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2011年03月24日

東北関東大震災とinnocent fraud

 今回の地震および津波で亡くなられた方々のご冥福をお祈りします。同時に、被災したすべての方に心からお見舞い申し上げます。

 <以下の文章は、情報システム学会メールマガジン(2011.3.25、No.05-12)のコラム「システムの肥大と人間の想像力⑤」の主要部分を編集部の了解を得て転載したものです>

 地震が起こったのは2011年3月11日午後2時46分だが、私はそのときイタリアから帰国する飛行機で成田上空にさしかかっていた。日本を大きな地震が襲ったらしいとの機内アナウンスがあったが、地上管制塔との交信も途絶えがちで、飛行機はしばらく上空を旋回したあと、早々と函館に着陸した。給油後に成田か羽田に戻る予定だったが、両空港への許可は下りず、結局その日は函館泊。翌午後1時すぎ同じ飛行機で成田に向かい、午後3時に到着。開通し始めた総武線快速で東京まで出て、東京からこれも開通したばかりの東海道線に乗って大船に着いた。迎えに来てくれた娘の車で自宅に戻った。

 マグネチュード9.0の地震、ついで襲った大津波。戦後最大規模の自然災害に、人災とも言うべき東京電力福島第一原子力発電所の大事故が重なった。これは日本人に突きつけられたまさに戦後最大の試練と言っていいだろう。

 前回、サイバー空間の上にすっぼり乗っかってしまった現実世界の図(<サイバー空間と現実世界の交流史>の図4)を示したけれど、地震はこの図を稲妻のように切り裂き、現実世界の土台が崩れ、同時にサイバー空間もまた大きく揺らいだ。この図をもう一度考えてみたい。

 東京電力の原発事故は3月23日現在、なお危機的状況を脱していないようだが、世界各国の発電量における原発依存率を電気事業連合会「原子力・エネルギー図面集2010」で見ると、以下のようである(1)。

 フランス 77.1%
 韓国 34.0% 
 日本24.0%
 ドイツ23.5%
 アメリカ19.3%
 ロシア15.7%
 イギリス13.6%
 中国 2.0%

 一方、日本が世界有数の地震国であることも間違いない。面積の大きさや地震規模のとり方などで数字は変動するが、ここでは本川裕「社会実情データ図録」が日本の面積(37万平方キロ)当たりで計算した世界各国の地震頻度(マグニチュード5.5以上、回/年、1980年~2000年平均)の数字を上げておこう。

 中国 2.10
 インドネシア 1.62
 イラン 1.43
 日本 1.14
 アフガニスタン0.81
 トルコ・メキシコ 0.76

と続く。以下アトランダムに、アメリカ0.48、ロシア0.29、ドイツ0.05などとなっている。フランスは表に出ていない。地震がほとんどないということである。

 二つの数字から明らかなのは、地震国でかつ原発推進国である日本の突出ぶりである。地震が多いから原発はやめようと考えずに、地震国ではあるが原発も必要、と唯一の被爆国でありながら原発を推進してきた日本に、どれだけの覚悟があったのだろうか。

 アメリカの経済学者、ジョン・ガルブレイスは2004年に”The Economics of Innocent Fraud”(邦訳『悪意なき欺瞞』)(2)という本を書き、「経済学界や政治学界においては、個人または集団が手にする金銭的利益が現実を見えにくくするという傾きが、他の学問分野に比べてはるかに顕著である(序)」として、なぜそうなのかを考察した。

 このinnocent fraudという表現をどう解すべきなのか。innocentは「悪意なき」、「無邪気な」ということではあるだろうが、ガルブレイスが言及している事例を見ると、もっと皮肉に「臆面もなき」、「あっけらかんとした」、「無邪気を装った」、「無知を決め込んだ」、「より悪質な」、「強欲な」と言えなくもない。だからガルブレイスの優しさとはずれるけれど、unconscious fraudと言った方がいいようにも思う。原発推進に猛進した日本政府、電力関係者ばかりではなく、私たち国民全体について言っているのである。

 これは情報セキュリティ大学院大学学長の林紘一郎さんに聞いた話だが、彼が日本経済新聞紙上でひとひねりしたグーグル擁護論を書いたとき、名和小太郎さんが「あなたもグーグルをinnocent fraudと考えているのか」とメールをくれたそうである(私には、グーグルがinnocent だったとしても、その到達しつつある状況から考えると、ただunconscious だっただけではないかと思われる)。
 
 名和さんはinnocent fraudを「悪意なき嘘」と訳して、自著のサブタイトルに用いた(3)。彼はこの本で、情報技術や通信技術が発達している条件として以下の三つを上げている。「その第一は、最初から未来を予見できるようにはしないということ、つまり、問題をすべて部分最適の発想で解決してしまう。その第二は、部分最適以上のことはできないように、社会の動きを加速してしまう。その第三は、社会の動きを加速するために、つねにリスクが充ちているような構造に社会を仕向けてしまう」(まえがき)。

 もちろん原発技術とITを同列に論ずるのは乱暴ではあるが、技術を使う人間の知恵ということをもう一度考えるべき時だと思われる。サイバーリテラシーに引き戻して言えば、結局のところ、サイバー空間と現実世界の関係を第一段階(図1)に回帰させるべきだということではないだろうか。これは「現実世界の復権」ということでもある。

 
<注>
(1)主要国の電源別発電電力量の構成比(「原子力・エネルギー」図面集2011)。世界全体では、石炭40.9%、天然ガス21.3%、水力15.9%、原子力13.5%、石油5.5%などとなっている。
(2)ジョン・K・ガルブレイス『悪意なき欺瞞』(佐和隆光訳、ダイヤモンド社、2004年、原著”The Economics of Innocent Fraud”2004)
(3)名和小太郎『イノベーション 悪意なき嘘』(岩波書店、2007年)

投稿者: Naoaki Yano | 2011年03月24日 17:06

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