森「憲法の今」(5)読書案内付

「9条維持」から「護憲的改憲論」まで―日本国憲法をとりまく状況②

 憲法、とくに9条について、しばしば、現状が合憲かどうかという認識論と今後どうあるべきかという実践論が混同されている。つまり前者の意見がそのまま「今後どうあるべきか」と同一視されたり、後者の意見を実現したいために前者の結論を導いたりしている。私たちがよりよい憲法を持つためには、その両者を峻別して考えることが大切だ。

  ●「合憲か違憲か」&「望ましい憲法」

 まず、現状は合憲か違憲かの議論を、自衛隊の存在、自衛権の範囲にしぼって整理してみよう。大きく、①9条の本旨は一切の「戦力」を認めないということだから、自衛隊は違憲であり、個別的か集団的かを問わず自衛権そのものが違憲である、②9条は自衛権のうち個別的自衛権とそれを実行するための組織は禁止していない。個別的自衛権と自衛隊は合憲である、③国連憲章で個別的自衛権、集団的自衛権とも認められており、9条はそれらの確保と行使は禁じていない、に分けられるだろう。

 そのいずれを妥当とするかは、自身の信条を離れて、憲法全体の精神、条文、法理論上の常識や通説などに照らし合わせて、客観的に判断されるべきだろう。これは、かなり明確に「結論」が出てくるのではないだろうか。当然、「合憲」ならよし、「違憲」ならそれが実際には正当で望ましいものであっても、その違憲状態を最も適切な方法で正さなければならない。それが立憲主義の基本である。

 次に「どのような『9条』が望ましいか」である。それは各人が「合憲」「違憲」を離れて自由に考え、選択すべきものである。選択肢は非常に多いだろうが、現時点での代表的意見を整理すると下表のようになる。

 大きく、①「現在の9条は自衛を含むあらゆる戦力・戦争の放棄を定めている」と理解して9条を維持する、②「9条は専守防衛・個別的自衛の範囲内での自衛権と実行組織(自衛隊)は容認している」と理解して9条を維持する、③専守防衛・個別的自衛権にとどまる自衛権と実行組織を明記する、④9条1、2項を残し、集団的自衛権を含む自衛のための実力組織としての自衛隊を明記する、⑤戦力不保持・戦権否認を定めた9条2項を削除し、自衛のための戦力(自衛隊あるいは国防軍)を明記する、にまとめられるのではないだろうか。

 ①②は「護憲派」と呼ばれ、④⑤は「改憲派」と呼ばれる。この間に、現憲法の平和主義を引き継ぎつつ「改憲」をめざす③が存在するわけである。立憲的改憲論、新9条論、護憲的改憲論などと名乗っているが、自称するほど、現時点では大きな存在にはなっていない。「新9条論」は文字通り新しい9条を定めようというもの、「護憲的改憲論」は憲法9条の理念を強く意識している、「立憲的改憲論」は統治者を律するための規範を明確にする、という側面からのネーミングである。

 私は、さまざまなバリエーションはあるにしても、③の考え方に現実的な可能性を見ている。本稿ではそこに焦点をあてて、発想誕生の経緯、内容、可能性について述べたい。

  巻末に[この際の憲法読書案内]掲載(1行コメントつき)

<立憲的改憲論>

 前回、立憲民主党憲法調査会事務局長(衆院議員)の山尾志桜里が、今年8月に『立憲的改憲――憲法をリベラルに考える7つの対論』を出版、その中で実質的に個別自衛権の範囲内での「戦力」や「交戦権」を認めた案を示していることを紹介した。「これからの憲法」についての私案発表の先駆としては、民主党衆院議員時代の枝野幸男立憲民主党代表が『文藝春秋』2013年10月号に発表した「憲法9条 私ならこう変える」があるが、国会議員としてはおそらくそれ以来のまとまった考えの表明だろう。

 立憲民主党は、同党の「憲法に関する当面の基本的な考え方」(2018年3月15日改定)で、「日本国憲法をいっさい改定しないという立場はとらない」としているが、9条について、安倍=自民党改憲案に反対の意志は明確ではあるものの、党としての具体的な方針を明らかにしていない。なぜこの時点での山尾の発表だったのか。

 6月に朝日新聞記者から受けたインタビューで2つのタイミングをあげている。

 「一つは安保法制が通った2015年。薄々感じていたけれど、安倍政権というのは先人からの蓄積とか憲法の解釈とか、書いていないものは一切無視して、解釈を悪用したり、憲法の『余白』を逆手に取ったりする政権だと実感した。一言で言えば、9条の役割は少なくとも自衛権を個別的自衛権にピン留めすること。その役割を果たすことができなかった。つまり、9条は安保法制を止めることができなかった」(※1)

●9条を「解釈」に頼る危うさ

 山尾は、ここで9条を「解釈」に頼る危うさを痛感したのだという。山尾を含め、歴代の内閣や多くの政党・政治家、そして国民は9条を「国家には基本的権利として個別的自衛権と集団的自衛権という2つの自衛権がある。しかし日本国憲法で認められるのは専守防衛・個別的自衛権までであって、他国への侵略可能性のある集団的自衛権は認められない」と理解し、その範囲での自衛隊の存在を認めてきた。

 ところが、安倍内閣はそうした「国民的合意」に委細構わず、2014年に集団的自衛権容認の閣議決定を行い、翌年にはそれを具体化した安保法制を成立させた。集団的自衛権容認が安全保障政策として妥当かどうかの前に、それが憲法に合致しているかどうかを問うことが「立憲国家」としてあるべき姿であることは、先に述べたとおりである。「違憲」であれば、集団的自衛権容認を撤回しそのまま断念するか、撤回の後あらためて憲法の方を改定すべく国民に発議するか、である。いずれにしも「違憲状態」のままの集団的自衛権容認は許されない。

 国会で意見を求められた3人の憲法学者が一致して「憲法が許す範囲を超えており、違憲である」と述べ、複数の最高裁判所、内閣法制局の長官経験者らも同じ意見を公にしたにもかかわらず、安保法案は強行可決された。9条はそうした「無法」を止めることができなかったのである。

 9条はいうまでもなく、「戦争の放棄」として第1項「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段として、永久にこれを放棄する」、第2項「前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」から成っている。

 「戦力」とはなにか、国の基本的な権利としてあるとされる「自衛権」までも放棄するのか、それともそれは不文の権利として認められるのか、その場合「権利の程度」はどうなのか、については9条には明文的に触れられていない。

 9条の本旨は、個別的、集団的を問わず「戦力不保持」「交戦権否認」によって武力による自衛権を放棄している、したがって自衛隊の存在そのものが違憲である、という見方がある(どころか、憲法学者の圧倒的多数と国民のかなりはそう考えている)。

 一方、「憲法で禁止されてきた戦力とは近代戦争遂行能力で、この組織はそのような能力を持っていないから戦力ではない」として1954年に誕生した自衛隊は、その後のさまざまな「解釈」によって、膨大な予算を背景に核兵器を持たない「軍隊」としては世界で5指に入るまでに「成長」した。

●憲法に込められた不文律の明文化

 9条に関しては、ことごとくが「解釈」で運用されてきた。安倍内閣の閣議決定、安保法制強行が「解釈による改憲」であるなら、「専守防衛・個別的自衛権の容認」にも同じことが言えるのではないか。いつの時代にもありうる(安倍内閣ほどのものは滅多にないかもしれないが)、政府による勝手な解釈を許さないためにも、「憲法に込められた不文律を明確化・明文化する必要がある」というのが山尾の結論である。

 『立憲的改憲論』は、自らの考えに加え、今年3月から4月にかけて元法制局長官、憲法学者、法哲学者、政治思想史学者、国連PKO勤務経験のある国際政治学者ら7人と個別に行った討論を踏まえて、書かれたものである。

 9条改憲案については、山尾は先のインタビューで「3点セットで考えている。1点目が、9条に個別的自衛権の範囲を明定して自衛権を統制する。2点目が、自衛権の発動と継続を民主的に統制することをしっかり憲法に書き込む。3点目は、自衛権の範囲や手続き面での統制に反する国家の振る舞いがあった時、それを是正できる憲法裁判所を設置する」とし、同書の巻末に「試案であり私案」として具体的な条文を発表している(※2)。

 それは、9条第1項、第2項をそのまま残し、以下の条項を追加するものである。

第9条の2(原文漢数字、以下同)
1項 前条の規定は、我が国に対する急迫不正の侵害が発生し、これを排除するために他の適当な手段がない場合において、必要最小限度の範囲内で武力を行使することを妨げない。
2項 前条2項後段の規定にかかわらず、前項の武力行使として、その行使に必要な限度に制約された交戦権の一部にあたる措置をとることができる。
3項 前条第2項後段の規定にかわかわらず、第1項の武力行使のための必要最小限度の戦力を保持することができる。
4項 内閣総理大臣は、内閣を代表して、前項の戦力を保持する組織を指揮監督する。
5項 第1項の武力行使にあたっては、事前に、又はとくに緊急を要する場合には事後直ちに、国会の承認を得なければならない。
6項 我が国は、世界的な軍縮と核廃絶に向け、あらゆる努力を惜しまない。

 護憲派政党としては これまでタブーだった「戦力」そして、一部にしても「交戦権」を明文化するということは、将来議論を呼ぶとしても「現実」の要請に答えたということで、「理屈」がつくかもしれない。

●山尾案「不可解」「不備」はさまざまあるが

 しかし、不可解なのは、山尾が従来から、そして同書でもしばしば述べている「個別的自衛権の範囲内において」が消えていることである。山尾はその理由として、「急迫不正の侵害が発生し、これを排除するために他の適当な手段がない場合において、必要最小限度の範囲内で武力を行使することを妨げない」は個別的自衛権のみを認めたかつて閣議決定の自衛権行使の3要件であり、「憲法で自国の自衛権を自制する範囲を明記するには、旧3要件を明示すれば足り、あえて国際法上の評価概念としての『個別的自衛権』という言葉を用いる必要はないと考えた」としているが、この場合はあえて使わないことの説明が必要だ。

 「不使用」の背景には、山尾が本書のための討議や各所での討議の中で、「個別的自衛権だけでも侵略が可能。独自で行動するだけに場合によっては集団的自衛権より危険がある」と指摘されたことがあるのかもしれない。私もその指摘は正しく、自衛権の範囲として「個別的自衛権」だけでは不十分だと考えている。そこに「専守防衛」の定めも置くべきだろう。

 それとともに、山尾の提案では、敵地攻撃や先制攻撃を禁止するのかしないのか、そして肝心の集団的自衛権禁止が明確ではない。国会承認の基準も明らかではない。出席議員の過半数か、総議員の3分の2以上か、では国会の統制力はまったく違ってくる。同書を通読すれば、山尾の意のあるところは理解できるが、条文策定にあたってはさらに検討する必要があるだろう。

 また、立憲民主党にとっても、「憲法調査会事務局長」である山尾提案は早急に党の憲法方針を練るためのたたき台として非常に有益だと思われる。それは他の野党にも率先して検討材料を示すという「野党第一党としての責任」でもあるはずだ。

<新9条案>

 「新9条案」として条文を具体的に示し、その浸透をめざして活発に活動しているのは、ジャーナリストの今井一(市民グループ「国民投票/住民投票」情報室事務局長)や楊井人文(弁護士)らのグループである。その中には山尾の対論相手となった伊勢崎賢治(東京外国語大学総合国際学研究院教授)、井上達夫(東京大学法学研究科教授)のほか、堀茂樹(慶応義塾大学名誉教授)らがいる。彼らは完全に意見が一致しているわけではなく、大きな枠組みでの「平和のための新9条論」者としてシンポジウムや著書執筆などで行動をともにしている。

 彼らが一致して指摘するのは、「日本国憲法をGHQ(実態としてはアメリカ)の押し付けといいながら、それと同等の大改革であった農地改革や安保条約、自衛隊の元になった警察予備隊や保安隊の創設を『押し付け』といわない。それどころか現に『アメリカのポチ』と揶揄といわれるほどの追従をしている」、「憲法を解釈によってどんどん捻じ曲げてきた」など。自民党の身勝手、反立憲性批判はもちろん、それと同樣な厳しさで、彼らは「原理主義的護憲派」、「修正主義的護憲派」と呼ぶ人たちの「欺瞞性」をも糾弾している。

 「実質的にはすでに形骸化しているのに、その条文さえ残せば『平和憲法』を護っているかのように考えている」、「9条の本旨に目をつむり、個別的自衛権なら許されるとして自衛隊を認め、9条と実態との乖離を放置し続けている。その意味で憲法を踏みにじっている」というのである。「そうした矛盾、乖離は9条を再検討する以外にない」。今井は、下記のような「9条案」を提案している(※3)。

