『牛泥棒』 (1943年 米)

牛泥棒 [DVD] kikです。先日、会社の下りエレベーターに乗ったら、ものすごく臭かったんです。それはもう、卵の腐ったような強烈なニオイでした。他に乗ってる人がいなかったので、たぶん上階で降りた人の忘れ形見だろうと、息を止めて我慢してました。

 ところが、次のフロアで別の社員たちが乗ってきたんです。しかも女性ばかり。誰もが無言でしたが、僕に非難の目が向けられたことは、ハッキリと感じました。痛いくらい。その場では何も言えなかったけど…

冤罪だからな!

 てことで、今回は冤罪(えんざい)に関する映画。

  1800年代後半のアメリカ西部、オックス・ボーとい小さな町(なので原題は『Ox-Bow INCIDENT』)が舞台。牧場主殺害と、牛泥棒を疑われた3人の男が、自警団に捕まります。無罪を訴える彼らですが、町の大多数が(怒りと正義感から)私刑を支持。正式な裁判を経ず、彼らは縛り首となります。しかしその直後、町の人々は、彼らが無実だったことを知るのでした…うわぁ…てな話。

 まあ、冤罪というテーマはドラマになりやすいので、昔から演劇や映画でよく扱われてきました。いわゆる「法廷モノ」の定番ですね。
 ただし、本作は法廷モノというより、前出『M』同様、群集心理の怖さを描き、『正義とは何か』を問いかける、より骨太な西部劇です。実話がベースの なんともやるせない話ですが、アカデミー賞候補にもなった名作。終盤にヘンリー・フォンダが読み上げる手紙が、ドスンと胸に響きます。

 現代では、さすがに私刑で縛り首…は聞かなくなりましたが、替わりに(?)「スマイリーキクチ中傷被害事件」のような、新たな形の冤罪が生まれています。そうした事件や、ネットで他人の非を執拗に難じている人たちを目にすると、本作で無実の男たちを吊し上げていた自警団を思い出します。インターネット時代になっても、人間の本質的な弱さ、愚かさ、恐ろしさは変わらないんですな。

 て、他人事みたいに言ってますが、多数派に属しているだけで、なんとなく自分が正しい気になったり、正しさへの過信から、集団の中に絶対的な正義が生まれてしまう状況って、日常生活の中でもありえますよね。エーリッヒ・フロム言うところの「匿名の権威」は、いつの時代もを支配してるんです。たぶん。

 しかも現代では、仮に冤罪が晴れたとしても、疑われたという事実がネット上に(ほぼ永遠に)残りますからね。二次被害というか、自分に非がなくても、ずっと嫌な思いをしなくちゃなりません。「忘れられる権利」が一般的な権利として、社会に浸透するのはいつの日なんでしょうか。

 そして願わくば、過日エレベーターに乗り合わせた女性たちの記憶から、僕が忘れられることを祈ります。

 だって、冤罪だもん。

監督 ウィリアム・ウェルマン
出演 ヘンリー・フォンダ 他

自由からの逃走 新版
自由からの逃走 新版

posted with amazlet at 17.09.12
エーリッヒ・フロム
東京創元社
売り上げランキング: 4,803
 
IT社会事件簿 (ディスカヴァー携書)
矢野直明
ディスカヴァー・トゥエンティワン (2015-02-26)
売り上げランキング: 597,597

“『牛泥棒』 (1943年 米)” への2件の返信

  1. kkkkkkkkkkkkeeeiiiiikkkkkkkkkkkkeeeiiiii

    大変申し訳ありません。
    同様の手口での犯行をこの間してしまいました。
    ですが、私も大人ですので誰もいないからといって大きな音は出さず、むしろそよ風のような自然で耳心地のよい調べを奏でつつ、エレベーターから出る瞬間、出すというよりは置いてくる感じで体勢を一切変えることなく、なんならその推進力を利用して、流れるように、滑るように、奇跡の金メダルを獲った羽生結弦のような所作で忘れ形見を残しました。
    我ながら、もしこれがオリンピックであったなら高い芸術点を得られたのではないか?と思う次第です。

    さて、本題の牛泥棒ですが、長年気になっていたワードでありました。
    最初に遭遇したのは、たしか吉田戦車のマンガで、職業を聞かれて「何だと思う?」と返され、「牛泥棒かしら?」と答える4コマだったと思います。
    当時は単なる不条理ギャグと思ってましたが、他でも「牛泥棒」という単語に遭遇し、もしかしたら「牛泥棒」というのは何か元ネタがあるのか?と感じていたので、今回の記事で雲が晴れた思いです。
    ありがとうございます。

    そうか、コロンボ刑事はこんな事もやってたんだ・・・と思ったんですが、記憶違いなのか何故か検索してもヒットしません。
    そう、私の中でピーター・フォークとピーター・フォンダがゴッチャになっていたのでした。ヘンリー・フォンダと一文字もあってないw
    ちなみにピーター・フォンダはイージーライダーの人ですが、ヘンリー・フォンダの息子なのですね。なるほど、似てる訳です。(姓が)

    私が冤罪と聞いて、一番最初に思い出すのは「引っ越しおばさん」です。
    真相を知ったときの恐怖は、今までにない群を抜いたものでした。
    結局、マスコミは真相を報道することなく、未だに馬鹿な芸人がネタでやったりしていて非常に後味が悪い事件でした。
    かつてTBSの社長が発言した「テレビは洗脳装置。 嘘でも放送しちゃえばそれが真実」「日本人はバカばかりだから、 我々テレビ人が指導監督してやっとるんです」という言葉は、まさにマスコミの本質なんだろうなと感じます。

    強者が弱者を利用する・・・これもやはり「どんなに時代が変わっても、変わらない人間の本質」なのかも知れません。
    優位なものが下のものを支配している、と言い換えてもいいでしょう。

    私もただ、利用されていたに過ぎません。
    ただ、前日に食べたニンニク入りネギ味噌ラーメンが、ちょうどそのタイミングで腸内細菌に分解されたに過ぎないのです。
    全ての元凶は、そんなタイミングで活動を始めた腸内細菌のせいなのです。
    だから私は悪くありません。

    以上、冒頭陳述を終わります。

    返信
  2. KikKik 投稿作成者

    えーと。
    コメントの前半は、ちょっと意味が分かりませんが、とりあえず羽生結弦選手に謝って下さい。
    コメント中盤は、主旨がイマイチ分かりませんが、とりあえずピーター・フォークに謝って下さい。
    コメント後半は、もはや何を言ってるのか分かりませんが、とりあえず腸内細菌に謝って下さい。

    返信

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です