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2013年12月25日

IT社会の「奔流」と「マグマ」(2013年12月)

 そろそろ師走。時の経過はいよいよ速く、そして軽いように感じられる。新年号で今年は「ビッグデータ」という言葉が流行語になるかもしれないと書いたが、いまやビッグデータは、十年前から存在していたかのように、当たり前のものとして語られている。

私たちの外部を貫き、内部に積み重なる

 IT社会の特徴は「奔流」と「マグマ」の2点に集約されるのではないだろうか。「奔流」とは、現実世界のさまざまな障壁を突き破るサイバー空間の鋭い動きであり、「マグマ」とは、パソコンやスマートフォンなどのデジタル機器を使っている人びとの心に生じるドロドロとした情念である。この奔流とマグマについて、今年の事件をふり返りながら考えておこう。

ターゲティング広告や盗聴

 新年号でもふれたけれど、ビッグデータがもっとも活用されているのが、企業が個人に向けて発信する「ターゲティン広告」である。たとえばあなたがグーグルの検索サイトで「妊娠」というキーワードを使ったとしよう。この入力行動は、あなたの他のデータ、それはフェイスブックに書いた自分のプロフィルだったり、最近アマゾンで買った商品だったり、あるいはツイッターのつぶやきだったり、ラインでのやりとりだったりするけれど、一瞬のうちにそれらのデータとつき合わされる。

 あなたが30代の既婚女性だとわかれば、妊娠関連産業のかっこうの顧客だと判断され、ほどなくしてウエブやメールなどを介して、ミルク、哺乳瓶、おむつ、ベビーカー、ベビーベッドなどの広告が大量に配信されるようになる。まだ配偶者にも、家族にも、妊娠の事実を知らせていなくても、それらの広告はやってくる。現実世界に先んじた「奔流」の攻勢である。

 7月号では、米NSAがインターネットなどを通じて大規模な個人情報を収集していた事件を取り上げた。これらの個人情報は、日本人のものも含めて、マイクロソフト、グーグル、ヤフー、フェイスブックなど、米IT企業のサーバーに蓄積されているから、先方が意図すれば、私たちの情報もまた見られてしまう。これもまた国境を超えて広がるサイバー空間の奔流である(この事件ではその後、アメリカが同盟国首脳、たとえばメルケル独首相のケータイを盗聴していた事実も明るみに出て、まさに国際紛争の火種になった)。

技術によるコントロール

 サイバー空間は現実世界の制約をやすやすと飛び越えてグローバルに往来する。これはサイバーリテラシー3原則(サイバー空間には制約がない、サイバー空間は忘れない、サイバー空間は「個」をあぶり出す)がいよいよ苛烈に進展している姿でもある。このサイバー空間の激しい動きを止めることはほとんど不可能である。

 各国政府(日本政府も含めて)は機密漏洩を防ぐための法制定や取り締まり強化に躍起になっているが、デジタル情報の漏洩を法強化だけで防ぐことは難しい。一方でこういう強権政策は現実世界を息苦しいものに変えていく。奔流にあおられて、従来の秩序は大きく変容するか、崩壊の危機に貧していると言えるだろう。

 サイバー空間は、ほとんど技術(コード、アーキテクチャー)によってコントロールされているから、IT社会がどこに向かっているのか、どんどん見えにくくなってもいる。私たちの望んでいるものを推測し、それに見合った広告を配信してくるターゲティング広告は、逆に見ると、提供される情報がユーザーごとに選別され、それぞれに偏ったものになっていることである。

 商品広告だけでなく、日々のニュースも自分好みの記事しか配信されず、対立する考え方を目にする機会が減っていく。私たちは、あらたなタコツボに閉じ込められているとも言えるだろう。

 自律的に情報を取捨選択する能力そのものが奪われていく。パソコンやスマートフォンのアプリ(便利な小道具)をインストールすると、そのアプリの裏で個人情報抜き取りの操作が行われていても、もはや気づくことは難しい。バージョンアップも自動的に行われるから、すっかりあなたまかせで、サイバー空間のあり方をチェックしようという私たちの姿勢も薄れていく。

 知らないうちにさまざまな奔流が私たちの回りに張り巡らされ、しかもそれらはほんど交錯しないで、私たちを分断してしまう。いよいよ奔流の力は増して、未知の領域に連れて行く。

事件事故以前の大問題

「デジタルのマグマ」については、9月号でラインをめぐる殺人にふれながら、インターネットが私たちの思考・感性に与える影響は、むしろ大きな事件にまでは至らないが、インターネットを利用しているうちに人びとの心のなかに生じるドロドロとした情念にあると述べた。

 デジタルとマグマという言葉には矛盾した印象を受けるだろうが、そのマグマはサイバー空間にあるのではなく、それを使う現実世界の私たちの心の内に生じる。ラインはその後も会員数を増やし、10代の若者たちには不可欠のツールになっているらしい。

 その問題を取り上げた朝日新聞の記事(11・20)には、ラインの「既読」機能にとらわれて、チャットの切り上げ時がわからず、深夜までずるずると対話を続けてしまう例や、ラインに入っていないと学校での明日の話題から取り残されてしまうといった実態が紹介されている。一方でラインに入ったら入ったで、そこでのいじめも蔓延しているらしい。

 スマートフォンやライン以前にも、いじめなどの問題はあったが、端末が持ち運べるものであるだけに、それらの鬱屈した感情は彼らに四六時中ついてまわる。多感な時代をこういうふうに過ごすことの影響はきわめて大きいだろう(ネット依存症は子どもだけの問題ではないけれど)。

 奔流は私たちの外部を貫き、マグマは内部に積み重なる。

投稿者: Naoaki Yano | 2013年12月25日 14:01

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