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2011年08月30日

ソーシャルメディア③サイバー空間に徐々に広がる実名発信(2011/8)

 前回、サイバー空間における生身の「人」の役割に注目したが、これは、インターネット上の情報発信が実名で行われているからである。もちろん今でも匿名発信は多く、それはそれで意味もあり、他方では大きな問題も抱えているけれども、ツイッター、フェイスブックといったソーシャルメディアは、サイバー空間における情報発信を匿名から実名へとシフトさせつつあると言えそうである。

 匿名で情報発信できるところにインターネットの良さがあるのはたしかだが、その匿名を隠れ蓑にして、自分の身を安全な場所に確保したうえで他人を容赦なく攻撃するやり方も後を絶たない。より積極的ないじめ、名誉毀損、犯罪的行為などが社会問題になることも多い。

「アイデンティティは一つ」

 また日本においては、もともと自ら名乗って自説を開陳することに対する抵抗も強く、実名による情報発信は、IT関係者、学者、ジャーナリスト、起業家、政治家といった、実名発信に意味を求められる一部の専門家を別にすると、決して多くはなかった(1)。

 匿名発信か実名発信かは、インターネット普及以来、時に応じて、あるいは「ブログ炎上」などの事件が起こるたびに議論されてきた。匿名を批判する側は「匿名で他人を攻撃するのは卑怯である」と言い、それを擁護する側は「実名を唱えるのは強者の論理で、いつ攻撃されるかわからないネットにおいて実名で発言するのは危険である」と反論するのが通例だったが、ここへきて、発言に対する責任のとり方といった文脈ではなく、サイバー空間においても実名を使った方が自然だし、実際に便利である、といった風潮が出てきた。

 実名主義と言えばフェイスブックで、すでに世界で6億人のユーザーを獲得しているが、その創始者、マーク・ザッカーバーグは、たとえばハンドルネームを使うことに対して「二つのアイデンティティを持つのは、人間として完全とは言えない」といったふうな発言をしている。サイバー空間でも現実世界でも同じ個性(アイデンティティ)をもって生きるべきだという宣言である。

 ソーシャルメディアの発達で、そう考える人、そういう意見に共感する人たちが増えているように思われる。

実名ブログは就活に便利

 リクルートの就活サイト、「リクナビ」は2010年秋からフェイスブックと連係し、フェイスブックのアプリケーション「コネクション・サーチ」を使えるようにした。たとえば自分が通っている学校や志望業界を登録すると、同じ業界を目指す仲間や、志望業界に内定している先輩、志望業界で働く仲間を探せる。就職活動を一人でやるのではなく仲間、先輩などと情報交換しながらよりオープンに行おうという試みである。

 また、はてな代表取締役、近藤淳也は2005年の段階で「ブログはインターネット上の人格みたいなもので、履歴書と言う実社会の人格を表す書類と同時に、ブログというインターネット社会の中での人格が無いと、なかなかその人を判断できないのではないかと気付いたのです。最近は、応募者のブログを何か月分も読んで採用の判断を行うことが増えています。インターネット企業に限らず、採用の際に自分のブログの提出が必要な企業がこれから増えてくるかもしれません」と書いている(2)。

 これを受けてプログラマーの中島聡も、就職活動を有利にするために「できれば実名でブログを書く」ことを推奨、「ビジネスの世界では既にブログが名刺代わりになり始めている」と付記している(3)。彼によれば、アメリカでも(当然)事情は同じで、米紙ウオールストリートジャーナルが「ブログは新しい職業を見つけるのに役立つ(How Blogging on the Web Can Help you Get a NewJob)」という特集をしたこともあるらしい。

 企業のマーケティング担当者にとって実名情報がありがたいのはもちろんで、ソーシャルメディアのマーケティング活用に詳しい徳力基彦は、「今まではペンネームだったため、ネット上の発言はオタクでよくわからないやつの発言だから無視して良いというのが経営層のイメージだったと思いますが、実名になった瞬間、この人はうちの会社に何万円落としている人だというのがわかったり、クレームをつけてきた人が優良顧客だったということになれば、対応がまったく変わるはずです」と述べている(4)。

グーグルからフェイスブックへ

 ウエブ2.0が、ネットワーク万能時代への推移という意味で、「マイクロソフトからグーグルへ」とも形容される変化だったとすれば、今回のトレンド変化は、「グーグルからフェイスブックへ」と言っていいかもしれない。コンピュータ・アルゴリズムの力技で世界の全情報を収集、検索(機械的に処理)しようとするグーグルに対して、フェイスブックは、生身の人間のコミュニケーションを重視しているからである。グーグルが最近、SNSサービス(グーグルプラス)に乗り出したのも象徴的である。

 ツイッターは実名、匿名両様だが、実名ツイートの力が大きくなっているのは前回、紹介した通りである。ツイッターでのツイート(発言)やフォロアー数、他人の発言をリツイートした回数、発言へのアクセス、発言に言及された回数などを指標に、その人のサイバー空間における影響度を1から100までの数字で示す「クラウトスコア」というサービスも登場している(5)。ツイッターだけでなく、フェイスブックでの情報発信の成果も加味できるようになっており、当然、レイディガガ、孫正義、オバマ大統領などのクラウト数はたいへん高い。

 もちろん完全な匿名を保証したグローバルな内部告発サイト・ウィキリークス、サイバー攻撃を繰り返す集団「アノニマス(匿名という意味)」など、サイバー空間における匿名の比重は依然として大きい。しかし、匿名、実名のあり方も含めて、サイバー空間の様相が急速に変わりつつあるのはたしかである。

<注>
(1)総務省情報通信政策研究所が2007年2月に行ったウエブ・アンケート「インターネットと匿名性」(有効回答数1000人)によれば、ブログやSNSの利用に関して、実名で公開していると答えたのはわずか2.5%だった(ハンドルネームでの公開が52.5%)。ブログ発信そのものがまだ少なかったけれど、ほとんどが匿名、ないしはハンドル名だった。
(2)http://d.hatena.ne.jp/jkondo/20051215/1134601112
(3)中島聡『エンジニアとしての生き方』(インプレスジャパン、2011)
(4)対談・徳力基彦×藤田明久「ソーシャルメディアとこれからのマーケティング・コミュニケーション」(電通『アド・スタディーズ』2011春、所収)
(5)http://klout.com/

投稿者: Naoaki Yano | 2011年08月30日 16:30

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