①日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、侵略戦争は、永久にこれを放棄する。
②我が国が他国の軍隊や武装集団の武力攻撃の対象とされた場合に限り、個別的自衛権の行使としての国の交戦権を認める。集団的自衛権の行使としての国の交戦権は認めない。
③前項の目的を達するために、専守防衛に徹する陸海空の自衛隊を保持する。
④自衛隊を用いて、中立的立場から非戦闘地域、周辺地域の人道支援活動という国際貢献をすることができる。
⑤防衛裁判所を設置する。ただし、その判決に不服な者は最高裁に上告することができる。
⑥他国との軍事同盟の締結、廃棄は、各院の総議員の3分の2以上の賛成による承認決議を必要とする。
⑦他国の軍事施設の受け入れ、設置については、各議院の総議員の3分の2以上の賛成による承認決議の後、設置先の半径10㌔㍍に位置する地方公共団体の住民投票において、その過半数の同意を得なければ、これを設置することはできない。

●「交戦権」や「戦力」の扱いないままの海外派兵

 伊勢崎は、国連NGOで10年間、アフリカの開発援助に従事、2000年から国連PKOの幹部として東ティモールで暫定行政府の県知事を務め、2001年からシェラレオーネで国連派遣団の武装解除部長、2003年からは日本政府代表としてアフガニスタンの武装解除を担った。そうした経験を踏まえ、日本国憲法のもとでの自衛隊の海外派遣が「交戦権」や「戦力」発揮の点で法的根拠を欠き、それが自衛隊員たちを危険な状態におき、派遣を受ける側にも大きな誤解を生んでいること、安保法制によってその危険がさらに拡大することを指摘、下記のような新9条案を提案している(※4)。

①日本国民は国際連合憲章を基調とする集団安全保障(グローバル・コモンズ)を誠実に希求する。
②前項の行動において想定される国際紛争の解決にあたっては、その手段として、一切の武力による威嚇又は武力の行使を永久に放棄する。
③自衛の権利は、国際連合憲章(51条※下記)の規定に限定し、個別的自衛権のみを行使し、集団的自衛権は行使しない。
※この憲章のいかなる規定も、国際連合加盟国に武力攻撃が発生した場合には、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置をとるまでの間、個別的自衛権又は集団的自衛の固有の権利を害するものではない。後略。
④前項の個別的自衛権を行使するため、陸海空の自衛戦力を保持し、民主主義体制下で行動する軍事組織にあるべき厳格な特別法によってこれを統制する。個別的自衛権の行使は、日本の施政下の領域に限定する。

 日本が世界の平和に貢献するには、これまであった「解釈改憲」、したがって法的根拠と内容があいまいなままでの自衛隊の海外派遣ではなく、国連による組織化と統制による集団安全保障を基調にし、その上で戦力としての自衛隊を認めるべきである、そうすれば自衛隊が犯す可能性がある戦争犯罪を国際法に則って裁く根拠が生まれる、というのである。

 「安倍加憲での発議を止めた後に、立憲的改憲ができるんだということを見せなければいけない、という指摘ですね」という山尾の問いかけに「それがなかったら、そういう(安倍加憲の提案は70年間ずっと続けている矛盾をやっと変える一歩としてまだマシであるという)人たちは絶対についてこない。安倍加憲に反対する我々が『護憲ではない』もう一つの方向に強く舵を切らないと、彼らはついてこない」と答えている(※5)。

● 「9条削除」という“ラディカルな”発想

 自身がリベラリストである法哲学者、井上達夫は、『リベラルのことは嫌いでも、リベラリズムは嫌いにならないでください』、その続刊『憲法の涙』で、リベラルと称する(あるいは称される)人々の中に潜む理念と現実の乖離、これを糊塗するための欺瞞を指摘、「常識と良識」を問い直すことの重要性を訴え、「良識派」に衝撃を与えた。

 特に憲法9条問題について、「専守防衛の範囲なら自衛隊と安保は9条に違反しない」とする「修正主義的護憲派」に対して、「自分たち自身が解釈改憲をやっているのだから、安倍政権の解釈改憲を批判する資格はない」(※6)と批判し、「原理主義的護憲派」に対して「自衛隊と安保が提供してくれる防衛利益を享受しながら、その正当性を認知しない。認知しないから、その利益の享受を正当化する責任も果たさない。…。私に言わせれば、これは右とか左に関係なく、許されない欺瞞です」と断じている(※7)。そうしたことが、安保問題、9条問題についての根本的な追究と追求を阻んできたというのである。

 それでは井上はどう考えるのか。「立憲民主主義の観点から、最善は9条を削除すること」という。

「日本の安全保障の基本戦略――非武装中立で行くのか、あるいは武装中立か、個別的自衛権のなかで安保・自衛隊をとどめるのか、集団的自衛権まで行くのか。それは、憲法に書き込むべきではない。憲法に書き込んで、凍結――つまり容易に変えられないようにすべきではない。通常の民主的な立法過程で、絶えず討議され、決定・施行され、批判的に再検討され続けるべきだ」(※8)  

 ただし、規範がなくていいということではなく、どのような戦略が選ばれようと、それが濫用されないための国会による統制など戦力統制規範を憲法入れる必要があるとし、「9条があるために、日本国憲法は戦力統制規範を設定できない。9条を削除することにより、戦力統制規範を憲法で固めると同時に、安全保障政策については、実質的な議論を国会でちゃんとやり、それを欺瞞的な憲法解釈議論で棚上げするのを止めることができる」(※9)としている。

 しかし“どんでん返し”がある。「9条を削除するなんてラディカルすぎる。政治的に実現する見込みが乏しい」と受け取られるかもしれないと認めたうえで、「それなら私にとっての次善のシナリオは、いわゆる『護憲的改憲』です」(※10)と述べているのである。

 三善の策は、集団的自衛権解禁明記の憲法改定を試みること(※11)。最悪は9条に関しては何も変わらず、国民の審判を受けるということがされないまま終わること。「9条は解釈改憲で完全に死文化され、憲法はないがしろにされる。国民の憲法改正権力の発動は棚上げされて終わる。立憲主義も、民主主義も、コケにされる」(※12)からだ。

 「あるべき姿」を考える法哲学者としての井上の立場は「9条削除、戦力統制規範のみ記載」だが、実現可能性を踏まえた政治的立場としては「護憲的改憲」であるようだ。前者は後者が実現されたあとの熟議を経て実現したい、ということだろう。

●個別的自衛権にも侵略危険性はある 

 フランス文学・思想研究者の堀は、以下の提案をしている(※13)。

第1項 日本国民は、公正な法的秩序の確立による世界平和を希求し、国権の発動たる戦争と、武力よる威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
第2項 前項の規定は、他国や、その他の国外の勢力による武力攻撃に対する日本国憲法の自衛権の行使と、そのための戦力の保持を妨げるものではない。この戦力を構成する組織には、軍法会議を設ける。
第3項 日本国民は国際連合憲章に則って行われる平和維持活動には戦力の提供を含むあらゆる手段をもって貢献する。なお、この戦力を構成する組織には、軍法会議を設ける。

 堀は提案への付記として「この9条改正案は、国家の自衛権(=正当防衛権)が、個人の自衛権(=正当防衛権)に準じる準自然権である以上、憲法を含むどんな実定法も日本国憲法からそれを奪うことはできないという前提に立った上で、平和主義の原則に基づいて自衛権の行使に明確に抑制的な法的リミットを設け、かつ国際協調の原則に基づいて国連中心の集団安全保障に積極的に参加することを誓う、という趣旨の改正案」、「この改正案は、自衛権の行使を、『他国や、その他の国外の勢力による武力攻撃』に対処する場合に制限する。いいかえれば、旧周辺事態法の範囲(我が国周辺の地域)に制限するということ。その一方で、それが個別的自衛権の行使であるか、集団的自衛権のそれであるかは問わない。…その理由は2項を改正したとしても、個別的自衛権の行使は認めるが集団的自衛権のそれは認めないというたぐいの主張は、集団的自衛権の容認を危険視する割に、個別的自衛権の孕む同樣の危険性を看過している点で、致命的にピントが外れている。戦前・戦中の我が国の海外派遣は基本的に個別的自衛権の発動であった」と述べている。

 「個別的自衛権ならいい」という見解に待ち構える落とし穴への重要な指摘である。

<森の護憲的改憲論>

  最後に私自身の提案を紹介しよう。第1項、第2項の後に、第3項として下記を加えるというものだ。

前2項制定後の国際環境と前2項の趣旨に鑑み、他国・組織からの攻撃に対して、自国と自国民を守るための必要最小限の組織と装備は、これを保持する。核、生物、毒物兵器などの大量破壊兵器の開発並びに使用は禁止する。その組織は、他国領での戦闘や戦争に加わってはならない。国連の平和維持活動への参加は各議院の総議員の3分の2以上の賛成を経て法律に基づいて行う。
その組織は、国内の災害救助・復旧活動への参加も本来業務とする。国際連合など確立した国際機関あるいは他国から、災害救助・復旧支援要請があった場合は、法律に基づいて行う。

 私がその着想を得たのは、昨年5月3日の安倍改憲発言の直後だった。「これはチャンスだ。これで安倍首相は自らの手で改憲できなくなるのではないか」と思った。翌々日、上記の提案(「条文」はその後、同趣旨でリファンインしている)と、それを出すにいたった理由の詳しい説明を加えて、友人たちに送った。

 安倍首相は「9条1、2項を残す」と言っているのである。それは翻すことは、いくら便利な口を持っている安倍首相もできない。1項、2項の上に明記される自衛隊はどのようなものか。それは2014年の閣議決定、15年の新安保法制で集団的自衛権を付与されている自衛隊にほかならない。その違憲性は憲法学者たちの意見を待つまでもなく、一般国民の多くの目にも明らかである。閣議決定だけで、新安保法制が未提出であれば、その自衛隊について言い逃れができたかもしれない。しかし今となっては言い逃れはできない。その自衛隊は1項、2項の精神とまったく相容れない「世界中に戦火を広げる可能性」を持っている自衛隊なのである。

 安倍改憲案に対して、同じく1、2項を残し、3項で「専守防衛・個別的自衛権に徹した自衛隊を十分な国際的平和環境が整うまで保有する」を対峙させたらどうだろうか。1項、2項を残すのは、この国の「理想」がどこにあるかを明示するためである。3項は「にもかかわらずなぜ自衛のための武力組織を持つのか」の説明でもある。「我が国は、世界規模での平和環境の確立に全力を尽くす。しかしそれまでは自衛のための組織をもたざるをえない」ということを同時にアピールするということである。そのことによって、外部からの万一の攻撃や侵略に備えての国民の安心感を得ると同時に、日本からの侵略性を明確に阻止する憲法を作ることができるのではないだろうか。

●「国民投票の壁」を厚くする

 しばしば、護憲野党や護憲派は「国会から発議されるのは1案だけ。自民党案に対抗するものを出しても可決されるはずがない。憲法改定審議を促すだけになってしまう」と言う。そして憲法審議の場に乗ることに及び腰になり、議論を避けようとする。それは大きな間違いだ。

 これまで見てきたような「改憲案」を出し、正面から対決したらどうか。最後にはおそらく自民党など「向こう側の改憲派」は、特定秘密保護法や新安保法制のときにそうしたように、「圧倒的多数」によって強引に可決、発議をするかもしれない。しかしそこからがこれまでと違う。国民投票の壁がある。発議にいたるまでの国会や国民の間の議論や意思表示の展開は、(いくらメディアの力が弱くなっているとはいっても)国民に詳しく報道されるだろう。発議された案以外に国民の思いに即した案があったこと、そして発議された案がいかに危険性を持ったものであるかが、ひたすら議論を避けているよりははるかに国民の前に明らかになるのである。

●「自衛隊明記派」を向こう側から取り返す

 私は、日本と世界の平和と安全の推進のために、そうした「護憲的改憲」が最も有効と考えているが、「安倍的改憲の阻止の道」ということも強く意識しての策でもある。

 まず、「憲法への自衛隊明記は必要」と考えている人のうち、多数を占めるのではないかとみられる「それが侵略的なものであったり、他国との同盟関係に引きずられて世界に戦火を広げたりするようなことがあってはならない」と考えている人たちの賛同を得ることができるのではないか。もともとの「9条改憲反対」の層に、その層が加われば、自民党改憲案に対して強大な壁になるに違いない。

 試みに昨年夏、親しい大学教員たちに、学生の意見を聞いてもらった。「9条は今後どうあるべきだと思いますか」という設問で、選択肢は①9条は現行のまま ②第9条に第3項を設け自衛隊を明記する。その自衛隊には集団的自衛権による海外での戦闘行為を認める ③第9条に第3項を設け自衛隊を明記する。その自衛隊には海外での戦闘行為を禁止する ④その他(自由意見)、だった。3大学148 人の回答が集まり、①33%(49人) ②22%(32人) ③41%(61人) ④4%(6人。第2項削除1、どちらともいえない5)、だった。現憲法の精神を守るという意味での護憲派は74%。3大学のそんなに多くない学生の回答なので、必ずしも若者、学生、国民の意見をそのまま反映しているとはいえないが、ある程度全体意見を示唆しているのではないだろうか。

