森「憲法の今」(2)

安倍首相主導改憲案の遮二無二とご都合主義

 国会の場での本格審議入りをめぐって一進一退の日本国憲法改定問題(以後「改憲問題」)だが、改憲を「悲願」とする安倍首相およびその周辺の数々の強引なやり方には、国会や国民との間で丁寧な論議を経て合意に至ろうとする、国の基本法を改める際に期待される姿勢がきわめて希薄だ。

 安倍政権の強引な手法は次の2点に顕著である。

<1>安倍首相は2017(以後は2桁年だけ記載)年5月、これまでの自民党改憲草案とは異なる改憲案を、唐突に、しかも私的なルートで提示、自民党は党内議論すら十分に行わずに両論併記の「取りまとめ」を公表した。

<2>安倍内閣は14年7月、従来、憲法9条に違反すると理解されてきた「集団的自衛権」を閣議で容認することに踏み切った。安倍改憲案はこの決定を前提にしている。

 安倍政権は国の基本法に絡む重大決定をあいまいな手続きで進め、憲法学者の意見も含めて、多くの異論をほとんど無視している。安倍首相が進める9条をめぐる改憲や自民党改憲草案のねらい、さらには改憲をめぐるさまざまな意見を整理し、<日本国憲法の今>を考える判断材料(データ)を提供したい。あわせて国民1人ひとりが重要な事態を迎えていることに注意を喚起できればと願っている。

 まず、これまでの経緯をあらためて振り返ると同時に問題点を指摘し、次回で国会の憲法審査会の役割、私たちの決断が示されることになる国民投票についてふれたい。

<Ⅰ>安倍改憲案と従来の自民党案との齟齬

 安倍晋三首相は憲法制定70周年の17年5月3日、読売新聞でのインタビューや改憲をめざしている日本会議など主催の集会で(ビデオメッセージの形で)、自民党総裁として「憲法9条は1項、2項とも残し、追加として自衛隊の記述を明記する」こと、および「2020年の施行をめざす」との方針を示した。

 「自民党総裁」としての発言といいながら、「首相官邸」でインタビューを受けたり、それを録画したりする公私のけじめのなさ(「党総裁」は「首相」に比べれば「私」だろう)、重大な提案を自民党機関紙でもない一新聞で公表、しかも国会答弁で「私の意見は読売新聞で読んでほしい」と述べる不誠実な態度はさまざまに批判されたが、このインタビュー記事によれば、首相は今回の提案と従来の自民党案との違いについて、「党の目指すべき改正はあの通りだが、政治は現実であり、結果を出していくことが求められる。改正草案にこだわるべきではない。……。9条1項、2項をそのまま残し、そして自衛隊の存在を記述する。どのように記述するかを議論してもらいたい」と述べている。

 その安倍提案を受けて自民党憲法改正推進本部は、改定案のとりまとめに入ったが、容易にまとまらなかった。そもそも自民党には12年に策定した憲法改正草案がある。戦争放棄をうたった9条に関しては、1項はほぼそのまま残され、2項(戦力不保持・交戦権の否認)は削除され、国防軍の保持が入れられている。

 「安倍提案」と「自民党草案」とは、少なくとも文言の上では大きな違いがある。その間を埋めるための調整はどうなっていたのか。それは問題の性格上、ちょっと料亭で話し合う、ということではすまない。党を挙げての大議論になるはずだ。ところがそれが安倍発言以前にあったとは聞いたことがない。「自分の意志は党の意志」。安倍一強の一つの具体例だろうが、さすがに党内から強い反発が出た。

・党内混乱を示す「論点取りまとめ」

 その代表が以前から9条問題には一家言も二家言も持っていた石破茂氏(元防衛庁長官・防衛大臣)である。彼は、あらためて9条第2項を削除して、自衛隊を「戦力」として位置付ける、という党草案に沿った案を提起した。その他、議論百出し、党案のとりまとめはずるずると伸び、昨年末に憲法改正推進本部が示した「憲法改正に関する論点取りまとめ」では、9条については、「改正の方向性として以下の二通りが述べられた。『①9条1項・2項を維持したうえで、自衛隊を明記するにとどめるべき』との意見、『②9条2項を削除し、自衛隊の目的・性格をより明確化する改正を行うべき』との意見」として、首相案と従来案とが併記されていた。ここには首相提案を受けて混乱した党内事情が浮き彫りになっている。そうしたことから細田本部長が「今年3月25日の党大会には」としていた具体的な改憲文言の決定は、その党大会では二階俊博幹事長から同党が検討している「改憲4項目」の「条文イメージ・たたき台素案がまとまった」と報告されるにとどまった。

