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2016年01月20日

マイナンバーは運用の歯止めが必要(2015/11)

 国民1人ひとりに、生涯ついて回る識別番号を付与するマイナンバー法が10月5日に施行され、来年1月から実際に使用される。10月下旬から番号が各人に配布されつつあるが、このマイナンバー制度、行政の効率化以外に、どのようなメリットがあるのだろうか。国民にとっては、利便性よりむしろ情報漏洩の危険性やプライバシー侵害の恐れが強く、だからこそ制度運用にあたっては不断のチェックが不可欠である。

番号制導入は必然的な流れ

 ITを活用し行政事務を効率化しようとするのは、ある意味で当然と言えるし、個人データを細かいデータに分割して統計処理をほどこし、ビッグデータとしてビジネスに活用しようとする動きも、食い止めることのできない時代の流れである。

 しかし、デジタル情報は漏れやすいし、いったん漏れた情報は取り返しのつかない損害を与える。しかもシステムは全国規模に及ぶから、情報が洩れる場所も無限に拡大する。マイナンバーをもとにいろんな個人データがどんどん関連づけられるから、いつの間にか身ぐるみ裸にされる危険性も強い。

 マイナンバー法(行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律)にもとづくマイナンバーが届けられたとき、私たちはどう対応すればいいのか。申請すれば与えられる個人番号カード(顔写真とマイナンバーが印刷され、公的な身分証明書として使える)を申請した方がいいのか。いずれは開設されるインターネット上のマイナポータルにアクセスした方がいいのか。源泉徴収票作成に必要なため社員のマイナンバーを預かることになる企業は、その管理保管をどうすればいいのか、――などなど、判断に迷うことも多く、だから各種セミナー開設や解説本販売が花盛りの現状である。

 この種制度の運用にあたっては、情報漏洩の防止やプライバシーの保護のために何重ものチェックを行うべきだが、それがどれだけ厳格に行われるかは心もとなく、むしろ新制度を税金大量投入の「錦の御旗」ととらえ、自らの利権を拡張したり、内需拡大の好機に結びつけたりしようとする思惑が先行しているように思われる。だからこそ利用者の側(国会やメディアなど)で、法運用の歯止め策を議論し、運用を厳しく監視する必要がある。

住基ネットからマイナンバーへ

 実はこの種の番号制は15年ほど前に住基ネット(住民基本台帳ネットワークシステム)として導入された。2002年8月から全国いっせいにスタートし、一部を除く全国民に11桁の住民票コードが通知されている。
 
 私はこの住基ネットに関して、「これは管理する側にとっては『超』便利な方法だが、管理される国民にとっては、大いに警戒すべき事態でもある。その意味で、住基ネットは社会にとっての『劇薬』といえよう。劇薬を処方する側にとっても、処方される側にとっても、その劇薬の意味、それを投与する際の危険性がよく理解されなくてはならない」(『インターネット術語集Ⅱ』)と書いた。

 「データは新しい石油」だとビッグデータがもてはやされる昨今、個人データが公開されることへの抵抗はだいぶ減ったと思われるが、デジタル情報の危険性は変わらない。この点についての警戒感がきわめて薄くなっていることが、制度運用者の恣意性を助長する恐れもある。
 
 住基ネットに関しては、住民から「国民のプライバシー権を保障した憲法13条に違反する」と20件近い訴訟が起こされ、最終的には2008年に最高裁で合憲判断が出たが、地裁と高裁でそれぞれ1件の違憲判決も出ている。また申請すれば作れる住基カードは、総務省調査によれば、14年3月末の累計有効交付枚数が666万枚、全人口の5.2%に普及したに過ぎない。多くの人が住基カードを作らなかったし、それで不自由を感じなかったわけである。
 
 だから、いろんな意味で手垢のついた住基ネットに代えて(一部制度は引き継がれる)、新たにマイナンバー制度をスタートさせたように思われる。

国立競技場とエンブレム

 しかし住基ネット稼働には莫大な税金が投入されたはずである。そこで思い出すのが、東京オリンピック(パラリンピック)のメイン会場となる国立競技場をめぐる政治のずさんさ、税金の無駄遣いである。再建計画が当初予算の1300憶円をいつのまにか大幅に上回り2520憶円に膨れ上がった。そのため国民の批判が高まり、当初計画は白紙撤回されたが、ここには新事業を進める現下の為政者の無責任ぶりが露呈している。

 後にこの経緯を検証した文部科学省の第三者委員会は、担当機関のまさに組織的な欠陥を指摘しているが、関係者には、その混乱のために浪費された国民の税金に対する反省の色はほとんどない(そもそも国立競技場は当初は耐震構造に改修する話すらあったのだが、いつのまにか新規建設になった)。オリンピックをめぐっては、エンブレムの使用取り消し騒ぎもあった。

 ITは国立競技場やエンブレムのように目に見えるものではない。だからこそ税金の無駄遣いが行われるおそれも強い。一時は消費税の10%引き上げ時に、負担軽減策として増税分を「個人番号カード」で還付しようというカード所持を促すような案も検討されたのである。

 また10月には厚生労働省の室長補佐が、マイナンバー導入をめぐる同省のシステム設計に絡んで業者から現金100万円を収賄したとして逮捕されている。彼もまた、マイナンバー制度を奇禍として、自らの利益を追い求めたわけである。

 マイナンバーはいずれ個人の銀行口座とも関連づけられると言われており、個人データを呑み込む巨大なモンスターに膨れ上がるだろう。だからこそマイナンバー制度に踊らされるのではなく、その運用に常に目を配り、政府を監視する私たちの姿勢が問われている(とりあえず、やらなくてもいいことは極力やらないのが賢明ではないだろうか)。

投稿者: Naoaki Yano | 2016年01月20日 15:39

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