 護憲派とされる野党は、今こそ正念場である。堂々と「対案」を出すべきである。「9条は断固維持」でもいい。もちろん、それが自民党改憲案より平和と安全をもたらすこと、そして9条の空洞化を招いている現状をどう解消するか、を明らかにする必要があるが…。

 当然ながら、私としては「護憲的改憲論」を練り上げることが、最も確実に自民党改憲案を跳ね返し、より確固とした平和への理念と逞しい現実性を持った憲法規範の樹立につなげることができると確信している。

<出典>
※1  2018年6月4日「朝日新聞デジタル」
※2  『立憲的改憲論』p375
※3  2015年10月14日付東京新聞28面に掲載。[国民投票/住民投票]情報室発行『「戦争、軍隊、この国の行方 9条問題の本質を論じる』p44
※4 2015年10月14日付東京新聞28面に掲載。[国民投票/住民投票]情報室発行、前掲書p45
※5 『立憲的改憲論』p211
※6 『リベラルのことは嫌いでも、リベラリズムは嫌いにならないでください』p49
※7 同上p50
※8 『憲法の涙』(毎日新聞出版)p42
※9 [国民投票/住民投票]情報室発行、前掲書p10
※10 『憲法の涙』p60
※11 同上p65
※12 同上p69 
※13 今年3月30日参院議員会館での「国民投票に関するアピール」時に参考資料として配布

[国民投票/住民投票]情報室 
山尾志桜里の「立憲的改憲論」(朝日新聞デジタル)。 https://digital.asahi.com/articles/ASL627K7GL62UTFK012.html

[リンク集・資料集]

この際の憲法読書案内

 私たちおよび未来の子孫に大きな影響を与える国の基本法である憲法について、この機会に少し勉強しようという人たちのために、以下の読書案内を掲載する。最初に若干のコメントを。

 この図は本文で掲げたものとほぼ同じだが、「改憲」の中に網かけした「平和主義徹底」というのが加えられている。
 これは、憲法の平和主義の精神を徹底するためには世界平和をめざす、私たち自身のより積極的な努力が必要であるとの考えから、国連への働きかけ強化、米軍基地撤去、積極的中立主義などを主張する考え(加藤典洋、矢部宏治、大澤真幸など)である。本文では現実の短期的可能性に絞って論じたので、煩雑さを避けるために割愛したが、読書案内としてはきわめて重要、かつ示唆に富む考えが展開されている。
 これまでの国会論議やマスコミ論調では「安倍改憲対護憲」が表面に出がちだが、選択の幅はもっと広いということである。集団的自衛権を認めながら、9条2項は残し、そのうえで「自衛隊」を書き加えようとする安倍改憲案は首尾一貫しない内容で、本質をオブラートで包んで国民を丸め込もうとする姑息さを感じさせる。戦後70年余、初めての改憲がこれでは、憲法が泣く。実質的には自民党改憲草案=石破案と同じなのだから、その本質を隠蔽している点で、不誠実とも言えよう。

 2014年10月に『日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないか』を書いた矢部宏治は「憲法についての日本の悲劇は、『悪く変える』つまり『人権を後退させる』という勢力と、『指一本ふれてはいけない』という勢力しかなく、『良く変える』という当然の勢力がいないことだ」と書いた。半年後には作家の池澤夏樹が朝日新聞紙上で「主権回復のために 左折の改憲考える時」というコラム(2015.4.7)を書き、矢部本について「この本の真価は改憲の提案にある」と評した。加藤典洋『戦後入門』もその系譜のもとに生まれている。

 ここ数年の憲法論議の活発化を駆動したのが、2014年の安倍政権による集団的自衛権容認の閣議決定であり、翌2015年の安保関連法案の強行可決だった。「平和憲法」というパンドラの函は、上から強引にねじ開けられ、それは護憲派にも反省と転換を迫ったし、今回のテーマ「護憲的改憲論」が注目される原因ともなった。
 保守の立場に立つ中島岳志も、「護憲派の戦略的な9条保持論を維持するのは、安保法制によって、とても難しくなった」(大澤真幸編『憲法9条とわれらが日本』)と述べている。
 本文でも詳述した山尾志桜里の『立憲的改憲論』に、縦軸に「個別的自衛権に限る」対「集団的自衛権も許容する」、横軸に戦力をめぐる9条の理念と現実との齟齬を「放置する」対「整理する」を配した4象限図が掲げられている(下図、p266のものを改めて作成)。護憲と自衛隊明記の安倍案が左に仲良く並んでいるところが興味深い(右にあるのが立憲的改憲と9条2項削除=石破案である)。
 右翼対左翼、保守対革新の構図が崩れたあと、ふたたび脚光を浴び始めた言葉が「リベラル」と「立憲主義」である。立憲主義とは憲法によって権力の野放図な行使に歯止めをかけようという考えだが、安倍政権がいかに非立憲的であるかは、『安保法制の何が問題か』所収の石川健治「『非立憲』政権によるクーデーターが起きた」に鮮やかに描写されている。

 明治憲法施行前に私擬憲法草案として「五日市憲法」があったことはよく知られている。国民の権利として当時としては画期的な内容も書かれていたという。護憲派の泰斗、樋口陽一がよく言及することだが、戦前の日本にも立憲主義が盛んに唱えられた時期があった(大正デモクラシー)。日本が暗黒の時代に突入するのは1930年から45年までの15年間だと言われるが、「戦後レジームからの脱却」を叫ぶ安倍首相が憧憬しているのはどの時代であろうか。

 民間からの憲法草案としてユニークなのが、東浩紀編『日本2.0』に収容されている前文と全100条からなる「憲法2.0」草案である。憲法の客体を「国民(海外居住者も含め日本国籍を有するもの)、「住民(他国籍者も含め日本に一定期間適法に居住するもの)」に拡大するなど、グローバル化を見据えた画期的な私案である(総理公選制も提案)。立憲主義を活性化するには、このような草案がもっと用意されていい。

 現在の憲法論議において特徴的なのは、安倍政権ないし自民党の考えにも、それに反論する野党、マスメディアの論調にも共通に存在する欠陥として、自国(日本)の安全のみが問題にされていることである。私たちは日本国憲法を通して世界平和にどう貢献できるかという論点(公共的価値への言及)がないと、おそらくアメリカからも、世界からも、笑いものにされるだろう。

 日本の法秩序は憲法と安保法体系の二重構造になっており、しかも後者が前者に優先している。憲法を考えれば、日米安保条約の現状に行きつく。以下の読書案内が、矮小化されがちな議論の先にある世界をのぞくきっかけになってくれれば嬉しい。新たな「希望」を見つけるために。(編集部)

<憲法学習の教科書>・憲法を学ぶための定評ある古典
佐藤幸治『憲法[第三版]』(青林書院、1995)・芦部信喜(高橋和之補訂)『憲法第六版』(岩波書店、2015)・奥平康弘『憲法Ⅲ 憲法が保障する権利』(有斐閣法学叢書、1993)
憲法 (現代法律学講座 5) 憲法 第六版 憲法〈3〉憲法が保障する権利 (有斐閣法学叢書10)
伊藤真『高校生からわかる日本国憲法の論点』(株式会社トランスビュー、2005)・9条維持に強い意志をもつ司法試験界のカリスマ塾長による憲法講義
高校生からわかる 日本国憲法の論点

<護憲関連>
樋口陽一『いま、「憲法改正」をどう考えるか―「戦後日本」を「保守」することの意味』(岩波書店、2013)・精力的な出版活動の中の1冊
いま、「憲法改正」をどう考えるか――「戦後日本」を「保守」することの意味
長谷部恭男編『安保法制から考える憲法と立憲主義・民主主義』(有斐閣、2016)・安保法制成立後の憲法・政治学・ジャーナリズムの分野からの編者を含む論集
安保法制から考える憲法と立憲主義・民主主義
長谷部恭男・杉田敦『安保法制の何が問題か』(岩波書店、2015)・安保法が国会に提案された直後の緊急出版
安保法制の何が問題か
木村草太、青井未帆、柳澤協二、中野晃一、西谷修、山口二郎、杉田敦、石川健治『「改憲」の論点』(集英社新書、2018)・「立憲デモクラシーの会」メンバーによる「護憲」論。政治に力量がない状況下で、あるべき9条論を考えるのは「力のかけどころを間違っているのではないか」(靑井)
「改憲」の論点 (集英社新書)
松竹伸幸『改憲的護憲論』(集英社新書、2017)元日本共産党安保外交部長で「改憲論に共感することも多々ある」が「現在の条項のまま行く」改憲的護憲論者による憲法を巡る攻防の軌跡紹介
改憲的護憲論 (集英社新書)
伊勢崎賢治、伊藤真、松竹伸幸、山尾志桜里『9条「加憲」案への対抗軸を探る』(かもがわ出版、2018)新9条論、9条維持論、改憲的護憲論、立憲的改憲論の立場からの主張紹介と討論会
9条「加憲」案への対抗軸を探る

<護憲的改憲関連>
山尾志桜里『立憲的改憲』(ちくま新書、2018)。立憲民主党憲法調査会事務局長による改憲試案
立憲的改憲 (ちくま新書)
今井一『戦争、軍隊、この国の行方 9条問題の本質を論じる』([国民投票/住民投票]情報室、2018)・護憲派と新9条論者のパネルディスカッション
戦争、軍隊、この国の行方 9条問題の本質を論じる

<憲法と社会をめぐって>
加藤典洋『戦後入門』(ちくま新書、2015)・自衛隊の「国連待機軍」と「国土防衛軍」への改組、核廃棄、在日米軍撤去 
戦後入門 (ちくま新書)

矢部宏治『日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないか』(集英社インターナショナル、2014)、『日本はなぜ、「戦争ができる国」になったのか』(同、2016)・国の最高法規である憲法の上に君臨する日米安保条約の実態を検証。フィリピン方式での米軍基地撤去も提案
日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか 日本はなぜ、「戦争ができる国」になったのか
大澤真幸編著『憲法9条とわれらが日本』(筑摩書房、2016)・中島岳志、加藤典洋、井上達夫インタビューと持説の紹介。副題は「未来世代に手渡す」
憲法9条とわれらが日本: 未来世代へ手渡す (筑摩選書)
大澤真幸・木村草太『憲法の条件』(NHK出版新書、2015)・憲法を考えることの楽しさ
憲法の条件 戦後70年から考える (NHK出版新書)
井上達夫『リベラルのことは嫌いでも、リベラリズムは嫌いにならないでください』(毎日新聞出版、2015)井上達夫『憲法の涙』(同、2016) 井上達夫・小林よしのり『ザ・議論』(同、2016)・井上の従来の護憲論批判と9条削除をめぐる改憲案。小林よしのりとの「議論」

リベラルのことは嫌いでも、リベラリズムは嫌いにならないでください--井上達夫の法哲学入門 ザ・議論! 「リベラルVS保守」究極対決憲法の涙 リベラルのことは嫌いでも、リベラリズムは嫌いにならないでください2
境家史郎『憲法と世論』(筑摩書房、2017)・憲法制定以来の世論調査のデータを分析、戦後日本人の憲法観の変容を追跡
憲法と世論: 戦後日本人は憲法とどう向き合ってきたのか (筑摩選書)

<自民党改憲草案批判など>
樋口陽一・小林節『「憲法改正」の真実』(集英社新書、2016)・護憲派と改憲派の憲法学者が自民党改憲草案のお粗末さ、危険さを糾弾
「憲法改正」の真実 (集英社新書)
自民党の憲法改正草案を爆発的にひろめる有志連合『あたらしい憲法草案のはなし』(太郎次郎社エディタス、2016) ・「あたらしい憲法のはなし」のパロディ版
あたらしい憲法草案のはなし
吉田善明『平和と人権の砦 日本国憲法―自民党「憲法改正草案」批判を軸として』(敬文堂、2015)・憲法を巡る流れを克明に叙述、自民党憲法草案を逐条的に検討
日本民主法律家協会『自民党改革案の問題点と危険性』(ブックレット、2018)・緊急出版のパンフレット
上脇博之『日本国憲法vs自民改憲案』(日本機関誌出版センター、2013)冒頭章で日本国憲法の内容をわかりやすく解説し、その後に自民党改正草案の問題点を指摘したブックレット
自民改憲案 VS 日本国憲法  緊迫!  9条と96条の危機

