球温暖化をキーワードに検索すると、国内の専門家を名乗る人たちが「騙されるな」「暴走」「狂騒曲」といったタイトルの著書で、地球温暖化のCO2原因論をさかんに非難していた。

 産業革命の前、大気中の二酸化炭素の濃度は275PPMだったが、化石燃料の使用で急カーブに上昇し、現在は400PPMを超えている。その結果、過去に例を見ない気温上昇が起こり、地球規模の異常な気候変動を引き起こしていると警告するのが地球温暖化論だ。

 しかし反対論者は、地球の大気の99%は窒素と酸素が占め、CO2の占める体積はわずか0.04%、毎年増えているといってもCO2が1~1.4PPM程度増えるに過ぎず、慌てふためく必要はないと主張している。太陽光線の強さなど他に原因がある、小氷期から回復している過程、近いうちに寒冷化する説まである。

 今年は、気候変動を抑制するため、京都議定書(1997年)を発展させたパリ協定で、参加各国が自ら定めた温室効果ガスの削減対策に取り組み始める最初の年である。しかし、トランプ米大統領は就任早々、協定の不公平を理由に離脱を表明、協定上それが可能になった昨年11月、正式に離脱を宣言した。彼も寒冷化説に乗っている。

 パリ協定は、国連の気象機関につながるIPCC(気候変動に関する政府間パネル)が科学的知見を集約した現状と予測報告書を根拠としている。その知見の一つを発表した米国の気象科学者レイモンド・ブラッドレー(マサチューセッツ大学特別教授)は、米国議会の族議員から届けられた詰問状をきっかけに激しい攻撃にさらされた。

 2012年に翻訳出版された同教授の『地球温暖化バッシング―懐疑論を焚きつける正体』によれば、標的になったのは「最近数十年の気温上昇は過去1000年の歴史にない」という結論だった。共和党の政治家が学者の科学知見を攻撃する異様さは、経済的痛みを伴う温室効果ガスの排出規制に対する抵抗がいかに大きいかを物語る。

 私はこの10年余、田畑で温暖化が確実に進んでいると体で感じ、増え続ける化石燃料の消費と大気汚染を心から心配もしている。棚田は世界経済や地球温暖化と否応なくつながっているのだ。しかし、温暖化対策をめぐるこうした論争の真偽や攻防に切り込んだ新聞、テレビの報道に接したことは一度もない。

 キラキラ輝いた元日から20日、亡くなった山仲間をしのぶ山登りに高校の同窓5人で出かけた。山といっても母校の校歌にでてくる福岡市東区の400メートル足らずの立花山。風もなく陽光が降りそそぐ頂上から福岡市の街並み、背振山系と博多湾が一望されたが、すべてはすっぽりともやに包まれている(写真)。わが棚田のある方向、糸島富士ともよばれる可也山もやっとわかる程度におぼろげだった。