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2011年01月08日

尖閣諸島漁船衝突ビデオの流出(2010/12)

 尖閣諸島近海で中国漁船が海上保安庁の巡視船に衝突した事件のビデオ映像が動画配信サイト「ユーチューブ」で流れた。グローバルな内部告発サイト、ウィキリークスの活動や警視庁が作成したテロ関係資料の流出など、従来は簡単には外部に漏れなかった情報がインターネットを通じてあふれ出ている。

国単位のメディアや政治システムに亀裂

 尖閣諸島の事件は9月7日に起こり海上保安庁は中国漁船の船長を逮捕したが、直後に中国から強い抗議とともに激しい政治的圧力が加えられ、政府はそれに屈するようにして船長を釈放した。

 中国側が「釣魚島は中国領土で、そこで操業する中国漁船を妨害、駆逐、包囲しようとした日本の行動そのものが不法である」という態度をとっているためもあって、衝突はどうして起こったのかという真相への関心が国民の間で高まり、映像記録を公開すべきだとの声も強かった、しかし政府は一部国会議員に見せただけで、一般に公開しなかった。その対応に強い不満がもたれていたところへの映像流出で、「自分がやった」と名乗り出た神戸海上保安部の保安官は「国民はこの映像を見るべきだ」と述べている。

 この事件で驚異的なのは、何よりもその映像の威力と伝播力である。
 
 保安管は11月4日夜、自宅近くのインターネットカフェから映像をユーチューブにアップ、翌朝、ネットで騒ぎになっていることを確かめたあと削除している。この半日たらずの間に、映像は多くの人によってコピーされ、「流出映像」、「拡散推奨」、「コピー転載」などとタイトルをつけられて再度ユーチューブに投稿されたり、ニコニコ動画など他の動画サイトにアップされたりした。

 海上保安庁は動画サイトの運営元であるグーグルに削除を要請したりしたが、ネット上には「よく公開してくれた」、「もっと多くの人に知らせよう」といった意見もあふれ、まさにざざ漏れ状態。だれもが見える状況になった。
 
 たとえば一新聞、あるいは一雑誌がこの映像を流したとしよう。もちろんこれらのメディアでは映像は扱えないから、組み写真として公開するしかない(テレビなら別である)。音声も入れられないが、それでもある程度の情報は伝えられる。しかし、これを取り締まろうとすれば、雑誌を店頭から回収するなどの措置がとれる。インターネットというコピー自由なメディアでは、流出してしまった映像を回収することはほぼ不可能だということである。

多くの人の「共同作業」

 この映像が瞬く間に広がったのは、この映像を見て驚き、より広く伝えたいと考えた多くの人たちの「共同作業」でもあった。彼らの行動がなければ、これだけ急速には広がらなかった。ここには真相をあいまいなままにし、外交的にも毅然たる姿勢を取り得なかった政府のやり方に対する国民の批判があったことは間違いない。
 
 もう一つ、かつて新聞社に勤務していた身としての感慨だが、海上保安庁内でそれほど秘密にもされていなかったらしい映像がなぜマスメディアで一切報道されなかったのだろうか。ここにジャーナリズムの足腰の弱さを感じるが、一方で、「内部告発」メディアとしてのマスメディアの地位が低下したとも言える。
 
 かつて内部告発の受け皿は新聞であり、雑誌であり、テレビであった。私も記者クラブに加入していたことがあるけれど、記者クラブにはさまざまな人から内部告発に近い話が持ち込まれた。個々の新聞社や記者個人に持ち込まれることの方がむしろ多く、これらは内部では「たれ込み」と呼ばれ、記者たちがそれを報道すべきだと考えれば取材をして記事にした。そのとき、情報提供者(取材源)の秘密を守るのが記者倫理だった。
 
 もっとも、後に報じられたところによると、海上保安官は最初、映像の入ったSDカードを米メディアであるCNNの東京支局に郵送したらしい。それが報道されたとすれば、問題は報道すべきだと考えた報道機関をめぐる「表現の自由」やジャーナリズムのあり方の問題となり、保安官その人の素性が知られることもなかっただろう。保安官は現在、国家公務員法の守秘義務違反の疑いで任意捜査を受けている。

「国益」より「公益」

 ウィキリークスを取り上げたときもふれたけれど、ベトナム秘密文書をニューヨークタイムズが暴露するにあたっては、国民の「知る権利」、「民主主義の擁護」、「表現の自由」などさまざまな観点から公開の是非が論議されたが、そこにはアメリカという国の「国益」も含まれていた。その国益と民主主義の擁護との兼ね合いも問題になったはずである。

 ところがウィキリークスはグローバルなメディアであり、その報道は「国益」とは本来無縁である。ウィキリークスは「表現の自由」により手厚い政策をとりつつあるアイスランドに拠点を移そうともしている。そこにあるのは、「国益」よりも広い、全人類を対象にした「公益」である。
 
 CNN東京支局は、差出人不明のSDカードに対し、ウィルスの危険を感じて廃棄したというが、もし中味を確認していれば、また別の困難な問題が生じたと思われる。

 尖閣諸島ビデオ事件より少し前には、警視庁の内部資料と見られる国際テロ関係の文書がインターネットで流出している。また尖閣諸島ビデオは中国にも流れた。「巡視船が漁船の進路を妨害した」といった抗弁をあっさりと否定するような映像が流れることは中国側にとっても頭の痛い事態であることは間違いない。
 
 国境を越えて広がるグローバルなメディアが国単位のメディアや政治システムを大きく揺さぶっている。

投稿者: Naoaki Yano | 2011年01月08日 23:20

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