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2014年05月27日

激動の過去を振り返り、さらなる激流に棹をさす(2014/5)

 この連載も100回目を迎えた。2006年1月号から始まり8年余。私の年来の主張であるサイバーリテラシーを下敷きに折々の事件を取り上げてきたが、ずいぶん長く続けさせていただいた(2007年7月号だけ特集の関係で休んだ)。これも、編集部や読者のみなさんのおかげだと感謝している。100回を記念にこの間のIT社会の進展をふりかえるとともに、現段階が新たな転回点にあることをいくつかの事例を通してみてみよう。あわせて最近始めたオンライン無料授業配信の試みについて紹介させていただいた。

【Ⅰ】IT社会の驚くべき進展

 2006年から2014年までにどのような事件があったのか、年表で整理すると、以下のとおりである。

【この間の主な事件】
 2006 ライブドアと村上ファンド摘発
 2007 ケータイ小説ブーム
 2008 秋葉原無差別大量殺傷事件
 2010 検察官によるフロッピーディスク改竄
   尖閣諸島沖衝突事件の映像流出
   ウィキリークスによる米軍機密情報暴露
 2011 アラブの春
    東日本大震災
 2012 遠隔操作ウィルスで誤認逮捕
 2013 米政府による大規模情報活動告発

 この間、インターネットは社会の隅々にまで浸透し、私たちが使用する端末も、パソコンからケータイ、そしてスマートフォンやタブロイド端末へと、いよいよ高機能化、小型化し、しかも操作は簡単になってきた。クラウドコンピューティングの発達で、アプリケーション・ソフトや自分がつくったデータもネットワークに置くことが多くなっている。幼児から高齢者まで、サイバー空間の住人の数も増え、社会そのものがインターネットを基幹インフラとして回っている。インターネットとは無縁に生活していると思っている人びとも、その影響から逃れられない。 

 連載のバックナンバーをひもとくと、第1回では前年末に発覚したマンション耐震強度偽装事件、第2回はみずほ証券株誤発注事件、そして第3回がライブドア事件をテーマにしている。08年4月号ではケータイ小説を取り上げた。インターネットアクセスの道具としても、しだいにケータイが使われるようになり、同年6月号では「ケータイはパソコンとは違う影響を及ぼす」という記事を書いている。同年10月号では、日本でもサービスが始まったグーグルのストリートビューとプライバシーの問題を取り上げた。12月号では人びとのマスメディア離れに言及している。09年3月号では摘発されたネット中傷事件について書いた。

 この間の07年から13年にかけて、私はEラーニングのサイバー大学で教えることになり、08年1月号では開校2年目を迎えるサイバー大学について紹介している。10年元旦に当時の鳩山首相が「ツイッターを始めた」のをきっかけに2月号でツイッターを、同年7月号では多機能携帯端末としてのアイパッドを紹介した。このころからスマートフォンやタブロイド端末の利用が進み、フェイスブック、ユーチューブ、ミクシィなどのソーシャルメディアが一気に普及、11年の東日本大震災やアラブの春では、これらソーシャルメディアが大活躍した。「総メディア社会」が一気に花開いたのである。

 10年のウィキリークスによる情報暴露や尖閣諸島沖の映像流出事件など、後に『IT社会事件簿』で取り上げたほとんどの事件をその折々に紹介してきた。本連載はその記録としてけっこう意味のあるものだと自負しているが、一方で世の進展があまりに早く、過去を丁寧に振り返る気にもならない状況にあらためて驚かされる。

【Ⅱ】IT社会2.0

 現在はさらに大きな節目に来ていると言っていいようである。ビッグデータがこれからの大きなテーマになるだろうと書いたのが13年1月号だった。そのころからIT社会は新たな次元に入った。モバイル端末からウエアラブル端末へ。パソコンからスマホへ。クラウドコンピューティングへ。その変化は、IT社会2.0と言っていいほど、社会の根幹にかかわっている。

