« 国内ローンが世界金融を震撼させる(2008/7) | メイン | 現代社会を生き抜くために不可欠な「サイバーリテラシー」(2008/8)② »

2008年08月31日

現代社会を生き抜くために不可欠な「サイバーリテラシー」(2008/8)①

 この連載では、現代社会がはらむさまざまな問題を取り上げながら、そこに情報のデジタル化がどのような影響を与えているかを、「サイバーリテラシー」という考えをもとに探ってきた。今回は「夏休み拡大版」として、最近、社会に大きな衝撃を与えた秋葉原大量殺傷事件を通して、あらためて「情報社会のリテラシー=サイバーリテラシー」の重要性について私の考えを述べたい。<この稿は長いので、3回に分けて掲載します。順番が逆になるのが難点ですがよろしく。―矢野注>
 

ケータイが生むディスコミュニケーション

 日本ばかりでなく、世界全体が、いま歴史の大きなうねりの中にある。それがグローバル化であり、それを推進する大きな要因がインターネットである。情報のデジタル化は世界同時に進んでおり、だからサイバー空間が現実世界に与える影響もグローバルなものになるが、その国、その民族、その地域による政治、経済、文化の違いにより、受ける影響も異なる。だからいま進んでいる変化は、グローバルであると同時にローカルだと言えよう。

 そういう観点から日本を見ると、IT技術が日本特有の影響を与えている面も無視できない。私はかつて新聞に「ITは日本人にとってパンドラの箱」という投稿をしたことがある(1)。その趣旨は、コンピュータという二者択一の道具を主体的に使うことが不得手な日本人は、ともすると、それを毛嫌いして反発するか、逆に完全に屈服してしまいがちだが、インターネットという道具は、毛嫌いしている人にも襲いかかるし、屈服してしまうときわめて危険でもある。その結果、日本人はITの影響を過度に受けがちだということだった。
 
25歳青年の残虐行為

 6月8日の日曜日の白昼、東京・秋葉原で、25五歳の青年(以下、Kと表記)がトラックを暴走させて通行人をはねたあと、手にしたナイフでさらに多くの通行人に切りつけ、7人を死亡させ、10人に重軽傷を負わせた事件は、多くの人にまだ生々しい記憶を残している。

 彼の残虐な行為に情状酌量の余地はほとんどないが、犯行の背景として注目されるのは、彼が事件を起こす直前までケータイ掲示板に犯行を予告する書き込みを続けていたことである。

 ケータイ掲示板でのやりとりを再現したウエブ(2)や新聞各紙の報道によると、犯行当日、彼は「秋葉原で人を殺します」という「スレッド」を立ち上げ、午前5時21分の「車でつっこんで、車が使えなくなったらナイフを使います みんなさようなら」から、午後零時10分の「時間です」まで、30回にわたって短い投稿を重ねている。犯行はその直後に起こった。

 Kは、以前にも同じケータイ掲示板を使ってさかんに書き込みを行っているが、他人からの応答があっても、それらの書き込みにほとんどまともに応答せず、双方向的なコミュニケーションになっていない。むしろコミュニケーション拒否のように思われる。そのうち応答がなくなり、本人は「孤独感」を深めていったわけだが、このコミュニケーション環境に囲まれながらのディスコミュニケーションが、ケータイ時代の大きな特徴だと思われる。
 
 ケータイの小さな窓を通して行うメールによるコミュニケーションは、手書きの手紙とも違うし、面と向かって行う会話とも違う。大学の授業で「ケータイではなぜドタキャン(直前のキャンセル)しやすいか」というテーマでレポートを書いてもらったことがあるが、学生たちはドタキャンする場合は、ほとんど音声ではなくメールですると答えている。メールなら「ごめんね、ダメになった」と言えばすむわけで、不機嫌な返事を聞かなくてもすむ。メッセージはたしかに行き来しているが、そこにはコミュニケーションの主体同士の感情とか人格がほとんど投影されていない。

上滑りコミュニケーション

 若者たちはすでにこのような「上滑りコミュニケーション」を当たり前だと思いはじめており、それが現実世界の生き方にも大きくはね返っている。たとえば警察庁のまとめによると、秋葉原事件後、インターネットの掲示板に何らかの犯行を予告する書き込みが、犯行2週間後の23日現在、全国で17件あり、17人が摘発・補導された(3)。調べに対して、「実際に犯行を実行するつもりだった」と供述したケースはなかったという。そこでは言葉の重みが完全に消えている。

 ところで、親を困らせたくて突然バスジャックをした宇部市の中学2年生(7月16日)、動機がはっきりせず、発作的に父親を殺したように見える川口市の女子中学3年生(同月19日)のように、きわめて軽い動機から実際に重大犯罪に走る例も見られる。

 これらの行動も、ケータイの気軽なコミュニケーションと深いところでつながっているだろう。ちなみに、秋葉原事件からほどない7月22日には、東京・八王子市のショッピングセンター内の書店で、店員ら2人の女性が33歳の男性に刺され、1人が死亡した。これも通り魔的犯行で、犯人は「むしゃくしゃしていた。だれでもよかった」と供述している。また同日、群馬県桐生市で高校1年生がインターネット上の「プロフ」と呼ばれる掲示板での書き込みがもとで知り合いの少年に刺殺されている。

<注>
(1)讀賣新聞2006年2月7日付夕刊、文化欄。
(2)http://www8.atwiki.jp/kotono8/pages/11.html。
(3)http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/080624/crm0806241211018-n1.htm。

投稿者: Naoaki Yano | 2008年08月31日 12:54

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.cyber-literacy.com/scripts/mt/mt-tb.cgi/129

コメント

コメントしてください




保存しますか?


Copyright © Cyber Literacy Lab.