« 便利な生活の裏に恐怖が張りつく「超監視社会」(2017/3) | メイン | ケータイ30年―スマホが唯一の情報端末になりつつある(2017/5) »

2017年05月06日

なし崩し的な捜査手法に歯止め―GPS捜査違法判決(2017/4)

 最高裁判所大法廷(寺田逸郎裁判長)は3月15日、裁判所の令状なしに捜査対象者の車両にGPS(全地球測位システム)発信器を取り付ける捜査は違法だとの判断を示した。先月号で国民の安全より捜査の効率を優先するような風潮には社会全体で歯止めをかける努力が必要だと書いたけれど、その点で大いに評価できる判決である。

GPS捜査には令状必要

 2012年から13年にかけて大阪で発生した窃盗事件の捜査で、大阪府警は令状を取らずに被疑者らの車やバイク十数台にGPS発信器を取り付けていた。一審の大阪地裁は令状なしのGPS捜査は違法だとしてそれ以外の証拠で有罪と判断、大阪高裁はGPS捜査を違法と判示しなかったが、量刑は一審判決を維持した。今回の上告審は、被告側の上告を棄却する(懲役5年6月の有罪が確定)中で、GPS捜査のあり方に関して新たな判断を示した。

 判決理由の骨子は、①GPS捜査は、公道上のみならず、個人のプライバシーが強く保護されるべき場所や空間も含めて、「個人の行動を継続的、網羅的に把握する」もので、「公権力による私的領域への侵入を伴う」(プライバシーを侵害する)。②憲法35条が保障する、令状なしに家宅捜索や所持品の押収をされない権利を侵害する、③GPS捜査は令状が必要な強制捜査である、というもの。

 GPS捜査をめぐっては、これまでも下級審で判断が出ているが、利用の態様に応じてプライバシー侵害の程度を考慮する傾向が強かった。これに対して最高裁判決は、令状なしのGPS捜査は違法であるとはっきり認めた。もっともGPS捜査に関しては、令状を事前に容疑者に知らせるわけにもいかず、捜査に関する公正な手続きが保障されるような、新たな法的整備が望ましいと指摘している。

 GPS捜査に関してはこれまで法律の規定がなく、警察は内規で「任意捜査」と位置づけていたが、この判決を受けて警察庁は、GPS捜査を控えるよう全国の警察に通知を出している。

 前回ふれたように、私たちは便利さ追求のためにプライバシーを率先して売り渡したり、あるいは知らず知らずのうちに企業や公権力によって個人データを吸い上げられたりしている。どこまでは許容し、どこからは守るべきなのか、個人によって対応が異なることもあり、なかなかやっかいな問題だが、デジタル技術の制約のなさが「公権力による私的空間への侵入」をなし崩し的に拡大しがちなことは肝に銘じておくべきである。

CIAのハッキング技術を暴露

 折しも同じ3月、米CIAのハッキング技術が内部告発サイト、ウィキリークスによって暴露されている。それによると、この諜報機関はアップルやアンドロイドのスマートフォン基本ソフトやさまざまなアプリケーションソフトの弱点を突いて、これらの端末から個人情報を収集する技術を開発している。

 たとえばスマートフォンの電源が入っていなくても、マイクやカメラ機能を起動させ、周囲の会話を盗聴したり、所有者の場所を特定したりする。とくに興味深いのはサムスンのスマートテレビに関するもので、ハッキングされたテレビは、電源がオフになっているように見えながら、室内の音を録音しており、使用者がテレビの電源を入れた際に、インターネットを通じて内容をCIAのコンピュータに送る。いずれは動画撮影も可能にするという。

 車両のコンピュータ制御装置に侵入する方法も開発している。市販のソフトや一般にマルウェアと呼ばれる悪意のソフトも含めて、利用できるものは徹底的に利用して、情報収集の武器に仕立てていると言えよう。

 技術が使われた実例が具体的に暴露されたわけではないし、文書の信憑性について、当の諜報機関やホワイトハウスは論評を控えている。これらのハッキング技術はスパイ映画やSF映画に登場しているし、すでに専門家によって予見されていたものでもあるが、諜報機関が実際に試みていた実態が今回、明るみに出た。

 こういう技術は秘密裏に開発され、一般の目に触れることはほとんどない。だからこそ、当然、歯止めもないし、いきおいエスカレートもする。テロ対策やスパイ活動、あるいは犯罪捜査を離れて、いつ何時、一般の人向けに拡大されるかもしれないのがデジタル技術の怖さである。

サイバー空間には制約がない

 本連載の読者にとってはすでに懐かしい表現だろうが、サイバーリテラシー第1原則は「サイバー空間には制約がない」だった。従来のアナログな捜査では電話線に盗聴器をしかけ、それを捜査官が実際に聞いて内容をチェックする。物理的に限界が生じるから、大量の、あるいは網羅的な監視そのものが不可能だった。
 
 シュナイアーは先に紹介した本で、アナログの時代では、「FBIがギャングのメンバーの電話を盗聴する場合、妻や子どもが電話口に出たときは盗聴と録音を打ち切ることになっていた」と書いている。デジタルの盗聴では働きようがない、捜査の「たしなみ」が自然に働いていたわけである。

 法による規制がなければ、あるいはまだないことをいいことに、公権力が野放図に私的領域に侵入してくることには、社会的に歯止めをかける必要がある。

 ところで政府・与党は組織犯罪処罰法改正案を今国会に提出したが、そこには現行刑法の原則である既遂罪処罰の枠をはみ出し、犯罪準備段階でも罰することができる「共謀罪」の趣旨が盛り込まれている。同法が成立すると、デジタル技術の制約のなさが捜査官の裁量に一層大きな影響を与えることを十分警戒すべきである。SNSに軽い気持ちで書いた一言がキャッチされることにもなる。

投稿者: Naoaki Yano | 2017年05月06日 12:58

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.cyber-literacy.com/scripts/mt/mt-tb.cgi/293

Copyright © Cyber Literacy Lab.