古藤「自然農10年」(14)

季節はひたすら廻り、田植えの準備

 サクラが去って目を洗うような若葉色が山を染め、棚田にそそぐ陽光はすでに初夏の勢い。私の棚田はコロナ騒ぎをよそに季節が廻り、田植えの本格準備が始まった。

 まずは苗を育てる苗床づくり。私たちの暦では4月20日から1週間が適期で、場所決めから作業が始まる。毎年、所を変えて田んぼの一角を定め、モグラが入らぬよう周囲に溝を掘る。今年は日当たりのよい上段の畝に1.5メートル幅、長さ10メートルを仕切った。撒くのは昨年収穫したモミ米。稲刈りの前に種にする稲を先に刈って保存していた。大きい稲や小さいのは避けて中くらいの稲束を種籾にする。中くらいの方が安定した収穫になると教えられた。

 耕さないので年寄りにも楽な自然農だが、苗床づくりは溝を掘り表土を剥いで軽く耕すなど重労働。苗が元気に育つ環境にするためで力に加え辛抱もいる。手のひらのモミを指の間からこぼしながら撒くが、均等にばらまけるわけはない。後でひと粒ずつ動かして間隔を出来るだけ均等にする。

 溝を掘った土をモミにかぶせるのも力仕事。モミが土になじむよう手でしっかり押さえた後、乾燥しないよう草を厚くかぶせて完成だ。1か月半で苗が育ち田植えができる。草を刈ったり運んだり1日がかりの作業は農閑期でなまった体にこたえる。妻と仲間に手伝ってもらったが10メートルに4日かかった。

最初に溝を掘って苗床を囲う(左)、モミをまき終わって土をかぶせる

 作業が終わって夕方の風呂が一段と有難い。足腰を思い切り伸ばすと寿命が延びる心地になる。苗床作業のお陰か、このごろ気になりだした耳鳴りも消えていた。世間の騒ぎも無縁に見える自然農の暮らしだが、コロナの影響が少しずつ迫っている。

 人口9万6千人余の糸島市で感染者数はいま20人、うち2人が亡くなった(4月27日現在)。微々たる数字ではあるが、マスク姿の糸島市長が市のホームページに登場して連休中は海や山への観光もやめてほしいと近隣に訴えた。図書館や公共施設はもう2か月近く閉じたまま、仲間内の飲み会、反原発グループの集まりもすべて中止。炭焼き仲間は、焼きあがった窯からの取り出し作業を自粛して、窯が密閉されたまま今シーズンを終わろうとしている。

・自給自足の生活に不安はないが……

 前回、北海道の鈴木知事が果敢な対応でウイルス感染者を抑え込んだ成果を取り上げたが、その北海道で感染者数がまた増加し始めた。緊急事態宣言と外出自粛で収まったかに見えた感染も気が緩んで人が動き出せばぶり返して、前にも増す感染者数になる。北海道は今、当面の抑え込みに懸命な東京や大阪の今後の困難を先取りしているのかもしれない。新型コロナウイルスとの戦いは長期戦の様相を深めている。

 当面の対策に追われる国や自治体がこの先、コロナ禍の耐乏が半年、1年と続いた時にどうするのか。5月の連休明けまでを区切った緊急事態宣言は延長の方向だが、休校や外出自粛の後をどうつなぐのか長期戦略を問われ始めた。正体が見えないウイルス相手とは言え先が見えない状況が続けば、感染者が差別を受ける世情がいっそうとげとげしいものになりかねない。

 それでなくとも打つ手なく国は数十年に及ぶ人口減少の中にある。百兆円を超える規模に膨らんだ国家財政の3分の1は借金で賄う赤字体質。この30年で借金は1,000兆円を突破した。いろいろ理屈をつけて問題がないと説明しているが、抑制的な欧米主要国とまるでかけ離れた財政破綻は決して健康体と言えない。

 とくに安倍政権は高齢化が進み膨らむ医療費を減らそうと保健所を減らし、公立病院の赤字対策に躍起だった。患者の入院日数を減らして回転率を上げるよう尻を叩き、昨年9月には再編・統合の対象にする400余の公立病院名を一方的に公表、今年1月には都道府県に実行を促す通知をした途端にこのコロナ禍だ。再編作業はいま先送り状態にある。

 都市の過密と限界集落に象徴される地方の疲弊、マスク騒動で露呈された外国の安いコストに頼る輸入国家の弱点。国民の命に直結する食糧自給率も4割の低い水準のまま。いわば様々な既往症を抱えて新型コロナに襲われているのだ。まさに感染者の中で肺炎が重症化するケースと同じではないか。

 悪い時に悪いことが重なるたとえは多い。新型ウイルスに重なって食糧危機が起きたらどうなるか、同じ時期に災害や原発事故に襲われることだってあり得るのだ。豊かさを謳歌してきた都市生活の衣食住はどれ一つをとっても安心とは程遠い。自然農で自給自足をする私の暮らしには、それらの不安が一つもない。今こそ老いも若きも山野に戻り自然農を始めてみてはいかがか、と声を大にしたい思いだが、コロナとの共存を主張しながら私も難しい立場に立たされている。

 自然の恵みをもらってウイルスに負けない自信があるが、妻はそうではない。大変怖がっている。普通の風邪をこじらせて2、3年前に肺炎で入院し苦しんだ経験があるから、コロナウイルスに感染すれば必ず死ぬと決め込んでいる。同居の私が軽率に動いて保菌者になるわけにもいかない立場なのだ。新型コロナウイルスはなかなか一筋縄ではいかない。自然農に励みながらもうしばらくコロナ禍を考えてみたい。