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2017年02月21日

トランプ大統領②ネットにグローバル化へのブレーキなし(2017/2)

 半年ほど前の英EU離脱国民投票に続くトランプ大統領誕生で浮かび上がったのは、私たちが言わば当然のように、あるいはしぶしぶ受け入れてきた社会的グローバリズムやそれに伴う文化的リベラリズムが、急速に進むグローバリゼーションそのものによってほころび始めていたということである。これこそがサイバーリテラシー最大の関心事である。

「没落」中間層の強い反発

 トランプ勝利に関しては、いろんなことが言われている。

 アメリカの貧富の格差、というより一部富裕層への突出した富の蓄積が進む中で(最も所得の高い上位1%の人がアメリカ全体の所得の20%以上を、上位0.1%で全体の10%を占めるとも言われる)、一番割を食ったのが白人男性労働者層、とくに高卒以下の層である。民主党のオバマ政権下で、人種差別の撤廃、移民の庇護、貧困層のケアなどの〝善政〟が進む中で、この層は言わば「忘れられた層」として、著しい地位の低下を強いられてきた。

 ヒラリー・クリントンはエスタブリッシュメント層の堂々たる代表であり、既存政治の継承者ではあるが、いま起こりつつある根源的問題を解決してくれることへの期待感は薄かった。一方で、その高慢とも見える物言いは、保守的傾向の人ばかりでなく一般男性の反発を買い、また女性層そのものの支持も意外に伸びなかった。

 オバマ政権が8年続いたことも、オバマが黒人だったことも含めて、民主党政治からの変化を求める声が強かった、など。

 近年、産業構造は製造業からサービス業、IT産業へとシフトしたが、そこでの労働は一部専門家の高度な技術労働と他国から流入した移民や非白人の単純労働へと二極化した。その過程で、正面から論じられることは少なかったけれど、製造業を支え、中間層を形成してきた白人労働者の地位が相対的に低下した(45歳から54歳の白人の死亡率が過去15年間に1割も増え、死因でもっとも多いのは薬物やアルコールの過剰摂取。自殺率も高い①)。

 矛盾のしわ寄せを受けたのは、もちろん白人労働者だけではない。金融業の中心、ウォールストリートへの反発を強め、最後までクリントンと民主党大統領候補を争ったバニー・サンダースを熱烈に支援した若者たちも同じだろう。

 経済的、社会的なグローバリズムと文化的な多元主義が進む中で、旧来の社会構造や価値体系が機能不全を起こしている。それは「グローバリズムを統御できないままに社会の困窮化を許容しているリベラリズムに対する憤り」(②)でもあった。

止められないグローバル化

 社会の基幹インフラとなったインターネットが推し進めるグローバル化は、そのスピード、及ぼす範囲においてあまりに激しく、先進国の既存秩序を大きく崩し、社会を支えてきた中核層を襲うという、それこそ矛盾を生みだした。日本も例外ではないが、私たちはその利便さと引き替えに生活の豊かさを失いつつある。この事態に既存政治も既存のリベラリズムもうまく対応できずにいたために、その不満がアメリカやイギリスにおいて、「反乱の国民投票」として表れたと言えるだろう。

 しかし、グローバリゼーションそのものを止めることはもはやできない。グローバル化は低開発国にとっては福音であり、先進国も海外市場の拡大、移民による安い労働力調達などで恩恵を受けてきた。

 トランプ大統領誕生に関しては、これからはG(グローバリゼーション)の時代ではなくL(ローカルの時代)であるとの論調も見られる(③)。いま大事なのは、人びとが日々ふれあう生活空間、地域の生活における地道な生き方を見直すことだろう。インターネット(サイバー空間)のスピードに抗い、よりスローに、グローバルとローカル、新と旧、サイバー空間と現実世界の建設的で地道な関係を模索していかなくてはならない。

 前回の「ぶつぶつとくすぶる矛盾」とは、「サイバーリテラシーの提唱」における「社会のサナギ化」の反映とも言えよう(④)。もとの青虫に戻るのではなく、蝶への飛躍を模索するしかない。

 では、これらの矛盾を暴言、放言であおりつつ勝利したトランプ政権は、今後、新たな歴史を切り開けるだろうか。選挙期間中に彼が主張したのは「アメリカ第一」や「移民の排除」といった極端なスローガンであり、2016年暮れ以来進められている新政権の組閣人事はタカ派色が強く、全体にグローバル化以前への回帰(復古)を思わせる。

生活空間の中で練り直す

 新たな生き方を模索する際、サイバーリテラシーとして指摘できるのは、インターネット上に成立したサイバー空間(ネット)にはグローバリゼーションへのブレーキはないということである。

 貧富の格差にしても、異常ではないかという指摘があっても、それを解決する施策が施される前に事態が一気に進んでしまう。たとえば、アマゾンなどのオンラインショッピング隆盛の影で地元商店街はバタバタと倒れていく。最後の最後で頼りになるのは地域の連帯であるといった考えそのものも考慮されることが少ない。

 日本で昨年前半、「保育園落ちた!!!日本死ね」というブログが話題になった。「一億総括用社会」とか「女性の活用」とか政治スローガンだけは飛び交っているが、働く女性のための保育園一つ、十分に整備されておらず、しかもその解決が遅々として進まない。それに対するいら立ちが、いささか乱暴なブログの投稿となったのだが、ネットでの線香花火的な問題提起は、一時的には話題になったり、選挙目当ての改善策が施されたりしたが、働く女性と保育所問題を地道に長期的に解決していく運動に結実したかどうかは心もとない。

 ネットに感情的に振り回されるのではなく、身の回りの生活空間を通して地道な努力をすることが必要なのだと、あらためて感じさせられる米大統領選だった(敬称略)。

【注】トランプ大統領誕生に関しては、冷泉彰彦『トランプ大統領の衝撃』(幻冬舎新書)と雑誌『世界』1月号の特集「『トランプのアメリカ』と向き合う」に負うところが大きい。

<1>同期間中にヒスパニック系や黒人の死亡率は減っており、白人労働者の「絶望」ぶりがうかがえるという。ブルックリングス研究所調査(The Wall Street Jouranal)
<2>吉田徹「『グローバリズムの敗者』はなぜ生まれ続けるのか」(雑誌『世界』1月号)
<3>冨山和彦「『Gの時代』が終わり、『Lの時代』がやってきた」(NewsPics)
https://newspicks.com/news/1888670/body/)
<4>サイバーリテラシーの提唱
http://www.cyber-literacy.com/fundamentals/advocacy

投稿者: Naoaki Yano | 2017年02月21日 10:58

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