<その他>
鉄筆編『日本国憲法 9条に込められた魂』(鉄筆文庫、2016)・元衆院議員平野三郎による憲法制定作業時の首相、幣原喜重郎から、1951年急逝直前での聞き書き
日本国憲法 9条に込められた魂 (鉄筆文庫)
東裕紀『日本2.0 新憲法』(株式会社ゲンロン、2012)
日本2.0 思想地図β vol.3
白井聡『永続反戦論』(太田出版、2013)、『国体論』(集英社新書、2018)・きちんと負けなかったために、いつまでも負け続ける日本。天皇中心の国体からアメリカ中心の国体への横滑り
永続敗戦論 戦後日本の核心 (講談社+α文庫) 国体論 菊と星条旗 (集英社新書)
楾大樹『檻の中のライオン』(かもがわ出版、2016)・檻を憲法、ライオンを権力者に見立てた憲法のやさしい解説
檻の中のライオン
文部省『あたらしい憲法の話』(1947)・日本国憲法制定時の政府の「平和主義」啓蒙書。いろんな復刻版が出ている
復刻 あたらしい憲法のはなし
森治郎編『憲法9条検討資料(2018年3月27日憲法9条を半日考える会資料。9条関係の憲法・条約・法律の条文、自民党憲法改正草案、読売憲法改正試案など。森に請求あればPDFで提供)
田崎久雄・森治郎編集・補筆『朝日新聞記事(1945年7月28日~1947年8月1日)に見る日本国憲法の制定過程上・下』(2016年5月以降逐次追加、現在版は2018年8月刊、上B5判229ページ、下B5判243ページ。非売品。森に請求あればPDFデータで提供)
DVD版『「憲法9条・国民投票」市民14人が本音で議論して視えたもの』(「憲法9条・国民投票」制作・普及委員会、2018)・今年2月に[国民投票/住民投票」情報室]など主催で開かれたディベートを記録

 

森「憲法の今」(4)

自民党改憲案と野党の姿勢―日本国憲法をとりまく状況①

 改憲をめぐる動きには3つの側面がある。

 第1は、安倍改憲の性急さである。憲法改正、自主憲法制定は自民党に脈々と流れる一つの潮流だが、安倍政権誕生以前はむしろ少数派で、自民党主流派の考えはむしろ「護憲」だった。宮澤喜一元首相は『新・護憲宣言』(1995年)で「どんな場合でも海外で武力行使するのはやめよう、それが憲法の考えるぎりぎりのところであると解釈してきたし、それが歴代政府の解釈でもあります」と言っている。自衛隊の存在を認めると同時に、「自衛権行使は専守防衛の範囲まで」という長年の政府見解や国民世論によって蓄積されてきた「解釈改憲」の上に立ちつつ、そこに憲法の平和主義を維持していこうという考えである。
 安倍政権で自民党の傍流が突如主流に躍り出て、あれよあれよというまに「一強」となり、安倍首相の祖父、岸信介以来の自民党タカ派の考えが一気に自民党全体を覆った。そこに国際情勢の変化、世論の右傾化という大きな流れが覆いかぶさる形で、いま政局では改憲問題が大きくクローズアップされているということである。

 第2は、野党勢力の怠慢である。戦後におけるソビエト連邦の崩壊、中国の大国化、北朝鮮をめぐる緊張と脅威、自国ファーストを叫び国際秩序維持の破壊へと動く米トランプ大統領の傍若無人、国際連合のいよいよの弱体化などの事情は、大戦直後に日本国憲法が掲げた「戦力を持たない、戦争をしない」という平和主義に大きな影を落としてきた。
 自民党内の勢力地図を一気に逆転させた背景に、あまりにアメリカ一辺倒ではあるけれど、この国際情勢の変化にどう対応するかという意識があったのは確かだろう。一方で、野党勢力は「平和憲法を守れ」と言う掛け声を繰り返すばかりで、憲法の平和主義を新たな時代にどう対応させるかという努力を怠ってきた。戦後の護憲勢力の運動にそれなりの成果があったことは認めるべきだが、「解釈改憲」に飽き足らず、「明文改憲」で平和憲法の枠をぶち破ろうとする安倍政権に対決するにはあまりに非力だと言わざるを得ない。「平和主義」の旗色が悪くなりがちな時代に抗して、改めて「日本および世界の平和」を追求する知恵が必要になっている。

 そして第3は、実はこれが一番大きな問題とも言えるが、政治やメディアの中でこそ目立つ改憲の動きと、一般国民との考え方との間の乖離である。各種世論調査における改憲賛成比率は、自民党内や国会内の勢力分布とはむしろ逆にかなり低いが、問題なのは、国民、とくに若い層の間に広がる「政治的無関心」だといえよう。
 バブル経済が崩壊した1990年に生まれた人はまもなく30歳になる。2000年生まれの人は来年の参院選には投票権を持つ。彼らは経済の高度成長も知らないし、バブルの狂騒も経験していない。日本は(世界も)低成長時代に入っているが、政治の態勢はなお高度成長期のままであり、いよいよ高齢化する社会で年金依存が急速に強まっている。ところが、それを支える自分たちは年金をもらえるかどうかすらわからない。こういう若者たちの不安や怒りに対して、政治もメディアもほとんどまともな政策論議をしていない。若者たちの政治的無関心には「深い絶望」が潜んでいる。
 いざ改憲をめぐる国民投票が行われたとして、若者たちは政権が推し進める改憲の動きにどう対応するのか。諦念ともいえる無関心が広がる空気のなかで、将来を決める重要な決断がなされそうなことこそ、今回の安倍改憲をめぐる危うい側面と言っていい。

 連載第4回の今回では、各政党の現段階における改憲をめぐる見解をフォローする。次回で憲法学者、折々に意見を発表している論客、「九条の会」といった市民運動など、憲法をめぐるさまざまな見解について紹介し、あわせて私自身の9条提案にもふれたい。

<Ⅰ>自民党以外の政党の見解・立場

 32日間の会期延長を含んだ今年の通常国会は7月22日閉会した。1月22日以来、政府・与党は森友・加計問題、それにまつわる安倍晋三首相や側近政治家・官僚たちへの疑惑、さらに次から次に生じたスキャンダルなどで窮地に陥りながら、衆参院とも圧倒的な数の力で働き方改革法案、参院定数6増公職選挙法改定案、カジノ実施法案などの重要かつ大きな問題を抱えた法案を成立させた。

 しかし、当初今国会中に発議をめざしていた憲法9条改定については、自民党としての案は憲法審査会の場にも出されないままだった。その案は、3月25日の党大会で、「方向性がまとまった」として報告された「改憲4項目」たたき台素案の先頭に掲げられているもので、「現在の9条をそのまま残し、2として『第1項 前条の規定は、我が国の平和と独立を守り、国及び国民の安全を保つために必要な自衛の措置をとることを妨げず、そのための実力組織として、法律の定めるところにより、内閣の首長たる内閣総理大臣を最高の指揮監督者とする自衛隊を保持する 第2項 自衛隊の行動は、法律の定めるところにより、国会の承認その他の統制に服する』を追加する」とするもの。それがついに提出されなかったのは、「タイミングが悪い」と判断されたためだろう。

 タイミングの問題である以上、いつかは出される。自民党総裁としての安倍晋三首相は8月12日に地元・山口市での講演会で「次の国会に提出できるよう取りまとめを加速すべきだ」とハッパをかけた。9月の総裁選での3選を自ら確実視しての発言だ。次の国会は総裁選後の臨時国会か、来年1月からの通常国会か。多分前者を願望しているのだろう。

 しかし、その前に国民投票法のCM規制問題、そして「安保法制」廃止あるいは棚上げ問題がある。憲法にかかわる問題をいわば白紙の状態から検討しようというのに、憲法違反の疑いのある法制をそのままにしていいのか、という疑念・批判の声が強くなっているからだ。

 ともに解決には時間がかかりそうだ。しかし、自民党は何度も強引に法案や議題を設定し、その審議と採決を強行してきた。強引にそうした大問題を「解決」して、9条をはじめとした「改憲4項目」の早期審議入りを迫らないとも限らない。そういう状況下で「護憲派」とされる党・会派の備えはどうなのか。そこにどのような問題があるのか。それを探ってみたい。

衆院310、参院162の議員の賛成で発議

 まず、憲法審査会の議論と改定案が国会発議されるかどうかに、決定的な影響を与える各会派の議員数を確認しておこう。

 下記は衆参両院事務局発表による各会派所属議員数である(5月9日現在)。いうまでもなく、それぞれの総数の3分の2以上(衆院310、参院162)の議員の賛成で、憲法改定が発議される。

衆議院各会派所属議員(定数465)
 自由民主党 283、立憲民主党・市民クラブ 55、国民民主党・無所属クラブ 39、公明党 29、無所属の会 13、日本共産党 12、日本維新の会 11、自由党 2、社会民主党・市民連合 2、希望の党2、無所属 17、欠員 0
参議院各会派所属議員(定数242)
 自由民主党・こころ 125、公明党 25、国民民主党・新緑風会 24、立憲民主党・民友会 23、日本共産党 14、日本維新の会 11、希望の会(自由・社民) 6、希望の党 3、無所属クラブ 2、沖縄の風 2、国民の声 2、各派に所属しない議員 5、欠員 0

 自由民主党を除く会派の9条あるいは自民党案に対する姿勢を、綱領や基本政策、最高幹部の発言などから見てみよう(2018年8月末日現在)。

「憲法は集団的自衛権を認めていない」立憲民主党(枝野幸男代表)
 周知のように昨年10月の衆院選挙で、民進党の議員の大半が小池百合子東京都知事率いる希望の党に合流する中で、憲法改定推進、安全保障法制容認という同党のスタンスと相容れないとして「排除」されたいわゆるリベラル派を中心に結成された。
 2017 年12 月7 日に発表、2018 年3 月15 日改定の「憲法に関する当面の考え方」で、「日本国憲法9 条は、平和主義の理念に基づき、個別的自衛権の行使を容認する一方、日本が攻撃されていない場合の集団的自衛権行使は認めていない」としている。この解釈は、自衛権行使の限界が明確で、内容的にも適切なものである。また、この解釈は、政府みずからが幾多の国会答弁などを通じて積み重ね、規範性を持つまでに定着したものである。
 集団的自衛権の一部の行使を容認した閣議決定及び安全保障法制は、「憲法違反であり、憲法によって制約される当事者である内閣が、みずから積み重ねてきた解釈を論理的整合性なく変更するものであり、立憲主義に反する」という姿勢を明らかにしている。

「専守防衛を維持、現実的安全保障を築く」国民民主党(大塚耕平・玉木雄一郎共同代表)
 今年5月7日、民進、国民両党の一部議員が合流し、手続き上は民進党が党名を変更する形で結党された。民進党は参院に残ったメンバーが中心で、国民党は希望の党が合流直前に名称を変更していたもの。前者から大塚、後者から玉木が代表の座についた。
 綱領に「私達は、専守防衛を堅持し、現実的な安全保障を築きます」とある。
 民進党との合流直前の5月3日の憲法記念日に発表した当時の希望の党玉木代表の談話では「私たちは、安倍政権のように、従来の憲法解釈を恣意的に変更し、歯止めなく自衛権の範囲を拡大する立場はとりません。他方で、厳しさを増す安全保障環境の中で、現実的な対応も示さなければ、安心して政権を任せていただける責任政党にはなり得ません。国民の生命・財産、わが国の平和と安全はしっかり守りつつ、『専守防衛』の立場を堅持し、直接わが国に関係のない紛争への関与は抑制するという立場を明確にしていきます」としている。

「9条は平和主義を体現するもの」公明党(山口那津男代表)
 一般に自民党の憲法改定に同調すると見られており、それが「両院それぞれ3分の2の壁突破は確実」とされる理由になっている。しかし、同党の立場は改憲にはかなり慎重だ。
 1964年の結党以来「平和の党」を標榜してきた同党だが、98年の党再結成後の綱領には9条については姿勢や見解は書かれていない。しかし、たとえば昨年10月の衆院選マニフェストには憲法についての「基本姿勢」がかなり明確に書かれている。
 そこには「憲法9条第1項第2項は、憲法の平和主義を体現するもので、今後とも堅持します。2年前に成立した平和安全法制は、9条のもとで許容される『自衛の措置』の限界を明確にしました。この法制の整備によって、現下の厳しい安全保障環境であっても、平時から有事に至るまでの隙間のない安全確保が可能になったと考えています。
 一方で、9条1項2項を維持しつつ、自衛隊の存在を憲法上明記し、一部にある自衛隊違憲の疑念を払拭したいという提案がなされています。その意図は理解できないわけではありませんが、多くの国民は現在の自衛隊の活動を支持しており、憲法違反の存在とは考えていません」とある。

「自衛隊の解消に向かって前進をはかる」共産党(志位和夫委員長)
 2004年の党大会で決定した綱領で、「日米安保条約を、条約第10条の手続き(アメリカ政府への通告)によって廃棄し、アメリカ軍とその軍事基地を撤退させる。対等平等の立場にもとづく日米友好条約を結ぶ」、そして「主権回復後の日本は、いかなる軍事同盟にも参加せず、すべての国と友好関係を結ぶ平和・中立・非同盟の道を進み、非同盟諸国会議に参加する」「自衛隊については、海外派兵立法をやめ、軍縮の措置をとる。安保条約廃棄後のアジア情勢の新しい展開を踏まえつつ、国民の合意での憲法第9条の完全実施(自衛隊の解消)に向かっての前進をはかる」としている。
 また、2017年衆院選での政策パンフレットでは「日本国憲法は、憲法9条という世界で最もすすんだ恒久平和主義をもち、…変えるべきは憲法でなく、憲法をないがしろにした政治です」と改めて姿勢を明確にしている。