 首相案はどういう経過で浮上したのか。この経緯はきわめて不鮮明である。2012年12月、首相はネット番組で、憲法の「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」という前文をとらえて「つまり、自分たちの安全を世界に任せますよと言っている。…いじましいんですね。みっともない憲法ですよ、はっきり言って」とまで述べている。そこまで忌み嫌う憲法の根幹ともいえる9条1項、2項とも残すというのはどういうことだろうか。「とりあえず後退したように見せておこう。とにかく自衛隊の存在を明記さえすれば、後はどうとでもなる」という「戦略」が透けて見える。

 また、つけ加えられた教育問題は、維新の党が以前から主張していたもので、安倍提案の裏には、公明党に加えて改憲発議に必要な国会議員の3分の2をさらに増やし、20年までに「自分の手で」何としても改憲したいという安倍首相の強い執念がにじみ出ていると言えよう。

<Ⅱ>集団的自衛権の強引な閣議決定

 上記のような憲法観を持つ安倍氏にとって、06年9月の首相就任は改憲へ満を持してのものだった。それだけに現在まで、見方によっては「周到」「強腕」とも「強引」「遮二無二」ともいえる軌跡がくっきりと残されている。その具体的現れが「集団的自衛権」をめぐる動きだった。

 首相としての安倍氏が、具体的に9条改憲への道を開き始めたのは就任から約半年後の07年4月のことで、集団的自衛権の問題を含めた、憲法との関係の整理につき研究を行うための私的諮問機関として「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」を設置した。私的諮問機関だから、そのメンバーは自由に選べる。座長となった柳井俊二・元駐米大使ら13人のメンバーの多くは集団的自衛権に積極派として知られていた人たちだった。

 その時点での政府の9条解釈は、1972年10月に田中角栄内閣が参院決算委員会に提出した答弁書にあり、9年後に鈴木善幸内閣がほぼ同内容を閣議決定し、歴代内閣が踏襲してきた下記のような見解だった。

 「憲法は…わが国がみずからの存立を全うし国民が平和のうちに生存することまでも放棄していないことは明らかであって、自国の平和と安全を維持しその存立を全うするために必要な自衛の措置をとることを禁じているとは考えられない。しかし、平和主義をその基本原則とする憲法が、自衛のための措置を無制限に認めるとは解されないのであって、それは、あくまで外国の武力攻撃によって国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底からくつがえされるという急迫、不正の事態に対処し、国民のこれらの権利を守るためのやむを得ない措置としてはじめて容認されるものであるから、その措置は、右(ここでは上)の事態を排除するためにとられるべき必要最小限の範囲にとどまるべきものである。したがって、他国に加えられた武力攻撃を阻止することをその内容とする、いわゆる集団的自衛権の行使は、憲法上許されないといわざるを得ない」

 しかし柳井座長は朝日新聞のインタビューに「安全保障の議論にタブーはない」として、集団的自衛権に踏み込む姿勢を示した(07年4月26日付4面)。そのまま進めば、その年の秋に報告書が出され、安倍首相は集団的自衛権容認に一直線に走ったかもしれない。

 ところが首相に蹉跌が待っていた。07年7月の参院選で、相次ぐ閣僚の不祥事や年金データの入力ミス、郵政造反組の復党問題などがあって大敗、自身も体調に異変をきたし、9月に辞任せざるをえなくなった。後任の福田康夫首相は、懇談会に冷ややかで、同内閣誕生後は一度も開かれなかった。ところが12年、9月に谷垣禎一総裁の任期満了を受けて行われた選挙で安倍氏が石破茂、石原伸晃両氏をやぶって再選されるという逆転劇が起こる。

・国連憲章と「集団的自衛権」

 集団的自衛権をめぐる動きも再燃した。このことにふれる前に、集団的自衛権とは何かについておさらいしておこう。

 集団的自衛権は、概念として政府文書でもしばしば使われているが、明確な定義がされているわけではない。その行使は国連憲章第51条に【自衛権】として「この憲章のいかなる規定も、国際連合加盟国に対して武力攻撃が発生した場合には、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置をとるまでの間、個別的又は集団的自衛の固有の権利を害するものではない」と述べられているが、個別的、集団的自衛(権)そのものについての定義は見当たらない。

 たとえばブリタニカ国際大百科事典では、英文をright of collective self-defenseとして下記のように説明されている。本稿では集団的自衛権については概ねそれに従う。

 「国際関係において武力攻撃が発生した場合、被攻撃国と密接な関係にある他国がその攻撃を自国の安全を危うくするものと認め、必要かつ相当の限度で反撃する権利。自衛権の一つで、個別的自衛権(individual right of self-defense)に対していう。国連憲章51条において、安全保障理事会が有効な措置をとるまでの間、各国に個別的自衛権と集団的自衛権の行使が認められている」

