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2011年10月03日

ソーシャルメディア④ウィキリークスと情報発信に伴う責任(2011/9)

 3回にわたってソーシャルメディアの話題を追ってきた。これら電子メディア群のうち何が今後も生き残っていくかはそれ自体興味深いテーマだが、本連載ではなお数回、ソーシャルメディアの現状と課題について取り上げる。

 ソーシャルメディアというのは、一般にブログ、ツイッター、フェイスブック、ミクシィ、ユーチューブ、ニコニコ動画、ウィキペディア、ウィキリークスなど多種多彩な電子メディア群のことである。それはWeb2.0で輩出したUGC(User Generated Content)であり、CGM(Consumer Generated Media)であり、日本風に言えば、「消費者生成メディア」である。

 私はマスメディアとパーソナルメディアが錯綜する現下のメディア状況を「総メディア社会」と呼んできたが、ソーシャルメディアはパーソナルメディアの発展した姿と捉えることができる。とくにツイッターとフェイスブックは、マスメディアをも包含した「総メディア社会」全体の基幹インフラの位置を占めはじめている。

 ソーシャルメディアは、日本では東日本大震災を契機に話題になったけれど、世界的にはチュニジア、エジプト、リビアなどの「アラブ革命」を惹起し、それを短期間に拡大させ、成功させたメディアとして大きな脚光を浴びた。英語版ウィキペディアの「ソーシャルメディア」の項には、カイロの活動家の「われわれはフェイスブックで抗議行動を立案し、ツイッターで組織化し、ユーチューブでその事実を世界に伝えた」という発言が紹介されている(1)

 今回は、アラブ革命にも影響を与え、既存メディア地図を大きく塗り替えたウィキリークス(Wikileaks)を通して、情報の編集ということについて考えてみよう。

マスメディアとの協同作業

 ウィキリークスはグローバルな内部告発サイトで、2010年に公開したイラク戦争やアフガニスタン戦争の内部資料暴露で国際的な「事件」になった。

 2010/4 イラクの米軍ヘリが通信社記者らを射殺した動画(collateral murder)
   同/7 アフガニスタン戦争に関する情報(Afghan War Diary)7万件以上
  同/10 イラク戦争の米軍機密情報(Iraq War Logs)約40万件
  同/11 米外交公電約25万件の一部

 量の膨大さがまず驚きである。ニューヨーク・タイムズの調査報道(1971年)として有名なベトナム秘密文書は約7000ページ。これをニューヨーク・タイムズに持ち込んだ内部告発者、ダニエル・エルズバークは「膨大」な書類をせっせとコピー機でコピーしたが、イラク・バクダッド郊外での米軍用ヘリの殺傷ビデオ、イラク戦争関連資料、米外交公電などのデジタルデータ量は「ケタ外れ」に大きく、しかもそのすべてがブラッドリー・マニングという当時22歳だった米技術兵によってリークされた。彼は軍のネットワークにアクセスして、レイディガガの曲を鼻歌まじりに口ずさみながら、データをCD-ROMコピー、それを匿名ネットワークによってウィキリークスに送った。まさにデジタル情報時代ならではの出来事である。

 これらの情報入手はウィキリークスによって予告され、段階的に公開されたが、その作業が既存マスメディアとの協力のもとに行われたことは特筆に値する。

 ウィキリークスの創設者、ジュリアン・アサンジは元ハッカーで、情報は基本的に秘密にされるべきではない、情報はすべて善であるとの考えの持ち主だったが、公開情報の中に一般人のプライバシーを侵害したり、名前が公表されることで関係者の身に危害が及ぶケースがあり、この点を人権擁護団体なから批判されている。ウィキリークス単独で公表しても反響が小さかったこともあり、アサンジはマスメディアとの共闘を考えるようになった。

 一方マスメディアの方も、特ダネ情報を入手するためにウィキリークスに接触をはか
る。その代表がイギリスの新聞、ガーディアンとドイツの週刊誌、シュピーゲルで、他のメディアも含む大手メディア群とウィキリークスの間で共同プロジェクトが作られた。その経緯はガーディアン特命取材チームが書いた『ウィキリークス アサンジの戦争』(2)に詳しい。それは、従来のメディアにほとんど無知のハッカー、アサンジと既存メディアの編集倫理のせめぎあいの物語でもある。「もしも、この文書が公開されれば、情報提供者も近親者もタリバンに処刑されるかもしれない。だが、アサンジは『気にもかけなかった』」というガーディアン記者の感慨も紹介されている。

 興味をお持ちの方には一読をおすすめするが、ここで指摘したいのは、情報を公開しようとすれば、どうしても一定の編集をせざるを得ないということである。

情報発信者の責任

 マスメディアの時代には、マスメディアが編集権を持ち、また結果に対する責任を負っていた(これを私は「編集メディア」と呼んできた)。しかしブログなどは、個人が基本的に何でも書ける「無編集メディア」である。だから誤りや思い違いも含まれる。公開後にそれを見た人びとによって修正されたり、あるいは反論されたり、場合によっては攻撃されるといった報復によって、何らかの編集が行われることもある。だからソーシャルメディアは「相互編集メディア」でもあるが、万人が情報発信できるメディアをもった現在、情報発信を行う出発点において、何を公開し、何は公開しないかを決断する責任が個人一人ひとりに委ねられる。

 ウィキリークスとは規模が違うけれど、情報発信にともなう責任のあり方は同じである。

 ウィキリークスのナンバー2だったドイツ人プログラマー、ダニエル・ドムシャイト‐ベルクはのちにアサンジと決別、2011年に新しい内部告発サイト、オープンリークス(Openleaks)を開設している。運営をより民主的に行うと同時に、オープンリークスを内部告発の受け皿に限定、内部告発者自身が公開メディアを選べるとしている。この場合においては、オープンリークスはいっさいの編集にタッチしないから、いよいよ情報提供者の責任が大きくなると言えるだろう。

<注>
(1)Wikipedia 2011.6.8確認
(2)ガーディアン特命取材チーム『ウィキリークス アサンジの戦争』(講談社、2011)。ウィキリークス関連では、ダニエル・ドムシャイト‐ベルク『ウィキリークスの内幕』(文藝春秋、2011)、マルセル・ローゼンバッハ/ボルガー・シュタルク『全貌ウィキリークス』(早川書房、2011)も興味深い。最後に紹介したのはドイツの週刊誌・シュピーゲルの編集者によるもので、骨格のしっかりした本である。

投稿者: Naoaki Yano | 2011年10月03日 14:54

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