「必要あれば改正するのが民主主義」日本維新の会(松井一郎代表)
 2010年に大阪府知事の橋下徹が中心となって立ち上げた「おおさか維新の会」が母体。綱領には憲法に対する言及はないが、基本政策に「憲法を改正し、首相公選制、衆参統合一院制、憲法裁判所を導入」「現実的な外交・安全保障政策を展開し世界平和に貢献」「国際紛争解決手段として国際司法裁判所等を積極的に活用」と改定に積極姿勢を示している。
 また松井代表は今年の憲法記念日に合わせて発表した談話で、「日本国憲法施行から71年。今、改正の機運が高まっている。国民主権、基本的人権の尊重、平和主義の三原則が定められた日本国憲法は、国際社会における日本の地位を高める役割を果たしてきたが、憲法制定当時には想定できなかった問題も生じている。国民的課題としてこれらを深く議論し、必要であれば憲法を改正することが民主主義のあるべき姿であると考える」と述べている。

「足らざるを補う『加憲』を」自由党(小沢一郎・山本太郎共同代表)
 2012年に当時の民主党内で最大勢力だった小沢グループが離党して設立した「国民の生活が第一」党がスタート。選挙のたびに所属議員を減らし、一時は政党要件を失ったが、無所属参院議員だった山本太郎らの参加で政党要件を回復した。
 同党ホームページ上の「憲法についての基本的な考え方Q&A」で「国民主権、基本的人権の尊重、平和主義、国際協調という日本国憲法の四大原則は、現在においても守るべき普遍的価値であり、引き続き堅持すべきである。このような基本理念、原理を堅持した上で、時代の要請を踏まえ、国連の平和維持活動、国会、内閣、司法、国と地方、緊急事態の関係で憲法の規定を一部見直し、足らざるを補う『加憲』をする」としている。

「自衛隊を任務別組織に改編・解消を」社会民主党(又市征治代表)
 2006年2月の党大会で、自衛隊は「現状、明らかに違憲状態にある。自衛隊の縮小をはかり、国境警備・災害救助・国際協力などの任務別組織に改編・解消して非武装の日本を目指す」と宣言している。
 そして17年の選挙公約では「『戦争法』(森注:安保法制)に基づき、アメリカと一体となって世界中で戦争する自衛隊をそのまま憲法に位置づけ、9条を死文化しようとしている安倍首相の『2020年改憲案』に反対します」「集団的自衛権の行使を容認した『7.1閣議決定』を撤回させ、『戦争法』を廃止します」と訴えている。

「外交・安全保障は現実的政策を」希望の党(松沢成文代表)
 昨年9月設立の小池「希望の党」から、国民党グループが分党しての“残留組”。綱領では、「私たちは、利権まみれの政治ではなく、何でも反対の抵抗政治でもない、『新しい改革保守の政治』を目指して、新たなスタートを切る」と宣言し、同党ホームページに掲載されている松沢代表の挨拶の中で「私たち希望の党は、自民党のような利権保守ではなく、何でも反対の抵抗野党でもない、『改革保守』という新しい政治を目指していきます。外交・安全保障は現実的な政策を、そして、経済をはじめとする内政は、政府に対して対案を提起していく」としている。

<Ⅱ>今後の予想される動きと課題

 各党は「いざそのとき」、つまり自民党案が提出されて論議が始まったとき、どのようなスタンスを取るだろうか。もちろん今後紆余曲折はあるだろうが、メディアなどからは最終的に自民党案に反対するのは、立憲民主、国民民主、共産、社会民主、自由の各党と見られている。その他の党派や無所属議員を入れても、衆参改定案発議を阻止するのに必要な3分の1をかなり下回っている。公明党の「造反」など、よほどのことが無い限り発議は確実となってくる。

「国民投票の壁」は薄くなっている

 護憲派にとって、最後に期待するのは国民投票での「ノー」だが、かつては分厚かったその壁は「戦争体験」「戦争の記憶」を持つ層の減少とともに、薄くなっている。

 大手メディアは、毎年3月から4月にかけて憲法問題に絞った世論調査を行い、憲法記念日の前に結果を発表している。今年の調査は本稿第1回の追記で紹介したが、メディアによっては9条改憲に賛成が反対を上回っているところもある。今後予想される改憲側からの大キャンペーンを考えると「9条が危ない」といえる。

 護憲派がその危機を乗り越えるためには、その主張が理念と現実性の両方で、自民党改憲案を圧し、国民多数の支持を得られるものでなければならない。理念とは、平和を希求する精神であり、現実性とは、それがより確実に平和の道につながるということである。

高い自衛隊の国民への浸透度

 共産党、社民党の「自衛隊は違憲」「解消」の主張は、本来の9条に込められた理念に最も合致したものであることは、大方の認めるところだろう。しかし、その主張は、「民意」という壁と衝突してしまっている。

 平成26年(2014年)度の内閣府調査によると、自衛隊に「良い印象を持っている」が92.2%、「悪い印象を持っている」が4.2%だった。非常に高い浸透度といえる。その自衛隊の「解消」に国民多数の理解が得られるだろうか。

 志位共産党委員長は、昨年10月衆院選時のニコニコ動画「ネット党首討論」で「日本共産党としては、自衛隊は違憲という立場です」としたが、「日本共産党が参加する政府ができた場合に、その政府としての憲法解釈はただちに違憲とすることはできません。しばらくの間、合憲という解釈が続くことになります。これは、国民多数の合意が成熟して9条の完全実施に向かおうとなったところで、初めて政府としては憲法解釈を変えて違憲にすると。それまでは合憲ということになります」と言葉を継がざるをえなかった。

 仮に共産党が他党との連合で政権についた場合(可能性としては衆院選のたびにありうることなのである)、基本的な問題について党と政府の見解が異なるというのはやはりおかしい、と多くの国民から見られるのではないだろうか。それはそうした連合政府自体の誕生を遠のかせることにもつながっていく。

 共産、社民党が早急におこなわなければならないのは、自衛隊違憲論そのものを再検討するか、集団的自衛権を前提にした自衛隊と日米安保同盟が日本と近隣諸国の平和にとってどのように危険であるかを徹底的に明らかにすることによって違憲論の正当性を示すことである。情緒的に「戦争反対」「9条を守れ」では通用しない。

解釈改憲に寄りかかった「専守防衛」「自衛隊の容認」

 立憲民主、国民民主、自由の各党は「専守防衛」の範囲内での自衛権とそれを実行する自衛隊を認め、「現実的な安全保障の追求をする」としている。ところがその「現実的な」安全保障策が示されていない。

 その前に、「専守防衛」の自衛隊も憲法に明示されているわけではなく、「憲法解釈」あるいは本来の憲法意図とは異なる「解釈改憲」でしかない、という問題をどうするのだろうか。その点では集団的自衛権と同工異曲であり、明確な歯止めがない。解釈によって維持される「専守防衛」は、解釈によって放擲されるのである。

 立憲民主党は、「基本的な考え方」の冒頭に、「日本国憲法を一切改定しないという立場はとらない。立憲主義に基づき権力を制約し、国民の権利の拡大に寄与するとの観点から、憲法に限らず、関連法も含め国民にとって真に必要な改定があるならば、積極的に議論、検討をする」としている。「立憲主義」とは、国民民主、自由党もほぼその立場だろう。

 しかし具体的な9条検討はこれまでのところ、綱領などを抽象的になぞっているだけのものが多い。

「山尾私案」と立憲党内の議論

 例外と思われるのは、立憲民主党の憲法調査会事務局長の山尾志桜里の見解である。しばしば、「9条をより立憲主義的なものにする必要がある」と発言し、そのための9条改憲を主張している。

 山尾は、立憲主義とは「国民の意思で(政権に)最低限守らせるべきルールを憲法に明記する考え方のことだ」とし、『立憲的改憲―憲法をリベラルに考える7つの対論』(ちくま新書8月10日発行)で、個別的自衛権の範囲内での「戦力」や「交戦権」を認めた「私案」を示している。

 私案の具体的内容については次回で詳しく触れるが、それとは別に大きな問題があると思われるのは、「立憲民主党は『安保法制は立憲主義違反であり、したがって立憲主義違反を上塗りするような改憲論議には乗れない』と言っている。論としては成り立ち得るが、安倍政権の議論に乗る必要はなくても、党内議論や国民との草の根の議論の活性化は待ったなしだと思います」(同書P 277)としていることだ。

 それが憲法審査会での安保法制の違憲性、したがってその撤回や棚上げについて主張することへの疑問表明であるとすれば、看過できないのではないか。集団的自衛権の違憲性の議論をするのに、それを「合憲」とした安保法制を認めてしまっていては、“勝負”は初めから見えている。あらゆる場で安保法制の違憲性と危険性を強く主張することこそ、党内議論や国民との草の根の議論の活性化につながっていく。

 上記「改憲案」は私案とはいえ、立憲民主党の主張に大きな影響を及ぼす人物から出された貴重なたたき台である。山尾は党外の識者や市民たちと積極的な意見交換を行っているが、党内でもっと議論があってしかるべきではないか。新聞・テレビ・ネットなどでの報道を見る限り、党内の反応は非常に鈍い。同党は早急に議論を深め、考えを固めて他党に示すのが衆院野党第一党として責務だと思われる。

「憲法に手をつけてはいけない」という思い込み

 以上見てきたように、「護憲派」とされる陣営は目下のところ、圧倒的議席数を背景にした自民党改憲案を跳ね返すために不可欠な自らの9条論を欠いている。

 それは、筆者自身の反省を込めていえば、長い間の「改憲派に手をつけさせない」という思いが、「自身も手を触れてはいけない」という思い込みにつながってしまったことによるところが大きいのではないだろうか。

 たとえば9条1項の「国際紛争を解決する手段としては」や2項の「前項の目的を達するため」という限定的であったり、表現があいまいだったりする点について、問題が指摘されながら、その削除や改定が護憲派からの運動としてなかった。憲法は「守るべきもの」であって「変えるべきもの」ではなかったのである。

 今回も「9条の再検討を言うことは、安倍改憲を利するだけ。避けるべきである」という声が聞かれる。そうした姿勢こそが、むしろ9条にとって危険ではないか。

 守勢に回ったときの発言や主張は力を失う。護憲派各党は自民党改憲案に対しては、むしろ積極的に挑戦する姿勢が必要だ。具体的には、より確実に平和と安全を実現する、したがって圧倒的多数の国民の支持を得ることのできる憲法の像を明確に持ち、それを対峙させることだ。それぞれの主張とその根拠、論理を固め自民党案への的確な追及の矢を放つことによって初めて、その案の危険性を鮮明に浮かび上がらせ、より確実に国民の「ノー」に結びつけられるだろう。

 付言すれば、その矢はあくまでも自民党案に向けられるべきであって、これまでしばしばあったような本来友軍であるはずの方に飛ぶようなことがあってはならない。互いの策を競い合うのは、自民党案を退け、熟議の環境が整った中で「ではどのような安全保障策、憲法を持つべきなのか」を追求する段階に入ってからでいい。

【リンク集・資料集】

各政党のウエブ
自由民主党=https://www.jimin.jp/
立憲民主党=https://cdp-japan.jp/
国民民主党=https://www.dpfp.or.jp/
公明党=https://www.komei.or.jp/
日本共産党=https://www.jcp.or.jp/
日本維新の会=https://o-ishin.jp/
自由党=http://www.seikatsu1.jp/
社会民主党=http://www5.sdp.or.jp/
希望の党=https://kibounotou.jp/

自民党の「改憲4項目」たたき台素案=自民党サイトには文面は掲載されていないが、3月25日の「産経ニュース」https://www.sankei.com/politics/news/180325/plt1803250054-n1.htmlなどメディアのサイトに掲載されている。なお各メディアでは、自民党の成案として報道されているが、自民党サイトの大会報告では「たたき台素案」とされている。
内閣府の自衛隊・防衛問題に対する世論調査
メディア各社の世論調査=本稿第1回「世論調査の怪」の追記参照

 

 

 

森「憲法の今」(3)

憲法審査会でまず議論されるべきこと

 安倍内閣は2014年7月に集団的自衛権容認を閣議決定し、翌15年5月、「平和安全法制」(安全保障関連法)として1つの新法と10にものぼる関連法の改定を束ね、国会に提出した。

 その主なものは、①武力攻撃事態法改正案(政府が、密接な関係にある他国への武力攻撃が起こり、これにより日本の存立が脅かされ、国民の生命、自由および幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある〈存立危機事態〉と認定したとき、〈他に適当な手段がない〉、〈必要最小限の武力行使〉という3要件のもとに、日本が直接攻撃を受けていなくても、集団的自衛権を行使した攻撃を可能にする)、②周辺事態法改正案(重要影響事態法に名称変更。「重要影響事態」を新設し米軍以外にも他国軍を支援、行動の範囲としてあった「我が国周辺」を撤廃し、世界中で支援を可能にする)、③PKO(国連平和維持活動)協力法改正案(PKO以外にも自衛隊による海外活動での復興支援活動を可能にし、駆けつけ警護や任務遂行のため武器使用を可能にする)、④国際平和支援法案(新法で、戦争中の他国軍を自衛隊が後方支援することを可能にする)、というものだった。

