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2009年05月10日

グーグルの書籍検索サービス(2009/4)

 米検索大手、グーグルの書籍検索サービスをめぐる訴訟で、グーグルとアメリカ国内の著作者関連団体が合意した和解案が、日本の、いや世界中の著作物とその関係者(著者や出版社)にも影響を与えることがわかり、大きな話題になっている。

知らぬ間に激流に巻き込まれていく

 この問題が国内で一般に知られるようになったのは、雑誌『ニューズウイーク日本版』2月25日号や同月24日付けの読売新聞、朝日新聞紙上に、以下のような見出しを冠した法定公告(法定通知)が掲載されたためである。

 「米国外にお住まいの方へ:本和解は、米国外で出版された書籍の米国著作権の権利も包括しているため、貴殿にも影響することがあります。書籍、または書籍中のその他の資料等の権利を有している場合には、適時に除外を行わないかぎり、本和解に拘束されることになります」、「書籍の著者、出版者、または書籍や執筆物の著作権を有しているその他の人物である場合には、貴殿の権利に、Googleの書籍および執筆物のスキャンおよびその使用に関する集団訴訟の和解案が影響することがあります」
 
 文字がびっしり詰まった難解な法的文書が一般向けに掲載され、それが、たとえば日本で出版された本の著者や写真が掲載されているカメラマンにも影響があるので、和解案に拘束されたくなければ、ウエブに掲載した和解案をよく読んで、除外手続きを取るように「公告(通知)」しているわけである。

 これまでなら自分の著作物を公開する場合、出版社などと出版契約を結ぶだけだったのが、ここで言われていることは、「グーグルがそれらの著作物を勝手にデジタル化して公開し、ビジネスにする可能性がある。対価はきちんと払うが、この和解案に拘束されたくなければ除外の手続きを、すでに無断でデジタル化された場合の補償金を得る場合はその旨の申し立てを期限内にするように」ということである。昔ふうに言えば、天から降ったか地から湧いたか、といった塩梅で、まさに現代IT社会を象徴する出来事と言えるだろう。
 
 グーグルは2004年から、一部の図書館などの協力を得て、書籍本文をデジタル化して、ユーザーが内容を検索できるサービス「グーグル書籍検索」を始めており、現在は書籍700万冊以上をデジタル化しているという。グーグル側は、この行為はアメリカ著作権法上の「フェアユース(fair use)」にあたり違法ではないとの見解だが、これに対して米作家協会や米出版協会などが「著作権者に無断で著作物をデジタル化して公開するのは著作権侵害だ」と、2006年にグーグルを相手どって訴訟を起こした。その和解が昨年10月に成立、裁判所は6月11日に公聴会を開き、和解を承認するかどうかの決定をする予定で、今回の措置はその関連作業である。

著作権システムの転換

 和解案の骨子は、①グーグルは書籍をデジタル化し、それを商業的に利用できる、②グーグルは、許諾なくデジタル化した書籍について一作品に60ドル以上、総額4500万ドル以上の補償金を支払うほか、ネットで公開する書籍へのアクセス権料や広告収入など収益の63%を著作権者に支払う、③グーグルは権利者への収益配分のための新たな組織の設立・運営費用として3450万ドルを負担する、というものだ。対象書籍は「2009年1月5日以前にハードコピーの形で出版または配布された小説、教科書、論文およびその他の執筆物など」となっている。

 この和解案でグーグルは、「著作権は存在しているがすでに絶版になっている」書籍のデジタル化が進み、ネット上で購読できる書籍の新しい流通システムが築き上げられる」と言っている。「世界中の情報を整理し、世界中の人々がアクセスできて使えるようにする」ことをめざすグーグルにとっては大きな一歩であることは確かである。ユーザーにとっては、絶版本に接することができる便利なサービスだし、絶版本の著者などにとっても、出版社に紙として死蔵、あるいは断裁されるよりはありがたいし、収入も見込まれる。
 
 問題は、この和解案の適用範囲が広いこと(1)、潜在的該当者は和解案から除外を求めるという意思表示をしない以上、この案に拘束されることである。このサービス自体は、フェアユースが認められている米国内だけで提供されるが、訴訟が「集団訴訟(クラス・アクション、class action)」という日本にはない方式で行われているために、訴訟に参加していない(参加の意思を表明していない)利害関係者も結果に拘束される。

 日本の著作物も、著作権に関する国際条約「ベルヌ条約」によりアメリカの著作権が発生する関係で、それが「米国で市販されていない絶版状態」と判断されると、グーグルによって全文をスキャンされ、公開される可能性がある。

 情報のデジタル時代に対応した、それなりに合理的な新しい著作権システムだが、当事者の知らないところでそれが動き出し、そこから除外されたければ、当該者があらかじめ意思表示をしなくてはいけない、というこれまで一般に行われている制度設計とは逆転した形になっている。

 著作者―出版社の間にIT企業が割って入って、新しい出版流通システムを作り上げようとしているともいえるが、構想が世界規模なだけに、国単位で行われてきた従来の出版流通システムを根底から変える可能性を秘めている。既存業界に与えるショックは少なくないと予想され、出版産業全体のあり方も含め大きな波紋を呼ぶだろう。

「ストリートビュー」と同根

 以前、やはりグーグルのサービス「ストリートビュー」に関して、公開された自分の画像を削除してほしければ、その旨の旨申し入れをしなくてはならない「オプトアウト」方式はいかにも乱暴だということを書いたが、この場合もオプトアウト方式である。

 こういったシステム的な大転換が、グーグルという一企業によって断行されている。かつて1960年代に斬新なメディア論で脚光を浴びたカナダの学者、マーシャル・マクルーハンは、これまで人間は数々のメディアを生み出したが、そのメディアが今度は人びとの心理や社会システムを大きく変えてきたと述べた。

 また「新しいメディアは古いメディアになにかをつけ加えるというものではない。また、古いメディアを平穏に放っておきもしない。それが古いメディアに代わって新しい形態と地位を見出すまで、古いメディアを圧迫することを止めない」、「いったん新しい技術が社会的環境に入ってくると、あらゆる制度がそれで飽和するまで、その環境に浸透することを止めない」とも言っている。

 彼の代表作『メディア論』の原題は「メディアの理解」だったが、いま必要なのは、このように激変する社会の駆動源、「インターネットの理解」である。

<1>グーグルは「ブック検索和解」に関するウエブを設置しているが、そこには30カ国版が用意されている。

投稿者: Naoaki Yano | 2009年05月10日 21:28

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