 いくつかの断面を見ておこう。

①真正デジタルキッズの誕生

 いまの子どもたちは幼児の段階ですでにスマートフォンやアイパッドなどのタブロイド端末に接するようになっている。親が使っているスマホやタブレット端末を2、3歳の子どもがいじくり、ユーチューブでアニメを見ている、といった風景はもはやめずらしくない。

 ベネッセ総合教育研究所が昨年3月、東京・神奈川・千葉・埼玉在住の6歳までの乳幼児をもつ母親3000余名を対象に調査したところ、母親の6割がスマートフォンを使用しており、その中で、2歳児の2割強がほとんど毎日スマートフォンに接していると答えている(①)。

 またアメリカの非営利団体「コモンセンス・メディア」は11年と13年の2度、子どもとメディア利用の実態を全国的に調査、公表しているが、それによると、モバイル端末を利用したことのある8歳以下の子どもは38%から72%に増えた。また2歳以下の幼児の場合も、10%から38%増えている。この増加は家にモバイル端末があると答えた家庭が52%から75%に増えた事情を反映して、急速に増えている(②)。

 一時、デジタルイミグラント(移民)とデジタルネイティブ(原住民)ということが言われたが、これからの子どもたちこそ真正のデジタル世代、デジタルキッズである。パソコンと違って簡単に操作できるタブロイド端末やスマートフォンは文字が読めない子どもでもすぐ使いこなしてしまうし、高級なおもちゃとしてあてがう親もいる。こうして育った子どもたちが成人するとき、彼らはまるで違う思考や感性をもつことになるだろう。

 私たちは、それをどう考えるのかという大問題に直面しているのだが、現在のところ、社会としての対応は成り行き任せ、後手に回っていると言っていい(スマホにはむずかる赤ん坊をあやしてくれる子育てアプリがあり、これらを利用している親も少なくなさそうだが、日本小児科学会は昨年12月、このようなやり方は子どもの育ち方をゆがめてしまう恐れがあると、「スマホに子守りをさせないで!」というポスター5万枚を全国の医院や保育園などに配っている)。

 ②現実世界のデータもサイバー空間に吸収

 CNNニュースによると、SNSのフェイスブックは、オンラインの情報だけではなく、そこに現実世界の書店やスーパー、コンビニなどで購入した商品の情報もミックスさせて、よりターゲットを絞った広告を提供するシステムを開発しているという。たとえばあなたが近所のスーパーでスポーツ用品を買うと、フェイスブックのあなたのページ(タイムライン)に関連情報が流れてくる。

 フェイスブック担当者は、これらの情報は暗号化されているので、プライバシー上の問題は生じないと言っていたが、現実世界の買い物も、現金なら別だが、カードを使えばすべて把握され、それが集約されて転売され、オンラインに結ばれる時代がきた。こういう私的な情報の収集、転売、あるいはそれらの適正な利用をチェックする仕組みはあるのか。ここでも社会的な対応は後手に回っている(今年4月にはインターネットの通信販売やネットバンキングによく使われている暗号化ソフトに欠陥が見つかり、個人情報が漏れる被害も出た)。

③仕事の実態も把握される

 スマートフォンを通して従業員の行動を逐一把握するためのツールも開発されている。「仕事の見える化」を促進できると宣伝されているあるアプリケーションは、それをインストールしたスマホを従業員に持たせれば、彼らがいまどこにいるかの位置情報、どのようなメールをだれと受発信したかの履歴とその内容、添付ファイルの中身、電話の送受信と音声内容、途中で利用したウエブアクセス履歴、サイトのURLとキーワード、使用したアプリケーション履歴などが完全にログとして管理できるという(③)。

 このような従業員を完全に管理するツールの導入に対して当の従業員は、そして社会はどう対応すべきなのか。事態はそれを導入することによって利益を得ようとする企業によって考案され、販売され、ユーザーの私たちはほとんどそれに無防備である。これこそ今後の重要な社会的課題になるはずだが、関心は必ずしも高くはない。まことにもって後手である(フランスではIT関連など一部職種に限ってではあるが、従業員を夜間の一定期間、メールやモバイル端末から隔離しようという取り決めが労使で結ばれる動きがある)。