 その法案に対して、国民や野党、憲法学者らから、改定・新設法の内容は安全保障上かえって危険である、明らかに現憲法に違反しているという声が多く出され、抗議の渦が国会を取り巻いた(「平和安全法制」という政府の呼び方とは別に、マスメディアは「安全保障関連法」、野党は「戦争法」などと呼んでいる)。国会やメディアの追及に、政府の説明が二転三転する場面がしばしば見られた。

・安全保障関連法に対して憲法学者が「違憲」陳述

 法制への反論の中でも特筆すべきできごとは、法案提出の翌月の6月4日に開かれた衆院憲法審査会での参考人招致で、3人の憲法学者がそろって、集団的自衛権の行使を可能にする法案は「憲法違反」との見解を示したことである。特に自民党推薦の長谷部恭男・早稲田大学教授の「集団的自衛権の行使が許されるというのは憲法違反。個別的自衛権のみ許されるという従来の政府見解の基本的な枠内では説明がつかない。法的な安定性を揺るがす。閣議決定の文脈自体におおいに欠陥がある論理で、なぜ集団的自衛権が許されるのか、どこまで武力行使が認められるのかも不明確で、立憲主義にもとる」(朝日新聞6月5日付3面)という発言は衝撃的だった。

 最もショックを受けたのは長谷部教授を推薦した自民党関係者だっただろうが、長谷部教授は一貫して集団的自衛権の違憲性を指摘していた。教授を推薦したのは、2013年成立の特定秘密保護法に関する参考人招致で彼が賛成意見を述べていたため、てっきり「わが党案に賛成してくれるだろう」と思い込んだのではないか。少しでも長谷部教授の発言や著作の内容を知っていればありえない人選だった。そんなところに、「改憲」意思が先立ち、地道な調査や研究を怠っていた「いい加減さ」が、はしなくも現れてしまったのではないだろうか。

 その後2人の元内閣法制局長官と1人の元最高裁判所判事が国会の参考人招致に呼ばれ、その中の元最高裁判所長官は共同通信のインタビューに答えて「集団的自衛権は違憲」と明言した。

 そのころ朝日新聞が、憲法学者209人に「安保法制は合憲か違憲か」とのアンケートをしたところ、回答者122人のうち104人が「違憲」、15人が「違憲の可能性がある」とし、「合憲」は2人だけだった。

 また国民世論でみると9月19日の法案成立直後の朝日新聞の世論調査では安保法制に「反対51%、賛成30%」だった。憲法に違反しているかどうかについては「違反している51%、違反していない22%」だった(9月21日紙面)。読売新聞調査では「成立を評価する31%、評価しない58%」だった(9月21日紙面)。成立前後の国民の声は非常に厳しいものだった。

 そうした憲法学者たちの意見や、国民世論にもかかわらず政府・与党は、衆参の各特別委員会、本会議で審議打ち切り、強行採決を繰り返し、「平和安全法制」を成立させたのである。

 安倍首相は、前回取り上げた読売新聞インタビューで、「大切なことはしっかりと国民の目の前で具体的な議論をしていくことだ。自民党の憲法改正草案は党の公式文書だが、その後の議論の深化も踏まえ、草案をそのまま審査会に提案することは考えていない。発議する上で何をテーブルの上にあげていくか、柔軟に考えるべきだ。国民的な議論を深めていく役割も、政党は担っている。国民の皆さんの中に入って議論すべきだ」と述べている。

 しかし、国民の声を聞いてその合意の上で憲法を変えていくという姿勢は、現政権には見られない。安倍政権と国民の意見の一致は、安倍政権の意向に国民が従うことでしか成立しない。この現実を国民は十分認識すべきである。

・次の舞台は国会の「憲法審査会」

 改憲についての最初の審議の場は、衆参両院それぞれに設けられた憲法審査会だ。まずここで改憲が論議され、それが本会議にかけられて、衆参それぞれの総議員の3分の2の賛成で発議へと進むのである。

 憲法審査会は、第1次安倍政権下の2007年8月に設置され、その役割は「日本国憲法及び日本国憲法に密接に関連する基本法制について広範かつ総合的に調査を行い、憲法改正原案、日本国憲法に係る改正の発議又は国民投票に関する法律案等を審査する」(国会法第102条6)とされている。

 現審査会のメンバーは、衆院は自民30人、立憲6人、国民民主4人、公明3人、共産2人、無会派2人、維新・自由・社民各1人の計50人。参院は自民24人、公明5人、民主5人、立憲4人、共産3人、維新2人、希望の会・希望の党各1人で計45人(衆院は5月17日、参院は6月16日現在)。国会の議席数を反映して、与党が圧倒的に多い。

 その審査会はこれまでほとんど動いていなかった。1月22日開会の今国会では、参院は実質的な討議としては2月21日に開かれ総論的意見が述べられただけ、衆院は6月17日に開いたが、メンバーの交代を承認しただけで、9条問題には入っていない。「今は森友・加計学園問題、そこから浮き出てきた首相(近辺?)の関与についての徹底究明が先」という野党の声に与党側が押されてのことだが、なによりも自民党が「出す、出す」と言っている改憲案が出てきていないのだ。

 国会は7月22日まで32日間延長された。その間に議事についての交渉をする幹事懇談会だけでなく本審査会開催の可能性はないわけではなく、また審査会は国会休会中に開催することも可能だ。しかし働き方改革法案やカジノを含む統合リゾート(IR)実施法案、参院定数6増法案などの審議、採決を理由にした延長国会で憲法審査会の審議は説得力に欠き、国会休会中の審議はさらに考えにくいため、9条問題の審議はあるとしても、かなり先のことと見るのが妥当だろう。もちろん、政府・与党が、再び「数の力」で審議の前倒しを図る可能性はある。野党はそれにどう対抗するかを常に考えておく必要があり、国民も事態の動きを注意深く見つめていなければならない。

・安保法制を「決裁済」にしてはならない

 国会(憲法審査会)で究極的に議論すべきなのは、安倍政権が強引に成立させた閣議決定、およびその後に成立した安保法制であることは明らかである。

 安倍首相は国会答弁で、自衛隊明記について「自衛隊を違憲とする主張があるから、文言を入れただけ。憲法の趣旨は1ミリも変わらない」という発言をしている。これについては「1ミリも変わらないのなら変える必要はないだろう」という意見もあるわけだが、本質を見るなら、この明記によって、平和憲法の骨格は大きく変わる。それがどのように変わるのか、そしてそのことが本当に平和と安全をより確実にするものなのか。それをこそ議論すべきだろう。

 憲法審査会がここにどの程度踏み込めるかが大きな課題である。憲法やそれに密接に関わる基本法制について「広範かつ総合的に調査を行い、発議等を審査する」というのであれば、その最も重要課題であり、しかも違憲の疑いの濃い政府方針を審査の外に置くというのは論外である。いわば、取締役会議の席に着いたときすでに、最も検討必要な案件が審議なしに「可決」という決裁箱の中に入っているようなもので、それではなんのために会議を開くのか意味をなさない。それを「可決済み」の箱から取り出し、法的正当性、内容の妥当性についてあらためて慎重かつ抜本的に審議することが必要不可欠だと言えよう。

 憲法審査会での実質的議入りには安保法制の廃棄ないし棚上げが不可欠との意見が各方面から強く出されるだろうし、今後出される自民党案に盛り込まれるはずの「自衛隊の明記」は、議論の深まりにつれて、違憲性と危険性が明確にならざるをえないだろう。これは安倍政権にとっても両刃の剣となるだろう。

 多くの国民が「自衛隊の明記」と聞いたとき思い浮かべるのは、かつての専守防衛と災害時の救助・復興協力に徹した自衛隊像だろう。「平和安保法制」を成立させる前なら安倍首相は、明記する自衛隊像をすり替えることできたかもしれない。しかし、今となっては、ごまかしはきかない。その自衛隊は「平和安保法制」によって集団的自衛権行使を前提にしたものであり、同盟国や密接な国の状況によっては地球の裏側にまで出かけて戦火を交えることがありうる。

 国民の目に、「明記される自衛隊」がそのような存在であることが明瞭になったとき、仮に国会議員の数の力で「改憲」を発議できても、過半数の国民の賛成が得られるかどうか。非常に疑わしい。改憲に向けて着々と手を打ってきた安倍首相の「上手の手」から、あるいは「水が漏れる」ことになるかもしれない。

<リンク集・資料集>

衆議院憲法審査会
参議院憲法審査会
衆議院憲法審査会での平和安全法制をめぐる長谷部恭男、小林節、笹田栄司参考人の意見陳述(ユーチューブ録画) 要旨は各新聞2015年6月5日朝刊
「平和安全法制」の概要(内閣官房)
安保法案の論点(ヤフー「みんなの政治」)

 

森「憲法の今」(2)

安倍首相主導改憲案の遮二無二とご都合主義

 国会の場での本格審議入りをめぐって一進一退の日本国憲法改定問題(以後「改憲問題」)だが、改憲を「悲願」とする安倍首相およびその周辺の数々の強引なやり方には、国会や国民との間で丁寧な論議を経て合意に至ろうとする、国の基本法を改める際に期待される姿勢がきわめて希薄だ。

 安倍政権の強引な手法は次の2点に顕著である。

<1>安倍首相は2017(以後は2桁年だけ記載)年5月、これまでの自民党改憲草案とは異なる改憲案を、唐突に、しかも私的なルートで提示、自民党は党内議論すら十分に行わずに両論併記の「取りまとめ」を公表した。

<2>安倍内閣は14年7月、従来、憲法9条に違反すると理解されてきた「集団的自衛権」を閣議で容認することに踏み切った。安倍改憲案はこの決定を前提にしている。

 安倍政権は国の基本法に絡む重大決定をあいまいな手続きで進め、憲法学者の意見も含めて、多くの異論をほとんど無視している。安倍首相が進める9条をめぐる改憲や自民党改憲草案のねらい、さらには改憲をめぐるさまざまな意見を整理し、<日本国憲法の今>を考える判断材料(データ)を提供したい。あわせて国民1人ひとりが重要な事態を迎えていることに注意を喚起できればと願っている。

 まず、これまでの経緯をあらためて振り返ると同時に問題点を指摘し、次回で国会の憲法審査会の役割、私たちの決断が示されることになる国民投票についてふれたい。

<Ⅰ>安倍改憲案と従来の自民党案との齟齬

 安倍晋三首相は憲法制定70周年の17年5月3日、読売新聞でのインタビューや改憲をめざしている日本会議など主催の集会で(ビデオメッセージの形で)、自民党総裁として「憲法9条は1項、2項とも残し、追加として自衛隊の記述を明記する」こと、および「2020年の施行をめざす」との方針を示した。

 「自民党総裁」としての発言といいながら、「首相官邸」でインタビューを受けたり、それを録画したりする公私のけじめのなさ(「党総裁」は「首相」に比べれば「私」だろう)、重大な提案を自民党機関紙でもない一新聞で公表、しかも国会答弁で「私の意見は読売新聞で読んでほしい」と述べる不誠実な態度はさまざまに批判されたが、このインタビュー記事によれば、首相は今回の提案と従来の自民党案との違いについて、「党の目指すべき改正はあの通りだが、政治は現実であり、結果を出していくことが求められる。改正草案にこだわるべきではない。……。9条1項、2項をそのまま残し、そして自衛隊の存在を記述する。どのように記述するかを議論してもらいたい」と述べている。

 その安倍提案を受けて自民党憲法改正推進本部は、改定案のとりまとめに入ったが、容易にまとまらなかった。そもそも自民党には12年に策定した憲法改正草案がある。戦争放棄をうたった9条に関しては、1項はほぼそのまま残され、2項(戦力不保持・交戦権の否認)は削除され、国防軍の保持が入れられている。

 「安倍提案」と「自民党草案」とは、少なくとも文言の上では大きな違いがある。その間を埋めるための調整はどうなっていたのか。それは問題の性格上、ちょっと料亭で話し合う、ということではすまない。党を挙げての大議論になるはずだ。ところがそれが安倍発言以前にあったとは聞いたことがない。「自分の意志は党の意志」。安倍一強の一つの具体例だろうが、さすがに党内から強い反発が出た。

・党内混乱を示す「論点取りまとめ」

 その代表が以前から9条問題には一家言も二家言も持っていた石破茂氏(元防衛庁長官・防衛大臣)である。彼は、あらためて9条第2項を削除して、自衛隊を「戦力」として位置付ける、という党草案に沿った案を提起した。その他、議論百出し、党案のとりまとめはずるずると伸び、昨年末に憲法改正推進本部が示した「憲法改正に関する論点取りまとめ」では、9条については、「改正の方向性として以下の二通りが述べられた。『①9条1項・2項を維持したうえで、自衛隊を明記するにとどめるべき』との意見、『②9条2項を削除し、自衛隊の目的・性格をより明確化する改正を行うべき』との意見」として、首相案と従来案とが併記されていた。ここには首相提案を受けて混乱した党内事情が浮き彫りになっている。そうしたことから細田本部長が「今年3月25日の党大会には」としていた具体的な改憲文言の決定は、その党大会では二階俊博幹事長から同党が検討している「改憲4項目」の「条文イメージ・たたき台素案がまとまった」と報告されるにとどまった。

