名和「後期高齢者」(6)

地下鉄の乗換

 電車の乗降のアフォーダンスには乗換のアフォーダンスもついてまわる。ということで話題を乗換に移す。

 戦前の物理学者、寺田寅彦に「銀座アルプス」というエッセーがある。銀座についての個人的な記憶を、当時流行していた映画のモンタジュ技法を駆使して、まとめたものである。ここにいうアルプスはデパートを指す。寅彦は、その屋上の見晴らしはよいがそこへの登攀が苦労だ、とこぼしている。当時,寅彦は初老に達していた。

 この時期、私は就学前の小僧っ子ではあったが、デパートにはすでにエレベータがついていた、と覚えている。たしか日本橋高島屋には50人乗りと称する巨大エレベータがあった。当時、東京地下鉄道(現、メトロ銀座線)には「デパート巡り」という切符があり、それらのデパートの屋上には回転木馬や小動物園があったりした。これによって、小市民はディズニーランド的な夢をみることができた。

 話を現代にうつす。銀座アルプスは、地上だけではなく、地下へと拡がっている。東京都心では、地下鉄が縦横に交差しているからだ。このために拘忌高齢者(㏍)には、地下鉄の乗換という新しい難行が出現した。

 乗換といったが、そのまえに客は、降車後にまず、乗換先の路線が上を走っているのか、下を通っているのか、これを確かめ、そこへたどり着くためのエレベータやエスカレータを探さなければならない。この乗換だが、いったんは改札口を抜けなければならないこともある。これを随所に貼ってある案内板をたどりながら試みる。この複雑さは、たとえば『都営地下鉄バリアフリーガイド』をみれば知ることができる。スマホのユーザーであれば現地で誘導してもらえるのかもしれないが、私はあいにくガラケーしか使えない。

 アルプスであれば、上り下りに応じて景観を楽しむことができるが、地下ではそれもかなわない。新しい路線ほど深く、大江戸線がもっとも深いという。大江戸線は新しいためか、駅の構造も標準化、単純化されているが、いっぽう、古い路線はアドホックにできているので、双方のインターフェース、つまり接続路は乗客からみるとテンデンバラバラ。㏍は利用のつど学習しなければならない。くわえて片手に杖の姿で地中を彷徨しなければならない。

 目的地に着いた。地上に出る。おおくの場合、そこには近隣の地図が示されている。地下鉄の地上出口に置かれた地図には、往々にして、自己中心型のものがある。自己中心型とは、地図のまえに立った人を中心とし、その視線の先の方向を上、とするものである。だから、ときには上が南、右が西ということもある。このとき、土地勘のないものは一瞬立ちすくむ。ねがわくは、ぜひ足もとに東西南北を示す座標軸を刻んだ敷石を埋め込んでもらいたい。ということで、地図にもアフォーダンスがあった。

 地下鉄のアフォーダンスといえば、格好の話題がある。銀座線の初代車両の吊り手だ。「リコ式」といったらしい(グーグルで確認した)。この車両は戦後もしばらくは運用されていたから、ご存じの向きも多かろう。その吊り手は、使い手のないときには、座席上方に跳ね上がり、車内空間を明るく広くした。さらに、その吊り手の動きの自由度は拘束されていた。左右には振れるが、進行方向には揺れない。だから、ユーザーは発車や停車のときに踏ん張ることもない。しかも、つねに隣人と一定の間隔を保つように誘導される。

【参考文献】
吉村冬彦「銀座アルプス」『蒸発皿』岩波書店 p99 (1933) (吉村冬彦は寺田寅彦の筆名)
銀座アルプス (青空文庫POD(大活字版))
蒸発皿 (青空文庫POD(大活字版))