【Ⅲ】サイバーリテラシー公開授業

 現代社会にいよいよインターネットが根を張り、社会を激変させているのに、私たちはまだその大きな意味を理解できていないばかりか、その実態すらよくわかっていない。

 昨年10月号で取り合上げたSNSやツイッターによる「不適切画像」アップや先月号で取り上げたベビーシッター・ネットをめぐる悲劇なども、この社会がどのようなものなのかを把握するリテラシー(世界観)と、ではどうすればいいのかを考える処世訓がいよいよ重要になっていることを示している。

 つい最近のSTAP細胞をめぐる騒動では、女性研究者が書いた論文のずさんさが話題になったけれど、大学院生の博士論文ですらコピペが行われていることは、デジタル情報についての基本理解とその対処法が、教育現場においても、ほとんど野放しになっていることを示している。

 私は「IT社会のリテラシー」としてすでに10年以上、「サイバーリテラシー」を提唱しているけれども、理論的にも、広報面でも、力不足は歴然で、あまり話題になることはない。

 そこで、今年1月から「IT社会を豊かに生きるために」と「『IT社会事件簿』を読む」という2つの授業を公開することにした。<5分間のサイバーリテラシー公開授業>と題した短い授業で、前者が理論編、後者が事件編である。ともに実質は4分前後で、サイバーリテラシー研究所のウエブとフェイスブックのサイバーリテラシー・ページで告知している。簡単な教材をつくり無料公開できるGKBコモンズのシステムを利用させていただいており、同ページで全授業を視聴できる(④)。→リニューアルしたサイバーリテラシー研究所のウエブ(⑤)で、これまでの全授業を閲覧できるようになった(⑤、5.27付記)

 社会編、事件編のオープニング画面(略)と5月末日までに公開した授業タイトルは以下のとおりである。

【社会編】

1 自己紹介と授業のねらい
2 「不適切画像」アップを考える
3 ストーカー殺人を防ぐには
4 サイバーリテラシーとは
5 サイバーリテラシー3原則
6 情報倫理について
7 倫理と法
8 <閑>学ぶということ
9 「サイバー」という言葉
10 インターネット小史
11 ハッカー倫理とオープンソース
12 Web2.0とは何だったか

【事件編】

1 基本構想
2 米政府による大規模盗聴
3 遠隔操作ウィルスで誤認逮捕
4 グーグルサジェストの悲劇
5 大津市のいじめと結婚詐欺&殺人
6 スティーブ・ジョブズの死
7 アラブの春
8 ツイッターによる安易なつぶやき
9 サイバー攻撃&アノニマス&サイバー戦争
10 東日本大震災とソーシャルメディア

 2012年以来、MOOC(Massive Open Online Courses)と呼ばれる大規模なオンライン無料講座が話題になっている。アメリカのハーバード大学やMITがITベンチャー企業と組んで始めたもので、日本でも東大などがすでに取り組みを始めている。一流大学の一流教授による授業をオンラインで無料で受講でき、しかも修了書など勉強した証明書を発行してくれるから、知識を蓄えるだけでなく、就職や転職に有利に働くという実際的効果もあるようだ。

 MOOCは教育のあり方に大きな一石を投じつつあるが、「<5分間のサイバーリテラシー公開授業>はそれらに比べて、きわめて小規模な専門店のようなものである。しかし、テーマは「サイバーリテラシー」という大きな視野をもつもので、いずれは「サイバーリテラシー総合大学」まで高めたいという夢もある(^o^)。そのためにまずサイバーリテラシー研究所のウエブリニューアルに取り組んでいる。最後にお願いになるけれど、読者のみなさんのご理解とご支援をいただければたいへん嬉しいことである。

<注>
①http://berd.benesse.jp/jisedai/research/detail1.php?id=3197
②http://www.commonsensemedia.org/research
③https://www.motex.co.jp/An/index.html
④http://gkb48.commonswith.com/
⑤htpp://www.cyber-literacy.com

投稿者: Naoaki Yano | 2014年05月27日 12:17

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