 首相案はどういう経過で浮上したのか。この経緯はきわめて不鮮明である。2012年12月、首相はネット番組で、憲法の「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」という前文をとらえて「つまり、自分たちの安全を世界に任せますよと言っている。…いじましいんですね。みっともない憲法ですよ、はっきり言って」とまで述べている。そこまで忌み嫌う憲法の根幹ともいえる9条1項、2項とも残すというのはどういうことだろうか。「とりあえず後退したように見せておこう。とにかく自衛隊の存在を明記さえすれば、後はどうとでもなる」という「戦略」が透けて見える。

 また、つけ加えられた教育問題は、維新の党が以前から主張していたもので、安倍提案の裏には、公明党に加えて改憲発議に必要な国会議員の3分の2をさらに増やし、20年までに「自分の手で」何としても改憲したいという安倍首相の強い執念がにじみ出ていると言えよう。

<Ⅱ>集団的自衛権の強引な閣議決定

 上記のような憲法観を持つ安倍氏にとって、06年9月の首相就任は改憲へ満を持してのものだった。それだけに現在まで、見方によっては「周到」「強腕」とも「強引」「遮二無二」ともいえる軌跡がくっきりと残されている。その具体的現れが「集団的自衛権」をめぐる動きだった。

 首相としての安倍氏が、具体的に9条改憲への道を開き始めたのは就任から約半年後の07年4月のことで、集団的自衛権の問題を含めた、憲法との関係の整理につき研究を行うための私的諮問機関として「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」を設置した。私的諮問機関だから、そのメンバーは自由に選べる。座長となった柳井俊二・元駐米大使ら13人のメンバーの多くは集団的自衛権に積極派として知られていた人たちだった。

 その時点での政府の9条解釈は、1972年10月に田中角栄内閣が参院決算委員会に提出した答弁書にあり、9年後に鈴木善幸内閣がほぼ同内容を閣議決定し、歴代内閣が踏襲してきた下記のような見解だった。

 「憲法は…わが国がみずからの存立を全うし国民が平和のうちに生存することまでも放棄していないことは明らかであって、自国の平和と安全を維持しその存立を全うするために必要な自衛の措置をとることを禁じているとは考えられない。しかし、平和主義をその基本原則とする憲法が、自衛のための措置を無制限に認めるとは解されないのであって、それは、あくまで外国の武力攻撃によって国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底からくつがえされるという急迫、不正の事態に対処し、国民のこれらの権利を守るためのやむを得ない措置としてはじめて容認されるものであるから、その措置は、右(ここでは上)の事態を排除するためにとられるべき必要最小限の範囲にとどまるべきものである。したがって、他国に加えられた武力攻撃を阻止することをその内容とする、いわゆる集団的自衛権の行使は、憲法上許されないといわざるを得ない」

 しかし柳井座長は朝日新聞のインタビューに「安全保障の議論にタブーはない」として、集団的自衛権に踏み込む姿勢を示した(07年4月26日付4面)。そのまま進めば、その年の秋に報告書が出され、安倍首相は集団的自衛権容認に一直線に走ったかもしれない。

 ところが首相に蹉跌が待っていた。07年7月の参院選で、相次ぐ閣僚の不祥事や年金データの入力ミス、郵政造反組の復党問題などがあって大敗、自身も体調に異変をきたし、9月に辞任せざるをえなくなった。後任の福田康夫首相は、懇談会に冷ややかで、同内閣誕生後は一度も開かれなかった。ところが12年、9月に谷垣禎一総裁の任期満了を受けて行われた選挙で安倍氏が石破茂、石原伸晃両氏をやぶって再選されるという逆転劇が起こる。

・国連憲章と「集団的自衛権」

 集団的自衛権をめぐる動きも再燃した。このことにふれる前に、集団的自衛権とは何かについておさらいしておこう。

 集団的自衛権は、概念として政府文書でもしばしば使われているが、明確な定義がされているわけではない。その行使は国連憲章第51条に【自衛権】として「この憲章のいかなる規定も、国際連合加盟国に対して武力攻撃が発生した場合には、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置をとるまでの間、個別的又は集団的自衛の固有の権利を害するものではない」と述べられているが、個別的、集団的自衛(権)そのものについての定義は見当たらない。

 たとえばブリタニカ国際大百科事典では、英文をright of collective self-defenseとして下記のように説明されている。本稿では集団的自衛権については概ねそれに従う。

 「国際関係において武力攻撃が発生した場合、被攻撃国と密接な関係にある他国がその攻撃を自国の安全を危うくするものと認め、必要かつ相当の限度で反撃する権利。自衛権の一つで、個別的自衛権(individual right of self-defense)に対していう。国連憲章51条において、安全保障理事会が有効な措置をとるまでの間、各国に個別的自衛権と集団的自衛権の行使が認められている」

 一方、個別的自衛権とは、「他国からの武力攻撃に対し、実力をもってこれを阻止・排除する権利である」とされている。

 なお、似た言葉として「集団安全保障(collective security)」があるが、「対立している国家をも含め、世界的あるいは地域的に、すべての関係諸国が互いに武力行使をしないことを約束し,約束に反して平和を破壊しようとしたり,破壊した国があった場合には,他のすべての国の協力によってその破壊を防止または抑圧しようとする安全保障の方式」と説明されている。PKO(国連平和維持活動)はそれにあたる

・2014年の閣議決定

 さて、自民党総裁として12年12月の総選挙で大勝し、首相の座に復帰した安倍氏は、2カ月後に「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」を再開した。メンバーは1人が新たに加わった以外は設置時と同じだった。

 半年後の8月には、外務省国際法局長として最初の懇談会の立案実務に携わり、集団的自衛権容認に積極的と見られていた小松一郎駐仏大使を、外交官出身として初めて内閣法制局長官に起用した。法制局は、内閣の下で法案や法制の法的妥当性や瑕疵についての審査・調査等を行い、内閣に対して意見具申をする機関で、高度な法知識が必要とされている。ところが小松氏はそれまで法制局に勤務したことはなかった。

 その年の12月、国家安全保障の重要事項を審議する機関として、アメリカのNSC(National Security Council)を模した国家安全保障会議が設置され、そのサポート機関として内閣官房に国家安全保障局が新設された。同会議は安倍首相が第一次内閣で実現を目指したが、成らなかったものだ。

 14年5月15日に先の懇談会の報告書が出された。前文で「我が国を取り巻く安全法環境は、2008年6月の安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会の報告書提出以降一層大きく変化した」として、北朝鮮のミサイル開発や中国の国防費の増大など、日本を取り巻く安全保障環境の変化が強調され、前報告書よりさらに強く集団的自衛権容認の必要性を説くものだった。小松氏はその翌日体調不良で辞職、6月23日に死去した。

 報告を受けて安倍内閣は、7月1日に集団的自衛権についてそれまでの内閣の解釈を覆す閣議決定を行った。決定文には「日本国憲法の施行から67年となる今日までの間に、我が国を取り巻く安全保障環境は根本的に変容するとともに、更に変化し続け、我が国は複雑かつ重大な国家安全保障上の課題に直面している。いかなる事態においても国民の命と平和な暮らしを守り抜くためには、これまでの憲法解釈のままでは必ずしも十分な対応ができないおそれがあることから、いかなる解釈が適切か検討してきた」とあり、それに続いて「憲法9条が、我が国が自国の平和と安全を維持し、その存立を全うするために必要な自衛の措置を禁じているとは到底理解されない」とし、集団的自衛権容認に踏み込むものだった。

 翌年4月、安倍首相は米議会上下両院合同会議で演説し、「日本は、世界の平和と安定のため、これまで以上に責任を果たしていく。そのために必要な法案の成立を、この夏までに、必ず実現する」と述べた。これから国会に提出し、審査を受ける法案の成立をその前に米国の議会で約束するという、首相がしばしば口にする「国辱的」ともいえる行為だった。

[リンク集・資料集]

 このリンク集では、本文中、ゴチックになっている用語を中心に、オンライン上で参照できる資料にリンクを張って、読者の便宜に供したいと考えています。オンラインメディアならではの利点です。第一次ソースにはリンクを埋め込んでありますが(文字をクリックすれば先方に飛びます)、メディアやブログなどを見れば参照できる記録などについても、URLを紹介しています。他のリンク先をご存知の方は、コメント欄やサイバー燈台へのメール(info@cyber-literacy.com)までお知らせください。適時、補充していくつもりです。

憲法改正に関する安倍首相ビデオメッセージ 2017.5.3
自由民主党日本国憲法改正草案 2012.4.27
自民党の憲法改正に関する論点取りまとめ 2017.12.20
・自民党・石破茂氏の9条論「日本国憲法第9条の改正について」2018.2.23
集団的自衛権の行使を認めた閣議決定 2014.7.1 
国際連合憲章
安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会

・安倍首相、自民党大会で自衛隊明記を訴え(産経ニュース 2018.3.25) http://www.sankei.com/politics/news/180325/plt1803250049-n1.html
・「自民党改憲4項目」条文素案全文(産経ニュース 2018.3.25)https://www.sankei.com/politics/news/180325/plt1803250054-n1.html
(朝日新聞デジタル) https://digital.asahi.com/articles/DA3S13415464.html
・安倍首相の「みっともない憲法」発言(ユーチューブ 2012.12.14) https://www.youtube.com/watch?v=lNWqVJ_-XOA 
(朝日新聞デジタル)http://digital.asahi.com/senkyo/sousenkyo46/news/TKY201212140595.html

[紙媒体]
・讀賣新聞2017.5.3朝刊 首相インタビュー なお、ブログで石堂智士氏がインタビュー全文を再録している。https://blogs.yahoo.co.jp/tokocitizen_c14/43167613.html

 

森「憲法の今」(1)

世論調査の怪―「改憲必要」はなぜ急上昇したか

  世論調査結果は質問の仕方で大違い。不十分、不用意な質問文言や選択肢によって世論が歪んで映し出される場合がある。特定の意図をしのばせ、世論を一定方向に誘導することもできる。その点では、世論を反映する以上に世論を作るものである――言い古されたことだが、昨年5月3日の「安倍改憲提案」以来の憲法9条問題の世論調査について、そのことを痛感している。質問が「提案」以前と以後で大きく変わり、「改憲意見」が激増しているのだ。

・朝日新聞の改憲に関する世論調査

 たとえば朝日新聞。2月20日の1、2面に17、18日に実施した調査結果が掲載されていた。9条に関する質問は「安倍首相は憲法9条について、戦争を放棄することや戦力を持たないことを定めた項目はそのままにして、自衛隊の存在を明記する項目を追加することを提案しています。このような憲法9条の改正をする必要があると思いますか」だった。

 その結果は、「必要40%、不要44%」だった。見出しは数字をそのまま出し、「9条改憲 割れる賛否」としていた。9条改憲については「賛否拮抗」というわけである。はたして本当に「改憲」についての賛否の割合だろうか。

 昨年3月から4月にかけて行われた朝日新聞の世論調査では「9条改定賛成29%、反対63%」だった。9条の条文を示した上で、「変える方がいいと思いますか、変えないほうがいいと思いますか」と聞いた結果だ。質問の仕方によって、結果がこんなに変わったのである。

 「それは質問の仕方に問題があるのではなく、安倍提案という新しい世論変動要素ができ、その提案が評価されたからではないか」と説明できるかもしれない。しかし簡単にはうなずけない。その安倍提案が実現を意図している自衛隊像についてきちんと説明されていないからだ。

 しばしば政府関係者が持ち出す数字だが、自衛隊は、現在では92%の国民の支持を受けているという(2015年11月内閣府調査)。「その自衛隊が憲法に位置づけられていないのはおかしい」と安倍首相は主張している。かなりの人が「そうだ、そうだ」というわけだ。しかしそのうちの多くの人の自衛隊イメージは、専守防衛・災害救助・復興に奮闘する「平和的な」自衛隊像ではないだろうか。

 いうまでもなく安倍首相が明記しようという自衛隊は、「集団的自衛権を前提にした、従来とは性格が一変した自衛隊」だ。そのことを設問で明確にしておかなければ、安倍提案を説明したことにはならないのではないか。

 ・読売新聞調査では「自衛隊明記必要」意見71%

 実は他メディアも朝日新聞と同様に「自衛権について極めて厳しい制限をしたうえでの自衛隊の明記」という選択肢を欠落させたまま聞いた結果を、「改憲についての国民の意見」としている。それはいずれも安倍提案以前とかなり異なっている。それを安倍提案前と今年2月実施の調査で見てみよう。