 一方、個別的自衛権とは、「他国からの武力攻撃に対し、実力をもってこれを阻止・排除する権利である」とされている。

 なお、似た言葉として「集団安全保障(collective security)」があるが、「対立している国家をも含め、世界的あるいは地域的に、すべての関係諸国が互いに武力行使をしないことを約束し,約束に反して平和を破壊しようとしたり,破壊した国があった場合には,他のすべての国の協力によってその破壊を防止または抑圧しようとする安全保障の方式」と説明されている。PKO(国連平和維持活動)はそれにあたる

・2014年の閣議決定

 さて、自民党総裁として12年12月の総選挙で大勝し、首相の座に復帰した安倍氏は、2カ月後に「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」を再開した。メンバーは1人が新たに加わった以外は設置時と同じだった。

 半年後の8月には、外務省国際法局長として最初の懇談会の立案実務に携わり、集団的自衛権容認に積極的と見られていた小松一郎駐仏大使を、外交官出身として初めて内閣法制局長官に起用した。法制局は、内閣の下で法案や法制の法的妥当性や瑕疵についての審査・調査等を行い、内閣に対して意見具申をする機関で、高度な法知識が必要とされている。ところが小松氏はそれまで法制局に勤務したことはなかった。

 その年の12月、国家安全保障の重要事項を審議する機関として、アメリカのNSC(National Security Council)を模した国家安全保障会議が設置され、そのサポート機関として内閣官房に国家安全保障局が新設された。同会議は安倍首相が第一次内閣で実現を目指したが、成らなかったものだ。

 14年5月15日に先の懇談会の報告書が出された。前文で「我が国を取り巻く安全法環境は、2008年6月の安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会の報告書提出以降一層大きく変化した」として、北朝鮮のミサイル開発や中国の国防費の増大など、日本を取り巻く安全保障環境の変化が強調され、前報告書よりさらに強く集団的自衛権容認の必要性を説くものだった。小松氏はその翌日体調不良で辞職、6月23日に死去した。

 報告を受けて安倍内閣は、7月1日に集団的自衛権についてそれまでの内閣の解釈を覆す閣議決定を行った。決定文には「日本国憲法の施行から67年となる今日までの間に、我が国を取り巻く安全保障環境は根本的に変容するとともに、更に変化し続け、我が国は複雑かつ重大な国家安全保障上の課題に直面している。いかなる事態においても国民の命と平和な暮らしを守り抜くためには、これまでの憲法解釈のままでは必ずしも十分な対応ができないおそれがあることから、いかなる解釈が適切か検討してきた」とあり、それに続いて「憲法9条が、我が国が自国の平和と安全を維持し、その存立を全うするために必要な自衛の措置を禁じているとは到底理解されない」とし、集団的自衛権容認に踏み込むものだった。

 翌年4月、安倍首相は米議会上下両院合同会議で演説し、「日本は、世界の平和と安定のため、これまで以上に責任を果たしていく。そのために必要な法案の成立を、この夏までに、必ず実現する」と述べた。これから国会に提出し、審査を受ける法案の成立をその前に米国の議会で約束するという、首相がしばしば口にする「国辱的」ともいえる行為だった。

[リンク集・資料集]

 このリンク集では、本文中、ゴチックになっている用語を中心に、オンライン上で参照できる資料にリンクを張って、読者の便宜に供したいと考えています。オンラインメディアならではの利点です。第一次ソースにはリンクを埋め込んでありますが(文字をクリックすれば先方に飛びます)、メディアやブログなどを見れば参照できる記録などについても、URLを紹介しています。他のリンク先をご存知の方は、コメント欄やサイバー燈台へのメール(info@cyber-literacy.com)までお知らせください。適時、補充していくつもりです。

憲法改正に関する安倍首相ビデオメッセージ 2017.5.3
自由民主党日本国憲法改正草案 2012.4.27
自民党の憲法改正に関する論点取りまとめ 2017.12.20
・自民党・石破茂氏の9条論「日本国憲法第9条の改正について」2018.2.23
集団的自衛権の行使を認めた閣議決定 2014.7.1 
国際連合憲章
安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会

・安倍首相、自民党大会で自衛隊明記を訴え(産経ニュース 2018.3.25) http://www.sankei.com/politics/news/180325/plt1803250049-n1.html
・「自民党改憲4項目」条文素案全文(産経ニュース 2018.3.25)https://www.sankei.com/politics/news/180325/plt1803250054-n1.html
(朝日新聞デジタル) https://digital.asahi.com/articles/DA3S13415464.html
・安倍首相の「みっともない憲法」発言(ユーチューブ 2012.12.14) https://www.youtube.com/watch?v=lNWqVJ_-XOA 
(朝日新聞デジタル)http://digital.asahi.com/senkyo/sousenkyo46/news/TKY201212140595.html

[紙媒体]
・讀賣新聞2017.5.3朝刊 首相インタビュー なお、ブログで石堂智士氏がインタビュー全文を再録している。https://blogs.yahoo.co.jp/tokocitizen_c14/43167613.html

 

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