<読売新聞の場合>
 2017年3月14日調査票郵送、4月18日までに回収、4月29日紙面発表
 質問と回答結果「憲法9条の条文には第1項と第2項があります。それぞれについて、改正する必要があると思うかどうかをお答えください。
◇「戦争を放棄すること」を定めた第1項については、改正する必要があると思いますか、ないと思いますか。・ある15% ・ない82% ・答えない2%
◇「戦力を持たないこと」などを定めた第2項についてはどうですか。 
・ある46% ・ない49% ・答えない5%」
2018年2月10~12日電話調査、14日紙面発表
 質問と回答結果「憲法に自衛隊を明記することについて、自民党は、戦力を持たないことを定めた9条第2項を維持する案と削除する案を検討しています。あなたの考えに最も近いものを、1つ選んでください。
①9条2項を維持し、自衛隊の根拠規定を追加する36%
②9条2項を削除し、自衛隊の目的や性格を明瞭にする35%
③自衛隊の存在を憲法に明記する必要はない20%
④答えない9%」

<毎日新聞の場合>
 2017年4月22~23日電話調査、5月3日紙面発表
 質問と回答結果「憲法9条を改正すべきだと思いますか、思いませんか ・思う30% ・思わない46%」
 2018年2月24~25日電話調査、26日紙面)
 質問と回答結果「憲法9条1項は戦争の放棄、2項は戦力を持たないことを定めています。自衛隊の存在を明記する改正について、あなたの考えは次のどれに近いですか。
①憲法9条の1項と2項をそのままにして自衛隊に関する条項を追加する37%
②憲法9条の第2項を削除して自衛隊を戦力として位置付ける14%
③自衛隊を憲法に明記する必要はない20%  
④わからない20%」
(以上各新聞から)

<NHKの場合>
 2017年3月(個人面接法で実施)
 「憲法9条は改正する必要があると思うか ・思う25%、必要はないと思う57% ・どちらともいえない11% ・わからない・無回答8%」
 2018年1月6日~8日電話調査
 「自民党の憲法改正推進本部は、自衛隊の明記に関する論点整理で、戦力の不保持などを定めた9条2項を維持する案と削除する案の両論を併記しました。憲法9条への自衛隊の明記について、どうすべきだと思うか聞いたところ、①『9条2項を維持して、自衛隊の存在を追記する』が16%、②『9条2項を削除して、自衛隊の目的などを明確にする』が30%、③『憲法9条を変える必要はない』が38%でした」
(NHKホームページから)

 以上の調査で、①、②としたのは、いずれの調査の場合も、自民党が、昨年12月に「両論併記」で発表した、いわば自民党の候補案である。①は安倍首相の昨年5月の提案をそのまま、②は同党安保・防衛政策に大きな影響力を持つ石破茂元防衛相の主張にほぼ沿っている。両方とも自衛隊明記を主張している。その両方を合わせると読売新聞は71%、毎日新聞では51%、NHKは46%だった。それを「改憲賛成」とすれば、毎日新聞調査、NHK調査とも最近の数字は前年ほぼ同期より21%も増えている。読売新聞の2017年春の調査は第1項、第2項それぞれについて賛否を聞いているので、いちがいには言えないが、「改憲賛成は大幅増」の印象を与えている。

・石破提案と「戦力」の説明

  なぜそうした「世論の変化」が生まれたのか。その一つの理由は、もともと「自衛隊明記が必要」と考える層が潜在的にあり、それが安倍提案によって表面に浮かび上がったということが考えられだろう。ところがもう一つの理由を見過ごすわけにはいかない。それは質問文言や選択肢の不十分さ、あるいは意図的とも思える質問によって生じたのではないか、ということである。

 安倍提案には「集団的自衛権を前提とした自衛隊」が明らかにされていないことは、すでに指摘した通りである。石破氏の主張についても、毎日調査を除いて重大な指摘が欠けている。それは石破氏の年来の主張は、自衛隊の「戦力」としての性格・目的を明確にするということだ。その記載がなければ、回答者の多くは「白紙の状態で、これから目的などを決めていくんだ」と勘違いしてしまうのではないだろうか。その点で、毎日新聞調査の結果が示唆的だ。②への支持が読売、NHKに比べて非常に少ないのは、「戦力としての自衛隊の位置づけ」と自民党併記案の内容を明確にしているからではないだろうか。

 「注目すべき質問」は、読売新聞のものだ。いきなり「憲法に自衛隊の存在を明記することについて、」となっている。これでは、かなりの回答者は「明記することが前提で、それにあたってどう明記すべきか」を問われているような気持ちになり、2つのうちどちらかを選んでしまうのではないだろうか。

  改憲意見の急増という〝怪〟現象の背景を考えると、質問項目自体が「集団的自衛権を認めないという考えに立ったうえでの自衛隊明記」という視点を欠いていることに行きつく。これだと、どうしても既存の改憲論議の支配的潮流に流されてしまう。

 たとえば、まず「あなたは自衛隊の存在を明記することに賛成ですか、反対ですか」を聞く。そして賛成の人に「その自衛隊は集団的自衛権を前提にしたものですか、それとも集団的自衛権を否定したものですか」と聞けば、答えはだいぶ違ってくるだろうし、以下のような選択肢を設ければ、さらに正確に国民の意見を知ることができるだろう。
 ①9条改定は不要 ②集団的自衛権の容認とそれを担保する組織(自衛隊)の明記 ③(集団的自衛権を否定し、専守防衛の範囲内での自衛権にとどめるなど)自衛権についてきわめて厳しい制限をし、それを担保する組織の明記(③は「新9条案」「護憲的改憲論」などと称され、急速に注目を集めているもの)。

 憲法という国の基本法を改めるということであれば、大事なのは改憲をめぐるいろんな論議を丁寧に説明し、国民が改憲の意味をよく理解したうえで選択できるようにすることである。集団的自衛権そのものが、歴代の内閣が日本国憲法下では「違憲」だと見なしていたものである。それが安倍政権によって強引に閣議決定された経緯を考えると、改憲論議において「集団的自衛権」に触れないわけにはいかないだろう。

 ちなみに朝日新聞の3月調査(17、18日実施)では、質問は「安倍首相は、憲法9条を改正し、自衛隊の存在を憲法に明記することを提案しています。安倍政権のもとで、こうした憲法の改正をすることに賛成ですか」に変わり、賛成33%、反対51%だった。読売新聞の調査(10、11日実施)では「自民党は、憲法に自衛隊の存在を明記することについて、戦力を持たないことを定めた9条2項を維持したうえで、自衛隊の根拠規定を追加する案を検討しています。この案に、賛成ですか反対ですか」という質問に、賛成44%、反対41%だった。毎日新聞調査(17、18日実施)では2月と同文の質問に、「憲法9条の1項と2項はそのままにして自衛隊に関する条項を追加する」が38%、「憲法9条の2項を削除して自衛隊を戦力と位置付ける」12%、「自衛隊を憲法に明記する必要はない」18%だった。

 朝日の場合は、「安倍首相のもとで」という文言を入れただけで、「改憲賛成」は7%減り、「反対」は逆に7%増えている。読売の場合は、前月の「改憲賛成」71%とは大違いの数字が出てきている。自民党案の選択肢を2つから1つに減らしたことが大きな原因ではないか。9条をめぐる「世論」の振幅の激しさは、かなりの程度調査する側の質問の仕方に起因しているといえる。

 いま必要なのは、安易な質問項目によって〝捻じ曲げられた〟世論を作り上げることではなく、<日本国憲法の今>を理解できる材料を読者に提供することではないだろうか。いささか面はゆいが、本連載はその一環をめざしている。

追記(2018.6.20)

●選択肢から「2項削除案」が消えた

 全国紙、通信社、TVキー局など大手メディアは、毎年3月から4月にかけて憲法に集中した世論調査(憲法調査)を実施し、その結果を5月3日の憲法記念日の前後に発表している。(以後調査実施月を明示しない限り、「調査」は憲法調査をさす)。

 通常はそのときどきの政治課題、社会現象への質問と合わせての調査なので、「賛成」「反対」までしか聞いていないが、この調査では、いくつかの重要設問については「賛成」「反対」の理由まで聞いている。そのため、かなりきめ細かく国民の「憲法観」が浮かび上がってくる。

 今回調査の特徴は、前稿で指摘した、9条改定意見の選択肢から「2項を削除して自衛隊を戦力と位置付ける」が消え、「憲法9条の1項と2項をそのままにして自衛隊を明記する」だけになったことである。自民党の改憲案が、昨年5月の安倍首相提案の方向でほぼまとまった、ということが理由だろう。その結果、もともと2項削除論を選択肢としていなかった朝日を除く調査では、みかけの「改憲賛成」はかなり減っている。

 一方、選択肢として残った「安倍・自民党提案」が集団的自衛権を前提にしたものであることについては、一部の社の調査ではこれまでより踏み込んではいるものの、全体的には記述にまだ消極的だ。

 朝日新聞調査では、質問は「安倍首相は、憲法9条の1項と2項をそのままにして、新たに自衛隊の存在を明記する憲法改正案を提案しています。こうした9条の改正に賛成ですか。反対ですか」で、「賛成」39%、「反対」53%、「その他・答えない」8%だった。

 「賛成」「反対」の理由を聞く設問には、賛成理由の選択肢に「自衛隊を憲法に明記することで、自衛隊が海外で活動しやすくなるから」、反対理由の選択肢に「自衛隊を憲法に明記することで、自衛隊の海外活動が拡大する恐れがあるから」があるが、それぞれが集団的自衛権と不可分に結びついていることの記述はない。

 読売新聞調査の質問は、「憲法9条について、戦争の放棄や戦力を持たないことなどを定めた今の条文を変えずに、自衛隊の存在を明記する条文を追加することに、賛成ですか、反対ですか」で、「賛成」55%、「反対」42%だった。同社もその理由を聞いているが、その選択肢には示唆的にでも安倍案が集団的自衛権を前提にしていることを指摘したものはない。

 毎日新聞調査は、「自民党は憲法9条の1項と2項はそのままにして、新たに設ける9条の2に自衛隊の存在を明記し、『必要な自衛の措置をとることを妨げない』とする改正案をまとめました。自衛隊の位置づけが明確になる一方で、集団的自衛権の全面的な行使容認につながるとの指摘もあります。この案について賛成ですか、反対ですか」と、自民党(安倍)案と集団的自衛権の関係について述べている。その質問には「賛成」27%、「反対」31%、「わからない」29%だった。

 NHKは「あなたは、憲法改正について、戦力の不保持などを定めた9条を維持したまま、自衛隊の存在を明記することに賛成ですか。反対ですか。それともどちらとも言えませんか」に「賛成」31%、「反対」23%、「どらともいえない」40%、「わからない・無回答」6%、だった。

 毎日、NHK調査で「どちらともいえない」「わからない」が、朝日、読売の調査に比べてかなり多いのは、質問票を郵送して返送までに1か月程度の時間があった朝日、読売調査に対し、電話での調査で、回答者に考える時間が少なかったためだろうか。NHKの場合は「わざわざどちらともいえませんか」としていることも影響しているかもしれない。

●自衛隊の活動を制約するために「改憲賛成」も

 前稿で、筆者は「憲法9条の1項と2項をそのままにして自衛隊を明記する」「2項を削除して自衛隊を戦力と位置付ける」という2つの選択肢を、ともに「9条改定に賛成意見」とした。その観点からいえば、2月調査では改定賛成意見は読売調査では71%、毎日調査では51%、NHK調査では46%だった。数字の上では「自衛隊明記」賛成意見はかなり減っているのである。

 「自衛隊明記」反対派にとって喜ぶべきことだろうか。必ずしもそうはいえない。読売調査では、一見護憲意見とみられる「自民党案に反対」意見の中に、「自衛隊を国防軍と位置付ける憲法改正を行うべきだから」という理由を挙げた回答者が20%強含まれているのである。毎日調査では13%、NHK調査では3%が、同趣旨の理由を選択している。

 安倍政権下での改憲発議があるとすれば、それは「自衛隊明記に賛成か反対か」ということになるだろう。その場合、この層のほぼ全員と「わからない」層のかなりは、賛成票を投じることになるのではないだろうか。

 しかし一方では、逆の現象もある。前稿では紹介しなかった共同通信社も郵送で憲法世論調査をしており、「あなたは『戦争放棄』や『戦力の不保持』を定めた憲法9条を改正する必要があると思いますか、改正する必要はないと思いますか」と質問している。結果は「必要がある」44%、「必要ない」46%、無回答10%だったが、「必要がある」という理由の中に選択肢として「自衛隊の活動範囲を『専守防衛』に制約するため」を入れている。「改憲賛成」意見を持つ人の10%がそれを選択している。

 そうした意見は、いわば「護憲的改憲論」だが、これまであまり紹介されることはなかった。しかし今後、選択肢の1つとしてはっきりとした形で浮上してきた場合はどうなるか。憲法9条についての新しく、大きな民意が見えてくるかもしれない。